■恋したくなるお題 05. 「届かなくてもいい」なんて嘘 ( 皆守×阿門 ) 水天宮拓仄

 まだ肌寒い三月上旬。
 あと数日で天香学園でも卒業式が行われる予定となっていた。
 今年度の秋頃に<<宝探し屋>>と名乗る転校生が来てから年末あたりまでは、学園内も騒がしかったが、
今はすっかり元のように静寂と不気味さを取り戻し、生徒達は今まで通りの学園生活を送っていた。
 放課後の下校時間を報せるチャイムが鳴り響いている。
 一般の生徒達は慌てた様子で次々と校舎を後にしていく中、屋上の壁に寄りかかり、
金属製のパイプを咥えた男子生徒が白が混じった紫色の煙を吐き出しながら、どんよりと曇った空を流れる雲を見つめていた。
 彼の胸に降りる暗い影は色濃く、その表情は固まってしまったかのように無表情だった。
「・・・卒業か」
 唇からパイプを離し、懐の中にしまってあるスペアの棒状の香を取り出して先端に詰め込み、再び唇に咥えてマッチで火を灯す。
 校舎から静かな足跡が甲太郎の耳に響いたが、気にする事も無く深く香りを肺いっぱいに吸い込んだ。
 ガチャリと音がして校舎から屋上へ出る為の扉が開くと、予想した通りの人物が現れた。

「阿門」
「まだ、帰らないのか?もう下校時間は過ぎているぞ」

 寄りかかっていた壁から背を離し、扉の前に立ったままの阿門に向かっていく。
 そうだ、俺はこの男との約束を守る為にあいつを裏切ったのだ。
 生徒会に所属してから、ずっと俺はこの男の為に尽くしてきていた。
 だが、三年のほんの数ヶ月を共に過ごしただけの<<転校生>>だったあいつと過ごすの事に安堵を覚え、
生徒会執行委員の連中や生徒会役員達が次々と墓から解放されている様を羨ましくさえ思った事もあった。
 墓の中心部に降り、前に進もうとするあいつを止めたのは自分。
 今でも最後にあいつが見せた表情や言葉は忘れる事はできない。
 後悔などしないはずだった。

「お前はもう生徒会役員からは解放されているのだ。早く寮へ帰れ」
「それを言うならお前だって同じだろ?」

 三学期の初めに行った新年度生徒役員選挙は、生徒会が推薦した人選そのままで生徒会長に夷澤凍也が就任し、
副会長やその他の役員は夷澤が推薦した人物達にそれぞれ決まった。
 名目上では、阿門も甲太郎も今は一般生徒という扱いになっているはずである。

「俺は一生この学園を・・・いや、地下に眠る者を見守る責任がある。この学園を守らなければならない」

 その言葉に甲太郎は地面に視線を落とし、金属製のパイプをガチッとかみ締めた。
 自分や神鳳や双樹は、数日後にこの学園を卒業する事で墓守の呪縛から解放され、一般社会に帰れる。
 だが、目の前に立つこの男は生まれた環境により、墓守の呪縛から逃れることはできないのだ。

「お前はそうやって一生ここに眠る何かがわからないまま見守っていくのか?」
「そうだ。それが俺の使命なのだ」
「例えば・・・俺があの時、あいつを倒さなかったら・・・お前はその呪縛から解放されたと思うか?」

 ずっと自分の中で繰り返し自分に投げかけた疑問だった。
 俺があいつに倒され、共に協力して阿門を倒し、墓に眠っていた何者かを倒せば、
他の墓守達のように俺達は呪縛から解放されたのだろうか?
 それは今となってはわからない。
 この気高く、一族に課せられた使命を遂行するために今まで生きてきたこの男を、
自分や他の誰かが傷つけるなんて許せないと思った。
 だから、今まで協力をしてきた”親友”とも呼べる男を土壇場で裏切ってでも守りたかった。
 この気持ちが阿門に届かなくても良い。とも思った。

「わからん」
「そうか・・・それじゃあ、お前は死ぬまでこの学園と共にあるという事だ」
「そうだ。また<<転校生>>が現れたら生徒会を指揮し、排除する。
その歴史はずっと繰り返されてきたのだ。これからも変わらずにな」

 相変わらずの無表情で淡々と語る阿門の方へ地面から視線を上げて辛そうに見つめる。
 自分がやった事に後悔はない。
 だが、この胸を押しつぶすような苦しさはなんなのだろう?

「どうした?」
「・・・阿門」
「・・・・・・」
「俺も此処に残ってお前と共に歩む」

 やっと口に出した言葉だった。
 この学園の中に留まれば墓守としての力は十分に発揮できるはずだ。
 阿門一人に呪縛を背負わせ、自分だけ楽な人生を送りたくはなかった。
 唐突に甲太郎は自分の気持ちを理解した。
 自分はこの男に愛情を感じているのだという事を。
 届かなくてもいい。と思っていた気持ちが嘘だったという事も。
 わかって欲しい自分の気持ちを。

「それは認められない」
「なぜだ?」

 ある程度予想通りの回答が阿門の口から発せられた。
 表情も口調も崩さすに冷静なまま甲太郎も切り替えしていた。

「我が一族以外の者は本当の墓守とはなれないのだ」

 ふと寂しそうな表情になると阿門は更に言葉を続けた。

「一族以外の者は数年しか墓守としての力を維持できない。個人差はあるが、限度を越えれば体は朽ち果てる」
「だったら、この肉体が朽ち果てるまでお前に付き合ってやるよ」

 やっと唇の端を吊り上げて笑みを作るが阿門の表情は重苦しいままだった。
 しばらく考えこんでいたが、改めて甲太郎を正面に見据えて唇を開いた。

「皆守甲太郎。なぜお前は、そうまでして俺の事を想ってくれるのだ?」

 当然の問いかけだったが、今の甲太郎はその疑問を阿門から聞くとは予想していなかった。
 ドキリと心臓が高鳴る。

「それは・・・・」





 どんよりと曇っていた空からポツリポツリと雨が滴りはじめ、瞬く間にあたりは激しい雨に包まれる。
 屋上には一つの人影が残され、いつまでも激しい雨にその身を打たせ続けていた。


end

※この小説は九龍SNS内でキリリクとして友人へ献上させていただきました。