■同居同棲10題 01:多少の妥協 ( 未来捏造 ) 水天宮拓仄

 葉佩九龍と夷澤凍也が二人で顔をつき合わせて落ち着いた喫茶店の一番奥まった席に腰下ろしていた。
 二人の目の前にあるテーブル上には何冊かの雑誌が広げられている。
「なあ、こういう部屋なんてどうだ?」
 九龍がマンションの部屋の図面を指差す。
 3LDKでセキュリティもしっかりとした高級マンション。
 色々な設備も予め設置してあり、家賃は月五十万を越えていた。
 それを見て正面に座っていた凍也の顔は怒りを通り越して呆れた表情を浮かべた。
「何言ってんすか・・・そんな高いところ住めるわけないじゃないっすか」
「月五十万って別に高くないんじゃないか?なんなら、お前は家賃出さなくていいし」
「それは駄目っす!センパイに頼る位ならオレは今まで通り一人暮らしやりますから」
「えー!そりゃねぇだろトーヤ」

 葉佩九龍と夷澤凍也は以前から約束していた。
 一緒に日本の東京で一緒に暮らそうと具体的に決まったのは、ほんの数ヶ月前。
 凍也がプロボクシングを二十四歳の誕生日で引退した直後だ。
 九龍としては高校を卒業してすぐにでもと言っていたのだが、それを凍也が断ったのである。
 すでに<<宝探し屋>>として成功していた九龍に対して、凍也は自分が何もできないまま世話になるのが嫌だった。
 彼は現役で一流大学に合格し、大学へ通いながらプロボクサーになって、高校の数学教諭になる資格を取ったのである。
 元々の素質も手伝い、凍也はボクサーとして成功したが、二十四歳で引退すると最初から決めていた。
 周囲やファンに惜しまれながらボクシング界から身を引き、現在は母校である天香学園で数学教師として採用されたのである。
 その採用には、プロボクサーとして成功した事と、彼が天香学園の過去をよく知る元生徒会役員だった事も大きく手伝っていた。
 またボクシングの指導をまともにできる教師が不在だったらしく、凍也はボクシング部の顧問としても歓迎されたのだ。
 一方、九龍は現在も<<宝探し屋>>として世界を股にかけて活躍しているトップハンターである。
 天香学園から今までずっと休む間も惜しんで働き、いくつもの成功を重ねて自分の立場を絶対のものにした。
 ハンターとしては、まだまだ若い世代だったが九龍は協会に隠居を申し出た。
 しかしそれは、さすがに受理されなかった。
 だが、すでに対抗勢力のレリックドーンも活動を縮小しつつある現在
九龍ほどの人間を最前線で働かせる必要も少なくなっている。
 そこで協会は、九龍からのある程度のわがままを聞き入れる事にした。
 日本に定住する事を望む九龍に協会側は、日本と近隣国に潜伏するハンター達の総括役と、
世界のビップ達からの特別な依頼のみを引き受ける事を条件にした。
 その条件を受け入れた九龍は念願の日本定住を手に入れたのである。

 それぞれの道で成功をした二人は現在、一緒に暮らす家を探している最中だが、
二人の考える条件があまりにも違う為に頭を悩ましているのだ。
「一緒に暮らすって決めた時も言ったはずですよね?家賃は、きっちり折半するって。
オレの給料で払えないような部屋は却下ですから」
「うう・・・あんまりボロっちい所に住むの嫌だぞ俺は」
「失礼な人っすね。どうせオレはボロに住んでる貧乏人っすよ」
 両腕を胸の前で組みそっぽを向く凍也を見つめて、懐かしそうに笑った。
 高校の時と同じような仕草をされると、彼の幼い部分を見つけて嬉しくなってしまう。
 元々童顔で若く見られがちなのを凍也は気にしていた。
 「幼い」なんて事を言うと怒らせるのはわかりきっているので、
笑みを目撃される前にテーブル上の雑誌へ目を落として誤魔化す。
「お前だってボクシングで稼いだんだろ?その金どうしたんだよ」
 九龍は唇を尖らせてページを捲る。
「プロボクサーは王座を防衛する事で儲かるんすよ。オレの収入はファイトマネー位なんで、たいした額じゃないっす」
 ふうっと溜息をついた凍也も雑誌のページを捲りながら真剣に物件情報を目で追う。
 ふと手を止めて、九龍が見ていた雑誌の上に自分が見ていた雑誌を乗せた。
 ある一点の図面に指を置いて、トントンと軽く紙面を叩く。
「ここなんて、どうっすか?ちょっと都内から離れますけど、この間取りでこの額は妥当ですよ」
 凍也が示す図面は、築十年程の2DKアパートだった。
 設備もごくありふれた物で、セキュリティシステムなんてものは無い。
 天香学園のある新宿からは電車で片道五十分程かかる都内でも郊外に近い土地。
 家賃は管理費や共益費を含めて月十万程度である。
 ここなら折半して一人五万円で済む為、安月給の凍也でも払える範囲だ。
「ちょっと狭くないか?」
「贅沢言わないで下さいよ・・・二人暮らしで2DKもあれば充分っすよ」
「しかも築十年以上ってボロすぎねぇ?」
「オレが今住んでる所なんて、昭和っすよ」
 だんだん口調がイラついてくるのが九龍にもわかってきたが、
自分が考えていた部屋よりもだいぶランクが下がる事に不満を漏らす。
 一緒に暮らしたい事は暮らしたいが、どうせなら良い部屋で快適に過ごしたいと思うのだ。
 その為なら自分が多く負担したって、全然かまわないのだが一緒に住む相手がそう考えてくれない事に落胆する。
「うーん、じゃあ、せめて3LDKがいいんだけど・・・」
「そんな広い部屋あっても掃除が面倒なだけっすよ。それに」
 少し頬を赤らめながら口ごもる凍也に少し驚いた。
「それに?」
「部屋数少ない方が一緒にいれると思うので・・・その、二部屋で充分っすよね」
 最後の方は照れているのか、周囲に聞こえないように気を使ったのか、もごもごと聞き取りにくい語尾を
プロとして聴覚も良く発達している九龍にはしっかりと聞こえていた。
「ふーん。お前がそんな可愛い事言うなんて思わなかったな」
「なっ・・・」
 口をパクパクと開いたり閉じたりしながら、なんて言い返そうか考えている凍也は耳まで真っ赤になってしまう。
 この喫茶店は照明が赤系で更に暗い。
 幸い、凍也が赤くなっている事に気づいたのは正面に座る九龍だけだった。
「じゃ、そこにしよう。お前の為に、俺が妥協してやるよ」
「なんでそんなに偉そうなんすか」
 上目使いに睨むが、それは微笑みで跳ね返されてしまう。
 それ以上何も言えなくなった凍也はグラスに余っていた温い水を喉に流しこむのだった。

 九龍はテーブルに広げていた雑誌類を手早くカバンに突っ込むとレシートを掴んで立ち上がった。
 まだ椅子から立ち上がれないでいる凍也を笑顔で振り返る。
「さ、そうと決まったらこの部屋を借りに不動産屋へ行こうぜ」
「は・・・はいっ」
 思わず大きな声で返事をしてしまった凍也に店中の視線が集まり、さっきとは違う意味で赤くなってしまった。
 頬の赤みが消えないまま店内を横断し、レジで会計を済ませる九龍を店内に残して凍也は逃げるように店から出た。
「毎日・・・こんなんだったら、神経がもたないかもしれない」
 店内をガラス越しで見つめ、会計を済ませた九龍が自分に向かって歩いてくる姿が妙に新鮮な存在に感じられた。
 ずっと離れて生活していた存在が、これから毎日共にあると考えただけで凍也の心臓が高鳴る。
 店から九龍が出てきた時にどんな顔をしているのか不安で思わず踵を返して歩き出す。
「あっトーヤ!待てよ」
「部屋借りる前に見学行くんですから、もたもたしてると夜になっちまいますよ」
 振り返らずにドンドン歩きながら凍也は浮き立つ心を抑える事に苦労していた。
「見学に行って、もし駄目だったらどうすんの?」
「それは、また不動産屋で紹介してもらば良いっすから」
「へぇ〜お前、詳しいな助かるよ」
「・・・センパイ、もしかして部屋借りたりするの初めてなんすか?」
 歩を止めて、ゆっくりと振り返る表情には余裕が感じられる。
 九龍の知らない事を自分が知っている事が、こんなに嬉しいと感じるとは思いもよらなかったからだ。
「まあね。今まで一箇所で定住した事って無いからさ。家賃ってどのくらいかもわからないしな」
 それで月五十万の部屋を掲示してきた理由もわかったが、
今後生活を共にする人の物価に関する水準を考えると軽く眩暈を覚える。
ーまずは、この人の生活水準を下げる事から始めないといけないのか。
 さっきまでの浮ついた気分も一気に冷めて、心の中で握り拳を作っていた。


つづく?