■FIGHTNIG BIRTHDAY (九龍×夷澤) 文:水天宮拓仄  絵:エディさん

※この小説は『同居同棲10題』よりちょっと前の二人を描いたものですが、読み切りとしても読めます。



「よお!トーヤ・センパイっ」

 東京都内にある某一流大学の構内を歩いている小柄な青年は目の前で手を振る青年に一瞬だけ視線を向け、
次の瞬間にはくるりと踵を返してその場から離れようとした。
 小柄な青年の背後から軽く床を蹴る音がしたと思ったら、後ろから肩を掴まれて眉間に皺を寄せる。

「トーヤ!なんで無視すんだよ」
「ここで声かけんのやめてくださいよセンパイ」

 肩を掴まれた小柄な青年は夷澤凍也。
 この大学の理系学科を専攻する四年生で年齢はもうすぐ二十二歳。
 大学に通いながらプロのボクシング界で日本屈指の実力を誇っている。
 彼の相手に打たれない華麗なボクシングスタイルに加えて、容姿と少し生意気な性格が注目されて、
今や日本ボクシング界のスターになっていた。
 一方、凍也に声をかけてきた青年は葉佩九龍。
 今年の春に海外からの文系学科へ日系人として留学してきた一年生で、年齢はこの七月で二十四歳になる。
 大学なら年下が先輩にいてもおかしくない状況だが、この二人の場合は少し特殊な繋がりがあり、
お互いを”センパイ”と呼んでいた。
 二人は高校時代に短い期間であったが、先輩後輩だったのだ。 
 それを知っている人間は大学内にはほとんどいない。
 ボクシング界で注目を浴びている凍也は、当然大学内でも注目される事が多いし、
葉佩も一風変わった留学生という事で目立っている。
 そんな二人が、お互いを”センパイ”と呼び合っている事に周囲の学生は興味深々だった。

「えーなんでだよ?ここじゃ、お前のがセンパイなんだからさ」
「呼び方以外は”先輩”に対するものとは思えないっすけど?」
「最初は敬語で話してたのに、お前がやめろって言うから止めてやったんだぞ?呼び方位我慢しろよな」
「だって、おかしいでしょ!お互いに”先輩”呼びしてんの」
「だったらお前が止めればいいだろ?お前は四年で俺はピチピチの一年なんだからさ」
「誰がピチピチだ!」

 そんなやりとりをしていると、周囲の学生達が遠巻きに二人を見てはクスクスと笑っているのに気づいた。
 頬に朱を昇らせて小さく咳払いをすると、やや斜め上にむかってギロリと睨み、
肩に置かれたままになっていた九龍の手を払いのけると歩き出す。
 当然のように隣を歩く九龍を横目で見ながら小さく舌打ちをした。

「あっ今お前、舌打ちしただろ?ひでーなぁ可愛い後輩にする態度か?」
「こんな可愛くない後輩いらないっすよ。それに、次の講義始まる時間ですよ、いいんすか?」
「ああーいいんだよ。俺、勉強する為に入ったわけじゃねーし。
大学って楽だよな〜高校と違ってサボっても先生とかに咎められないもんな」

 ニシシっと笑う九龍に思わずつられて凍也も頬が緩んだ。
 やっぱりこの人と話す時はほっとする何かを感じられる。




 天香学園高等部に入学してから、故郷を離れての一人暮らしもだいぶ板についてきた。
 高校二年の時に出会った<<転校生>>は、敵で先輩で一番親しい人間となり、
一度は離れ離れになって次に会える機会は無いと思い込んでいた。
 再会の約束もしないまま、高校二年のクリスマスの夜に別れたきりで終ると思っていたのに、
思いがけず大学で後輩となって現れた九龍に凍也は心臓が止まるような衝撃を受けたのだった。

「サボってばっかじゃ留年しますよ」
「任務で一年もかからないから、別にいんだよ。任務が終れば中退して次の仕事に行くだけだしな。
お前はいいけど、この事は誰にも言うなよ?」
「はいはい」

 そう、九龍はこの大学にも天香学園の時と同様に潜入調査に来ている。
 貴重な遺跡についての資料がこの大学に保管されており、
九龍はその資料のことごとくを複製する任務が与えられていた。
 昼間は学生生活を送り、夜は密かに資料室に篭って複製作業に明け暮れているというわけだ。

「お前は講義いいの?」
「オレは今日の講義終ったんで、これからジムに」
「ああ、もうすぐだもんな東洋太平洋のタイトルマッチ!
まさかプロになるとは思ってなかったから、驚いたよ」
「知ってるんすか?」

 自分で知らせた記憶が無いし、大学内にはポスターすら貼っていないので不思議に思った。
 東洋太平洋タイトルマッチをあと一週間後に控えている。
 数日前にジムから手渡された試合のチケットを毎日上着のポケットに入れ、
九龍に渡そうか渡さないかずっと迷っていたのだ。
 いきなり切り出すのも変だし、なんて言って渡そうか迷っていた所で九龍から話を振ってきてくれた。

「あ、あのセンパイ」
「ん?」
「オレ、ジムからチケット何枚か貰ってて・・・誰かに渡せって言われたんだけど・・・」
「貰えんの?俺、買うつもりでいたからさ!お前に貰えるんなら、特等席なんだろ?」

 確かに選手やジムの関係者用に用意されるチケットはリングの近くになる事が多いし、
凍也が手渡されたチケットもリングに近く、挑戦者側のセコンド側だった。
 チケットを貰った時に思い浮かんだのは親よりも九龍だったが、
渡す事を今まで迷っていた理由はもう一つある。
 負ける気はしないが、試合の日程が偶然にも自分の誕生日と重なってしまい、
そんな日に九龍を自分から招待する事を躊躇していたのだ。
 二人は高校時代にかなり親密な仲になってはいたが、はっきりとお互いの気持ちを確認したわけじゃない。
 先輩後輩を超えた感情を感じつつ、それがどんな感情なのかを鮮明にする事なく離れた。
 凍也にとって不確かな感情や約束で縛られるのは嫌だったし、
離れた時に「すべて終った」と思う方がずっと楽だった。

「特等席かどうかは知りませんけど、コレ」
「おっサンキュー!俺、お前の試合観るの初めてだからドキドキすんな〜」
「なんでセンパイが緊張するんすか」

 軽く笑いながら、少しくしゃくしゃになってしまったチケットを
九龍に手渡すと顔が僅かに熱くなるのを感じる。
 自分の誕生日にやる試合だという事は言わない。
 高校の時は出会った時はすでに誕生日を過ぎていたし、教えた事もなかった。
 きっと九龍は自分の誕生日なんて知らないだろう、だから渡したチケットは単なる試合のチケットだ。

「これから練習か?だったら引き止めて悪かったな」
「いえ、今は軽く調整してるだけで、時間もまだ大丈夫だったんで」
「そっか。じゃ、俺は仕方ないから次の講義にでも出てくるか」
「仕方ないって」
「だって、つまんねーんだもん。みんな知ってる事ばっかだしさ。
たまに教授にツッコミ入れてやりたくなる位にな」
「それは教授が可哀想なんでやめてください」
「ははっ!了解、センパイ!」
「だから・・・っ」
「じゃーなー!練習がんばれよ〜」
「ったく、あの人は・・・」

 走り去った九龍を見送って凍也は所属している大学の裏門に向かった。
 勝てない相手ではないが、練習を怠るわけにはいかないのだ。
 そして九龍が試合を観にくる。
 強くなった自分を認めさせてやりたい。
 自分の力を認めさせれば、高校時に聞けなかった言葉を聴けるかもしれない。
 空をきっと睨み上げて、両の拳をぎゅっと握った。
 手にぶらさげていたリュックを背負いながら、ぐっと膝を曲げて伸ばして屈伸運動を繰り返す。
 リュックと背中に挟まれたパーカーを引きずり出して頭部をすっぽりと覆い、
十キロ程離れているジムに向けて走り出した。



 2009年6月18日
 東洋太平洋タイトルマッチは、下馬評通りに夷澤凍也が圧倒的な速さと強さを見せつけ、
2ラウンドKOで新チャンピオンが誕生した。
 ボクシングの試合を終えたばかりとは思えないほど、凍也の顔も体も綺麗なままで、
シャワーを軽く浴びただけの身体からは微かに汗の匂いが漂ってくる。
 試合を終えて、各メディアの取材も収まり、
ようやく控え室で一人になれた凍也の目の前には九龍が立っていた。

「東洋太平洋チャンピオン、おめでとう」
「どーも」

 微笑みながら告げる九龍の顔をまともに見れなくて、凍也は座ったまま視線を床に落とした。
 いつも大学で顔を合わせている九龍とどこか纏っている空気が違うように感じ、落ち着かない。
 二人の間にしばしの沈黙が流れた。
 その沈黙を破ったのは九龍の言葉だった。

「本当に強くなったなトーヤ。今やったら俺が負けるかもな」
「だったら、やってみますか?」
「お前、試合終ったばっかだろ?相変わらず血の気が多いな」

 椅子から立ち上がって挑戦的な視線を向けてきた凍也に両手をヒラヒラさせて、戦意が無い事を示す。

「2ラウンドで終ったし、ダメージもありませんから、大丈夫っすよ。それに、燃焼不良なんすよ」
「だから付き合えって?」
「センパイにはオレとの勝負を受ける義務があるんですから」
「義務ってなんだよ」

 高校時代にやっていたボクシングは己を強くする為にやっていた事。
 原点は子供の頃に出会ったボクサーとの思い出。
 だが、葉佩九龍という大きな存在に出会ってからは、ボクシングを続ける意味が変わった。
 いつか超えたい、強くなりたい、自分の”強さ”を認めさせてやりたいと思うようになって今に至る。
 確かに自分は墓守りの力を手放した今でも強くなり続けて、日本国内では相手になる人間はいない。
 次なる舞台は世界の強者達で、今日の東洋太平洋タイトルはその足がかりにすぎない。
 凍也は確信していた、自分はこのままボクシングを続けていけば世界のトップに立つこともできるだろう。
 だが、その後は?
 考えれば考えるほど自分が歩いてきた道の行く先が不透明になってくる。

「あんたはオレの目標なんです。だから、オレはあんたに勝つまでボクシングを辞められないんだ。
だから・・・これは、あんたの義務なんすよ」
「じゃあ、俺がお前に負けたらボクシング辞めるって言うのか?」

 微笑んでいた口元を引き締め、鋭い眼光で睨みつけられると体の奥に冷たい風が吹いたような錯覚に陥る。

「そんなちっぽけな目標の為にお前はボクシング続けてるのか?」
「ちっぽけな目標なんかじゃない!」

 感情が高ぶって思わず九龍の胸倉を掴んで両手でギリっと絞りあげた。
 身長差が十センチ以上あるせいで、九龍が釣りあがるような事はないが首を絞められる苦しさはある。

「オレは葉佩九龍を超える事で一歩を踏み出せるんだ!それが”ちっぽけ”な事なのかよ!」
「その一歩を踏み出して、お前はどこに行きたいんだ?」
「あんたにオレの力・・・強さを認めさせてやりたいんだ!」

 一気に吐き出して凍也は両手を九龍から離すと、数歩後ろに下がって椅子にどかりと腰を下ろして項垂れた。
 本人を目の前に言うつもりは無かった。
 九龍は今の任務を終えたら再びどこかへ消えてしまうだけの存在。

「俺はお前の事、認めてる。お前の強さはもう知ってる。それでも、闘わないとダメなのか?」
「はっきりさせないとオレは自分自身が信じられない。何度言われても、それを信じる事ができない!」

 再び九龍を見上げる凍也の必死の表情に困ったように視線を宙に漂わす。
 そんなあからさまな迷いを見せる九龍を珍しい物を見るように凝視した。
 だらりと両足の間にぶらさげていた両腕を持ち上げ、拳を握って意を決した。

「九龍さん」
「うん?」

 何かを言おうと迷っていた九龍が突然の呼びかけで我に返る。

「今日、オレの誕生日なんすよ」
「ああ、知ってるよ。この後、一緒に飯でも食べてお祝いしようと思って・・・」
「それは遠慮しときます」
「え、だって・・・」
「いいから聞いてください!」
「・・・・ああ」

 すごい剣幕に九龍は言いかけていた言葉を飲み込み、凍也を見つめた。

「誕生日の祝いは”葉佩九龍と勝負する”で。それ以外はいりません」
「それって、これからもずっとか?」
「はい。オレがあんたに勝つまで」
「じゃあ、俺が負けた後は?」
「一緒に飯でも行きましょうか。もちろんセンパイの奢りで」

 挑戦的な笑みを九龍に向けて立ち上がり、勢いで倒れた椅子を足で後ろへ転がす。

「さ、1ラウンド目っすよ」
「・・・仕方ねぇな。2ラウンド目は来年って事ね」

 凍也の正面で軽く拳をつくり、トントンと軽く跳躍して鋭い視線と拳を何度か交わした。


 東洋太平洋タイトルマッチが行われた会場にある控え室には、
新王者に輝いた夷澤凍也が一人で長椅子に擦り傷だらけの顔で横たわっている。
 試合では相手のパンチを一発も食らう事なく、一方的に勝った彼の顔に傷。
 強い光を宿す瞳を両腕で覆い、唇は切れるほどに噛みしめていた。

「・・・くそっ、オレはまだダメなのかよ」

 ギリリと噛みしめた唇から血が滲み、口の中は鉄の匂いで充満していく。
 瞳を覆い隠した腕と顔の隙間から一筋の雫が頬から横へ流れた。




 勝負を一瞬で決めた九龍は目を伏せながら小さな声で呟き、控え室の扉を開けた。

「誕生日おめでとう凍也。・・・また、来年な」

 それだけを言い残して九龍は凍也の前から立ち去った。




end



サイトの日記で「夷澤誕生日に何かお祝いしたいから、絵師さんとコラボしたいな」的な
独り言を書いてみたらエディさんが釣れ・・・いえ(笑)声をかけてくださいましたvv
大好きなエディさんと大好きな主夷でコラボできるなんて望外の喜びです♪
普段、主皆主な方に主夷を・・・なんて幸せ者なんだろう私は!!エディさん【愛】
2009年の二人を執筆しよう!という事になって自分が連載している同棲同居ネタお題にリンク。
一応、単独でも読めますが・・・気が向いたらお題の方も合わせてご覧くださいませ〜。
そして、夷澤の誕生日を共に祝ってくださったエディさん!ありがとうございました!!!