■恋したくなるお題 01. 温度差のあるキス (九龍×皆守) 水天宮拓仄

 放課後、窓の外が薄暗くなりつつある時刻。
 天香学園の校舎内には、生徒達の姿は見えない。
 生徒会の規則によって、一般生徒達は定められた下校時刻を過ぎると強制的に帰宅させられる。
 その人影もほとんど消えた校舎の屋上で、校庭を見下ろすように佇む人影が2つ。
 1人は普通の学生服に比べて裾がマントのように長く、襟も一般的な物にくらべてだいぶ長く、
襟をピンと立てた状態で身につけた男子生徒。
 そう、天香学園の生徒会長である、阿門帝斗。
 そして、阿門の正面に校庭に背を向けて危険防止の為に取り付けられている柵に背を預け、
学生服の前をはだけた状態で身にている、少し長めの髪には癖がある。
 唇には細かい細工が施された金属製のパイプを咥えた男子生徒が立っていた。
 阿門と同じ生徒会役員をやっているが、一般の生徒達には明らかにされていない副生徒会長の皆守甲太郎。
 生徒会長である阿門に、放課後この場所へ来るようにメールを受け取り、
甲太郎は人気の無い校舎に残り、屋上へやってきた。

「よお、なんだよ。急に呼び出して…こっちは約束をキャンセルするハメになっちまった」
 後頭部に手を回し、慣れた仕草で頭をガリガリと爪で掻きながら正面に無言で佇む阿門を見た。
「“転校生”に関する報告を」
 それだけを告げると阿門は、また唇を閉ざし皆守を見据える。
 必要以上の事を話さない男だと言うのは、今までの付き合いでわかっている事、
そして適当なごまかしや嘘も通じない事はわかりきっている。
 唇に咥えていたパイプを指でつまみ、無造作にポケットにしまいこむと、
口寂しいと感じながらも甲太郎は再び唇を開いた。


 俺は、生徒会長である阿門の命令によって、生徒会副会長、そして墓守の1人として
新しくこの学園に入ってきたクラスメイトに近づいた。
 夏休みも終わり、3年のこんな中途半端な時期に転入してくるというだけで、
この転入がある目的の為に仕組まれた事なのではないだろうか。
 生徒会が最初から警戒するのも頷ける話だった。
 あいつとの初対面は、予想に反してしまったが、かえってあれでよかったのかもしれない。
 転入してきたあいつをクラスメイトの八千穂が校内を案内し、俺が昼寝を楽しんでいた所に
大声を出しながらあいつ、葉佩九龍を連れてきたのだ。
「まァな。非生産的で無意味な授業を体験するぐらいなら、夢という安息を生産する時間を過ごした方がマシだ
からな」
 寄りかかって座っていた壁から立ち上がり、俺は初めて九龍を正面から見た。
「よッ…っと。お前もそう思うだろ?転校生」
 俺の言葉に九龍は低く腰に響くような声を発し、俺に手を差し出しながら微笑んでいた。
「そうだね、天気がよさそうな日ならここでの昼寝は気持ち良さそうだ。俺、葉佩九龍。
皆守君だっけ、よろしくな」
「中々、話がわかるじゃないか。それと、俺に君づけはいらねーよ、転校生」
 差し出された手を握り、九龍の手の平にあるタコが気になったのを覚えている。
 そして、差し出された手から腕を目で追って見た逞しい腕にも違和感を覚えた。


 この出会いから、俺は予定通り九龍と親しくなり、プリクラを渡し、連絡先の交換をした。
 最初から何かあると思っていたが、まさか転校してきてから一週間も経たないうちに
あいつが墓へ潜入しようとするとは思わなかった。
 あっさりと墓への入り口を見つけ、墓の中を進む九龍は見事なもので、次々と新しい階層を制覇して行く。
 生徒会執行委員が守るエリアをあっと言う間に制覇し、今や生徒会役員の双樹までが九龍に破れ、仲間となっ
ていた。
 監視役としてあいつの傍にいたが、自ら動かなくても俺は頻繁に墓へ潜入するメンバーに選ばれ、
何度か危険を救われた事もある。
 反対に、俺があいつの危険を救ってやった事や敵を殲滅する為に力を貸したこともある。
 九龍と知り合ってから、そろそろ三ヶ月目に入ろうとしている。
 今、俺とあいつの関係は予想もできない方向へ進んでしまっていた。
 それなりに親しくなる為に、生徒会にとってデメリットになるような行動や言動もしたし、
九龍と過ごす時間はそれなりに心地よい。
 仲間達から見れば、俺と九龍は“親友同士”という間柄が一番しっくりとくるはずだ。
 だが、俺達はいつの間にか唇を合わせるようになり、抱きしめ合い、身体を重ねる関係になっていた。
 男同士という事に偏見が無いわけではないが、あいつに怪しまれずに近づけるのなら、
それが親友だろうが恋人だろうが、どんな関係でも良いと思っていた。
 そういう関係になってからの九龍は、よく俺だけを誘って墓へ潜った。
 墓に出没する化け物どもを倒し、ひとつのエリアを制覇した後に必ず九龍は俺を求めるようになっていた。
 もしかしたら、戦闘時の興奮状態を抑えるために俺を求めているのかもしれない。


「コータ、大丈夫だったか?」
 肩で息をしながら九龍が俺に近づいてくる。
 両手には、愛用の拳銃が2丁。
 頬には化け物からの返り血がこびりつき、額や首筋に汗が流れていた。
「大丈夫って、お前が全部1人で殺っちまうからな。それよりも、お前の方は大丈夫なのか?」
 頬についた青とも緑とも言えない血を学ランの袖でゴシゴシと擦る。
 すると腕を掴まれ、ぐっと引き寄せられた。
 九龍に抱きしめられると、汗の匂いがラベンダーの香りと混ざり合い、俺にとってはなんとも言えない甘美な
ものとなった。
 肩に頭を預け、戦闘によって九龍の心臓が普段よりも早く動いているのをなんとなく感じていると、
荒っぽく顎の両端を掴まれ、正面に顔を向けさせられた。
 抱きしめられながら、しばしの間視線を絡ませると、九龍が目を細めて接近してくる。
「甲太郎」
「…ったく、お前ってやつは」
 ため息をつきながらも俺はパイプを唇から取り除き、パイプを持った手と、もう片方の手を両脇にだらりと下
げる。
 これが、俺達の合図になっていた。
「…甲太郎」
「んっ…んぅ」
 目の前にあるのは、瞳が閉じられた九龍の顔。
 時々、角度を変えながら俺の唇を貪り続ける男の顔を、俺は見つめ続けている。
 頬を上気させ、互いの唇から時々漏れる声。
 唇をずらす時には、飲み下しきれないどちらのものとも言えない唾液が首筋に流れた。
「こ…たろう。好きだ」
「…んんっ…く…ろう」
 名前を呼ぶ声が自然に掠れる。
 1分以上唇を合わせられ、ようやく九龍のそれが離れる気配を感じた俺は、瞳を閉じる。
 湿った音を残し、唇が離れていくと九龍は俺の首筋に顔を埋め、手は制服の中に滑り込ませてきた。
「コータ…いい、かな?」
 首筋に舌を這わせながら、上目遣いで俺を見つめる九龍に大げさにため息をついてみせた俺は、自ら上着を脱
ぎ捨てていた。
「どうせ、駄目だって言っても犯るだろーが、お前は。俺は眠いんだ、さっさと済ませろよ」
 そう言った俺に九龍は無言で微笑みかけ、舌や指を使い俺の身体を弄るのだ。

 熱い指先、熱い唇、熱い体温を、どこか冷めた気持ちで見つめる自分がいるのがわかる。
 正直、九龍と過ごす時間が好きになっていた。
 男同士で唇を合わせ、抱き合う事に嫌悪感を感じる事もなく受け入れる事ができたのは、
おそらく相手が葉佩九龍だったからだ。
 だが、俺はあいつと同じ気持ちで抱き合う事はできないだろう。
 “転校生”は敵。
 敵を排除し続けない限り、この学園で俺が失った物は取り戻せないのだから。
 どんなに親しくなっても、どんなに好きでも、愛し合っても、いずれは誰かによって、
もしくは自分の手で消し去る存在の転校生。
 そう思おうと、俺は九龍を好きと自覚しつつ、心から愛することはできなかった。
 熱く俺を求めるあいつの唇に応える、冷めた唇と熱する事の無い心。
 俺も他の執行委員や双樹のように、この呪いから解放されたら同じ気持ちで九龍を愛する事ができるのだろう
か?
 あいつに抱かれる度、冷めた心に反比例して熱くなる体を疎ましいと思う。
 熱く求められた分だけ自分も熱くなれたなら、どんなに…。



一通り、今までの経緯をかいつまみ、自分の感情を廃して阿門に語り終えると、
甲太郎はポケットにしまったパイプを咥える。
「これが今までの経過だ」
 無言で甲太郎の言葉を聞いていた阿門が、しばらく無言で床を見つめていた。
 ふいに視線を上げ、甲太郎を見据える。
「…」
 報告に含まれていなかった自分の感情をも読み取るかのような視線に、
甲太郎は居たたまれなくなると、おもむろに柵から背を離して校舎に続く扉へ足を踏み出した。
 扉に手をかけた所で背後から阿門が静かに呟く言葉が聞こえてきた。
 それは独り言のようにも聞こえる。
「お前がどう想っていようと“転校生”葉佩九龍は排除しなければならない。
その時は、せめてお前の手で葬ってやるがよかろう」
 扉を開き、校舎に足を踏み入れる頃には日もすっかり沈み、甲太郎の目の前には闇が広がっていた。
「ああ…そうさせてもらうよ」



end