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| ■恋したくなるお題 02. 誰も居ない空間に「おやすみ」 (九龍×夷澤) 水天宮拓仄 |
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12月25日。
この学園地下に眠る遺跡の謎を解き明かし、遺跡を守る役目を担っていた生徒達を
真の意味で解放した転校生・葉佩九龍が姿を消してから最初の朝が訪れた。
ほんの三ヶ月と少し前に学園へやってきた葉佩九龍は、瞬く間に遺跡を遺跡に縛られていた
人間達を解放し、彼らの心までも手に入れ、昨夜のうちに忽然と姿を消した。
遺跡が解放された日、九龍の下に集っていた仲間達もこの事態を予期していなかった。
ただ、1人を除いては。
12月24日夜。学園内にある古い時計台。
これから最後の謎解き、闘いに向かう前の葉佩九龍とつい先日仲間になったばかりの
夷澤凍也が無言で向かい合い、一定の距離を保ち部屋の真ん中に立っていた。
外気がどんどん冷え込む中、時計台で無言のまま向き合う2人。
最初にこの沈黙を破ったのは、凍也だった。
「センパイも物好きっすね、クリスマス・イヴに男と一緒に2人きりになりたいだなんて」
肩をすくめ、両手を上げる仕草をしつつ、凍也は首を傾げてみせた。
激しく波打つ自分の鼓動が、この静かな空間では離れている九龍にも聞こえてしまいそうだった。
顔を正面から見つめている事も難しく、時計台にある唯一の窓に視線を流すと、
真っ暗な空からフワリフワリと白い物がちらつきはじめる。
「しかも、ホワイト・クリスマスになりそうっすね…それにー」
沈黙の心地悪さを紛らすために、自分の動揺を悟らせないために、
思いつくままに言葉をつむぎ出す凍也に、突然思いがけない出来事が起こった。
「セ…センパイ?」
窓に視線を向けていた隙に音もなく近づかれ、ぎゅっと大きな胸に抱きしめられていた。
「ちょ…どうしたんすか?」
身じろぎをする凍也を包む腕に力をこめ、自分の胸に押し付けるようにして抱きしめ、
少し低い位置にある髪に頬を埋めた九龍が小刻みに震えているように感じる。
「…どうしたんすか、九龍さん」
珍しく言葉も発する事もなく、震えながら自分を抱きしめる九龍に凍也は優しく声をかけた。
「ごめん、凍也」
「なんで謝るんすか?謝られる覚えが無いんすけど」
「ごめん」
それだけを繰り返し、九龍はしばらく凍也を抱きしめる。
数分なのか数十分なのか…凍也はようやく九龍の腕から解放され、さきほどまで自分を包んでいた男を正面から見据えた。
―ああ、そういう事かー
視線の先にいるのは、いつも仲間達に向ける笑顔を浮かべた、普段通りの葉佩九龍その姿があった。
―この人は、今夜この学園から消えるー
言葉で聞いたわけではない。
だが、なんとなく理解した。
転校してきた最初の頃に振りまいていた笑顔と同じ表情、
自分が所属するボクシング部に入部してきた頃から、
ずっとクラブ活動をしている間に浮かべていた表情と同じものだ。
いわば、九龍の張り付いたような笑顔は“営業スマイル”に近いものがある。
潜入操作を容易に進める為に身につけた技術と言っても良いだろう。
感情を捨て、目の前にある任務を確実にこなすための仮面。
この三ヶ月という短い期間で、凍也と九龍はクラブ活動や寮生活、
遺跡探索や、生徒会と転校生という敵対関係をも超えた関係を築いてきていた。
やっと凍也が普段の九龍と違う表情を垣間見れるようになってから、まだ日も浅い。
結果はわかりきっていたのに、凍也は口に出さずにはいられなかった。
明日以降の約束を。
「この闘いが無事に済んで、オレ達の日常が戻ってきたら…」
ここまで言葉を出すと、自分の声が震え始めるのに気づく。
だが、そのまま言葉を続けた。
「オレは以前からの計画を実行に移すつもりです」
九龍の瞳を見つめ、ぐっと唇をかみ締める。
相変わらず九龍の唇には、笑みが浮かんでいた。
このまま何も言わずに立ち去るかもしれない。
しかし、九龍は両腕を胸の下辺りで組み、凍也を見つめていた。
「で、その計画ってどんなの?」
まったく普段と変わらない調子の口調に、凍也は思わず涙がこぼれそうになるのを堪える。
震える声を必死に抑えようとするが、自分の意志に反して言葉が震えてしまう。
「計画を実行するには、まず学園を平常な状態に戻す事が必要…オレが卒業するまで…
なんて無茶言いません。…でも…セ、ンパイが、卒業するまでの間でいい…
あと少しでいい…オレの計画に…協力して、くれませんか?
だ・・から、だから!勝手にオレの目の前からいなくなるなんて…
絶対に…絶対に許さないっすからね!」
途切れ途切れになる言葉をなんとか繋ぎ、やっとの思いで言いたい事をすべて吐き出す事に成功した。
堪えていた涙も、自然に溢れ出し、自分の頬を濡らす。
絶えず、微笑みを浮かべていた九龍だったが、すっと目を細めて組んでいた腕を解き、
おもむろに左手を凍也に近づけた。
反射的に目を瞑ってしまう。
「…そっか、わかった」
それだけを呟き、頬に流れた涙を左手の甲で掬い取ると自分の唇に左手を寄せ、ペロリと舐めた。
そして、普段学園で見せるようなおどけた表情を浮かべる九龍。
「しょっぱいな…さて、と。そろそろ行くか」
塩辛い味に舌を出し、両手の指を絡ませ頭上に向かって体を伸ばす。
「センパイ!オレも一緒に行きます!」
踵を返し、時計台から出ていこうとする九龍の後を数歩追いながら叫んでいた。
これが最後になるかもしれない。
先の約束ができないのなら、せめて最後まで一緒に居たい。
「いや、最後は1人で行くって決めてたから、お前は寮に帰ってろ。寒いから風邪ひかないようにな」
笑顔で凍也に顔を向け、軽く手を振る。
「センパイ!」
「じゃあ、な。トーヤ」
九龍は普段と変わらぬ調子で片目をパチリと閉じると、扉の向こうに姿を消した。
「九龍…さん」
扉が閉まり、だんだんと規則正しいリズムで足音が遠ざかっていく。
「嫌だ…これが、最後だって言うんすか、九龍さん!そんなの絶対に許さないっすから…ね」
床に両膝をつき、薄暗い天井を見上げて涙を流し続けていた。
12月25日夜。男子学生寮。
昨夜、九龍が遺跡の謎を解き、呪いを解放した影響で学園は通常に機能するはずもなく、
生徒、教師共に指示があるまで寮内で待機するように生徒会長である阿門に言い渡されていた。
窓から破壊つくされた墓場の方を見つめると大きな工作機が入り、
一日中大きな音を立てていたが、凍也には気にならなかった。
いや、1人の生徒が消えた事により、まるで抜け殻のように自室で何をする事もなく
ベッドで横になり、じっと天井を見つめていた。
朝食、昼食も忘れ、部屋に閉じこもったままの凍也を心配して仲間でもあり、
同級生でもある響が訪ねてきたが、顔を見ることもせず追い返した。
「夷澤くん!ご飯食べないと…駄目だよ!ねぇ?聞こえてる?ここ、開けてよ!」
「…」
ドンドンと扉を叩く音に苛立ち、凍也はベッドに横たわったまま扉に向かって怒鳴った。
「うるせぇ!いらねぇよ!さっさと部屋に戻れっ」
その瞬間、凍也の部屋に静寂が戻る。
扉の外でグスリと鼻をすするような音が聞こえ、カチャリと食器が触れ合う音が聞こえてきた。
「…ごはん、置いて行くね…後で食べて」
涙声でそう言い残すと響は扉の前から遠ざかっていったようだ。
「…」
明らかに自分の言動は八つ当たりだった。
だが、今は他人を思いやる余裕が持てない自分にも苛立つ。
何もかも嫌になって、自分の頭を預けてある枕を掴んで床に叩きつけようとした瞬間、
床に放り出したままの携帯がメールを受信した事を凍也に知らせた。
「…ちっ」
枕を叩きつけようと振り上げた右腕を止め、持っていた枕を自分の懐に抱きこむと、
ベッドの上から携帯を拾い上げた。
折りたたみ式の携帯を片手で荒っぽく開けると、そこには信じられない名前が表示されていた。
送信日時 >> 2004.12.25 22:15 送信者 >> 葉佩センパイ sub >> 愛しの凍也へ
おやすみ。
夢で逢える事、祈ってるよ。 |
携帯を持つ手が震え、昨夜さんざん泣いて出る涙も枯れたと思っていたのに、
両の瞳からとめどなく涙が溢れ出していた。
唇をぐっと引き上げ、無理矢理笑みを作り、携帯画面を見つめ、溢れる涙も放置したまま。
「おやすみ。センパイ…」
自分以外存在しない空間に、凍也の声が冷たい空気を震わせていた。
End
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