企画ページ〜ゴム幸ML廃止記念リレー小説
■ ゴム幸ML廃止記念リレー小説

ゴム幸MLを廃止するにあたって記念として、ゴム幸ML内で開催された「リレー小説」を大公開します。

タイトル [ GRAVITATION ]  リレー期間 [ 2001.10.22 - 2001.11.21 ]

参加メンバー  執筆順/敬称略
嵯嶬拓比、横町あると、こばためぐ、佐々木流布、さっぽろポテト、日本一、弥月、蒼里りこの
■ GRAVITATION 第1話 嵯嶬拓比

「ここはどこだ〜?」
 ルフィが深い森の中で困りはてていた。仲間と食料などを買い付けにきた街で1人で探検気分で散歩をしていた所・・・自覚がないがルフィは方向音痴のためにお約束のように道に迷ってしまったというわけである。良い匂いに引かれてふらふらと歩いているうちに、この森の中に入りこんで早も数時間が経過している。辺りもすっかり薄暗くなってきた。
「お〜い!誰かー!」
 自分が歩いてきた道もすでにわからなくなっているルフィは、大きな声で助けを求める。
 追ってきたいい匂いも一向に近くならずに、ルフィは腹立だしい気持ちにもなった。
「ちくしょ〜腹減ったぞー!食い物の匂いはアッチからするのに」
 恨めしそうな表情をしてルフィは、自分が立ち尽くしている位置で振りかえって森の奥を指指す。なんだかルフィが近づいてくることから匂いが逃げて行っているようだった。
■ GRAVITATION 第2話 横町あると

 ルフィが森で立ち尽くしてから、さかのぼること数時間前。
ゴーイング・メリー号では、行方不明の船長を捜しあぐねて大わらわだった。
「誰かに誘拐でもされたんじゃねぇのか!?ほら・・・、あいつ、その、・・・か、かわいいし」
「っかヤロウ!あいつを誘拐できるような心意気のあるヤツがいたら、オレは褒め称えるぞ!」
「ケガでもして動けないのかも知れないわよ!知らない街だもの!!」
 ゾロが進言すればサンジが切り返し、ナミが不安をチラつかせる。
 初めは「どっかで迷子にでもなってんだろ」と高を括っていた連中も、いかにしても見つからない事態に、もはやパニック寸前の様相を呈していた。
「・・・どっちかっつーとよォ、海に落ちた可能性のほうがデカイんじゃねぇか?」
 あわただしい連中に、ぼそりと告げたのはウソップだ。途端にギラリと、三対の眼が彼をにらむ。
「てッめぇ――――――ッ!!縁起でもね―こと言うな!!!」
「うわッ!?はい―ッ、ゴメンなさいッ!!!」
 とはいえ、縁起でもないから考えない、というわけにもいかない。遅ればせながら最悪の事態に思い当たった彼らは、改めて三方向から捜索することになった。



 留守番と司令塔をかねたナミが船に残り、ゾロはもういちど繁華街を中心に。ウソップは南側の砂浜沿いを。そしてサンジは北側の海岸線沿いをめざして。
 一斉に船から走り出たと思いきや、たちまちサンジが大急ぎで引っ返して来た。
「どうかしたの!?」
「ナイフ!―――――サバイバル・ナイフ!!」
 すわ大事件勃発かと顔色を変えるナミにも構わず、ガラガラと厨房の棚をかき回してナイフをひっつかんだ彼は、ふたたび勢い激しく船から駆け去った。
「・・・・・・・・・サバイバル・ナイフが・・・どうしたの?」
 なんの説明もなく取り残されたナミは、しばし茫然と佇んだ。

 腹を空かしているのではないかと思ったのだ。
 迷子にしろケガにしろ、・・・・・・繁華街にいるか、すでに海で溺れているなら話は別だが。昼食を済ませてから、なにも食っていないはずなのだ。ならば弁当の一つもこしらえて来れば良いものをあいにく時間的にも精神的にも余裕がなかった。
「オレとしたことが・・・、ちッ!」
 なぜこうも彼の事となると慌てふためくのかは判らない。
べつに特別な相手だとか、ゾロが言うように可愛いとか思っているわけでもない。・・・・・・と、思う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っだぁぁぁぁぁッ!!!ぐぁっだっだッ――――ッ、はぁ・・・!」
 ゼィ、とサンジは全身で息をついた。
 動揺のあまり思わず叫んでしまった。
 普段は考えないようにしていることが、行方不明という事態によって急浮上してしまったようだ。
 ぐらぐらする頭を一振りして、心臓に悪い考えを追い払う。とにかくナイフが一本あれば、あとはなんとでもなるはずだった。食材など、いくらでもその辺に散歩している。
 そうこうして海岸線をたどる彼の前方に、岸壁まで突き出た原生林が現れた。
かなり大きな森らしく、林の中は黒々としたヤブが生い茂り、まだ日の高いこの時間ですら奥はブキミに薄暗い。
「・・・・・・まさか、森ン中ってことはねぇよなぁ」
 こんな森には、よほど地理に詳しい土地の者しか入らないものだ。
一見なだらかになっている地形が、じつはクセ者。うかつに足を踏み入れたが最後、方位もへったくれもなく、白骨死体になるのを待つしかない。
そもそもわが船のキャプテンには、見知らぬ森に入るような理由がない。
 片側に広がる鬱葱とした森には目もくれず、サンジはときおり崖下をのぞき込みながら、足早に沿岸をつき進んだ。
■ GRAVITATION 第3話 こばためぐ

 サンジが見過ごしてしまった森の中で、ルフィはまださ迷いつづけていた。
「っかしいなあ、なんで近づかねーんだ?」
 自分の胸あたりまで伸びた草を掻き分けながら、ルフィはさらに森の奥に入っていく。
 彼としては森の奥に進んでいるという気は無く、ただ食べ物の匂いを目指して突き進んでいるだけなのだ。
 だがいくら歩いても、その匂いの先にはたどり着かず、ルフィのお腹は盛大な音で文句をつける。
「…腹、減ったなあ」
 宥めるようにお腹を擦ってみても、その音はなりやまない。
 上を見上げてみても、麦藁帽子の端から見えるのは森の木々だけ。
「くそー! 腹減ったぞ!! サンジぃぃ!!」
 ルフィの叫び声が森の中に響いて、バサバサと鳥の羽ばたく音が聞こえた。

――― ほらよ、クソゴム。

 腹が減ったと言えば、サンジは散々文句を並べながら、それでもいつも食べ物をくれた。
 迷惑そうな顔をしているのに、どこか楽しそうなその表情。
 だけど今はいくら呼んでもサンジは現れない。
 太陽も見えない空を眺めていたルフィは、口を真一文字に強く結ぶと、ずれた麦藁帽子をかぶりなおした。
 ぐるりと上半身を大きく動かしながら森の中を見回す。前方には食べ物の匂い。左右後方は覆い茂る草と高い木々ばかりで、獣道すら見当たらない。
「…よしっ、帰ってサンジの美味いメシを食うんだ!」
 それでもルフィは、自分が決めた方向へ進み始めた。
■ GRAVITATION 第4話 佐々木流布

 いくら沿岸を探しても見渡す限りの海、海、海。
 ザッバーン、と波が砂浜を侵略しようとする。しかし、まだ潮が満ちる時間ではない為途中で引き返してしまう。
 波もそれでもか、というみたいに何度も何度も砂浜に突き進む。
 サンジはその波を見て怒鳴った。
「ちくしょう!!!どこにいやがんだよ、あのクソゴム!!!いい加減に姿を現せよ!」
 しかし波は何事もなかったように同じ事を繰り返すだけだった。
「頼むから無事な姿を見せてくれ」
 怒鳴り声は懇願の声となる。
 あの太陽のような笑顔が見たい。
 あの唇で自分の事を呼ぶ声を聞きたい。
 しなやかな体で動きまわる姿を見たい。
 その思いがサンジを駆りたたせる。
「ルフィ!!!!いたら返事しろーーーーーーーーー!!!!!」
 走り出しあたりに気を配る。
 ルフィがいなくなったという現実がサンジの思いを確認させる。
 ルフィに出会う前には考えられなかった思い。
 いなくなったとわかっただけでこんなにも胸が苦しいものか。
 まるでぽっかりと胸に穴があいた気分だ。
 胸が締め付けられるような気がしてぎゅっ、と胸を抑えた。

「―――――――――――-!!!」

「えっ・・・」
 その時ふと誰かに呼ばれたような気がした。
 誰だ?今誰かに・・・。
 呼ばれた方を見るとさっき自分が走って来た方角からだ。
「まさか・・・」
 もしやという思いがサンジを来た方向に走らせた。
■ GRAVITATION 第5話 さっぽろポテト

 人が過去、通った事のないような、そんな獣道。
 否、道とも付かない草の中を、ルフィは歩いていた。
 素足に纏わりついてくる膝丈までの尖った草たちのせいか、その脚は傷だらけで。
 それも気にせず、ただひたすらに。
 ルフィは歩いていた。
 大好きな、美味しそうな匂いを諦めて。
 自分を待っていてくれているであろう、それ以上に大好きなコックを思い浮かべて。
 どちらかも分からない森の中、ゾロほどでもないがそれでも一般的に言えば極度の方向音痴の彼は。
 それでも無言のまま歩きつづけた。

 本当によく食うな、お前は。

 そんないつもの文句が聞こえてくる気がする。
「…腹、減りすぎたのかな」
 誰に聞こえるわけでもない。
 小さな、それこそ蚊が鳴くような声をルフィは口にした。
 その途端に勢いよく腹の虫がなる。
 それまで何があっても止めなかった両足を、ぴたりと止めた。
 はあと、溜息が洩れる。
「飯…」
 やはり、彼らしからぬか細い声音。
 未だ道とは呼べないが、先程の痛い草からは抜け出していた。
 脇に立っていた木の根元に、座り込む。
 幻嗅か。
 遠ざかったはずの匂いは、まだ自分の鼻をくすぐっていた。
「どっち行けばいいのかわかんね…」
 その匂いを嗅ぎたくなくて、小さな鼻を思い切り摘んでみる。
 サンジがよく摘む、自分の鼻。

 ちいせえ鼻。

 やはり、耳の中で木霊する彼の声。
 気持ちがいい、優しくて少し冷たいテノール。
 声が、無性に聞きたくなってくる。
 膝を抱えて。
 ルフィは切れて血の止まらない膝小僧に額を押し当てた。
「腹減った」
 くぐもった機嫌の悪い言葉がルフィから洩れてくる。

 今作ってやるから、待ってろ。

 文句を言ってばかりのくせに。
 その言葉には刺などなくて。
 寧ろ優しい、温かみさえ持っていて。
 どうしようもなく、聞きたくてたまらない。
「サンジ」
 小さく。
 ルフィはまた聞き取れないくぐもった言葉を漏らす。
「サンジ」
 来て欲しくて。
 迎えに、来て欲しくて。
 いつでも、嫌われた海に飲み込まれそうになる時必ず助けてくれたから。
 また、来てくれると。
 確信があるから。
 ルフィの声が、少しずつ大きくなっていく。

 早く。
 腹減ったから。
 お願いだから。
 声が聞きたい。

「サンジ…!」

 ざわりと。
 木々が鳴ったような気がした。
■ GRAVITATION 第6話 日本一

「ったく・・・・・・」
 ギリっと手近な木の幹に唯一携帯してきたサバイバルナイフで目印の切込みを刻んでサンジは小さくひとりごちた。
 真昼でも太陽の光を遮るように鬱蒼と木々の生い茂った森は、既に暮れかけようとした日の光など届くはずもなく薄っすらとした闇に包まれようとしている。
 何も確信があったわけでは無かった。
 一度は否定したこの森の中に足を踏み込んだのは声が聞こえたような気がしたからだ。
 それも自分の名前を呼ぶあの船長の声が。
 莫迦気ていると自嘲しなくもない。
 あの時に自分がいた場所とこの森とどれだけの距離があるのか判っているのか?
 いくらあの船長が人間離れしているとはいえ、物理的に音の波長が届く距離ではない。
 それに例えあの船長が危機に瀕していたとして、どうして自分の名前など呼ぶと思うのか。
「まぁ、腹が減ってたら顔くらいは思い出してくれるかも知れねぇけどな。」
 いや、思い出すのは自分が作った料理の数々か。

 ・・・・・・下らない。

 自分の中に宿った思いに気が付いた途端に柄にも無く消極的になる気持ちを、サンジは吐き捨てた煙草と共に踏み潰す。
 ともかく今は船長を捕まえる方が先だ。
 生い茂る草を薙ぎ払いながら足を進める。
 いくらか進んだ場所でもう一度木に印を入れて歩き出した瞬間、不意にサンジの足元の地面が崩れた。
「うわっ!」
 体制を立て直す間もなく崩れた土とともに滑り落ちていく。
 ずしゃっとイヤな音を立ててサンジは地面に叩きつけられた。
「shit!」
 泥だらけになったスーツを見てサンジは舌打ちした。
 いくら船長のコトに気を取られていたとはいえ、迂闊にも程がある。
 少なくとも自分は二次遭難をしにやってきた訳ではないのだ。
 しかし悔やんでみたところで起きてしまったコトをナシにするわけにもいかない。
 ゆっくりと身体を動かしてみると幸いなコトに打撲した程度で特に重大なケガをしているわけではないようだった。
 ズキズキと疼く身体を起こして立ち上がると、サンジは今しがた落ちた場所を見上げる。
 崖というにはお粗末な高さではあるが、抉れたような側面はもろく、もう一度自分がいた場所に戻るのは至難の技に思えた。
 折角つけてきた道しるべもこのままでは水の泡だ。
 ・・・・・・少なくとも船長を見つけるまでは。
 彼のあの自在に伸びる身体を使えば多少ムチャだが崖の上にでることも出来るだろう。
 ともかくこれで後戻りは出来なくなったわけだ。
 腹をくくって印を入れようと近づいた木の下でサンジはふといい香りに気がついた。
 見上げるとちょうど熟した木の実がなっているのが見えた。
 ためしに手の届く範囲の実をひとつもいで手にとってみる。
 匂いは悪くない。
 ナイフで縦に割るとトロリと果汁が溢れた。
 そっと舐めてみる。
 見たことのない実ではあるが食べられないわけでは無さそうだった。
 サンジは取れるだけの実をもぐと、泥だらけになった上着を脱いで包みこんだ。
 この後首尾よく船長をみつけたとして、きっと第一声に浴びせられるのは「腹減った!」に決まってるのだから。

 けれどだからこそ常に自分はそれに答えられる存在でありたかった。
 それがつまらない料理人のちっぽけなひとりよがりの矜持だったとしても。

「ルフィ・・・・・・」

 振り返った視線の先にあるのは木々にまとわりつくような闇。
 それでもサンジは歩き出した。
 誰よりも何よりも大切なただ一人の船長を助け出す為に。
■ GRAVITATION 第7話 弥月

 進む方向がわからないならと、とりあえず匂いを追ってきたルフィがふと足を止めた。突然匂いが途絶えたのだ。
「おかしいな・・さっきまであんなに・・・・・・」
 怪訝な顔をして鼻をくしゅっと鳴らす。
「暗くなっちまったし、ますますわかんねェなー、道。
 ・・・って、道なんかねぇか〜 バカだなーおれ♪」
 あえて明るく言ってみたがなんの解決にもならず、それどころか自分の放った言葉に改めて今の状況を認識して途方に暮れる。

「サンジ・・・・・」

 帰りたい。
 早く。早く。早く。
 怒鳴られたって、蹴り飛ばされたって、メシ抜きにされたって。
 それでも。
 サンジのいる場所に。サンジの隣に。

「なら、帰りたい、じゃダメだ。帰るんだ・・!絶対に!!」

キッと前方を見据えると再び一歩を踏み出す。

「!?」
 と同時に異様な気配を感じ取り、ルフィは振り返った。
 が、そこには何も居ない。ほとんど闇と同化しかけている木々があるだけだ。
 そこに飲み込まれてしまいそうな不気味さにブルッと小さく身震いしながらも、確かに感じる”何か”を探るようにゆっくりとルフィは首を回す。
 が、長時間同じような景色の中にいる為感覚が鈍っている。
 それに加えての極度な疲労と空腹。
 さすがのルフィも、気配は感じ取れても、どこからのものなのか掴み取る事ができない。
 珍しく少し苛立ちを覚えながらも、自分に向けられているそれを全身で探る。

「――――――!!」

 一瞬。
 反応が遅れた。
「うわぁっっ!!」
 突然襲ってきた”何か”にルフィの身体は地面に押し付けられた。
(な・・なんだこいつ・・?)
 自分の倍はあるだろうその影からは、さっきまで辿っていた匂いがかすかに感じられた。
が、それもすぐに消え去り、別の匂いが漂い出す。
「うっ・・」
 その匂いにルフィは顔をしかめながらも影の正体を見極めようと目をこらす。
(でっけェ・・・犬・・??)

 二つの緑色をした光が、品定めでもするかのようにルフィを見下ろしていた―――。

* * * * * *

 ルフィがこの森に迷い込んでしまった原因となった匂い。
 その匂いを少し前にサンジも嗅ぎ取っていた。そしてそれを頼りに足を進めてきたのだ。あいつのことだから間違いなくこの匂いのする方向に向かっているはずだ、と。そしてほどなくこの局面にぶち当たることになったのだ。
「まさかあの匂いの元がこれだったなんてな。」
 半ば呆れてサンジは目の前に群がる灰色の生き物を見た。
 体の大きさはかなり違うが狼によく似ている。ルフィを襲ったのもこの仲間だった。

『こいつら、甘いいい匂いで獲物を呼び寄せるのよ。食虫植物みたいなもんね。
 ルフィなんか簡単にひっかかりそうだわ。』

 ナミがそう言って本を見せながら笑っていた事を思いだす。
(確か、この地域だけに生息する・・・なんてったっけかな。
 匂いが変わったら要注意とかなんとか・・・・)
 ウソップであれば、事細かに覚えていただろう。
 だが、サンジにとっては興味をひく対象にもならない。
 自分の手に余るものなどありはしないと思っているからである。
 今、捜し求めている船長以外には――――。

 その食虫植物仕様の狼もどきにサンジは取り囲まれていたわけだが、慌てる様子もなく平然と見下ろしているだけだ。
「焦り」というものを彼から読み取ろうとするのなら、無意識にトントンと地を叩く右足くらいか。
 大切な人を探し出すという行為を邪魔されたことに苛立っているのだろう。

「ま、注意しろったって、たかがでかい犬だしなぁ。
 つうか、本当にこれにひっかかったんじゃねェだろうな ルフィのヤツ・・・・」
 サンジはぼそりともらす。
 犬呼ばわりされたことが気に入らなかったわけでもあるまいが、狼もどきはにわかに殺気立った。
 木の覆い茂る森の中では障害物が多すぎる上にこの暗さだ。しかも相手の数が多い。
 どうみてもサンジには不利な状況である。
 ふぅーっとサンジは煙草の煙を吐き出しながら頭をかいた。

 その時。

「ルフィ!?」
 確かに聞こえた。あいつの声だ。
「間違いねぇ・・・!」
 今度こそ、遠くではあるがはっきりと聞こえたその声に、
 海岸で聞いたそれもルフィのものだったのだと確信する。
「直接心に届いたってヤツだな、ありゃ。」
 先程までの消極的な気持ちはどこへやら、馬鹿げていると思いながらも、少しはあるかもしれない可能性が頭をよぎる。
 自分の想いと同じ、とまではいかなくても、コックとしての自分だけを必要としているわけじゃねェ、と。
 とにかく。
 もうすぐそこにあいつはいるわけだ。
「ま、そうカンタンにくたばるタマじゃねェわな。
 心配させやがった分、後で思いっきりケリ入れてやらねぇとな。」
 悪態をつきながらも、最悪の事態だけは免れた事に、サンジのこわばっていた口元は自然と緩む。
 が、あの声は無事でよかったと安堵していられるモノでもない。
「悪ィが、通してもらうぞ。てめェら犬ッコロと遊んでる暇はねェんだ。」
 一度緩んだ口元が、不敵なものへと変わる。
 同時に狼もどき達が一斉にサンジに襲いかかった。
「だから・・・」
 サンジはタンタンッと軽やかなステップで次々に身をかわす。
「遊んでる暇はねェって」
 木を利用して群れの中心に飛び込むと、両手を地に付きその身を回転させた。
「言ってるだろっっ!!!!」
 一瞬にしてサンジの足は周りの木々と共に狼もどきの群れをふき飛ばしていた。

* * * * * *

「・・うっ・・うげっ・・・!」
 そいつの口からダラダラと垂れる唾液はとんでもない異臭を放っていた。
「くせぇっ!おまえ臭いぞっ!!歯磨いてんのか!」
 自分の置かれた状況云々よりも、吐き気さえ覚えるその悪臭にルフィは突っ込みを入れた。
 が、そんな事を言ったところで相手は獣だ。反応するはずもない。
 グルル・・と喉を唸らせながらゆっくりとそれは顔を近づけてくる。
 逃れようとしても物凄い力で抑えつけられている為に動くことすらできない。
 さすがにヤバイ、とルフィは思った。
「くそっ・・!ハラさえ減ってなきゃこんな犬ッコロなんか・・!!」

「・・っ サンジ――っっっ!!!!」
■ GRAVITATION 第8話 蒼里りこの

「サンジっ!サンジぃ・・・・・」
 獣に押さえつけられていて動けないルフィが、唯一自分の意思で動かせるもの。
 それは声だけだった。
 だから精一杯呼ぶ。
 最愛の人の名を。
 自分を助けてくれると信じて。

「っあ・・・や、ヤだ・・・・」
 不意に。
 獣にぺろりと頬を舐められた。
 異臭を放つ唾液が自分の肌に触れるだけでも気持ち悪いのに。
 その獣の舌の感触は、本当におぞましいもので。
 泣きたくなった。
 そして腹が減って力が出ない自分を恨めしく思った。
 サンジに会いたいのに。
 こんな所で自分は何をしているんだろう。
 得体の知れない獣に押さえつけられて。
 今、まさに食われようとしている。
「・・・・・俺、食っても美味くないと思うぞ。ゴム人間だし。」
 そんな事を言ってみるが、獣に通じるわけもなく。
 獣は相変わらず、柔らかいルフィの頬を、首筋をざらざらとした舌で舐めまわしていた。

 ココを、一番初めに食いたい。

 ルフィはそう言われた気がした。

「ったくコイツ等・・・うっとおしい。
 おかげでルフィと再会する時間が遅れたじゃねぇか」
 微かにだが、さっきまでは確かにルフィの声が聞こえていた。
 自分の名を呼ぶ声が。
 だがつい先程、その声も止んでしまった。
 今、森林には静寂が戻ろうとしている。
「くっそ・・・間に合ってくれよ!」
 サンジは走り出した。
 ルフィのいるであろう方向へ向かって。

 サンジが立ち去った後には、獣たちが倒れていた。
 二度と立ちあがれないように、念入りに痛めつけられて。

 ルフィの声が聞こえた方向へ。
 それだけを思って、サンジは走っていた。
 道などないに等しい。
 それでも。
 ルフィがこの先にいるのを確信していた。
 少しずつ近づいてくる、懐かしい気配。


 そしてサンジが見たものは。
 自分を襲ってきたヤツと同じ位の獣に押し倒されている、ルフィの姿だった。
■ GRAVITATION 第9話 嵯嶬拓比

「ルフィ!」
 サンジの目で確認ができるまでの距離に詰まっていたが、生い茂っている木に邪魔をされルフィの元へたどり着くには少し手間がかかりそうだった。
 木を避けながらルフィの元へ急ぐサンジ。
「うわっ!なんだっ?」
 わき目もふらずに走っていたサンジの目の前に巨大なものが突然現れた。あやうく衝突する所だったが、そこはさすがに後ろに一歩飛びのくことで避けることができた。
「な・・なんだってんだよ!」
 イライラして現れたものへ目を向けるとサンジの身長をはるかに超える真っ黒い熊が激しくサンジを威嚇する。一瞬、あっけにとられていたサンジだったが、ルフィを助けるにはこの前に立ちはだかる邪魔者はすべて、消さなければならない。
「くらえっ!熊公がぁ!!」 どかっ
 一瞬の内で巨大な熊はノックアウトされてしまった。ルフィが獣に押さえつけられている方向へ目を向けて驚愕した。サンジの接近と熊との戦闘の騒動で獣が気配に気づいてしまったようだ。
 ルフィを軽々と咥えてサンジとは反対方向へ向かって走り去って行く姿が視界の端に写った。
「しまった!今の騒ぎで逃げられちまった!!ルフィっーーーー!」
 ルフィの名前を叫ぶとサンジは獣が走り去った方向にむかって全力で駆け出す。
どんどん森の奥に進んでいく、獣特有の匂いを頼りにサンジは進んでいくが一向にルフィの姿を確認できないことにサンジは苛立ちと共に泣きたい気持ちになってくる。
「食われるなよ・・・絶対に助けて俺の料理食べさせてやるからなっ」

 しばらく森の中を駈けずり回ったサンジの足がピタリと止まった。足元にはルフィを連れ去った獣の死体・・・・・それと、ルフィのサンダルが片方だけ。
「一体・・・どうしたってんだ?俺以外の人間がルフィを助けたってのか?」
 落ちていたサンダルを拾い上げて森の中で呆然と立ち尽くす。辺りに人の気配はしない。周囲を見回して手がかりを探してみる。足元に転がる獣の死体に視線を移した。
「く、黒焦げだ・・・炭みたいになっちまってる。誰だ・・こんな事ができるのは」
■ GRAVITATION 第10話 横町あると

 男はとんでもない速さで森を駆けていた。
 起伏のある地面を軽々と飛び越え、縦横無尽に生える樹木を巧みに避けて走る。
 平地を全速力で走るのと何ら変わりない速さだ。しかも彼の肩には大きな荷物が載っている。
「降ろせよッ、おい、降ろせってば!・・・なぁ!!」
 肩に担がれた荷物が、じたばたと手足を振って文句をつけた。
「ン?・・・ああ、悪ィ」
 少し開けた場所を見つけた男はようやく足を止め、暴れる荷物の要請に従ってひょいと肩から降ろした。尋常ならざる速度で森を駆け抜けながら、彼にはまるで疲労の色がない。
 一方の荷物ならぬルフィは、両足ともが裸足だった。風圧から麦藁帽子を守ることに精一杯で、どこにサンダルを落としたのかも判らない。
 ぺったりと地面に両足を投げ出して座ったルフィは、狼もどきから自分を救った半裸の男を改めて見あげた。
「なんでエースがここにいんだ?」
 ルフィに目線を合わせて屈んだ男が、にやりと笑んだ。
「ちょいと野暮用でな・・・。驚いたぜ、まさかこんな場所で弟に会うとはな」
 男兄弟の再会劇に、感動の抱擁も感激の挨拶もあるはずがない。三年ぶりとはいえ、じつにあっさりしたものだ。
 久方ぶりに顔を合わせた兄は、我が事はさておき、同じ疑問を弟に返した。
「おまえは?」
「散歩して迷子になった」
「わははッ、そりゃ面白ェや!ンで獣に食われそうになってたってワケか?情けね―ッ!!」
「オレもそう思う」
「・・・ま、い―や。とりあえず先にその腹をなんとかしろ」
 ひとしきり嘲笑った兄が手持ちの袋を開いた途端、ルフィの顔がぱっと輝いた。
「―――――――食いモンだ!!!」
「おまえ腹が鳴りっぱなしだったぜ、やかましくてかなわねぇ。まずは食え、話はそれからだ」
 次から次へと出て来る携帯食料の数々を、ルフィはなかば放心したように見つめた。
 口腔に染み出る唾をごくりと飲み下し、反射的に伸ばしかけていた両手を背中できつく結ぶ。
 渾身の力で目前の食物から視線を逸らしたルフィが、ぼそりと呟いた。
「・・・いらね」
「へ!?なんで!?腹が減ってんだろ!!?」
「来てたんだ」
 目の前の男を睨みつけるように、ルフィの眦がキッと上がった。
「・・・サンジが、むかえに来てたんだ!」
 幻覚なんかじゃない。
 距離はあったけれど、林の向こう側にいる姿を確かに見た。
 嬉しくて、すごく嬉しくて、涙が出そうなほど嬉しくて。
 狼もどきに連れ去られた時も、彼が来てくれると思えばこそ不安などなかった。
 そこへ突然この兄が現れたのだ。
 きょとん、と眼を丸くするエースの頭上には、「だれソレ?」という疑問符つきの文字がでかでかと浮遊していた。
 しだいに困惑を滲ませる彼が、仏頂面のルフィに恐る恐る発した問いは、頭上の文字から派生した疑惑だ。
「・・・・・・・・・もしかして、おれ邪魔した?」
「した!!」
 間髪置かず繰り出された情け容赦のない答えに、兄はがっくりと項垂れた。
「・・・おと―となんて勝手なモンだよなぁ、昔は‘エース、エース!’って犬っころみたくついて来たのによ、泣いちゃうぜお兄ちゃんはよォ、あんだけ可愛がってやったのに、・・・たかが三年離れてたくらいで早速これかよ」
「遠くでなにぶつぶつ言ってんだよ、聞こえね―よ!」
「おに―ちゃんは許しませんッ!!まだ結婚は早すぎます!せめて二十歳になってからッ!」
「だから何の話だよ・・・」
 余人には理解しがたいシナリオを構築して憤る彼は、まさに親バカならぬ兄バカに他ならない。
「しっかしなぁ・・・、真面目な話、そのナントカと飯食わねぇのと、どういう関係があるんだ?」
 結婚云々は冗談としても、飢えた弟が目前の食い物から手を引くとは、この兄にして天変地異にも等しい。
 信じがたいものを眼にしたように、エースは麦藁帽子の頭をまじまじと見おろした。
「そ、れは・・・」
 ぐっとルフィが口ごもった。
 説明しろと言われても、彼自身はっきりした理由などわからない。
 ただ、なんとなく。
 自分の料理人が近くに来ている以上、他の誰かから食物を貰ってはいけない気がした。
 ルフィは、頬の熱を自覚しながら言い切った。
「オレが食うものは、あいつがくれるから、他はいらね!」
「・・・・・・・・・・・・あ、そ」
 ここまで来ると、むくむくと反感がもたげる。
 可愛さが余るとどうなるんだっけ?などとスネまくる兄の気も知らず、ルフィは憤然と訴えた。
「だからッ、早くオレを元の場所に連れてってくれよ!ほんっとに腹へって死にそうなんだぞ!!」
「さぁて、どうしたもんかな」
 にやにやと意地悪く笑んだエースは、ぐるりと周辺の地形を眺め渡した。
「試してみようぜ。おまえの限界が来る前に、そのナントカが俺たちに追いつけるか」
「はぁ!?」
 舞台は孤島、暮れなずむ奥深い森。
 死体は森に隠せ、とは誰が言ったセリフだ?
 最愛の弟が、兄の手をはね退けてまで求める相手とは、いかなるトーヘンボクか。
「俺の弟が飢えを耐えてまで待つ意味があるのかどうか、重々わかるってもんだ」
 帽子を目深に被り直したエースは、およそ友好的とは言いがたい眼差しを、森のどこかにいる相手に向けた。

 ルフィがうんざりと天を仰いだ。
 爛々と眼を光らせ始めた兄は、新しいオモチャを与えられた子供の類似系だ。
「・・・エース、もしかしてヒマなんか?」
「うんッ、そう!!じつはうちの船が出港するまでヒマで仕方ねんだよなぁッ、あんっまりヒマで森を散策してたら弟にバッタリってやつ!?」
 にぱっと満面で笑う彼は、どうやら暇つぶしのネタを探して森をうろついていたらしい。
 海賊家業に始まり、なんとも行動パターンの似通った兄弟だ。

 そしてその頃、エース曰く「ナントカ」は。
「・・・ッくしょう、どこのクソバカだ!!勝手にひとのモン連れて行きやがって!!」
 いつのまに船長がおまえのモンになったんだと、ウソップあたりが聞いていたらツッコミを入れたことだろう。
 もはや二次遭難の懸念は彼の脳裏から消えて久しい。
 樹木に目印をつける手間さえ惜しみ、彼らの足跡を追うサンジは、ただひたすら怒っていた。
■ GRAVITATION 第11話 こばためぐ

 森はすっかり闇に飲まれ、鬱蒼としたそこはさらに不気味さを増していた。
 エースは無造作に小枝を集め、草の少ない場所を選び火をおこした。指の先から簡単に小さな焚き火が出来上がり、
「あんまり大きくすると見つけてくれって言ってるようなもんだからな」
 楽しそうに笑うエースを横目に、ルフィは小さくため息をもらした。
「本当にヒマなんだな、エース」
 ルフィの言葉にも、彼はただ肩を揺らして笑ってみせるだけだ。そんな兄の姿にルフィは不機嫌に顔をそむけ、なにも見えない森の奥をじっと見つめる。
「ルフィ」
 名前を呼ばれて目線だけ向ければ、日に照らされた兄の顔が不敵に笑う。
「タイムリミットは夜明けだ」
「なに…」
「俺もそんなにヒマじゃなくてな、夜明けには船に戻らなくちゃいけねえ」
 問い掛けたルフィに口もはさませず、エースは表情もそのままに淡々とした口調で続ける。
「だからタイムリミットは夜明けだ」
 お前の頑固さはいやって言うほど知ってるからなと付けたし、麦藁帽子の頭に手を乗せて小さく破顔した。
 タイムリミットを決めたところで、エースはルフィになにも要求はしない。
夜明けを迎えれば、なに事もなかったように船まで送り届けてくれるだろう。
 ルフィを見つけられなかったサンジにも、何も言わないし何も求めない。だがこの先、サンジが彼に認められることもなくなる。サンジは今、「試されている」のだから。

「絶対に来る」
「たいした自信だな」
 ルフィはエースを真っ直ぐに見つめ、
「俺は仲間を信じてる」
 憤るわけでも、ムキになるわけでもなく、ただそう告げた。
 その瞬間エースの頭の中では、以前ルフィの船でみかけた船員たちが目まぐるしく駆け巡った。
「サンジ」と呼んだその名は女性ではなく、はじきだされるのは鼻の長い男と、緑の頭と黄色い頭。
「ま、安心しろ。夜明けまで待ったら、お前も、その「ナントカ」も船まで送ってやるよ」
 ふん、と鼻で笑うエースにルフィは眉間に皺を寄せた。
 そのまま何も見えない森の奥へ再び視線を向け、ただ闇をじっと見つめ続けた。
 夜明けまではまだ遠い。
■ GRAVITATION 第12話 佐々木流布

 エースは火が消えないように、少しすると何度かかき混ぜて、集めておいた枝を継ぎ足した。
 エースの力を持ってすれば火が消えたらまた、力でつければいいのだが、そうちょくちょくと小さい力を何度も使っていると面倒なのでなるべく火を絶やさないようにした。
 暫くの間、二人の間に沈黙が流れる。
「なあ、ルフィ。その『ナント』かってさ、お前の何?」
「ナントカ?って何だ?」
 振り向かずに答えた。
「ほら、お前が信じている仲間だよ。迎にくると信じている仲間」
「サンジのことか・・・?」
「そうそう、そんな名前。サンジ、サンジ」
 エースは弟がすごく信頼している仲間の名前を心に刻み付ける。
 サンジ・・・か。どんなヤツだ?こんなにもルフィに信頼されているなんて・・・。
 離れていたとはいえ、こんなにもルフィの心の中を占領する『サンジ』にエースは少し嫉妬を感じた。
「別に・・・、サンジは大事な仲間だよ。俺たちのコックだ」
 大切な仲間。
 その言葉がどのくらいの上限を占めているかわからない。どれほどまでの大事なのか。どういう意味での大事なのか。
 エースは小さく燃え上がっている炎を見つめていた。
「そうか。お前の大事な仲間なんだな」
 エースは『お前の大事』を強調して言った。
「うん」
 ルフィはこくん、と頷いた。
 少し間があき、
「・・・よかったな。大事な仲間にめぐり合えて」
 枝を足しながら言った。
 まるで娘を嫁に出している気分だ。
 大切にしていた弟が他の男に取られるなんて思ってもみなかった。
 こんな海賊時代だ。船の上には野郎しかいないから、男同士が悪いとかは思ってはいない。性欲の捌け口にヤルことだってそんな珍しくない。
 しかし、自分の弟がと思うとエースは気が気じゃなかった。
  そいつがどんなにルフィのことを思っているが、一丁、試してみるか・・・。

 エースはそう思うと炎を暫くの間見つめていた。
■ GRAVITATION 第13話 さっぽろポテト

「ふざけるな」
 サンジは今日何度目か、もう分からないほど心で呟いた台詞を声に出した。
 空はもう、闇に変わっている。
 先程まで空を照らしていた橙と青の混じった空は既に消えてしまった。
 この奥深い森の中では、闇と言うよりむしろ視界は黒に近い。
 まるで真っ黒な絵の具をぶちまけたかのような世界に舌を鳴らし。
 サンジはまた、今度は心の中で悪態をつく。
 煙草用のライターがこんな所で役に立つなんて思いも寄らなかった。
 一人ごちて。
 それでもやはり、自分の足元を照らす事もままならない小さな火では、森を歩くなど。
 死ぬようなもので。
「くそ…」
 こんなにも時間を食うとは。
 ルフィ以外は全員、船に戻ったろうか。
 憧れの航海士やその他の男共。
 コックの自分がいないのでは、皆食事も出来ない。
「ナミさん、腹すかせてんだろうなあ…」
 あの、馬鹿も。
 一番の大飯喰らい。
 よもや腹が減ったと泣き喚いて倒れていたりしないのか。
「…なんでコックってのは人の心配ばかりするのかね」
 自分が危ないと言う時にまで、普通に他の人の事が考えられると言うのは。
 職業病だろうか。
 他人が美味しいと喜ぶ顔を見ると、結構満更でもなく。
 それだけで満腹になるのだから、結構な奉仕職だ。
 こんな所でも、それが出る。
 だから料理はやめられない。
「ふざけやがって」
 何かに躓き、少しよろけて。
 サンジはまた悪態を付いた。
「俺はまだ、夕飯作ってねえんだぞ」
 歩くペースが、速くなる。
「あの馬鹿に食わせてねーんだよ」
 まだ、見てない。
 喜んだ顔。
 自分を一番満腹にしてくれるあの笑顔をまだ見ていない。
 今の自分は。
 あの船のコックとして。
 ルフィの為に、腕を振るっているのだから。
「絶対見つけて、嫌と言うほどあの顔見てやる」
 なんとしても。
 どんな事をしても。

「おれ以外があの顔見たら、許さねえからな…!」

 恋とか。
 好きとか。
 そんなちっぽけな言葉で表せる感情ではなくて。
 この世の物とは思えないほどの独占欲や。
 いっそ呆れるくらいの嫉妬心や。
 そんな小汚いものも全部合わさった、ある種醜い心で。
 己の全てで。

「ルフィ」

 絶対見つけて。
 愛してるって。
 嬉しそうなあの顔に刻み込んでやる。
「おれ以外、手、出せねえように」
■ GRAVITATION 第14話 日本一

「くそっ」
 呟きながらサンジは手荒く草を引き抜いていた。
 サンジに引き抜かれた草は傍らに広げたハンカチの上に積まれていく。
 別に悠長に花摘みに興じているわけではない。
 彼とて気は急くのだが、この森を移動するのにライターひとつではやはり心もとない。
 第一オイルが切れたら一巻の終わりだ。
「まさかこんなコトでこんな知識が役に立つとは思わなかったぜ。」
 陸地でのサバイバル知識なんて海のコックに必要無いと言い張るサンジに「バカヤロウ!」と怒鳴りつけながら、いろいろなコトを教えてくれたクソジジィの顔がちらりとサンジの脳裏を横切る。
 サンジはハンカチの上にある程度溜まった草を包み込むと、繊維をすりつぶす様に石を擦りつけた。
 見る間にハンカチは草の緑に染まっていく。
 サンジは淡々と作業を進めながら大きく息をついた。
 どうして彼の船長が絡むと自分はこんなにも冷静さを欠いてしまうのだろうか?
 少しだけ手を止めると、彼は取り出した煙草に火をつけた。
 ゆらりとたなびく白煙に、ぴりぴりしていた神経が少しだけ落ち着きをとりもどす。
「いいか、チビナス。窮地に立ったときこそ頭を冷せ。」
 懐かしい声が聞こえる。
 冷静に。考えろ。
 サンジは島に停泊する前にナミから受けた島に対するレクチャーの記憶を必死にたどった。
 よく考えればルフィは保護者に保護されたのだからもうサンジがやきもきする必要もない。
 朝になればそれなりに常識人(多分)の兄が彼を船まで連れてきてくれるだろう。
 それは判っているのだが、このままではサンジはどうにも割り切れない。

 もう少しで手が届いたのだ。
 後少しほんの僅かな差で自分は何よりも大事な物を掴み損ねた。
 それがたまらなく悔しかった。
 奪ったのが彼の実の兄であっても。

 渡したくなかった。

 それが正直な気持ち。

 ある意味ルフィが兄と共にいるというコトは自分にとって有利なのではないかとサンジは思いなおした。
 破天荒で何をしでかすか判らない船長が一人でいるよりも、兄が一緒にいる方がはるかに行動範囲の輪は絞りやすいはずだ。
 なんといっても実の弟を危険に晒したい兄は居ないだろうから、なるべく安全に朝まで非難できる場所を探せばいい。
 ふと、サンジはナミが言っていた遺跡の話を思い出した。
 今はもう土に埋もれて跡形もないらしいが、その昔は森にすむ神を祭った祭壇がこの地にあったとかで、何が関係しているかはわからないが獣達もその場所にはあまり寄り付こうとはしないらしいのだと彼女は軽い噂話のように語っていた。
 もっとも麗しの航海士の興味はそこに奉られていたかもしれないお宝の方に向いていたようだが。
 ぴんとサンジの神経が張り詰める。
 もしかしたらその付近に二人はいるのかも知れない。
 サンジは口元を引き締めた。
 ナミの話では遺跡は森の北に位置していて、日さえ昇ればそう苦労せずに港とは逆方向の町に抜けられるハズだ。
 多分間違いなくルフィはそこにいる。
 思考を巡らせながらも休まずに叩き続けていたハンカチに、十分に草の汁がしみこんだのを確認してサンジはそれをひも状に裂いていく。
 そして移動途中に拾ってきた手ごろな枝の先端に、くるくると巻きつけて固く縛りつけた。
 かちっと音を立ててライターをつける。
 ハンカチを巻きつけたその部分に火を近づけると、ボウッと明かりが灯った。
 油分を多く含んだ草の汁を十分に吸ったハンカチは枝の先で赤々と燃えている。
 些か原始的なキライがないではないが、簡単な松明でも無いよりは数万倍マシだ。

「さて、戦闘開始と行っとくか。」
 辺りの木々の成長から推測した北の方向を睨みつけてサンジはちいさくひとりごちた。
 殊更ゆっくりと立ち上がりながら、サンジは吐き捨てた煙草をぎゅっと靴底で踏み潰す。
 向こうはルフィが間違いなく最も信頼をおく人間の双璧の一人。
 相手にとって不足なし。
 誰が相手でも奪い返して見せる。
 世界でただ一人の大切な存在を。

 彼が誰を望もうと、彼を奪うのは自分ただ一人だけなのだから。

 睨みつける視線の先で、木々はは尚暗く深く、サンジの行く手を阻むように聳え立っていた。
■ GRAVITATION 第15話 弥月

 パチン・・
 炎の中で小枝がはじけて飛んだ。
 小さな火の粉が暗闇に舞い、炎は暗闇の中に二つの影を落とす。

「なぁエース なんでここなんだ?」
 森の奥に視線を向けたままルフィは兄に問いかけた。
「ふぁ・・?なにが?」
 大あくびをしながらエースが聞き返す。
「野暮用とか言ってたよな。それと関係あるんだろ。」
「へぇ・・・。」
 いつの間にコイツはこんな深読みが出来るようになったのか。
 おそらく海に出ていろんな経験をしたのだろうが、その成長ぶりに兄としては嬉しいような淋しいような。
「兄ちゃんのやってることが気になるってわけだ?心配か?ん?」
 微妙な気持ちでエースはかわいい弟の質問を軽くかわして聞き返す。
「別に。」
 返ってきたのは実にそっけない返事。
 エースはがっくりと肩を落とす。
 しかも、さっきからずっと森の奥を見続けたままだ。自分の方を見ようともしない。
 血を分けたこの兄のことよりも、「サンジ」という男の方が気になって仕方ないとみえる。
「はぁ〜〜〜・・・・・」
 エースはこれ見よがしに深い溜息をついてみせた。
 が、そんな兄を気に留める様子もなく、ルフィは続ける。
「ここでのエースの目的が何かなんて興味ねぇ。ただ、それがサンジをここで待つって事と関係してるんなら、知っとかねぇとって思っただけだ。」
「・・・あ、そ・・・。」
 容赦ない弟の言葉に更に落ち込みながらも、そろそろ頃合かと、エースは「目的」の為に動き出すことにした。
 もちろん弟の心を捉えて離さない「サンジ」という男を見定める「目的」も含めて――――。

「なんだこりゃ?」
 本日何度目かの転倒の際、サンジは奇妙なものを見つけた。
 自分がつまずいた場所。
 そこには石板らしきものが半分ほど地面から顔を覗かせた形で埋まっており、明らかに誰かが掘り起こした形跡があった。
 見えている部分だけでサンジの上半身ほどあるそれには、よく見ると何やら文字が彫ってある。
 サンジは松明を近づけて覗き込んだ。が、それは見たこともない形をしていて、解読することは出来ない。
「・・・・ワケわかんねェな。 ・・って、こんなモンどーでも・・・」

『奉られていたお宝の中には、神の秘宝と呼ばれるものがあるって話よ』

 再びナミの言葉が頭に浮かんだ。
「・・神の秘宝・・・・」
「!!」
 そして次にサンジの脳裏をかすめたのは、いつだったか本で読んだ記憶。
 世界の果てに眠る神の秘宝の伝説。
「グランドラインを世界の果てと表したとするなら・・・・」
 サンジは思考を巡らせる。
 我らが船長の兄は“白ひげ海賊団”の一員だ。秘宝とやらを狙っていても何の不思議もない。
 おそらくそれを求めて森を歩き回っていた時にルフィと出くわしたのだろう。
 そしてこの石板はたぶんヤツが掘り起こした物で、自分にはわからないこの文字も解読出来たのだろう。
「確か、その秘宝を手に入れるにゃ二つの鍵が必要だったよな・・・。それがこれに書いてあったとすれば・・・」
 本にあった「鍵」のキーワードを思いおこしながら煙草の煙を吐き出し、北の方角を見据える。
「なるほど、そういうわけか。」

 すう、とサンジは深呼吸をした。
 冷たい空気で肺を満たし、身体全体に喝をいれる。

「上等だ クソ野郎。」

 そう言い放つとサンジは再び走り出した。

「おまえ、そこ動くなよ」
 そうルフィに念を押すと、エースはきょとんとした弟の周りに集めてきた枝を置いていく。
 ルフィを中心にぐるりと奇妙な図形を描き、さらにそのまわりを円で囲む。
 さながら魔法陣とでもいった感じだ。
「?」
 ルフィは兄の不可解な行動に首をかしげながらも、
 まぁ今に始まったことじゃないし と、すぐにまた視線を森の奥へと戻す。
 その時。
「・・・!」
 ルフィの身体がピクリ、と震えた。
「・・来た・・サンジだ!」
 確信とか、確証とか、そういったものではない。
 ただ、己の全てでルフィはサンジを感じたのだ。
「わかるのか?」
 エースは半信半疑で問いかける。
「間違うもんか。」
 自信に満ちたルフィの言葉と顔。
 少々面白くないといった面持ちでエースは帽子を目深にかぶり直す。
「ふん・・・・とりあえずここまでは合格か。」
 東の空はまだ眠ったままだ。
 つまりルフィが言うようにサンジがそこまで来ているのなら、
 エースの決めたタイムリミットには十分間に合ったということ。

「んじゃま、おっぱじめるとするか。おまえの言葉を信じて―――な!!♪」

 ビリ――――ッ!!

 エースはいきなりルフィの服を破ると、その場にルフィを組み敷いた。
「何すんだエース!」
「さっきの質問の答えさ♪」
 そう言って嬉しそうに笑うエースにルフィはイヤな予感を走らせる。
 こういう表情の時のエースはろくでもないことをするに決まっているのだ。
 これはサンジを挑発する為の行動だとルフィは直感した。
「おい、エース! サンジになんかしたら許さねぇからな!」
「何かするんじゃなくて、してもらうのさ。もっとも出来れば、の話だがな」
 ニヤリ、と笑いながらエースはあらわになっているルフィの左胸に手を這わせた。
「とりあえず必要なのは、おまえのここで脈打ってる心臓だ♪」
 そう意味深な言葉をエースが発した時。

「・・てめェっっ!!ルフィから離れやがれっっ!!!!!」

 ルフィのすぐ傍でその声は聞こえた。
 ほぼ一晩中サバイバルを続け、端正なはずのその顔は泥と傷と血にまみれている。
 けれど。
 大好きな、今一番見たかったその顔。
 必ず来てくれると信じていた。
 誰よりも一番会いたかった。

「サンジっっ!!!」

 ルフィはありったけの声で叫ぶ。
 待ち人はルフィに視線を向け、ニッと笑った。
 そして、すぐにまた視線を戻す。
「くだらねェ余興にそいつをまき込もうとしやがって・・!!兄貴だろうが容赦しねェぞてめェ・・!」
 物凄い形相でサンジはエースを睨みつけた。
「ほう・・気迫はいっぱしのもんだな。こりゃ楽しめそうだ♪」
 そう言いながらエースは右手を高くかざす。
「しかもおれの目的もわかってるとみえる。バカでなくって嬉しいぜ、ルフィの大事な『仲間』のサンジくん」
「・・・っ!うるせェっ!!」
『仲間』を強調されてサンジの頭には一気に血がのぼった。
 そして。
 戦闘態勢に入ったその瞬間。

 ボワッ・・!!

 エースの手から炎の柱が上がった。
 そしてそれはルフィとエース自身を取り囲むように走り、瞬く間にサンジとの間に巨大は炎の壁を作り上げた。

「うわっっ!!」
「ななななんだぁ????」

 瞬時の出来事に、炎の壁の両側でサンジとルフィは目を白黒させる。
 そんな2人を尻目に不敵な笑みを浮かべてエースは言い放った。

「さぁ、審判の始まりだ―――。」
■ GRAVITATION 第16話 蒼里りこの

 炎の壁は一瞬にして、ルフィとサンジを隔てた。
 2重に描かれた魔法陣により、通常よりも熱く厚くなっている炎。
 瞬く間に見えなくなってしまったルフィ。
 その姿はエースに組み敷かれ、しかも上半身は裸だったというのに。
「クソヤロー・・・・」
 やっとルフィを見つけたのに、兄に連れ去られ、
 またルフィを探し出したと思ったら今度は炎の壁に遮られ。
 2人を出会わせないようにする障害のなんと多いことか。

 確か・・・・
 本で読んだ伝説はこう続くはずだ。
 サンジはその記憶を手繰り寄せていて、重大な事に気付いた。
 そして叫ぶ。
 ありったけの力で。
「ルフィ!!!早くそいつから離れろ!」

 その宝を手に入れるものに必要なのは。

 生きたまま引きずり出された、人間の心臓。

 昔はよくあった生贄信仰。


 その極めつけが確かこの神殿をとく鍵だったはず。
 生きたまま贄(にえ)から心臓を取り出し、まだピクピク動いている
 それから熱い血液を、神殿を開く鍵の上にそそぐというものだ。
 しかもその生贄が肉親ならば確実に開くという伝説から分かるように、秘法を手に入れるものにはそれなりの覚悟が必要という事だ。
 逆にいうのなら、秘法にはそれだけの価値があるはず。

「サンジ!」
 エースが邪魔をしてまた遮られた苛立ちに、ルフィは叫んだ。
 そして自分の上にいるエースを退かそうとするが、にやっと笑ったままで。
「エース!いい加減にどけよ!!サンジが、サンジが!!」
「あれくらいの壁、乗り越えなきゃ俺は認めないぞ。あいつを」
「壁って・・・燃えてるじゃんかよ!」
「俺なりの障害だvv可愛い弟につく『虫』になv」
「それだけじゃないくせに!俺たちをからかって楽しいのかよ〜・・・」
 言い合いの間にも、エースの手はルフィの心臓のあたりをなでている。
 トクトク・・・と鼓動を奏でるルフィの心臓。
■ GRAVITATION 第17話 嵯嶬拓比

「ルフィ・・・もしあいつが俺に認められなかったら、どうなるか教えてやろうか?」
 にやりと笑ってルフィの胸に這わせている指の爪を胸に食いこませるように力をこめた。
「いてぇ!何すんだよ、エース!」
 力の入らないルフィの動きを封じて左胸に爪を立てたエースは満足気に笑う。
「俺と俺が尊敬する唯一の人白髭のために協力してもらう。”死”という形でな」
 爪を胸から離すと、ルフィの胸にはエースの爪が食い込んだ赤い跡がくっきりと残った。
「や・・やだっ!やめろエース!なんでそんな顔してんだよ!」
「ルフィ!早く、そいつから逃げろっ」
 炎の壁を隔ててサンジの声が響く。今出せる力をすべて使って抵抗してみるがエースの体はびくとも動かない。さらに、力がどんどん抜けてくることにルフィは戸惑う。
「なん・・なんで力が」
「力入らないだろ?魔法陣のためさ・・・早く、あのサンジ君に助けてもらわねぇとな。
 俺はそう気が長い方じゃないんだ。あと10秒経ってもここに辿り着けないようなら・・・ルフィ・・・悪いが俺と白髭のために死んでもらう」
 ルフィが見たこともない顔で笑うエース。見たことのないエースに怯えるルフィだった。
「サンジ!早くこっち来てくれよっオレ、オレ、サンジと一緒にいたい!!死にたくねぇ!」
 そうルフィが絶叫した瞬間。炎の壁が大きく揺らいだ、視線を炎に移すとそこには煙を全身から立ち昇らせたサンジが怒りの表情を浮かべて立ちはだかっていた。
「ルフィ!今、助けてやるからなっ!こののくそ兄貴をぶったおしてな!」
 裾や袖に移り火している上着を脱ぎ捨てて、お情け程度に首にかかっていたネクタイを投げ捨てる。
「やっと来たか・・・あとちょっと待つだけで神の秘法を君も拝むことができたんだぞ。惜しいことをしたな・・・・サンジ君」
 にやりと笑ったエースが、ルフィの上からゆっくりと立ち上がった。腕を上に掲げるとぼおっと炎が出現する。地に倒れたままのルフィは泣きそうな表情でサンジを、そして兄の背中を見つめた。
■ GRAVITATION 第18話 横町あると

 ゆらめく炎の投影が、見知っているはずの兄を異邦人じみて照らした。

 森の木々を凪いでざわめく風が、いっそうの不安と当惑を掻き立てた。

「・・・ち、くしょ!」
 ルフィは、段々と失われて行く肉体の感覚に急いた。
 兄の強さは身に染みて知っている。この三年で、それはより強大な力となっているだろう。
 もしも、その兄が本気で彼を弄ろうとしているならば。
 決して自分の仲間を侮るわけではないが、たった一人で太刀打ち出来るような相手ではない。
「冗談じゃ、ね・・・!」
 無理やり喪失感をねじ伏せると、ルフィは重苦しくなる一方の身体を引き起こした。

 対照的な二人だった。
 姿は言うに及ばず。かたや怒り心頭、いまにも飛び掛らん勢いで相手を睨めつけている。
 対してもう一方の男は飄々とした態度を崩さず、どこか楽しげですらあった。
 実際、エースは面白がっていた。
 見た目にキレイな顔に反して、そうオツムが軽くもなく、怒りに任せて肉薄するほど浅はかでもないらしい。とは、誉めているのか貶しているのか判らないような評価だが、
「いまいち、怒り方が足りねぇなぁ」
 殺意にも至らない程度の怒りで、この俺をなんとかしようとは片腹痛い。
 ならば殺意を引きずり出してやるまで。そう、彼が笑みを滲ませた時だった。
「・・・ンあ?」
 大きく拳を振り上げたエースが、ふと緊張感のない声を上げた。
 背後から絡みついた腕が彼の動きを止めていた。
「離れてろ、ルフィ!」
「おいおい、邪魔すんなよ、面白いのは今からだろ」
 怒気を露にしたサンジの声に重なって、エースのぼやきが聞こえた。
「・・・邪魔はどっちだよ!もう、勝手なことすんなッ!」
 小さな力いっぱいに、エースの背中を抱きしめるルフィが叫んだ。
 認めるとか認めないとか、そんなことはどうでもいい。誰に決めてもらうものでもない。
 ただ、自分の大切な者を弄るような真似だけは、許すわけにはいかなかった。
「バカが・・・」
 声音とは裏腹に、弟を見下ろす男の眼に嘲りはない。
 むしろ、慈しむような眼差しに見えた。
 すぐにそれは茫洋とした笑みに取って代わり、無頼な手がルフィの腕を掴んだ。
「う、あッ」
「てめぇ・・・!」
「なぁ、そこの人。火の魔術がどんなものか知ってるか?」
 色めき立つ相手の様子には頓着せず、容赦なくルフィの腕をねじ上げたエースが、飄々と問いかけた。
「は。あいにく、お伽話とは縁がなくてね!」
「そりゃ結構。そンじゃ、ま、とくと御覧あれ」
 そう言った彼の手から、いっとき静まっていた炎がのそりと身を起こし、赤い舌を伸ばした。
 もとよりルフィは力のほとんどを奪われている。
 ぶら下がる格好で拘束されていた彼の胸に、ほんの一瞬、光源の強まった炎が喰い込んだ。

 
 あっという間の出来事だった。
 当の本人ですら、自分が何をされたのか判っていなかったに違いない。
 炎はたちまち掻き消え、あとは用済みだと言わんばかりに、ルフィはあっさりと突き飛ばされた。
「ル―――――・・・!」
 勢いよく傾いだ彼を抱き止めた、サンジの声が凍りついた。
 息継ぎを忘れた呼吸が、閉塞された喉の奥で渦を巻き、吐き気にも似た感覚を押し上げる。

 いやというほど嗅ぎ慣れた、鉄分を含んだ匂いが、強烈に鼻を衝いた。

「お伽話や童話なんかの魔法と一緒くたにしてんなよ」
 ぽつりと呟いたエースの手から、鮮やかな赤い液がしたたり落ちた。
 ほんの数滴のしたたりは、土に染み込むことなく、みずから意思を持った蛇のように地の窪みを走った。
「これは既成の事実だ、・・・種も仕掛けもちゃんとある」
 その多様性にもかかわらず、世界のすべては同一の階層的変容で満たされている。
 世にいう高位の術者達は、四つの元素で構成された希薄化の極を「火」と呼び、濃密化の極を「地」と名づけた。
 「地」は可視的な物質世界。「水」はそれに運動と生命を与える魂の領域。「風」は魂を一定の方向に導く霊的存在。
 そして「火」は、万物をひとつに結びつける究極的な「神」を意味する。
「四大による同一実体は、希薄化と濃密化の過程に応じて、無限の差異を生む」
 窪みをなぞって図形を描いた滴りから、ぼわりと青白い焔が立ちのぼった。
 自然の炎ではありえないそれが、淡々と言葉を綴るエースを取り囲み、勢いを増して闇色の空を舐めた。
「言いかえれば、火は人間が手なづけ得る、唯一の神というわけだ」
 風に晒された赤い肉塊が、彼の手のうえでドクリとうごめいた。

 炎が象る方陣の中央に位置したエースは、脈打つ弟の心臓を、ゆるりと天に掲げた。

 そんなはずはない、と、サンジは身に迫った感覚を必死で否定した。
 現にルフィの身体のどこを取ってみても、血の滴りどころか傷ひとつ見当たらない。
 むきだしの皮膚に、爪痕が点々と愛撫のような朱い刻印を残しているだけだ。

 それでいながら、ようやく捉えた想い人の胸に、あるべき鼓動はなかった。

 生命の途絶えた黒い瞳が、作り物のガラス玉のように、ひっそりと彼を映していた。
■ GRAVITATION 第19話 こばためぐ

「一つ目の鍵…」
 闇を照らす青白い焔。そこに映し出されるエースは無表情で、一片の感情すらそこから読み取ることができない。
 頭上で響いてくる声に、サンジはゆっくりと顔を上げた。
 頭の芯がしびれているようで、何を言われたのか瞬時に理解できなかった。
 しかしエースの手の中で脈打つそれをみたとき、足のつま先から血が逆流でもし始めたかのように身体が熱くなるのを感じていた。
 眩暈を起こしそうになるほどの熱の中で、それでもルフィを静かに横たわらせ、サンジはゆっくりとエースを仰いだ。
「それだけじゃ秘宝は手に入らねー」
 泥で汚れてつぶれてしまったタバコを咥えると、サンジの手元に小さなライターの火が点される。吐き出された白い煙はまだ暗い空へと上がっていく。
 扉を開けるために必要な鍵は二つ。
 もう一つの鍵がなんだったか、目の前で横たわるルフィの姿に思考が霞んでいく。
「そんなに秘宝がほしいのかよ、実の弟を手にかけてまで」
「俺たちは海賊だろう?」
 即答するエースの声に抑揚はない。それがさらにサンジを苛立たせていた。
「せっかくだから見せてやるよ。神の秘宝ってヤツを」
 口の端を歪ませて笑うエースの姿が、空へ昇る青い焔に見えなくなる。その熱風に煽られ、サンジは一瞬体制を崩した。よろめいて空を見上げれば、森の彼処から立ち上がる光の筋が、エースの頭上で一つになっている。
 夜の闇は一転して、真夏の陽射しよりも強く明るい光に包まれていく。
「一つ目の鍵は扉を開き、二つ目の鍵で秘宝を手にすることができる」
 焔は消え、光の中でエースが呟く。光の中央を眺めていた彼が、ゆっくりとサンジに振り返る。
「夜明けとともに、扉は閉じる」
 それまでに秘宝を手にしなければいけない。
「…神の秘宝ってのは、そんなにごったいそうなものなのかよ」
 知らずに唇を噛み締め、サンジの口内に鉄の味に似たものが広がる。そんなもののために大切なものを奪われ、これほどの光の中にあってもまだ闇の中にいるようだった。
「てめえだけは、ぜってえに許さねえ…!」
 そう叫んだと同時に、サンジは光の中央にあるエースに飛び掛っていった。
 その瞬間そこからあふれ始めた光に森全体が呑まれ、2人の姿も、横たわるルフィの姿もその中に消えていった。
■ GRAVITATION 第20話 佐々木流布

 絶対、・・・絶対お前だけは許さない!!俺の大事な人を傷つけた罪、テメェーの命で購わさせてやる!!
 サンジは光に飲み込まれながらそう思った。
 くすくす、とどこからともなくエースの笑い声が聞こえた。
 しかしサンジはこの光のせいでどこにエースがいるのかがわからなかった。
 ちくしょう!一体どこにいやがる?!どこだ!
 眩しくて目がくらみそうになるが、なんとか目を凝らして辺りを見回した。
 駄目だ。全然わからねー。どうすりゃいいんだよ。
 サンジは唇をかみ締める。
「そろそろ、時間がねーから、。そろそろ秘宝を開ける二つ目の鍵を手に入れさせてもらうぜ」
「な・・・に?二つ目の鍵だと?」
「ああ、そうだ」
 こいつに二つ目の鍵を渡してなるものか!ルフィの命で手に入れた秘宝なんて絶対俺が渡さねーー!
 サンジは目を細めて周りを見渡した。すると前方に薄っすらと影が見えた。
 あそこか!!
「なあ、サンジ。二つ目の鍵、なんだか知ってるか?」
 段々声が近づいてくる。
「知らねーな。そんなの知りたくもねーよ」
「そうか。まあ、俺にとってはお前が知ろうが知りまいがどうでもいいこどだけどな」
 ふっふっふっ、と笑い声が聞こえる。
 癇に障る笑い方だぜ。
 イライラとする気持ちをなんとか落ち着かせる。
「これ以上お前と話してもしょうがないから、次の段階に進めさせてもらう」
「進ませるかよ!!」
「それはどうかな?」
 そうエースが言った瞬間に、胸に激痛が走った。
「なっ・・・・。ぐはっ!!」
 サンジは口から血を吐いた。
 なんだ?何が起こったんだ?
 見ると目の前にエースの姿があった。そしてエースの右腕がサンジの腹を貫いていた。
「二つ目の鍵、何だか教えてやろうか?」
 にやっ、とエースが微笑んだ。
 こほっ、と又吐血する。
「それはもう一人の生贄だ。特に一つ目の鍵に近い者が好ましい。まさにお前にぴったりだ。この場を与えてくれた神に感謝するよ。俺はついてる」
 こいつは悪魔かよ・・・・。ちくしょう・・・、視界がぼやけてくるぜ。
 エースの右腕からサンジの血液が下に滴り落ちた。するとそこから黒い穴が開き始めた。
「これで鍵は揃った。お前達に感謝するよ」
 エースはサンジの腹から腕を抜き、サンジを横に放り投げた。
「お前には特別に見せてやろう。秘宝ってヤツを」
 そう言うとエースは高らかに笑った。
■ GRAVITATION 第21話 さっぽろポテト

エースがサンジの腹に突き刺さっていた己の腕を引き抜くと。
 黒く広がっていく地面に、サンジは膝をついた。
 喉の奥から生暖かくて、鉄の匂いが強烈にする塊のようなものを吐き出す。
 競り上がってくる痛みと気持ち悪さから、瞼が自然と落ちてきた。
 けれど。
「ふ…けろこの、クソ野郎が…っ」
「…へえ。まだ大丈夫なんだなぁ」
 目の前にあった、ルフィの兄の足。
 兄とも思いたくないが。
 その足を思い切り、引っ掴む。
 ぎりと、骨を締め付ける音。
 見下し見ていたエースの目が、ふと、少し緩んだ。
「何、そんなにルフィが大事?」
 嬉しいねと、本気でそう思っているような声がサンジの耳に届く。
「そんなに血流して。そんなに苦しそうにしてるのに」
 掴んでいた手を、足を思い切り振り上げて払いのけると。
 尚も掴もうとするサンジにやはり楽しそうに声をあげた。
「そんなに俺の弟が大切か」
 胸糞わりい。
 今までにこんなにも頭に血が上った事があっただろうか。
 笑うその声も何処か遠くに聞きながら。
 サンジは目の前の男が弟と呼ぶ、ルフィを思う。
 笑い。
 言葉を投げかけるその楽しそうな顔といったら。
 自分を魅了してやまなかったと言うのに。
 先程の、血を流しながら。
 自分を見ない瞳。
 思い出すと、また喉の奥から血が上がってきた。
 ああ、むかついて仕方がない。
 大切かだと、笑わせるな。
 大切すぎて大切すぎて。
 それこそ自分よりも守りたくて仕方がなくて。
 こんなになってまでも、自分の事より優先するくらいに。
「そうかそうか。嬉しいよ、すっげー嬉しい」
 やはり、心底そう感じているエースの声がした。
「…返せ」
 お前が持っているのは、俺の大切なものなんだよ。
「返し…がれ」
 俺の大事な。
 俺の一番大切な。
 ルフィの。
 命だ。

「サンジって言ったっけ。ルフィの何処がいい?」
 顔、性格、それとも何だ。
 エースはやはり楽しくて仕方ない様子で。
 サンジに問う。
「そんなになってさ、ルフィを助けて。何処にそんな惚れてんの」
 声を出せば、また吐血するのは分かってるはずなのに。
 それでもエースは答えない事を許さぬよう、サンジに問うた。
「…何処、とかそんな、小せえ事じゃねえ」
 途切れ途切れに、それでも確実に己の心を吐露する。
「信念、野望、あいつを取り巻くもん、全部」
 心の奥から、自分の全身全霊かけてでも。
「愛してんだよ…クソ兄貴め」
 そんな言葉では足りないくらい。
 それほどまでに、捕らわれてしまっている。
 惚れる惚れないなどもう、とうの昔に過ぎ去った。
 ルフィを、ルフィの全てを。

 俺は、あいつの全てを愛し過ぎている。

「…そろそろか」
 それまでの息を止め。
 辺りを窺うように、エースは黒く染まった地面へと目をやった。
「見てみろよ。これが、宝だ」
 途端に、目の前が青くなり。
 ゆっくりと聞こえてきた波の音に。
 サンジはゆっくりと顔を上げる。
 そこは。
 何もかもの始まりと終わり。
 広大なる、偉大なる海が、その姿を現していた。
■ GRAVITATION 第22話 日本一

 ばかな・・・・・・
 ぼんやりと薄れ行く意識の中で、サンジは目に映る光景に嘆息する。
 ここは森の中で海なんてあるはずがないのに。
 それでも紛れもなく耳を打つのは穏やかな波音であり、あろうことか倒れ伏し地面にねじ付けられた頬に感じるのは冷たい水の感触。

 感じるのは痛みよりも身を焦がす熱さ。
 まばゆい光の中で、見上げた影は暗く深く、その表情はサンジには窺い知ることはできない。
 ただその腕にある愛しい人の心臓に、自分の身体から流れ出た血が塗り込められ交わる様だけはやけに鮮明にサンジの視線を奪った。

「これが神の秘宝だ。」
 聞きたくも無い男の声が聞こえる。
「知ってたか?海はこの星で一番最初に生まれたものだ。」
 産まれたばかりの星の熱く煮えたぎる脈動たる溶岩が、雲を作り雨を降らせた。
 地表に降リ注いだ雨はまた蒸発し、更に地表に降り注ぎその熱を奪っていく。
 水はやがて地表を潤し、大地と水の美しい星を作りあげる。
 そして母となった海は生命を生み出し、その生命は大気中の酸素を作り、
そうして生物はその姿を多種多様に進化させ連綿たる生命の連鎖と営みが今もなお続けているのだ。
 その意志のなんと深遠で遠大なることか。
「海は全ての生命の源だ。だから人は海に回帰する。」
 この星の記憶がすべてこの海の中に眠っている。
「神の秘宝とはこの星の記憶そのもの。」
 あらゆる生命の越し方行く末。
 およそ人間のちっぽけな器では収まりきるハズもない膨大な情報。
 徐々に水の中に沈んでいく自分の身体を、心地良いと感じるのは何故なのだろか?
 サンジの途切れそうになった微かな意識の縁で、もう一度男の声が聞こえた。
「これでオレの用事は済んだ。お前らのお陰だな礼を言うぜ。」
 もうぼんやりとしか映らない視界を遮るように男の影がゆらめく。
 そしてサンジの目の前に赤い肉塊が恭しく差し出された。
「ルフィ・・・・・・」
 それが何かと認識した途端、不意にサンジの意識が鮮明になった。
 一切のノイズが消えてただ一人の存在だけに埋め尽くされる。
 誰よりも何よりも大切なその存在。
 ゆっくりと手を伸ばしてそれに触れる。
 もう力強く脈動することのない、そのくせ信じられないほど柔らかな愛しい人の心臓。
 傍に立っているだろうその人の兄の存在なんてもうすっかりサンジの頭から消え失せていた。
 ただ、最後の宝物を守るようにそれを腕の中に抱え込む。

「最後にいいことを教えてやるよサンジくん。」
 何も神様は意地悪なだけじゃない。
 贄とされた哀れな消え行く命でも、最後の願いくらいは聞き届けてくれる。
「何でも願えばいい。自分の命を助けてくれと願えば君は生き返る事ができる。」

 さぁ、どうする?

 男の問いかけにサンジはにっと口端をつりあげた。
「だったら、オレが願うことはただひとつ。だ・・・・・・」
 この手の中の心臓がもう一度脈動すること。
 あの澄み切った太陽のような笑顔をもう一度取り戻すこと。
 渇ききった唇がどこまで動いたのかは判らなかったが、そんなコトはもうどうでも良かった。
 今願いを聞き届けてくれるのは、目の前の人間ではなく、神様なのだから。

 最後に願うのはただ一人のその人の復活。

 途切れて暗く薄れていく意識の中で、心底嬉しそうに笑った男のその笑顔だけが、鮮やかに残っていた。

 
 ふと、暖かい日差しを感じてサンジは目を覚ました。
 天国・・・・・・というには妙にカンジがリアルすぎる。
 飛び起きて見渡すと、そこは森のハズレで、緩やかに傾斜した道の向こうにはかすかに町並みがうかがえる。
 太陽はとうに高く上り、柔らかな日差しを投げかけていた。

 まさか!

 サンジは胸を押さえた。
 夕べのエースとのやり取りが幻だったなんてことはありえない。
 実際自分はあきれるほど泥だらけで、シャツに滲んだ真っ赤な血の跡も生々しい。
 ならばルフィは?
 ルフィはどこに行ったのだろう?
 自分が最後に願ったのは彼の復活、それのみだったハズなのに。
 どうして生き返ったのが自分だったのか?
 どうして・・・・・・?

 「クソ・・・・・・!!」

 地面に叩きつけた手から血が滲み出た。
 ルフィ、ルフィ・・・・・・!

 改めて失った存在の大きさに愕然とする。

「このクソゴムが!オレはまだお前に好きだって一言も言ってねぇぞ!」

「うん、聞いてねぇ。」

 叫んで叩きつけた手が地面をえぐったのと同時に声が聞こえた。
 懐かしい。誰よりも聞きたかったその声。

「ルフィ?」

 恐る恐る振り返ったその視線の先に立っていたのは・・・・・・
■ GRAVITATION 最終話 弥月

 ふわりと。
 風が舞った。

 柔らかな金色の髪が風に泳ぎ、視界の中で揺れる。

 その向こうに見える黒髪の少年が、風に浮いた麦わら帽子を慌てて手で抑え、そして、笑った。
 自分が惹かれた、あの太陽のような笑顔で。
 護りたくて、護らなければならなかったはずの大切なもの。
 全てを――――失ったと思っていた。

「・・・本当に・・おまえなのか・・?」

 触れれば消えてしまうのではないかという不安を掻き消しながらサンジは目の前の少年に手を伸ばす。

 少し癖のある黒い髪。
 赤ん坊のそれを思い出させるような柔らかな肌。
 左目の下にある子供の頃につけたという傷。
 確かめるようになぞっていく暖かなそれら一つ一つは、間違いなくここに存在するもので。

「・・・ルフィっ!!!」

 サンジは力強く、それでいて優しく包み込むようにルフィをその胸に抱きとめた。
 接した胸の奥から感じられる規則正しい鼓動は、紛れもない「生」の証。
 サンジの目から涙が零れ落ちる。
 あとからあとから溢れ出るそれは止まる気配を見せず、ルフィの首筋をも濡らす。
「結構泣き虫なんだなァ サンジって。」
「・・っ うるせェ・・!」
「おっかねぇだけじゃなくって、カワイイとこもあるんだな♪」
「・・な・・・てめェ さんざん人に心配かけといて他に言い草はねェのかよ!」
「・・・ある。」
 ルフィはもたれてかけていたサンジの肩から、涙でぐちゃぐちゃになったその顔を上げ、泣き虫なのは自分もいっしょだと笑った後、まっすぐにサンジの瞳を見た。
「ずっと待ってた。信じてた。来てくれてすげェ嬉しかった。ありがとうなサンジ。でもって・・・ゴメン・・」
 謝罪するルフィの目に再び涙が浮かぶ。
 自分の勝手な行動の結果が招いたあの悪夢。
 サンジを危険な目に合わせ、その命をも危うくしてしまった。
 そしてそれを実行したのは自分の兄なのだ。
 本来なら、二度と目の前に姿を見せられるはずもないだけの事をしてしまったというのに。
 それでも。
 どうしても謝りたかった。
 ありがとうと伝えたかった。
 だから。
「謝って済むことじゃないってわかってる。だけどちゃんと言わなくちゃってそう思ったんだ。たとえ許してもらえなくても、それでも謝らなくっ・・・」
 目の前で微かに震えながら話す麦わらの少年の言葉をサンジは自身の唇で遮った。
 それはほんの一瞬だった。
 けれど、自分の恋しい人の口付けを受けてルフィの身体は微熱を帯び、鼓動が激しく、早鐘のように鳴り響いた。
 サンジの顔がまともに見られない。
 そんなルフィの反応に少し困ったなという顔をしながらサンジは優しく言葉を投げかける。

「おまえがこうしてここにいる、それだけでいい。」

 謝る必要などどこにもない。
 おまえは何も悪くないのだから。
 謝るべきは自分。
 今のこの状況がどうであれ、護ってやれなかったのは事実。
 あのクソ兄貴に、なす術を持たなかったのは事実。
 そしてたぶん、あの野郎が何らかの力を使って自分達を復活させたのだろうことも事実なのだろう。

「おまえが謝る必要なんてねぇんだ。」

 サンジの言葉にルフィは目を潤ませる。
 どうも一度緩んだ涙腺は開きやすくなっているらしい。
「海賊王になるって男がいちいち涙見せてんじゃねェよ。」
「だってサンジが・・・怒ってねェのか・・?」
「だから・・怒る理由がねェっての」
 ルフィは心の底から安堵した。
 自分の好きな人の優しさ、暖かさを全身で感じ、改めて仲間である事を誇りに思い、この男と巡り合えたことに感謝する。
 そして願う。
 ずっと一緒に歩いて行きたいと。
 ずっとそばにいて欲しいと。
 それを伝えたい。
 そう思った時、あの口付けの意味が知りたいと思った。
 あの言葉をもう一度聞きたい、と思った。
「サンジ・・・」
 自分を呼ぶその声に笑顔で答えたサンジだが、
 次に出た言葉に思わずむせ返っていた――――――。

「悔しいがあいつにならルフィを任せてもいいか。」

 モップを肩に担いだエースが、空を仰いで溜息をつく。

―だったら、オレが願うことはただひとつ。だ・・・・・・―

 その言葉を聞いた時、エースの気持ちは決まった。
 もとより、ルフィを殺めてまで手に入れようとしていたわけではない。
 成り行き上、こういった展開になってしまっただけで、可愛い弟を本気で殺そう等と誰が思うものか。
『神の秘宝』とはこの星の記憶そのもの。あらゆる生命の越し方行く末。誕生と復活の力を持つもの。
 だからこそ出来た『審判』だったのだ。
 サンジの願いは開門者であるエースを経て『神の秘宝』へと流れ込んだ。
 そして既に息絶えた弟にも不思議の力を持って問い掛ける。
「そんなの決まってる・・・」
 当然のように返ってきた言葉。
 ルフィの願いも『神の秘宝』へと流れ込んでいく。
 そして二つの願いが互いに引き寄せられ、光にも似た一つの球体へと変化した時、奇蹟とも呼べる力が解放されたのだ。
 と同時に開かれていた門はその口を閉じ始め、3人は再び光の中へと吸い込まれていった。
 そうして一つの奇蹟を生んだ『神の秘宝』は、次の開門者を待ち再び眠りについた――――――。

「エース!!サボってんじゃねェぞっ!!!」
 白ひげに怒鳴られ、慌ててモップを持ち直すとエースは甲板の掃除の続きを始めた。
『神の秘宝』を手にいれるどころか、その謎を解くことも出来なかったと報告したエースは罰として船中の掃除を言いつけられていた。
 もっともみえみえの嘘であることは白ひげにはわかっていたようだが、敢えて気付かぬふりをしたのはエースを信頼してのことなのだろう。
 何か理由があるに違いないとそう考えたのだ。
 それでも失敗は失敗だ。罰なしで済むはずはないのである。
 久しぶりの一般労働に汗を流しながらエースは、また一つ大きく溜息をついていた。

「さっきの言葉、さ。」
「あ?」
「あれちゃんと聞きたい。」
 突然何を言い出すのかとサンジは首を傾けたが、すぐに何を言っているのかに気付き、見る見る紅くなる。
「あ・・・あれは・・・っ・・だから・・・深い意味じゃなくて・・だな・・!」
「じゃぁさっきのキスも意味はない・・・?」
「それは、おまえ、成り行きっていうか・・・・」
 むせ返りながら、そこでサンジは言葉を止めた。
 今回のことでイヤと言う程思い知らされた自分の中の想い。
 たまたま今回は神の奇蹟とやらが起こったらしいが、こんな海賊家業をやっている以上、いつまた命の危険にさらされるかわからない。
 だから。
 こいつにどう思われていようと、自分の気持ちは伝えておきたい。
 その結果、船を下りることになったとしても、この想いを偽ったまま過ごすよりははるかにマシだ。
 ただ、告げることでこいつを苦しめる結果になったら・・・・。
 それを考えると迷いが生じる。
 どうすればいいのか。
「サンジ?」
 急に黙り込んだサンジの目を覗き込みながら心配そうにルフィが顔を近づける。
 無垢な、純真なその瞳で見つめられ、サンジは心を決めた。
 嘘は、つきたくない。

「ルフィ――――」

「おれはおまえが好きだ。誰よりもおまえを愛してる。」

 その暖かく優しい声色に包まれた想い人の告白にルフィは照れくさそうに微笑むと、サンジの胸にその身を預け自分の想いを返す。

「じゃ、おれといっしょだな。おれも・・・大好きだ。」

 自分が一番欲しかった言葉。
 求めても、得られないと思っていたもの。
 その全てが今、自分の腕の中にある。
 サンジは預けられたそのしなやかな身体をそっと抱きしめ、恥かしそうに唇をよせてくる腕の中の愛しい人に口付けた。
 そして一度視線を絡ませたあと、再び唇をよせる。
 焦らすように、ゆっくりと、深く重なる口付けにルフィの頭は感覚を失う。
 サンジもまた、今手に入れたばかりの甘い果実の芳しさに酔いいしれ、理性さえも奪われそうになっていく。

 その時。

 ぐぐう〜〜〜・・・っ

 あろうことか、ルフィの腹の虫が思い出したかのように大合唱を始めたのだ。

「おまえ・・・・・」
「そういや滅茶苦茶ハラ減ってたんだ おれ。」
 悪びれる様子もなく、ししっと笑う我が愛しの船長にヤレヤレと溜息をつきながらも森の中で見つけた果物を差し出そうと当たりを見渡してみたが
 ここはあの時の場所ではないのだ。当然何処にも見当たるわけがない。
 もっとも、元の場所であったとしても燃えてしまっていたのだろうが。
「なんだよー、ガマンしてずっと待ってたのにさー。」
「ンだとォ!?元はといえばてめェが森なんかに迷い込むから・・・」

 ぐう〜〜〜〜〜っ

 サンジのハラの虫もつられて合唱を始めた。
 ルフィのほうはひどくなる一方である。
 2人は最善の策として船に戻ることにした。
 仲間も心配して待っているはずだ。

「おまえ、戻ったらナミさんに叱られるな。覚悟しとけよ。」
「あ〜〜〜〜・・・・・・・」
 青ざめた表情で肩を落とすルフィを横目に笑いながら、
 サンジはかろうじて残っていた1本の煙草に火をつけた。
 紫煙をくゆらせながらふと見上げた空はどこまでも青く、
 何事もなかったかのように風と雲を遊ばせていた――――――。


the end