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■ 素直になれない人へ向けて5の台詞
02.「それじゃあ一生誤解されたまま生きてろ!」
(九龍×夷澤) 水天宮拓仄 |
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オレは今複雑な気持ちを抱えてこの人の横を歩いている。
ここは、校舎から少し離れた生徒立ち入り禁止区域“墓場”の地下に広がる遺跡の中。
「夷澤くんと一緒に来るのは初めてだねー!今日はよろしくねっ」
「…よろしくっす」
無駄に元気な人…八千穂明日香…センパイ。
つい先日、オレを負かした葉佩九龍センパイのクラスメイトで、
この遺跡へはセンパイが転入してきた頃から共に潜っているらしい。
鼻唄をうたいながら軽々と化け物共を倒していく背中を見ながら、
オレと横を歩く彼女は軽快に歩を進めるセンパイの後についていくだけだった。
「相変わらず強いよね〜九ちゃんってば。惚れ惚れしちゃうよね」
ほんの少し頬を赤らめながら、センパイの事を見つめる八千穂センパイを
横目で見ながらオレは何も言う気になれなかった。
―やっぱ、誰が見てもそうなんだよな…あの人ー
などと思った事は、決して表に出さない。
そして、何度目かの言葉を頭の中で復唱する。
オレと彼女は、一緒に来ている意味があるのか?
今のセンパイの強さなら、この遺跡の後半まで1人で楽勝だろうに。
いったい何の為に、オレ達を連れてきているのかが理解できない。
「…ったく、何考えてんだあの人は」
少し遅れて歩きながら誰に言うでもなく、ぼやきをもらす。
顔を上げると手前で立ち止まってオレが追いつくのを待っているセンパイ達の姿が見えた。
オレは慌ててセンパイの元へ駆け寄った。
数日後、またオレはセンパイに呼び出されて遺跡に潜っていた。
今回一緒に来ているのは、生徒会でも一緒の双樹さん。
「あんたも負けちゃったのね。ま、仕方ないわよ。九龍は阿門様の次くらいに強いものね」
そう言いながら、このフロアに生息していた化け物を蹴散らしたセンパイの元に小走りに駆け寄って、
オレに見せたこともない微笑みを浮かべながら、
ミネラル・ウオーターをセンパイに差し出す双樹さんの姿が目に入る。
―なんか、腹立ってくる…なんでだろう?―
オレは、これでも一応センパイと一番親しい間柄という自信がある。
それはクラブが一緒で、敵だった時も仲間になった今でも一緒に活動していたとか…
ただの先輩・後輩…というわけでもない。
“親しい間柄”というよりも“深い間柄”と言えばしっくりくる。
センパイとオレは、誰にも悟られないように付き合っていた。
いわゆる“恋人同士”という関係。
「…なんで、オレがこんな思いをしなきゃなんねーんだよ」
仲良く会話を弾ませる2人を遠目に見つめながら、オレは拳を握り締めた。
凍也が双樹と共に遺跡へ潜った翌日、生徒会室で2人は顔を合わせた。
自然に凍也の表情が険しくなる。
扉を開いて入ってきた双樹から視線をそらし、雑務に専念しようと扉に背中を向ける。
「夷澤。熱心ね」
「仕事っすから」
いつもに増して不機嫌な声を出す後輩に、双樹は唇をふっと吊り上げて笑みを作る。
「…私に何か言いたいのなら、はっきり言っていいのよ?」
いつも腰かけているソファにゆったりと腰を下ろして、生徒会室の備品を手に持って
棚の上や中を整理している夷澤の背中に、微かな笑みと共に言葉を投げた。
「別に何もないっすけど」
―言えるか…こんな女々しい事なんてー
一瞬、背中がこわばったのを双樹は見逃さない。
胸の谷間から携帯用の香袋を取り出して、そっと息を吹きかける。
凍也が背中を向けて立っている周囲にも、その香りは届いていた。
鼻をつく香りに凍也は眉間に皺を寄せ、窓に手をかけて双樹の方を振り返った。
「やめてくださいよ、双樹さん。オレ、香ってどうしても好きになれなくて…窓、開けますよ?」
「あら、ごめんなさいね?この香り、九龍が好きだって言っていたから身に付けているのよ」
うっとりとした表情で香袋に顔を近づけて、そっと瞳を閉じている双樹に凍也はカッと血が昇る。
「双樹さんは阿門さんが好きなんじゃないんですか?
今更センパイに乗り換えたなんて、言わないでしょうね?」
窓を開けて、窓を背にして荒々しく言葉を発すると、ソファに座る双樹をじっと見つめた。
双樹は瞳を閉じたまま、唇を引き上げて笑う。
「馬鹿ね。私は阿門様を愛しているわ…九龍とは比べられないわ」
「どういう意味っすか?」
「九龍も好きなんだもの、自分の気持ちに嘘はつけないでしょう?」
瞳を開いた双樹に見つめられると凍也は居たたまれなくなって、
思わず窓の方を向き、眼下に広がる放課後の校庭を見つめた。
「あの人を好きなヤツは、この学園にたくさんいるみたいっすよ」
震えそうになる声をやっとの思いで絞り出すと、凍也は窓枠に手を添えた。
校庭にあるテニスコートで、元気に動きまわるおだんご頭の女性との姿を目で追ってしまう。
「知ってるわよ、そんな事。“好き”になるっていうのは個人の自由。そうじゃなくて?」
「それは…そうっすけど」
「夷澤、あんただって九龍に惹かれたからこそ一緒にいるんでしょ?九龍が好きだから」
その言葉に思わず、振り向きそうになったが今の自分がどんな表情をしているのかわからない。
それは寸でのところで止める事に成功した。
窓を閉め、生徒会長席に投げてあった自分のカバンを掴むと、表情を見られないように足早に扉へ向かい、
扉に手を触れさせた時点で動きを止める。
「“好き”とか、そんなの関係ないっすから!オレは、センパイに頼まれたから手伝っているだけっす!
…じゃあ、オレはこれで失礼します!」
扉を開けて勢い良く閉めると、廊下をバタバタと走る足は屋上に向かっていた。
「九龍も大変ね…あんな小物の相手なんて。私に乗り換えれば良い思いだって…ね」
クスリと笑って、香袋を胸にしまうとソファから静かに立ち上がる。
双樹はこれから来るであろう阿門のためにお湯を沸かすのだった。
放課後の屋上は、一般生徒の立ち入りを禁止している場所の1つだ。
だが、それを狙うかのように、たびたび葉佩九龍やその親友である皆守甲太郎が、
静かな時間を過ごす為に利用している事は生徒会も知っていた。
階段をバタバタとうるさい足音が近づいてくるのを屋上にいた2人は無言で顔を見合わせて、
笑いあったその時に、校内と屋上を結ぶ扉が勢い良く開かれた。
「センパイ…と…皆守センパイ」
「よお、トーヤ。どうしたんだ、珍しいなこんな時間に。もう生徒会の仕事終わったのか?」
甲太郎と笑いあっていた九龍が凍也の来訪に、満面の笑みを向ける。
その笑顔は、いつもの笑顔。
自分以外にも向ける笑顔だった。
ぐっと拳を握りしめて凍也は無言で九龍を見つめたまま、扉から屋上に出る前に止まった。
「トーヤ、ちょうど良かった。また、今夜行くから付き合ってくれよな!
コータも今誘ったところだから、今日は男同士で気楽に行こうぜ!」
九龍の横で、甲太郎がすっと視線を校舎の中から出ようとしない凍也へ向ける。
その口元が笑ったように見えて、凍也の頭へ一気に血が昇った。
「嫌です」
「え、なんでだよ?おまえ、一緒にあそこ行くの楽しみだって言ってただろ」
両の拳を握りしめて、顔も見ようとしない凍也の異変に九龍が首をかしげる。
「…別にオレや…その人が一緒に行く意味ないじゃないっすか。
センパイは1人でも、たいがいのフロアを攻略できるんだし」
溜め込んでいた感情が自分でも止められなくなる。
「そりゃ・・そうだけどさ。1人で潜ってもつまんねーし」
「だったら違う人誘ってくださいよ!オレはあんたの暇つぶしの道具じゃない!」
「トーヤ?」
「あんたに誘われりゃ、誰でも嬉しそうにホイホイついて行きますよ…オレじゃなくてもいいだろ!」
そう言うと、突然の事に呆然とする九龍を残して、凍也はきびすを返すと全速力で階段を駆け下りる。
壁にあたった扉が反動で閉じた音で、九龍は我に返った。
困った表情で横にいた甲太郎を見つめる。
「追いかけた方が良いんじゃねーのか?」
「え…?」
「だから、夷澤を追いかけた方が良いんじゃないのか?おまえら、付き合ってんだろ?」
さらりとそれを口にすると、屋上の柵へ歩を進めて腰を下ろした。
下から九龍を見上げ、ポケットの中から愛用のパイプを取り出して口に咥えた。
安物のライターで棒状の香に火をつける。
「違うのか?」
「なんで、知ってんの?コータ…俺、トーヤと付き合ってるなんて言った覚えないけど」
「見てりゃわかるよ…お前はともかく、夷澤を見ていれば一目瞭然だろ?」
笑いながらポケットに入れたままだった、左手で早く追いかけろという動きを見せ、
吸い込んだラベンダーの香をふうっと吐き出した。
「悪い!今夜の予定はキャンセルな!また次に誘うっ」
「ああ」
甲太郎を屋上に残し、口早にまくしたてると九龍は校舎へ続く扉をくぐると、
階段を一段一段下りるのも時間が惜しいのか、一気に踊り場までダイブしていた。
赤く染まる空を眺め、屋上で甲太郎はラベンダーの香りに包まれながら紫煙を燻らせる。
「九龍、つかの間の幸福がお前に訪れるように。
ただ、静かに時が流れるままに俺は…こうしてるよ」
瞳を閉じ、柵に背を預け、甲太郎は遠くない未来を想いながら流れる雲を見つめていた。
屋上を飛び出した九龍は、校舎から男子寮へ向かう道を肩を落としてトボトボと歩く凍也の後ろ姿を見つけた。
一瞬、生徒会室か部活で武道館へ行ったかもと考えたが、
屋上でのやりとりを思えば凍也は1人になりたいと考えるはずだと、上履きをはきかえて寮への道を選んだ。
「ビンゴだな、トーヤ」
「セ…センパイ!」
後ろから気配を消して近づくと、ガバリと背中から覆いかぶさる九龍に凍也は心底驚いた表情を浮かべ、
次に顔をくしゃくしゃにして俯いた。
「今日のお前、どうかしてるぞ?なんで、あんな事言ったんだよ」
「……なんで…って、別に…なんでもないっすから」
正直に言えるはずがないと凍也は足を止めた。
背中から覆いかぶさりながら、ほんの少しの時間、九龍は思いを巡らせる。
そういえば、前々回と前回の遺跡へ凍也を誘った時も様子が変だったと記憶がよみがえった。
「トーヤさあ、あそこに行くの本当は嫌なのか?俺が誘うから、無理してたとか」
「違うっす…別にあそこに行くのは嫌いじゃないし、センパイと一緒に潜るのは…楽しいっす」
背中に九龍を背負いながらも凍也は足を踏み出した。
身長差がだいぶある九龍をズルズルと引きずるようにして、寮へ歩を進める。
さすがに話しを聞く体制に無理を感じたのか、九龍は自ら凍也の背中から離れて横を並んで歩く。
「じゃあ、なんで」
食い下がる九龍に凍也は無言で歩き続ける。
その横を歩く九龍。
「九龍さーん!今、帰りー?一緒に帰りましょう?」
「あ、ヒナ先生」
背後から声をかけられた九龍が足を止めて、振り返る。
思わず凍也も一緒に振り返っていた。
小走りで駆け寄ってくるのは、九龍の担任である雛川だった。
「ヒナ先生、そんな走らなくても待ってますよ」
先ほど、屋上で自分にも見せた笑顔を雛川に向ける九龍を見た瞬間、凍也の中で何かがはじけた。
背後から九龍の左肩をぐいっと掴んで引き寄せ、振り返った瞬間の顔を下から思い切り殴りつけた。
「キャー!九龍さんっ」
「…っ!」
殴られた左頬をさすりながら、拳を受けた勢いで一歩後ずさる。
その背後には雛川が九龍の両肩をやわらかく掴み、心配そうな表情を浮かべていた。
「大丈夫?九龍さん…唇から血が出てるわ」
小さなバッグの中から真っ白なハンカチを取り出して、雛川は九龍の唇を押さえ、
キッと涙で潤む瞳を凍也に向けた。
「夷澤君!先輩を…九龍さんを突然殴るなんて!あなた・・生徒会役員でしょう?」
「…っ…いいんですよ、先生。ちょっと喧嘩してただけなんですから…な、トーヤ?」
唇に添えられたハンカチを、雛川の手と一緒に押さえる九龍。
そして、その行為に頬を赤らめて、凍也に向けていた視線をうっとりと九龍に移す雛川。
「…くそっ…誰にでも、いい顔しやがって!」
「凍也?急に何キレてんだ、お前」
九龍を心配する様子の雛川から視線をそらして凍也は溜め込んでいた感情を爆発させた。
「それじゃあ一生誤解されたまま生きてろ!」
そう言い捨てると凍也はその場から駆け出した。
凍也は寮へ向かう生徒達の視線を浴びながら、男子寮の二階にある自分の部屋へ飛び込んでいた。
オレは最悪な気分で夜を過ごしていた。
夜、センパイに誘われていた遺跡への同行は初めて無断でキャンセルした。
こんな気持ちのままセンパイと一緒にあそこへは潜れない。
それ以上に、センパイが自分以外の人間と仲良く過ごす姿を見たくない。
オレは、センパイの何?
その他大勢の人間と一緒じゃないのか?
あの日、体を重ねて気持ちもオレと同じだったのだと確信したのは気のせいだったのか?
いや、あの人の場合は誰とでも簡単に体を重ね、甘い言葉を吐きそうだ。
オレばかりがセンパイに夢中になって…
「はっ!馬鹿みたいじゃねーか、オレ…」
夕飯も食べていないが不思議と空腹感はない。
廊下を人が歩いてくる気配はしなかったのに、扉をたたく人物がいる。
たぶん、センパイだ。
「トーヤ、開けてくれ。俺だ」
「……」
「トーヤ。夕飯、持ってきたから一緒に食べよーぜ?」
いつもより少し声がくぐもって聞こえるのは、夕方に自分が殴ったせいだろう。
初めてまともに入ったパンチが嫉妬によるモノだなんて、最悪だな…。
センパイの声と扉を叩く音を無視して、ベッドに顔を突っ伏して立ち去るを待つ。
しばらくすると、扉を叩く音と声がやむ。
「…センパイ?」
ベッドから顔を上げて、小声で呼びかけてみる。
「なんだよ、起きてんじゃねーか」
「な…っどっから入って!」
電気もつけないでベッドで横たわっていた自分のすぐ横に、
夕食のトレイを片手に持つセンパイが少し怒ったような表情で立っていた。
月明かりしか入らない部屋の中、薄暗い空間にセンパイの肌や瞳がぼんやりと見える。
ベッドから、見上げるセンパイに思わず見とれてしまった自分に気づいて頭を数回振った。
「どっからって扉からな。簡単に開くんだよ、ここの扉って」
そう言うとトレイをテーブルに置くと、ベッドに腰掛けてオレの頭に手を差し入れてきた。
ゆっくりとした動きで髪を撫でられ、耳に触れられる。
それはとても気持ちの良い感触だった。
「…センパイ、今日は行かなかったんすか?」
「ああ、お前が行かないなら行っても仕方ねぇし」
その言葉にオレはドキリとする。
それはどういう意味なのだろう?
「あの人と一緒に行くって言ってたじゃないすか」
“あの人”は、センパイのクラスメイトで親友で、オレの知らないセンパイをたくさん知っている人物。
「それも、お前がいないんじゃさ」
ベッドから起き上がり、薄暗い中でセンパイの顔を見ようと目を凝らした。
目に飛び込んできたのは、大きなバンソウコウ。
顔も少し腫れているような気がする。
「…すんませんでした」
センパイの痛々しい姿に素直に頭を下げた。
なんだか、今なら素直に何でも言えそうな気がした。
この薄暗い2人きりの空間でなら。
「ん?ああ、コレか。さすがに、ボクシング部エースの拳は効いたな。いいパンチだった」
「その…手当ては、雛川…センセっすか?」
顔がだんだん熱くなってくる。
この暗さでセンパイからは見えないのが幸いだ。
「いや、自分でやったよ…お前が怒ると悪いしな」
「な…なっ…」
「ごめん、お前の気も知らないで」
ペコリと頭を下げるセンパイにオレはどうしていいかわからず、戸惑っていると目の前がふっと暗くなって、
次の瞬間には大きな胸に抱きしめられていた。
「セ…センパ…イ?」
背中に両腕を回し、ぎゅっと力をこめて顔をセンパイの胸にうずめる。
やっと安心できる空間を得た瞬間だった。
「お前、仲間になったばかりだかさ…俺、お前にみんなと仲良くしてもらいたかったんだよ・・」
「あ…だから…毎晩オレ以外のバディが違う人だった…んすね」
それを聞いて、穴があったら入りたい気分に襲われる。
自分は、とんでもない誤解をして、勝手に嫉妬していたことになるのだから。
それに、この人は“誰とでも仲良くできる人間”で、素の表情を見せるのは極一部の人間だけなのだ。
当然、その極一部に自分が入っているわけで…。
そして、女ウケが妙に良いのは筋金入りのフェミニストだからだ。
頭に血が昇って、それをすっかり忘れてたのか、オレは?
それとも、それを忘れるほど嫉妬してたって言うのか?
「ったく…本当に可愛いヤツだな…凍也」
「センパ…九龍さんこそ、こっちの気も知らないで…」
「悪かったよ」
すっとセンパイの胸から抜け出して、ツイと上を向して唇をかすかに開いて、ほんの少しだけ待つ。
そして、月明かりの中、センパイの唇がそっとオレの唇に触れた。
End |
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