■ 無自覚な二人へ10の言葉

   03:桃色警報発令中… (真里野×七瀬) 水天宮拓仄

 葉佩九龍が天香学園から立ち去ってから一ヶ月が過ぎようとしていた。
 相変わらず、授業以外の時間はほとんど図書室に入りびたりの女子生徒と、彼女をそっと見つめる男子生徒の姿。
 時間は、太陽も沈みすっかり周囲が薄暗くなった中で二人は黙々と本の整理をする。
「ふう・・・最近はが荒される事もなくなったので整理が楽になりましたね」
「そ・・・そうだな。師匠がいた頃は毎日が戦場のような荒れ方で七瀬どのは大変だった・・・」
 学園指定の制服姿ではなく、愛用の胴着を身に着けて、右目に眼帯姿の男子生徒は元生徒会執行委員の真里野剣介。
 現代の侍さながらの格好と言動で、彼は学園中から浮き立った存在なのは執行委員時も今もさほど変わらない。
 女子生徒の方は、肩まで伸ばした黒髪に丸眼鏡をかけている姿は大人しい印象を受ける。
 彼女は図書委員会に所属している七瀬月魅だ。
「九龍くんは今どこで何をしているのでしょう?」
 本を胸に抱きしめたまま薄暗い窓の外へ向き、その瞳は遠くを見つめていた。
 その姿を見つめ、剣介も視線を窓の外に向ける。
「・・・あやつなら、どこへ行っても元気にやっているだろう。心配するだけ無駄であろうな」
「そうだと良いのですが」
 視線を窓の外から剣介へ移し、ふと寂しそうな表情をした月魅を目の前に肩を落とした。
 こんな時に何もできない自分が悔しい。
 自分と月魅が出会ったのは、九龍と彼女を襲ったトラブルから生じた誤解だったが、
今は遺跡で出会った”七瀬月魅 in 葉佩九龍”ではなく、今の彼女に強く魅かれていた。
 一見、気弱で優等生な印象を持つ彼女が自らの知識を軸に、芯の強い女性だと感じたからだ。
 だが、彼女の心に宿るのはこの学園から立ち去った男だという事も承知している。
 その男は昨年の秋に転入してきた<<宝探し屋>>葉佩九龍。
 彼は今まで誰も解放できなかった墓守達を解放し、見事遺跡に眠る秘宝をも手に入れて姿を消した。
 ”葉佩九龍”という男を慕う人間は、今もこの学園に多く在籍している。
 月魅もその中の一人というわけだ。
 一緒に遺跡へ潜っていた頃から抱いていた彼女の淡い恋心は、ついに九龍に告げられる事なく終わった。
 今の月魅は普段通りの学園生活を送りながらも時折、彼の事を思い出して寂しい表情を見せる。
「すまん・・・思い出させてしまった」
「さ、この本を戻したら終わりにしましょう」
「承知した」
 二人はほぼ同時に手に持っていた本を棚に戻し、図書室を後にした。


 学生寮への帰り道、なんとなく気まずさを感じて無言のまま俯いて歩く二人の周囲はすっかり暗くなっていた。
 墓守から解放された学園は、生徒会からの支配を終えて現在は職員の手によって管理されるようになっている。
 二学期末まで、放課後の決められた時刻には学園施設内から完全に退去しなければ生徒会から罰が下ったが、
現在の退去時間は警備員の巡回時刻まで延長されることになった。
 勉強、部活動、委員会活動等で遅くなる場合は、担任や顧問に申請さえすれば自由に行えるようになっている。
 月魅はほぼ毎日図書室の整理という理由で遅くまで学園に居残っていた。
「七瀬どのは毎日熱心でござるな」
「え・・・ええ、私にとってあのコ達は友達ですから。卒業するまでにきちんとした形で保管したいと思っています」
 何を言っているかは理解できるし、図書委員としての責任を果たそうとする月魅の言葉に頷きつつも、
剣介は彼女の心にあるもう一つの理由も知っていた。
ー七瀬どのは今でも待っているのだろう・・・あやつが図書室に来るかもしれないとー
「拙者もできる限り協力するでござるよ。共にがんばろうではないか」
「ええ、ありがとうございます」
 横を歩く剣介を見上げてニッコリと微笑む月魅に思わず頬を赤らめる。
 周囲から見れば剣介が月魅に想いを寄せているとわかるのに、当の本人がそれをなかなか察してくれていない。
 そんな剣介に昼休み。
 八千穂明日香が訪ねてきて二枚の紙切れを握らせてくれた。

「あ・・・あの七瀬どの!」
 掌にぎゅっと紙切れを握りしめて、暗い道で赤くなった頬を隠しながら剣介は声を発した。
 さきほどまで落ち着いた調子で会話をしていたのに、突然緊張した声が大きく響いて月魅はびっくりした顔で剣介を見上げる。
「はっはい?」
「今日の昼休みにだな・・・八千穂どのから、このような物を貰ったのだが!い・・・一緒にどうだろうか?」
 手のひらに紙切れを乗せて、ぐいっと月魅に突き出す。
 ひょいっと踵を上げて少し高い位置にある剣介の手の平を見ると、
そこにはマミーズの無料お食事券がくしゃくしゃの状態で二枚乗っていた。
「八千穂さんから?」
「ああっ!ちょうど腹も減ってきたし・・・七瀬どのも一緒に・・・その」
 最後まで言えずにごにょごにょと言いよどむ姿を見て月魅がくすりと笑う。
「ええ。私もちょうどおなかが空いていたので、一緒に行きましょう」
「そ・・・そそ・・そうかっ。では、いざ参ろう!」
 俯き加減だった顔を上げた瞬間。
 夜空に浮かぶ月を隠していた雲が晴れて周囲を明るく照らした。
「・・・・・・」
 顔を上げた剣介の表情を見た月魅の胸がドキリと高鳴る。
 頬をほんのり赤らめて笑顔を浮かべる剣介は今まで持っていたイメージが消し飛んでしまう。
ーど・・・どうしたのかしら私・・・真里野さんの事が”可愛い”だなんてー
 目の前に立つ男はどこから見ても”侍”そのもので、軟弱な現代日本男性よりずっと男らしいのに。
 斜め前をギクシャクと歩く侍の背中を見つめる。
 ドキドキと脈打つ胸をぎゅっと抱きしめて、月魅はどこかで桃色の警報が鳴り始めたのを聴いたのかもしれない。


end