■同居同棲10題 05:くだらない遊び (未来捏造)水天宮拓仄

 天香学園の職員室でこの学園で最も若い教員である夷澤凍也は、
うんざりした表情で机の上に山と積みあがったチョコを見つめていた。
「はぁ・・・教師になってもコレか」
 明らかに義理チョコとわかる物が多いが、中には気合の入ったラッピングがされた
所謂”本命チョコ”と思われる物も顔を覗かせている。
 毎年のように女性からチョコレートを贈られて迷惑顔するのは贅沢な悩みである。
 プロボクサーだった頃は大学で受け取ったり、ジムに食べきれない程のチョコが毎年のように届けられた。
 だが、凍也もジムの仲間達も減量の関係で食べる事はできずに、いつも養護施設などに寄付していた程だ。
 そんな凍也の斜め後ろから、クスクスと女性の笑い声が聞こえて眉間に皺を寄せる。
 人が困っている様を見て笑うとは。
「・・・雛川先生。何、笑っているんですか?」
 むっとした様子を隠しもしない凍也を見て、雛川は笑い声が出ないように口を覆ったが、
表情が元々柔らかいせいか表情全体に微笑みが浮かぶ。
「ごめんなさい。夷澤君・・・いえ、夷澤先生。今年も大変そうね?あなたが生徒会にいた頃もすごかったけど」
「笑い事じゃありませんよ。来月の事を考えると迷惑なだけです」
 そう言いながらもチョコを受け取り、来月に簡単だがお返しをする律儀な性格を持ち合わせている自分を恨んだ。
 いつも机の中に常備しているエコバッグを取り出すと、チョコを次々と机の上から片付けていく。
「迷惑だなんて、女の子達が可哀想よ。付き合っている男の子がいない女の子にとっては
夷澤く・・・先生は憧れの男性なんだから、もっと嬉しそうにしても良いと思うわ」
 同じ立場の教員になったとは言え、数年前までは生徒と教師だったせいか、
今だに雛川は凍也が学生時代だった頃と同じ調子で話しかけてくるのだ。
 それについて何度か彼女に改めるように頼んだが、どうにもならなかった。
 最近では呼び名さえ気をつけてもらえば、口調や態度については諦めてしまった。
「そういうもんですかね。女の考える事はよく理解できないです」
「女の子達にとって今日は大イベントだもの。迷惑だなんて言っても、ちゃんとお返しもしているのでしょう?」
「貰いっぱなしは主義じゃありませんので」
 最後のチョコをバッグに入れ終わると中身が見えないように持っていたタオルを上に被せて足元にそっと置く。
「そういう所が夷澤先生の素敵なところね。女の子達はそれを知っているから今日という日にプレゼントを贈るの」
「か、からかわないでください!」
 微笑みながら自分をサラリと誉める雛川から顔を反らし、自分の荷物と
さっきまとめたばかりのチョコ入りエコバッグを両手に椅子から立ち上がる。
 顔を赤らめて少し乱暴に椅子を机に押し込むとツカツカと職員室の出入り口へ向かう。
 雛川の横を通りすぎた時に呼び止められた。
「はい。これ私から貴方と九龍さんに」
 シンプルで小さい紙袋を手に提げてにっこりと笑顔を浮かべた。
 一瞬、躊躇したが受け取らないわけにもいかずに、小さく頭を下げながら雛川から紙袋を受け取り、礼を告げる。
「ありがとうございます。それじゃ、お先に」
「ええ、お疲れ様でした」
 職員室から出た廊下で雛川から受け取った紙袋を複雑な心境で見つめ、エコバッグの中にそっと入れる。
 
 あの頃の仲間達に龍が日本に在住しており、自分と同居している事を阿門が全員に連絡したらしい。
「はぁ・・・ここに入ったの失敗したかな」
 ガシガシと後頭部を掻きながら職員玄関へ歩を進めた。


 この時間の校舎内は薄暗く、生徒達が残っている気配は無い。
 下駄箱のフタを開けると中に三個小さな箱が収められていた。
 ”はぁ〜”と大きなため息を漏らして、箱を片手で一気に掴むとエコバッグに放りこみ革靴を取り出す。
 コンクリートの床へ放って内履きスニーカーから履き替えた。
「チョコレートか・・・くだらない遊びだ」
 スニーカーを下駄箱に入れて動きが止まった。
 自分のくたびれ始めたスニーカーを見つめながら顔を歪めた。
 それは自嘲だった。
「こんな遊び。あの人も好きなんだよな」
 日本のバレンタインデーは独特で、お菓子メーカーの戦略だって事は知っている。
 近年は通例となっている女から男へ贈るチョコとは別に、同性同士で贈り合う”友チョコ”やら、
男から女へ贈る”逆チョコ”などというキャッチで売りこんで、流されやすい日本ではそれなりに流行しているようだ。
 お菓子メーカーの売り上げなんぞに協力する気持ちはサラサラ無いが、大切な人を想う気持ちは真実で、
それを伝える機会が年に一度位はあっても良いとは思う。
「オレもたいがい馬鹿だよな」
 仕事道具が入っている大きめのスポーツバッグを肩に担ぎ、
かなりの大荷物になったエコバッグを右手に持ち直して下駄箱のフタを閉めた。
 玄関から出ると日も暮れ、辺りは暗く静まりかえって校庭にも誰もいない。
 誰もいない校庭を歩き出して、しばらくすると校門が見えてくる。
 遠目でもわかる見慣れた人物が凍也に気づいて手を振った。
「センパイ?」
 特に約束をした覚えも無いのに、ここへ現れた九龍を目にして足が止まる。
 エコバッグに詰め込まれたチョコを持っている事に罪悪感を覚えた。
 それとスポーツバッグの中に忍ばせてある小さな包みの存在が凍也の歩みを遅くする。
 まだ凍也の中で、それを九龍に渡すか渡さないか決めていないのだ。
 帰路の道中で結論を出すつもりでいたのに、急に現れた存在に驚いた。
「トーヤ、おつかれ。一緒に帰ろうか」
「セ・・・ンパイ。なんでここに?」
 普段は自分の仕事場である天香学園へは極力来ないように頼んであり、それは九龍も了承していた事。
 なのに九龍が天香学園の校門前で自分を待っていたのだ。
「今日、バイト決めてきたからさ。面接の帰り」
「バイト?」
 <<宝探し屋>>の彼は東京の一等地に大豪邸を建てる事ができるほどのお金を持っている。
 だが、凍也と同居する為に慎ましい暮らしに身をおいており、それを楽しんでいた。
「ロゼッタの仕事が無い時だけだけどな」
 九龍は立ち尽くす凍也に近づき、大きく膨らんだエコバッグを見つけて顔を綻ばせた。
「お前、相変わらず人気あるんだ。全部、チョコだろ?」
「え・・・ええ、まあ」
 ごにょごにょと言いよどむ凍也からエコバッグを半ば強引に取り上げ、
周囲を見回して、掌を上に向けて”んっ”と魅力的な笑顔を向ける。
「・・・」
 そろそろと九龍の手を取り、きゅっと握ると足を踏み出した。
「トーヤ。もしかして、俺に悪いって思ってる?」
「別に思ってません」
 握っている手が汗ばんでいる事が凍也の言葉を否定していた。
 クスリと笑うと手に持ったエコバッグを上下に軽く振って、
自分に手を引かれながら俯き加減に歩く凍也の方へ顔を向けた。
「俺、嬉しいよ?お前がこんなに人から好かれてるんだ。って思うとさ」
「どうせセンパイも近所の連中から貰ってるんでしょ」
 九龍は近所付き合いが非常に良く、奥様や女子学生に覚えが良かった。
 まるで自分が嫉妬しているみたいに聞こえて凍也は頬を赤らめる。
「俺は誰からも貰ってないよ。トーヤ以外からは興味ないし」
「何言ってんすか・・・。俺があんな女共のくだらない遊びをするとでも?」
 ムキになって、早口になって、顔を赤くして、肩に担いだバックのストラップをぎゅっと握りしめている凍也が可愛い。
「その中に入ってるんだろ?俺へのチョコ」
「な・・・無いっすよ!」
 スポーツバッグを指差されて、慌てて九龍の手を振り解くとバッグを両腕で抱きしめた。
「ふーん?」
 にこにこと笑いながら、数歩前で立ち止まる九龍にじっと見据えられて、もう凍也は嘘をつけなくなってしまった。
 薄暗い小道でスポーツバッグのジッパーを少しだけ開けて手を乱暴に突っ込むと、
中から小さな四角い物を取り出して九龍へ投げつける。
 視界が悪い中、突然に投げつけられた物をなんなく受け止めると九龍の笑みが深まった。
「サンキュー!じゃ、これは俺から」
 パンツのポケットから凍也が投げつけた物体よりも更に小さい物。
 突然、予期せぬ展開だったが、元ボクサーの反射神経と動体視力はさすがだった。
 額にぶつかる寸前、とっさに掌で受け止める事に成功。
「これは?」
「俺の気持ち。開けてみな」
 鼻の頭を利き手の人差し指で掻く仕草は彼が照れている時の癖だ。
 いつもサラリとキザな事を口にする九龍が照れている。
 珍しい表情をしばらく見つめ、掌に収めた小さな箱のフタを真上に持ち上げると、そこにはシルバーリングがひとつ。
「別に特別な意味は無いけどな。チェーンも一緒に買ってきたから、指につけなくてもいいし。
ただ、お前に持っていて欲しいってだけで」
 これも珍しく九龍が早口でまくしたてた。
 よく見れば彼もほんのり頬を染めているのが暗がりの中でも見てとれる。
「・・・くくっ・・・センパイらしくないっすね」
 赤みを帯びた顔をお互いに見つめ、そして笑いあった。
「笑うなよ。失礼な奴だな」
「アンタがこんな顔するなんて知りませんでしたよ九龍さん」
 涙目になりながら笑い続ける、湿る瞳は笑いのせいなのか、それとも別の何かが原因なのか。

ー”くだらない遊び”じゃなくなっちまったよ、九龍さん。・・・ありがとうー

つづく?

※この作品は参加中の九龍SNSの2009年バレンタイン企画に投稿させて頂きました。