■ 無自覚な二人へ10の言葉

   06:なんだこの甘酸っぱさは! (九龍×夷澤) 水天宮拓仄

 3年C組は冷たい風が吹いている中、校庭で体育の時間だった。
 もう二学期も終盤で、3年の体育なんてレクリエーションに近い。
 ただ出席日数の為だけに参加するような授業である。
 校庭では、男子が2グループに分かれてサッカーを
ゲーム形式で行っていた。
 珍しく今日のゲームでは、葉佩九龍と皆守甲太郎が違うチームで
対戦するという形になっている。
 どうしてそうなったかと言うと九龍が”コータ俺と勝負しろ!”など
と言い出し、断る労力すら面倒くさいと渋々甲太郎が承知した結果だ。
 それでも甲太郎は、校庭を走り回る事を避けるために
動きが少ないゴールキーパーを自ら買って出たのは、彼らしいと言える。
「ふあ〜〜眠いし、寒いし・・・これだから冬の体育は嫌なんだ」
 ゴールポストに背を預けて伸びをして独りごちる。
 自分との対決を望んでいた九龍に視線をやると、
今は敵陣地でボールを奪う為に駆けずり回っている。
 ついさっきは、九龍の左足から繰り出されたシュートを
得意の蹴りでフィールドに戻したばかりだった。
 これでしばらくは休憩していられるだろうと、ジャージのポケットに
両手をつっこみながら、なんとなく視線を校舎に向けた。
「・・・?」
 ふと二階校舎に違和感を感じ、視線をそちら側に向けるとすぐに気づいた。
 2年A組の真ん中より少し後ろにある窓から、
1人の男子生徒が校庭へ視線を向けている。
 その男子生徒は特徴的な外見をしているせいか、
良く観察しなくてもすぐに正体を知ることが出来た。
「夷澤か・・・優等生のあいつにしちゃ珍しいな授業中に」
 生徒会役員で副会長補佐という役職につく後輩は、
学園内でも優等生だと名が通っている。
 授業態度も真面目で礼儀も良く、一般の生徒(特に女生徒)や
教師受けもすこぶる良い。
 その優等生が、授業中に窓の外を見つめて惚けているのである。
 墓守りの力かどうかは知らないが、甲太郎の身体能力は
ずば抜けて高く、それは視力にも及ぶ。
 凍也の視線が何かに合わせて動いている事に気づき、
甲太郎はその視線を興味で追ってみた。
 最初はボールの動きかと思われたが、稀に違う方向にも動いている。
 興味深く観察していると彼の視線がこちらに移動してきた事に気づいた。
 はっと視線を校庭内に戻すとボールを奪った九龍が
華麗なドリブルを披露しながら、こちらへ猛進してきている。
「ちっ・・・もう戻って来やがった」
 ”よっ”と小さく呟いてゴールポストから背を離し、
ゴールの真ん中にのそりと移動した。
 両手をポケットに入れたまま足を大きめに開き、腰を屈めて動きに備える。
「コータ今度こそ覚悟しろ!葉佩ミラクルスペシャル・シュート!!」
 PKでボールを蹴る位置よりも少し離れた所からシュートを放った。
 ボールが自分に向かって飛んでくる。
 ふと凍也の視線を感じて、一瞬だけ意識を2年A組の窓へ向けてしまった。
ーボスッ!
「ゴォォォォォル!!」
 意識を目の前に戻した時には、ゴールネットに勢い良くボールが
突き刺さっていた。
「ちっ」
 自分の失態に思わず舌打ちが出る。
 サッカーなんてどうでも良かったが、九龍のシュートが
止められなかったという事が悔しいのだ。
 しかも、自分が集中力を欠いたせいだと自覚しているので尚更である。
「やった!ついにコータから点とってやったぜ、みんな!」
 同じチームのクラスメイト達と抱き合いながら喜ぶ九龍を悔しそうに見つめ、
ふと気になって再び2年A組の窓へ視線を向けた。
 クラスメイト達と喜び合う九龍の姿を見つめ、口元が綻んでいる。
 眼鏡レンズ越しの瞳は細められ、その表情は今まで
見たことが無いような穏やかさだった。
 その表情を思わず見つめていると、授業が終わるチャイムが
学園内に響き渡る。
「へっへっへ!やったぜコータ!今日、昼飯奢りなっ」
 ゴールの真ん中で立っていた甲太郎の肩に後ろから腕を回して、
じゃれついてくる九龍を適当にあしらって更衣室に足を向けた。
「わかったよ・・・仕方ねぇな」
 二人はチーム分けをする際に、勝負で賭けをしていたのである。
 九龍が1点でも得点できたら甲太郎が。
 甲太郎が九龍のシュートをすべて止めたら九龍が。
 負けた方が昼飯でマミーズの好きなメニューを奢るという物だった。
 負けた事をぐだぐだ言い訳をする趣味は甲太郎にはない。
 むしろ、言い訳をする方が彼にとっては面倒くさいという事だ。
 2人並んで歩きながら更衣室に向かうと、また斜め上から視線を感じる。
 刺すような視線を不愉快に感じながらも、甲太郎はもう振り返らなかった。
ーあ〜あ、青春ってこういう事を言うんだろうなー
 などと考えながら、隣で自分の勝利を自画自賛し続ける親友を
横目で盗み見しつつ、小さく溜め息をついた。
ーこいつのドコがいいんだ?・・・”恋は盲目”とは良く言ったもんだー
 九龍のはしゃぎっぷりが目障りの上、隣りで歩いているだけで殺意を
向けられる不快さに、甲太郎は思い切り親友の尻を蹴り飛ばしてやった。
「いってぇ!!」
「お前は煩いんだよ。奢ってやるってんだから、静かにしてろ。
ガキみたいに騒ぎやがって」
 この位で言う事を聞くはずもない事はわかりきっていたが、
言わずに気が済まなかったのだ。
 案の定、九龍は蹴られた事に関して更衣室についてから着替え終わって、
廊下を歩いて教室に戻る最中にまでも及んだ。
 もう甲太郎には諌める気力も残っておらず、ただマシンガンのように
動く親友の唇がいつ止まるのかを祈るばかりだった。
 
 そして、思いのほか甲太郎の祈りは早く叶う。
 2人が階段の踊り場へ出た時に、さきほど教室の窓から熱心に
九龍を見つめていた凍也が姿を現したのだ。
 手に教科書や筆記用具などを持っている所を見ると移動教室なのだろう。
 まるで計ったようなタイミングで現れた凍也に甲太郎は思わず感心した。
ーすげぇな夷澤ー
 九龍が校庭から姿を消した時から、更衣室への移動時間、
着替える時間、教室へ向かう時間を計算して、ちょうど階段で
鉢合わせるタイミングになるように移動してきたのがわかる。
 頬をほんのり紅潮させ、階下から昇ってくる九龍に声をかけてきた。
「さっきのシュート凄かったっすね、センパイ」
「おお〜!見てたのかトーヤ!俺が本気を出せばこんなもんだな!
俺にかかればコータなんか軽い軽いっ」
「や・・見てたっていうか・・・偶然下を見たらそのシーンだっただけですけど」
 柄にもなく照れたような仕草で、言い訳を始めたが今の九龍には
最初の褒め言葉しか耳に入っていないようだ。
 さっきまでの不機嫌そうな表情が吹っ飛び、凍也の言葉で
一気に機嫌が良くなった。
 勢い良く甲太郎の背中をバンバンと叩く。
「いてっ・・いてぇ!この馬鹿力!」
 2回までは我慢したが甲太郎は3回目を食らう前にひょいと避けた。
 そのまま凍也の横を通り過ぎて、足早に階段を昇った。
「安心しな。俺はただの”親友”ってやつだ」
 通り過ぎざまにボソリと耳元に囁くと、凍也が驚いた表情で振り向く。
「な・・・な・・何・・・言ってんすか」
「違うのか?」
 そう切り返すと顔を真っ赤にして唇を噛み締める。
ー否定はしないわけだー
「何?何の話だよ?」
 1人で話が見えない九龍が真っ赤になった凍也の顔を覗き込む。
 更に凍也の体温が上昇する。
 全身が硬直し、腕から教科書や筆記用具が滑り落ちそうになった。
「おっと危ねぇ。夷澤、そろそろチャイム鳴るぞ?移動しなくていいのか?」
 落ちる寸前の教科書類を腰を屈めて片手で止めてやりながら、
助け舟を出してやる。
 さすがにこれ以上は当人が自分でなんとかする問題だし、
自分は最初から口出すつもりはない。
「・・・え、あっ!本当だ!じゃ、じゃあ、センパイまた部活で!」
「お?おお!がんばって勉強してこいよ〜」
 慌てて階段を駆け下りる凍也を見送って、背中が見えなくなるまで
見つめていたが、すぐ段上にいた甲太郎に視線を向ける。
「何の話だよ?」
「さあな・・・あいつに直接聞けばいいだろう?」
 とぼけた答えを九龍に投げかけ、階段を上がろうとするが
それは階下から伸びてきた腕で止められてしまった。
 右手首を掴み、ぐいっと引き止める。
 階下から力強く引かれ、不自然な姿勢で静止することになった
甲太郎はゆっくりと振り向いた。
「手、離せよ。危ないだろうが」
「トーヤにちょっかい出すなよ。あいつは俺のなんだから」
 その言葉に甲太郎は全身から力が抜ける思いだ。
「そんなんじゃねーよ、安心しろ」
「本当か?」
「ああ、本当だ・・・ったく、お前らときたら・・・」
 手を振り解いて、いつもの彼らしくない程に足早に階段を駆け上がる。
 教室のある3階を通り越して行く甲太郎の背中に九龍の声が飛ぶ。
「自主休講か?また八千穂ちゃんに怒られるぞ!」
「体育なんてやったからダルいんだよ!昼になったら迎えに来い。
マミーズ行くんだろ?」
「ああ、当然だろ?今の分も合わせて一番高いの頼むから
覚悟しとけよ!じゃあ後でな!」
 次の授業が始まるチャイムが鳴り響き始め、
甲太郎は屋上へ、九龍は3年C組の教室へ戻っていく。


 屋上へ出た甲太郎はさっきまで我慢していた笑いを爆発させた。
「な・・・なんだってんだ・・・この甘酸っぱさは!勘弁してくれっ」
 チャイムが鳴り響く中、1人屋上で腹を抱えて笑いながら、
更衣室に愛用のパイプを忘れてきた事に気づき、顔を歪めるのだった。


end