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| ■同居同棲10題 03:(はじめてみた・・・!) ( 未来捏造 ) 水天宮拓仄 |
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九龍と凍也が二人で東京郊外のアパートに引っ越してきてから、一ヶ月ほどが経過していた。
すっかり今の生活に慣れてきている九龍は家事全般を引き受け、近所の住民ともうまく交流し、主夫のような暮らしを楽しんでいた。
一方、凍也は毎日片道一時間以上かけて母校である天香学園に朝早く出かけて、夜遅く帰ってくるという生活である。
一緒に暮らしていても二人が共に過ごす時間は少ないが、今まで離れ離れで暮らしていた時と比べれば、
二人にとって幸せな時間が流れていた。
普通の日常を送っている中、凍也が出勤してから数時間経過した頃、部屋の掃除をしようと九龍が寝室へ入ると、
ベッドの上に昨日の夜遅くまでかかって作成していた書類が置き去りにされていた。
書類そのものは凍也が常に持っているノートパソコンに入っているが、忘れていった書類は赤ペンで書き込みのしてあるものだ。
「確か、放課後の職員会議で使うとか言ってたな」
少しよれている書類の束を手に持ち、少しだけ考え事をしていたが、
すぐに身につけていたエプロンを肩から外してベッドの上に放った。
部屋着から黒と白が基調になっている私服に身を包み、書類をクリアファイルに納めて、バッグの中に入れると玄関に向かう。
「届けてやるか。びっくりすんだろーな、あいつ」
くくっと独り笑うと外に出て鍵を手早くかける。
駅に向かって活き活きとした様子で歩き出した。
今は午前で、書類を届けるだけならバイク便でも使えば済む事だった。
九龍は久しぶりに懐かしい学園に行ける事を素直に喜び、「先生」をやっている凍也の姿を一目見たいと思っていた。
普段、凍也からは「絶対に職場へは来ないで下さい」とキツク言われていたが、
約束した覚えも無かったし、文句を言われても口で負ける気は全然しない。
いざとなれば”体を使って仲直り”しようと考えながら駅へ向かって歩いていたら、
近所で仲良くしている主婦に目撃されて笑われてしまった。
およそ二時間後、九龍は懐かしい天香学園の校門前に立ってしばらく校舎を眺めていたが、
小さく頷いて校門脇にある警備室へ立ち寄り、用件を告げる。
すぐに入門許可を得て懐かしい学びやへ足を踏み入れた。
三ヶ月だけの短い学園生活だったが、九龍の頭には今も校舎や敷地内の構図がはっきりとわかる。
校舎へまっすぐ進み、生徒用の玄関を通りすぎると職員が使う玄関に躊躇なく入った。
靴を脱いで揃えて外来者用の靴箱へコトンと置き、脇においてあるスリッパに足を通して、事務局の方へ向かう。
職員玄関から廊下に出た九龍は事務局へ顔を向けると、そこには思いがけない人物が事務員姿で窓口に座っていた。
窓口に座っている人物も来客の気配を感じて、ゆっくりとこちらへ顔を向け、
驚きの表情を浮かべると椅子から立ち上がり、驚きの表情からゆっくりと優しい微笑みに変化した。
パタパタと小さく音を立てて、九龍が窓口の前へ行くと立ち上がったまま微笑む女性。
長く真っ直ぐな黒髪は、知っていた頃よりも短く切りそろえられていたが、肩甲骨の下あたりまである。
「お久しぶりね、九龍」
「白岐か?」
「ええ。私が八千穂さんにでも見えるかしら?」
微笑みながら手を唇に当てる仕草は、高校の頃と変わらない。
じっと見つめてくる九龍の視線に気恥ずかしくなり、白岐はすっと椅子に腰を下ろして視線を机に落とした。
その様子を見て我に返って小さく咳払いをすると、九龍は懐かしそうに目を細めた。
「本当に懐かしいな・・・白岐が天香にいるとは知らなかったから驚いたよ。学校の話、全然聞かせてくれないからなぁ」
「夷澤さんと一緒に暮らしているそうね。宝探しはもう辞めたの?」
まだほんのりと頬を染めたまま窓口に両手を置き、見つめてくる九龍の方へ視線を上げて口を開いた。
事務局では、学校職員、生徒達の住所や家族構成等は当然のように把握しているのだ。
「ん〜完全には足を洗ったわけじゃないけど、ほとんど隠居生活だよ。今は主夫やってんだ」
「そう。楽しそうね、とても」
微笑みながら九龍を見つめ、小さな書類を手に取るとそっと差し出す。
「なに、これ」
「関係者以外の人が校内に入る時は、必ず住所と氏名を記入してもらう規則なの。身分を証明する物も帰るまで預かります」
旧友から事務員の顔になって、白岐がてきぱきと仕事をこなす所を見て
なんだか嬉しくなった九龍は素直にペンを手にとり、書類に現住所と氏名を記入した。
「はい、これでいいか?」
「ええ。それじゃ身分証明ができる物・・・持ってる?」
「パスポートでいい?」
コクリと頷いた白岐にパスポートを預け、中を確認してもらい校内に入る手続きを終えた九龍は「さて、と」と声を出し、
書いた書類に”許可”という判子を押す白岐に尋ねた。
「夷澤って今どこにいる?忘れ物届けに来たんだ」
鞄からクリアファイルを取り出してヒラヒラと振ってみせ、職員室の方へ足を向けていた。
「夷澤さんは今授業中のはずよ。今は・・・一年C組かしら」
「サンキュー行ってみるよ。じゃ、また帰りにな」
「あ、九龍!」
スタスタと歩き出した九龍に慌てた様子で窓口から顔出して声をかける。
「ん?」
足を止めて顔だけ白岐の方へ振り返った。
「授業中は関係者以外は立ち入り禁止だから職員室に行って。今なら雛川先生がいらっしゃるはずだから」
「へぇ〜ヒナ先生もいるんだ。帰る前に逢って行こーっと」
上機嫌に鼻歌を鳴らしながらペタペタと歩いていく後ろ姿を諦め顔で見送った。
事務局から廊下を奥に向かって歩いて行き、迷わず一年生の教室が並ぶ方向へ足を向ける。
白岐に教えてもらった一年C組の前に立ち、後ろの扉を音を立てないように開け、わずかな隙間から教室の中を覗きこむ。
教室内に響く声は、普段聞いている少々甲高い、ヒステリックにも聞こえる音とは違い、落ち着いた低い男の声。
まるで別人のような声だと感じたが、紛れもなく一緒に生活をしている夷澤凍也の声だ。
一瞬、気を抜いた時に手をかけていた扉がわずかな音を立てたが、
幸い生徒達も凍也も授業に集中している為に気づかなかったようだ。
生徒の数も自分が通っていた頃より少なくなったのか、後ろの扉から数歩前が最後尾となっていた事も
気づかれなかった理由の一つである。
ネクタイをしっかり締めた状態でスーツのボタンもすべて留め、背筋をまっすぐに伸ばし、
黒板にカツカツとチョークを躍らせ数式を書き込んでいく姿をしばらく眺めた。
ーあんな凍也はじめてみた・・・!
家で見せる表情も可愛くて愛しいが、生徒を前に”先生”をやっている厳しい表情の凍也も変わらず愛しく思える。
厳しい表情で眉間に皺を寄せて講義をする凍也は、出会ったばかりの頃を思い起こさせた。
もっとよく見ようと扉の隙間から身を屈めて教室内に足を踏み入れ、扉をそっと閉めた瞬間に厳しい声が飛んできた。
「誰だ。関係者以外は立ち入りきん・・・!」
”しまった”という顔をして九龍が黒板のある教室の前方へ視線を向けると、
驚いた表情を見せる生徒達と怒りと驚きで顔を赤くした凍也が口を開けていた。
「センパイ・・・何やってんですか?」
教壇の上から下り、机の間を縫うように歩いてくる凍也に苦笑いを向けながら手に持っていたクリアファイルを振り、
スクリと立ち上がった。
「会議で使う書類忘れてたから持ってきてやったんだろ」
バレてしまっては仕方ないと開き直った九龍はニヤリと笑って、胸を張った。
その開き直った態度が凍也の逆鱗に触れたようだ。
「学校には絶対に来るなって言ったじゃないっすか!そんなのバイク便でいいでしょう?」
「いや〜俺も懐かしい母校に一回来てみたかったし、ちょうど良いかなって」
悪びれもせず言い放ち、視線を一身に集めていた九龍は生徒達に笑顔を向けていた。
凍也の背後で女生徒の黄色い声が上がる。
「・・・部外者は立ち入り禁止です。すぐにお引取り下さい」
突然の出来事に、ついつい学校だという事を忘れて普段通りに九龍へわめき散らした凍也だったが、
背後から痛いほど生徒達の視線を感じて声のトーンを落とし、部外者への口調に直した。
教室内が騒然とすると、生徒達が九龍の正体を勝手に推測し、凍也の知らなかった一面を見て驚きの声が広がる。
踵を返して、小声で話し合う生徒達に厳しい視線を送ったが九龍の出現でいつものポーカーフェイスが保てなくなっていた。
「静かに!チャイムが鳴るまで教科書++ページの問題をやるように。私はこの人を連れて職員室に戻ります。
学級長は昼休みに私の所へ来るように」
「は・・・はい!」
学級長の男子生徒が返事をすると同時に再び九龍の方へ体を向け、目を吊り上げてツカツカと歩み寄る。
九龍は笑いながら小さく舌を出した。
「早く教室から出て下さい」
「他人行儀だなぁ」
「も、もう口開けないで下さい!」
背後から興味深々な視線を浴びせられながら凍也は首まで真っ赤にすると、九龍を促して教室から出て行く。
扉を後ろ手に閉めた途端、教室内が一気に騒然とした。
目を吊り上げたが、今この中に飛び込む事はさすがにできない。
廊下に出て、目の前に立つ九龍を睨み上げながら、しばらく肩が震えるほどの怒りを必死に堪える。
普段なら大声で怒鳴るところだが、ここは自分が働く場所であり、生徒達の視線も耳もある。
背後の教室からも生徒達が突然現れた九龍や凍也の普段とは違う様子を噂しあう声が聞こえる。
「ねぇねぇ、今の男の人誰?夷澤先生と知り合いみたいだったよ!」
「”先輩”って先生言ってたの私聞いたよ」
「あんな慌てた先生はじめて見たね。なんか可愛くなかった?」
「なんか忘れ物がなんとかって言ってたけど、もしかして一緒に暮らしてたりするのかなぁ?」
「すごくかっこよくなかった?今の人!」
ほとんどが女生徒の声ばかりだったが、男子も同じような事を話しているのは容易に想像ができた。
学校での凍也は常に冷静で、表情を変える事は滅多にない事で有名だった。
だが、真面目に授業は部活の指導に取り組んでいる姿勢は生徒の親にも評判が良く、
外見や過去の経歴で女生徒には「クール」で人気があった。
「いや〜高校生って結構鋭いねぇ」
教室内から漏れ聞こえる声を聞きながら扉の方に視線を向ける。
「・・・一体、なんのつもりでこんな所まで来たんですか」
少し落ち着いてきたのか、大きく深呼吸をしてから声を抑えつつ九龍を睨みつけた。
「忘れ物を届けに来たついでに母校見学とトーヤの授業参観」
その言葉にも切れそうになったが、なんとか抑える事に成功した凍也は教室から離れる為に歩き出した。
「オレが絶対に来ないで下さいって言ったの忘れたんすか?」
教室から少し離れて、二人は階段に並んで腰を下ろした。
「なんでそんなに嫌なんだよ?」
質問に質問で返してくる九龍にカチンときたが、ここで言い争いになるような真似はできない。
ふうっと息を吐いて、諦め顔になる。
「誰だって職場に身内が来たら恥ずかしいもんなんですよ・・・日本は」
「そうか?俺だったら嬉しいけどなぁ」
笑いながらそう告げる九龍を見つめた。
自分や一般的な日本人とは今まで過ごしてきた環境の違いが改めてわかる。
それを承知で一緒に暮らす事にしたはずだったのに、ここ一ヶ月の生活でそれを忘れかけていたのかもしれない。
「センパイらしいっすね」
「日本って、そういう所が変だよな〜平和で過ごしやすいけどさ」
思わずそう洩らす九龍の言葉に小さく「そうっすね」と答えて微笑んだ。
「とりあえず、忘れ物ありがとうございました」
クリアファイルを受け取り、中身を確認すると素直に頭を下げる凍也を引き寄せて顔を寄せる。
今は授業中で廊下や階段を使う生徒も教師もほとんどいないが、ここは自分が普段働く校舎の中。
学生同士の頃にも、何度か校舎内で唇をあわせた事があったが抵抗が無いわけではない。
万が一、誰かに目撃されたら学校中に広まり、しまいには赴任してきたばかりで退職という事にもなりかねない。
「ちょ・・・センパイ。ここ学校なんすけど」
「うん。だから高校生に戻ったつもりで・・・なんてのもいいだろ?」
悪戯をする子供のように笑う九龍を見つめて、ドキリと心臓が高鳴る。
少し考えるような仕草を見せて、周囲に視線を巡らし、少し高い位置にある九龍の視線に自分の目線を合わせた。
両手で眼鏡を外すと右手でスーツの胸ポケットにストンと落とす。
「ったく、ここの生徒の方がよっぽど聞き分けいいっすよ」
憎まれ口を言いながらも唇を許してくれた凍也の肩に腕を回して引き寄せた。
つづく? |
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