■ 小説書きさんに暗〜い20のお題 01:精神安定剤 (九龍×夷澤) 水天宮拓仄

 天香学園男子寮、自室で寛ぎながら小型のパソコン「HANT」を広げ何事か入力作業を行なっていた葉佩九龍。
 画面を見つめ、カタカタと小さい音を鳴らしながらキーボードを叩いていると扉を叩く音が耳に入って指を止めた。
「誰?」
「センパイ。オレですけど、入っていいっすか?」
「ああ、トーヤか。いいぞ、開いてるから入れよ」
 訪ねてきた人物が普段から可愛がっている後輩だったので、HANTを手に持ったまま扉の方へ視線だけを向けた。
 返事をすると、一呼吸おいて勢い良く扉が開きボクシング部での可愛い後輩であり、今やこの学園にある遺跡を調べる際にもバディとして活躍を見せる夷澤凍也が入ってきた。
「どうしたんだ?珍しいなお前から訪ねてくるなんて」
 カタカタと指を動かしながら、凍也の方を一瞬見てすぐに視線をHANTに戻す。
「・・・その口に咥えてるの、どうしたんすか?」
 明かに不愉快な声に九龍は凍也に再び視線を移した。
 形の良い眉を吊り上げ、眉間にいつもより皺が多く入っているところを見ると、どうやら怒っているらしい事に気づく。
 でも、まだ何も自分はやっていないし、凍也が怒るような発言もしていないはずだ。
「何、怒ってんのお前。全然、意味わかんないんだけど」
 HANTをたたみ、腰かけていたベッドの上に軽く放って立ち上がる。
「そ、の、口に咥えてるのは何かって言ってんっすよ」
「ああ、コレの事か」
 九龍が口に咥えていた物、それは未成年には禁止されているはずのアイテム・煙草である。
 窓を細く開けて、今まで腰を下ろしていたベッドの脇には空き缶を灰皿替わりに置き、すでに何本か吸った後のような痕跡が見てとれた。
 鼻をヒクヒクさせて凍也は部屋の匂いをかぎ、ツカツカと九龍に歩みよると勢い良く彼の口に咥えられた煙草を取り上げ、空き缶に突っ込んだ。
「おい、何すんだよ。まだ、ちょっとしか吸ってねーんだ。もったいない」
「何言ってんすか!ここをどこだと思ってるんです!高校の寮っすよ」
「そんなのわかってるよ。だから、コッソリと1日数本吸ってるだけだろ?」
 何をそんなに怒っているのか、本当に理解できなくて両手をあげてキョトンとした表情を作る。
 それが、また凍也の感情を逆撫でた。
「そういう問題じゃありません!あんた、まだ未成年だろ!」
「大声出すなよ。廊下に聞こえたらバレちまうだろ。ま、とりあえず座って落ち着けよ。な?」
 いつもの笑顔を作って凍也の肩に手を触れると、それは勢い良く叩き落とされてしまった。
 手の甲を叩かれたせいか、そこは赤く染まり軽く痺れを九龍は感じた。
「煙草臭い手で俺に触らないでください」
 そう言うと、九龍の言葉に従ってその場に腰を下ろした。
「トーヤ、煙草嫌いなんだ?」
「嫌いっていうか・・・まだ吸った事もないっす。でも、臭いは嫌い」
 鼻をヒクヒクさせて僅かに残る煙草の臭いをかぎつけて顔をしかめる。
 そして、急に「あれ?」という表情に変わって九龍の顔を見つめると、かっと頬を紅潮させて視線を伏せた。
 くるくると変わる凍也の表情を正確に九龍は読みとって口元を緩める。
「何?俺とちゅーした時に煙草臭さ感じなかったから不思議か?」
「・・・なっち、違いま・・・・す・・・っ」
 真っ赤になりながら九龍を睨んだ途端、ちゅっと軽く唇を奪われた。
「どう?臭い?」
 にっこりと笑って感想を求める九龍に拳を振り上げたが、今度は軽く受け止められ、そのまま引き寄せられてしまった。
 今は九龍の広い胸の中に顔を埋めている形だ。
「や・・・やめ・・・離せっよ!」
 思い切り両腕を九龍の胸で突っ張ってなんとか距離を保とうとする。
 今度は先ほど違う赤みが凍也の頬に昇ってきた。
「臭くないだろ?これでも、お前には気を使ってんだぜ、俺」
 それについては、思い当たる節があるので凍也の動きが止まる。
「で・・・でも、今は臭いっすから嫌です」
「そっか?これも俺の臭いだと思えば臭くないと思わないか?」
 今度は凍也の両手首を握り締めて自分に引き寄せて抱き締めた。
「・・・・・・そ、そうでもないっす」
 小さい声で呟くと、九龍の服をぎゅっと掴んで顔をその胸に埋めた。
 本当は、そんなに臭いとは感じていない。
 九龍の体臭とかすかな煙草の臭いが混じって自分にとっては心地よい程に感じているのだ。
「本当に?」
 凍也の髪を優しく撫でながら、見た目よりも柔らかいそれに鼻を寄せてクンと嗅いでみる。
 シャンプーの香りが九龍の嗅覚をくすぐった。
「お前はいい臭いしてるな」
「ちょっ!何、嗅いでんですかっ」
 そう言うと、さっきまでの甘い雰囲気は消えうせてしまう。
 体全体で九龍から離れて、相変わらず顔を赤くした凍也はまともに目の前の男を見れなくて、顔を逸らしながらまくし立てた。
「あんなに臭いモノ吸うなんて、信じられませんね!スポーツやってるくせに!早死にするのに!」
 軽く息を弾ませながら言い終えると、立ち上がって窓を全開にした。
 今は冬、暖房が効いているとはいえ窓全開は寒いだろうが、そんな事は気にしない。
「なんだ、俺の体が心配だったのか?サンキュな」
「べ、別にそういうわけじゃないっす!同じボクシング部としてはですね、いや・・・生徒会として言ってるだけっす」
「トーヤには悪いけどさ・・・やっぱ、コレは止められない」
 そう言って、ベッドの下に手を入れると開封済みの煙草箱を取り出し、慣れた手つきで煙草を一本を唇に咥えた。
「どうしてですか?」
「ん〜一種の、精神安定剤なんだよ。コレが、俺にとっての」
 再びベッドの下から安物のライターを取り出して煙草に火を灯した。
 すうっと吸い込み、煙草を指に持ち替えて窓の方向に向けて煙を吐き出した。
 窓が開いているとはいえ、煙を吐き出した瞬間は部屋中に臭いが充満する。袖口で鼻を覆うと凍也は少し煙を扇ぐような仕草を見せた。
「精神安定剤・・・っすか?」
 九龍の言っている事が理解できない。
 首を傾げる凍也に九龍が自嘲気味に笑った。
「トレジャーハンターなんてやってるとさ。時には人を傷つけたり、殺めたりする事もある・・・俺だって、何やっても平気なほど感情が無いわけじゃない。落ち着かない時は、よく・・・な。もう3年以上前からだよ」
 くくっと笑いながら、再び煙草を唇に咥えた。
 窓の近くにいた凍也がゆっくりと目の前に近づき、少し距離を置いて止まった。ベッドに腰かけたままの九龍に、目の前に立つ凍也の影が落ちる。
「この学園でも落ち着かないんですか?俺といる時も?」
 少しかすれた声を出す凍也を見上げる。
 目を伏せ、男にしては長い睫毛がかすかに震えているのが見えた。
「いや、もう今となっては癖みたいなもんだ。気にすんなって」
 笑いながら両腕をポンと叩くがいっこうに凍也の顔が上がる事はない。
「でも、この学園に転入してきた頃は吸ってなかった。吸い始めたのは、ここ一ヶ月でしょう?」
「・・・なんで、そう思うんだ?」
「センパイの臭いが、出会った頃と違うから・・・」
 それを告げると恥ずかしくなったのか、再び顔に朱が昇る。
「そんな事に気づくのはお前だけだなぁ」
 凍也の言葉がすごく嬉しくて九龍は思わず立ったままの凍也を抱き寄せて、顔をちょうど目の前にあった凍也の腹部に埋めた。
「ごまかさないでくださいよ・・・どうしたんすか?」
「もうすぐ、この学園ともサヨナラだと思うと落ち着かないんだよ。お前にも滅多に・・・いや、もしかしたら二度と会えなくなるかもしれない」
 自分の腰に腕を回している九龍の頭を上から抱き締めた。
「会えますよ、きっと。すぐに」
「その保証はないだろ」
「そんなことないっすから、安心してくださいよセンパイ」
 頭上から降る凍也の声を心地よく感じながら九龍は瞳を閉じて少し早く脈打つ心臓の音に耳を傾けた。
「だから、煙草もうやめてください」
「・・・お前が俺の精神安定剤になれるのか?」
 凍也の顔を見上げると、九龍の顔にすっと影が重なる。
 九龍の唇に触れた温かい感触。だが、それはすぐに離れていった。
「こんなんでイイなら、いつでも・・・・お、おやすみなさい!」
 自分が言った台詞に照れて首まで真っ赤になりながら、凍也はバタバタと廊下に飛び出していった。
 部屋に残された九龍は呆然として、手に持っていた煙草を床に落とした事で我に返ったのだった。
「っやべぇ!」
 慌てて煙草を拾い上げ、空き缶にねじ込む。
 床に散らばったままの、途中まで減った煙草の箱と安物のライター。
 そして今手に持っている灰皿代わりの空き缶。
 一瞬、考える素振りをした九龍だったが持っていた空き缶をぐしゃりと握り潰していた。


end