■ 素直になれない人へ向けて5の台詞

   04.「いい加減に認めれば?自分の正直な気持ち」 (九龍×夷澤) 水天宮拓仄

 空がほんのり赤く染まる時刻。
 一般生徒達が下校した時間帯にも関わらず、生徒会室で先輩役員達に言いつけられた雑務をこなしているのは、副会長補佐の夷澤凍也だ。
「ったく…なんでオレばっかりに押し付けるんだ…あの人達は」
 ブツブツ文句を独りで呟いている中、凍也がこの部屋唯一の出入口に背を向けて、役員達がくつろいだり相談などを行う場所のテーブルを雑巾で拭いていたその時。
―コンコンー
 扉を叩く音に凍也は動きを止め、一瞬誰だろうと首をかしげた。
 この時間で校舎に残っているのは、教師、生徒会の執行委員と自分と同じ生徒会役員のみのはずである。
 ここへ来てノックをするという事は、少なくても生徒会の先輩役員の誰かではなさそうだ。
「は…」
 凍也が返事をしようと振り返ったと同時に扉が開き、現れたのは意外な人物であった。
「…よぉ、お前1人なのか?」
 扉を開けた瞬間に凍也は眉間に皺を寄せ、来客に向かって歓迎しない雰囲気が全身に現れる。
 廊下から入り込んでくる風に乗って、凍也の鼻をつくラベンダーの香り。
「皆守先輩…何か用っすか?もう一般生徒は下校していないと、罰則ものっすよ」
 雑巾をテーブルに放り、ソファに腰掛けて、現れた甲太郎を横目で睨みつける。
「んな、怖い顔すんなよ…すぐ帰るから」
 そう言うが、甲太郎は後ろ手で扉をしめ、無遠慮に生徒会室に足を踏み入れると、凍也が座っている正面に置かれているソファにドカリと腰を下ろした。
 普通の生徒なら、必要なければ訪れる事のないこの部屋に、まるでこの部屋に慣れ親しんでいるかのような物腰で甲太郎はそこに居た。
 その違和感を感じさせない存在感に、凍也は眉間の皺をいっそう深める。
「誰かに用なら、今日はもう無理っすよ。オレ以外の役員達は帰りましたから」
 さっさと帰れとばかりの物言いに皆守は苦笑をもらす。
「いや、今日はお前に用があってな」
「……オレに?オレ、先輩とそんな親しいつもりは無いし、これからも親しくするつもりなんて無いっすよ」
「はっきり言うな、お前は。そんなに俺が目障りなのか?」
 ソファに腰かけ、足を開いた状態で背もたれに背を預けながらアロマパイプをふかす甲太郎が、目を細めて凍也を見つめた。
 その視線を感じた凍也は、それを跳ね返すかのように睨み返す。
「悪いっすか?」
「悪いとは言わないけどよ…ただ、理由が知りたくてな。ほとんど接した事が無い、お前に嫌われる覚えも無いからな」
 そう言うと、ソファから立ち上がって甲太郎は、生徒会長が座る執務机の方へ歩いていき、その後ろにある窓へ近づくと、窓の鍵を開けて枠に手をかけ窓ガラスを横にスライドさせた。
 冷たい新鮮な空気が部屋の中に入り、さきほどまでアロマの香りが充満していた空気が薄まる。
 ソファに座ったままの凍也に背を向け、窓枠に両手をついた状態で眼下に広がる校庭に視線を下ろした。
「理由なんて考えた事ないっすよ…ただ、目障りなだけなんすよ、皆守先輩が」
 テーブルに放った雑巾を拾い上げ、立ち上がる。
 掃除用具一式をかたづけてあるロッカーの前まで歩き、目の端に映る甲太郎の後姿を見つめ、やはり自分の感情が高ぶるのを自覚した。
 考えた事が無いのは本当だった。
 気づいたら、この男が嫌いになっていた。
 理由なき嫌悪感を皆守甲太郎という上級生へ抱く事に、凍也は何も疑問を感じなかった。
 それに疑問を感じたのは、まともに会話もしたことがない甲太郎の方だった。
 凍也が九龍に敗れ、仲間になった時からその疑問が甲太郎の中でますます膨らみ、ある推測を下に生徒会室を訪れた。
「お前は、気にいらないんだろう?俺の存在が」
「そうっすよ。だから、さっさと消えてくださいよ。九龍センパイの友達だからって、あんまり生徒会をなめないでくださいよ?」
 ロッカーの扉を開け、無造作に雑巾を中に放ると、好戦的な表情で甲太郎を睨みつけ、右の拳を左掌にパンっと叩きつける。
「ふーん、なるほどね」
 1人で何かを納得したような声をあげ、唇の端を引き上げて笑みを作った甲太郎を目の前に、カっと頭に血がのぼらせた凍也は声を荒げた。
「一体、なんなんすか!わけのわからない事を言いに来ただけなら、さっさとここから消えろっ」
 窓の下に視線を向けたままの甲太郎に、生徒会長執務机を両掌でバン!と叩きつけた。
 荒げられた声に驚く様子も、恐れる様子もなく、甲太郎はゆったりとした動きで窓を閉め、鍵をかけると踵を返した。
 そのまま無言で扉の前まで歩を進め、ノブに右手をかけた時に動きを止めて凍也を振り返る。
「夷澤。いい加減、自分の気持ちに素直になれよ?もう、残された時間は僅かしか無い…」
「…?なんの話っすか?」
 突拍子もない事を告げる甲太郎の方に向き直り、怪訝な表情を浮かべる。
「わからないのなら、お前が俺を嫌う理由をよーく考えてみるんだな」
―ガチャリー
 甲太郎は顔を正面に戻し、扉をゆっくりと開けて廊下に出た。
 後ろ手にノブを静かに引きながら、チラリと部屋の中に視線を流し、
「邪魔したな」
―パタンー
 最後の隙間が閉められ、部屋に残されたのは、呆然と立ち尽くす凍也と甲太郎の残したわずかな紫の香りだけだった。


 甲太郎が生徒会室から消え、凍也がぼうっと立ち尽くしていた時、突然携帯からメールを着信した時の音声が鳴り響き、飛び上がる程驚いた。
「…っ!な…メールかよ…」
 1人でいたにも関わらず、自分が一瞬我を忘れて立ち尽くしていた事を認めたくない凍也は、ブツブツと文句を唇に上らせ、ズボンポケットから携帯を取り出した。
 携帯画面には、メールの送信者の名前が表示されていた。
「センパイから?」
 ソファの所まで携帯をいじりながら歩き、ボスっと腰を下ろすとメール画面を開く。
 自然と口元が緩んでしまうが、凍也は自分ではその事実を知らない。
「“今夜21時半墓場にて待つ”か…やっぱ、オレの助けがいるって事か」
 嬉しそうに携帯をたたみ、ポケットにつっこむとソファから勢い良く立ち上がり、戸締りを確認して凍也は生徒会室から飛び出していた。

 仲間になってから、自分は毎晩のように九龍と墓場の地下に潜っている。
 その回数が増えるにつれ、凍也は自分が九龍に信頼されているのだと感じる事ができた。
 元々、同じクラブ活動に所属している九龍とは他の生徒会役員や執行委員達よりも彼に近い位置にいたが、今までは敵対していた者同士。
 うわべはクラブの先輩と後輩を演じつつ、凍也は隙を見せないように、九龍と接するラインを自分でも知らない間に作り、それを超えないように努力していた。
 そのラインを超えたら、本当に自分は負けを認めてしまう事になる。
 その反面、知れば知るほど、九龍の事に興味を持った。
 この学園に来るまでは、どこに居たのか?
 付き合っている人間がいるのか、どうか?など次々に疑問がわきあがるのだ。
 そして、“墓守”として力を与えられた者達を、普通の人間である九龍が次々と倒し、彼らの心を掴んだ事。
 九龍の底知れない強さ、どこか不思議な雰囲気を持つ佇まい。
 もっと知りたかった。
 生徒会にとって、自分にとって、敵である“転入生・葉佩九龍”の事を。
 気がつくと目が常に九龍を探していた。
 その姿を見つけると、心臓が高鳴り、胸が弾む事もわかっていた。
 でも、それを自分は無視し続ける事で、超えてはならないライン、“境界線”を寸での所で踏みとどまっていたのだ。

 九龍の隣には、いつも特定の人物が居た。
 癖のある髪型に、極端に丸められた背中で、口にはいつもパイプみたいな物を咥えている男子生徒。
 その男子生徒と楽しそうに会話をしながら歩く九龍を見た時、急に苦しくなった。
 それ以来、校舎内で九龍を見つける度に一瞬の嬉しさと、その後に訪れる苦痛。
 苦痛……それは、九龍の横にいる皆守甲太郎だった。


 寮へ帰り、自室で部屋着を身につけて寮内の食堂へ凍也は向かった。
 生徒会室で甲太郎に言われた言葉が頭の奥で燻ぶっているのがわかる。
 暗い表情で食堂に入った途端、凍也に声をかける人物がいた。
「トーヤ!こっちで食えよ。席、とっておいたから」
 入り口を背に腰を下ろしていた九龍が上半身だけをひねり、凍也に向かって手を振っている。
 その顔を見つけて、凍也はぱっと明るい顔を浮かべたがすぐにその表情は消え、殺意を感じさせるような視線を、九龍の反対側の席にダルそうな顔で座っている男に向けた。
「あ、おい!トーヤ!ここだってば!」
「……」
 呼ぶ声も聞こえていた。
 だが、あえて無視する凍也は、彼らから離れた席に座り、運んできた食事を一気に食べるのだった。

 食事を終え、他の寮生達が談笑している中、凍也は使った食器を洗い終わると食堂を出た。
 その後を、パタパタと追いかけてくる人物に気づいたが、今は顔をあわせたくない。
 振り返りもせず、歩く足も早めたが、後ろから伸びてきた手に左腕をつかまれ、ぐいっと引かれて足を止めた。
「トーヤ。ちょっと、俺の部屋まで来いよ」
「腕、放してくださいよセンパイ…痛いっす」
「すまん」
 腕を解放された凍也は掴まれた場所を右手で軽くこすりながら、廊下に視線を落とし黙りこむ。
「さっき、どうしたんだ?あんな態度、お前らしくないだろ」
 自分の部屋へ向かって歩く九龍は、後ろから下を俯いたままついてくる凍也に語りかける。
 だが、凍也は黙ったままだ。
 すぐに2人は九龍の部屋に辿りつき、凍也は部屋に通された。
 遺跡で見つけた宝、仲間からプレゼントされた物、武器・弾薬などが無造作に置いてある九龍の部屋は、彼の正体を知る生徒しか入る事が許されない領域。
 いつか、入ってみたいとは考えていたが、それはこんな気持ちの時でないはずだった。
 もっと胸を高鳴らせ、気分も高揚してくるものだと思っていたのに、今はただ気持ちが沈むだけだった。
 かろうじて寝るスペースだけは確保されているらしく、ベッドの上だけが腰を下ろせる場所。
 2人並んでベッドに腰掛けて、壁に背を預けると、九龍が凍也に視線を向けながら口を開いた。
「どっか具合悪いのか?今夜の探索、キャンセルしていいんだぞ。お前行けないならコータでも誘ってみるからさ」
 九龍の唇から発せられた名前に凍也は苦痛に顔を歪める。
 両足を折り曲げて、ぎゅっと自分の脚を掴んだ。
「具合なんて、悪くないっす…でも、今夜はキャンセルさせてください」
「あ…ああ、別にそれはかまわないんだけどさ。本当、お前…大丈夫なのか?顔色も悪いみたいだぞ?」
 心配そうな表情で覗きこまれながら、額に掌を当てられる。
 胸がしめつけられるような痛みに凍也は頭を振って、九龍の手を払いのけた。
「大丈夫っす…それより、センパイ。今夜は行かないでください…明日は、絶対一緒に行くから…センパイと一緒にあそこへ行くのはオレなんです…から」
 自分が言った言葉に、何かを悟った。
 自分は、この謎に包まれた男の事をどう思っているのか…を。

「…も、いいよな。言っても」
 凍也の様子を見ていた九龍が、独り言のように呟いた。
「俺は今年中にこの学園を去ると思う…生きていても、死んでいてもな…まだ、誰にも言ってない。でも、お前には前もって言っておきたいんだ…」
 並んで座っていた九龍がいつの間にか正面に回りこみ、じっと瞳を見つめながら言葉を発している。
 その真剣なまなざしから瞳を逸らす事ができずに、2人は見つめあった。
 両手が自分の頭部を両側から耳の辺りに添えられて、目の前にいる九龍が腰を浮かせた所までは確認できた。
 次の瞬間には、九龍の閉じられた両瞼が視界に飛び込んできて、唇にやわらかくて温かい感触が伝わる。
「凍也…」
「…っ…ンパ…イ?」
 さらに引き寄せられて、舌で唇をこじ開けられると口内を貪られる。
 凍也の驚きに見開かれた瞳から、涙が浮かんだ。
「んんっ」
 静かな部屋に、唇をずらす度に聞こえる湿った音。
 今までこんな距離で見たことがない九龍の顔。
 いつも余裕を感じさせる表情で、飄々としている九龍が、必死に自分の唇を貪る感触と快感。
「…セン…イっ」
 唇から漏れるのは、弱々しい声。
 凍也の両腕が自然に九龍の肩に回され、服に皺をいくつも作り出していた。
 数分だったろうか、解放された凍也は濡れて赤く染まった唇を震わせ、目の前の九龍を見つめた。
 なぜ、自分はこんな事を許してしまったのか…そして、なぜ嫌じゃないのか。
 もう、その答えはわかっていた。
「…な、何するんすか、いきなり…あんた、変態だったのかよ」
 だが、さきほどまで彼と繋がっていた唇から出た言葉は、いつも通りの自分が言うであろう台詞。
 濡れた唇を自分の袖でグイっと拭い、目の前の男を潤んでしまった瞳で睨みつけた。
 ここで自分の気持ちを認めるわけにはいかなかった。
 すべてを認めてしまったら、自分はこの男に負けてしまう。
「凍也…今ので、わかっただろ?俺の気持ちが」
「し、知らない!アンタの気持ちなんて、わかるわけないっ」
 両耳を掌で塞いで頭をブンブンと何度か振り、今にも崩れてしまいそうな自分の感情を振り払おうとする。
「好きなんだよ、凍也。お前の事が…。お前も俺の事好きでいてくれただろ?ずっと」
「な…なんで、そんな事言い切れるんだよ!オレは一言もそんな事!」
 壁にぴったりと張りついた背中、これ以上九龍からは離れられないにも関わらず、凍也は後ろに逃げ道を探す。
 両足の動きがシーツを乱し、九龍の足にも触れた。
「な、いい加減に認めれば?自分の正直な気持ちをさ」
 自分に触れた両足を掴み、足の間に体を滑り込ませると凍也の背中に両腕を回して、自分の方へ引く。
 何も抵抗を受けず、身体を預けてきた所をぎゅっと抱きしめて耳元に唇を寄せた。
「ほら…こんなにお前は素直で正直なのに…唇だけが、素直じゃない」
「…センパイ」
 九龍の胸に顔を埋め、腰のあたりに腕を回して力を込めた。
「ん?」
「行かないでください」
 それが、どんな意味なのかは2人共わかっていた。
 今夜の話でも、明日の話でもない。
 この学園の地下に眠る遺跡の謎は、ほとんど解けている。
 後は、最奥に眠る玄室へ入り、最後の墓守と闘う事になるであろうと予想はできていた。
「最後は、お前と一緒に行くよ…お前に俺の闘いを見守って欲しい」
「…言います…から、センパイ…だから、まだ」
 九龍の腰に回した手をぎゅっと握りしめ、震えだした声を必死に抑える。
 やっとわかったのに…自分の気持ちを認める事ができたのに、九龍が目の前から消えるなんて許さない。
「凍也。俺の事好きなんだろ?」
「…」
 言葉を発する事ができずに、凍也は無言で頷く。
 九龍の大きな胸に顔を押しつけたまま泣いた。
 
 声を殺し、自分にしがみついて泣く凍也に、優しく悲しい視線を送り続けた。


End