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| ■恋したくなるお題 07. この電話を切れば終わり ( 九龍×夷澤 ) 水天宮拓仄 |
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草木も眠る丑三つ時・・・と表現される時刻よりもさらに進み、あと一時間もすれば陽が昇ってこようかという時刻。
安いアパートに一人暮らしで、二駅先の都内にある大学へ通う夷澤凍也は、ベッドに身を投げ出すように眠っていた。
眠りについたのは今よりほんの二時間ほど前の事だ。
大学の後にボクシングのトレーニングとアルバイトから帰宅して、簡単にシャワーを浴びた。
髪も乾かさないままベッドに突っ伏したら眠ってしまったのだ。
波乱に満ちた高校生活を終えた凍也も今は大学生活を送る日々。
大学を終えてから毎日ボクシングジムに通ってトレーニングをした後に生活費を稼ぐ為のアルバイト。
学費は奨学金を受ける事ができ、卒業後までは成績と大学でも所属しているボクシング部での成績を維持すれば問題は無い。
たいていの学生は親からの仕送りを元に生活をして、自分の小遣いを増やしたい場合に週に数時間程度のバイトをする。
そんな中で凍也は毎日のようにアルバイトを予定に入れている。
彼は高校を卒業と同時に両親からの仕送りを断って自立していた。
それは高校卒業する間際に決意した事で、卒業前は親を説得するため休みのたびに故郷の新潟まで足を運んでいたりもした。
実家は普通のサラリーマン家庭だったが、一人息子の大学進学の費用や毎月の仕送りができないほどの経済状態でもない。
だが、凍也はあえて自分から自立の道を選び、日々を生きるのに一生懸命になっている。
何かを考えるような余裕も、時間も無い。
自分でそうなるように仕向けたとも言える。
彼は一年以上苦しんでいた。
高校二年の時に経験した辛い別れ。
二学期の終わりに交わしたはずの”約束”を果たす事なく消えた一人の男を想う時、胸が締め付けられるような感覚が襲う。
それは、一人で静かに過ごしている時という事を凍也は早い時期に自覚していた。
ならば一人で静かに何かを考える余裕を作らなければ良い。
大学で勉強に励み、その後はボクシング部で汗を流して、その後はさらにボクシングジムで本格的に動く。
疲れ果てた状態でファミレスや居酒屋など、夜中までのアルバイトを毎日かけもちで予定に組み込んで、がむしゃらに生きている。
おかげで、高校の時に味わい続けていた胸を締め付けるような感覚には襲われなくなった。
体はボロボロだったが、凍也そっちの方が楽だと思っていた。
疲れ果てた肉体が睡眠を欲し、脳もそれに従う。
スヤスヤとベッドの上で寝息を立てている凍也の手元に投げ出された携帯が小刻みに震え、部屋の中に着信音が小さく響く。
普段の凍也なら携帯の着信音が鳴ったとしても気づく事もなく、翌朝に着信を発見するというパターンがほとんどである。
だが、今夜は着信音のわずかな違いに脳がすぐに覚醒し、手が携帯に伸びていた。
携帯のディスプレイに映しだされた発信者の名前は”先輩”と書かれた電光文字が点滅している。
着信音は高校時に”彼”専用で設定していた音。
携帯を何回か変えた今でも同じ設定をしていたのだ。
高校二年のクリスマスに別れてから、一度もかかってこなかったが彼の携帯番号やメルアドは消す事ができなかった。
かと言って、自分から連絡をする事もできずに今まで過ごしている。
数秒、自分は夢を見ているのだろうか?という疑問が脳裏に浮かんだが、手に持つ携帯が音を立てながら振動する感覚は本物だ。
しばらくすると着信音が途切れ、今は発信者に携帯電話サービスから留守電に繋ぐ旨のアナウンスが流れている。
『こちらは留守番電話サービスセンターです。ただいま電話に出る事ができません。発信音の後にメッセージをどうぞ。』
凍也は電話に出ようかどうか躊躇った。
連絡が途絶えて一年以上経過して、前触れもなく突然の電話。
正直怖かった。
声を聞きたい・・・でも、その時自分がどうなるかわからない。
あの人の声を聞くだけで満足するとも思えないのだ。
携帯を持つ手が震える。
自動のアナウンスが終わった直後に発信音が鳴り、メッセージが吹き込めるのは十秒程度のはず。
今ならまだ間に合うはずだ。
震える指が自然に通話ボタンに掛かり、凍也が気づいた時には指はボタンを押していた。
「あっトーヤか?」
携帯から聞こえてくる懐かしい声。
涙がこぼれそうになったが、それはなんとか堪える事に成功した。
「おーい?トーヤ、どうしたんだよ?俺だよ。葉佩だ・・・頼むから、声聞かせてくれよ」
その言葉に意を決して凍也は携帯を左手に持ち替えた。
「なんなんですか?今まで、連絡も寄越さないくせに・・・突然。しかも・・・こんな時間に」
ぶっきらぼうに言葉を発するものの、その声が震えている事に自分も気づく。
きっと携帯の向こう側にいる人物にもわかっているはずだ。
「よかった」
「何が”よかった”なんすか?こっちはいい迷惑っすよ」
「お前の事だから俺の番号登録抹消とか、着信拒否とか、無視とかされたらどうしようかって思ったりしてた」
「やけに殊勝じゃないっすか。いつも厚かましいまで自信満々のセンパイが」
あの頃と同じ感覚での会話。
つい凍也の鼻がぐずり、目にも熱いものがこみ上げてきた。
「そっちは今・・・ああ、朝方か・・・悪い。どうしても、お前の声が聞きたくなってさ」
悪びれもしないで、しれっと言うあたりが彼らしい。
何かを言い返そうとしても、今声を出したら言葉にならなそうだ。
「・・・今、どこに?」
やっとそれだけを口から出す。
「それは言えない・・・わかるだろ?でも、お前がいるところからはわりと遠いかな」
もっと違う話しをしたいはずなのに言葉にする事ができない。
ついに唇から僅かに嗚咽が漏れる。
「・・・うっ九龍さん」
「ごめんな」
携帯を自分に押し付けながら、声を必死に堪えて涙を頬に流す凍也。
「謝る・・・くらいなら・・・さっさと・・・くださいよ」
しゃくりあげ、言葉がうまく繋がらないが九龍には正確に伝わったようだ。
「うん・・・ごめん」
九龍が口にするのは謝罪の言葉ばかりだった、それが悲しいし憤りを感じる。
なぜ、そんなに謝るんだろう、この人は。
言いようのない不安に駆られて、携帯を握っている力を一層強めた。
「謝らないでください。らしくないっすから!」
一気にまくし立てるように口に出した。
「あの日の約束を果たせなかった事・・・どうしても謝りたくてさ」
携帯から聞こえる九龍の声が少し乱れている事にやっと気づいた。
聞こえる声も覚えているものよりも若干かすれているように感じる。
ドクリと心臓が高鳴った。
さっきとは別の種類の震えが凍也を襲った。
「本当に悪いと思ってるなら・・・オレの目の前で土下座でもして謝ってくださいよ」
携帯を持つ手が大きく震えて声もぶれた、反対の手で自分の手首を掴んで震えを少しでも抑えようと努力するが徒労に終わる。
この嫌な予感はなんだ?
「ははっ、そりゃそうだよなぁ!でも、我慢できなくて電話した。もう一つお前に伝えたい事もあるし」
苦しそうな呼吸をしつつも九龍の口調は変わらない。
いや、必死で息が乱れるのを堪えているようだ。
時々かすれて聞こえるのは電波が悪い為だけのせいではない。
「それも直接言ってください」
自分の中に広がる不安を消そうとして、凍也は大きな声でわざと明るい調子で生意気な声で呼びかけた。
「ごめん・・・・あ、また謝っちゃったな・・・でも、本当にごめんな。もう何も”約束”できなくなってさ」
「嫌です!オレはあんたに直接目の前で謝ってもらうまで、絶対に許さないっすから。東京に来てください九龍さん!」
零れ落ちる涙で携帯を持つ手が濡れ、携帯もじんわりと湿りはじめる。
「凍也、聞いて欲しい事があるんだ」
必死に呼びかける凍也の声を無視して、九龍は先へと話を進める。
「ダメです!直接目の前で言ってください。オレ、あんたに逢いたいんすよ・・・九龍さん」
「俺さ、天香に居た時ずっとお前の事からかってばっかいたけど・・・言ってた事は全部本気だったんだ・・・って信じる?」
「し・・・信じてないっす・・・信じて欲しかったら、オレを納得させるような事してください」
涙声を隠そうとしないで凍也は言い続けた。
ここまできてようやく”帰ってきてほしい”、”すぐにでも逢いたい”初めて自分の気持ちを素直に伝える事ができた。
「お前の事、ずっと好きだったんだ。それ、忘れないで欲しい」
「なんで過去系なんすか?これから、もっと・・・もっと言えばいいじゃないっすか、オレがあんたに落ちるまで」
携帯の向こうで、クスリと笑ったような声が聞こえた。
次に聞こえたのは通常の咳とは明らかに質が違う音。
「九龍さん!」
「ああ、悪りぃ。煩かったか?ちょっと喉やられちゃって・・・な」
ゴホゴホと咳を繰り返し、遠くに聞こえた何かの液体が地面に吐き出されたような音。
「今、どこにいるんすか?オレがそっちに・・・」
「だから、それは教えられないって言っただろ」
声のトーンが急激に落ちた。
その分、苦しそうな呼吸音が大きく凍也の耳に届く。
「九龍さん!九龍さん・・・オレっ」
「何?何か言いたいなら今しかないぜ、凍也」
携帯を持ち上げているのも辛くなった九龍は地面に横たわっていた。
地面に携帯を置き、その上に自分の体を横になるように重ねて携帯に耳を押し当てるようにしている。
利き腕は酷く損傷し、ピクリとも動かない。
左足の膝から下は黒く変色した包帯が無造作に巻かれているが、それが二度と動く事は無いだろう。
彼の周囲には無数の人間が動かないまま横たわり、そこには獣のような大きな体も数体まとまって転がっていた。
地面のところどころは大きな爆発でも起きたかのような穴がいくつもあるが、すでに空間には静寂が広がっていた。
その静かな空間に九龍の声だけが響いている。
数ヶ月前に世界最大規模の遺跡を発見したロゼッタ協会は、珍しく大人数での探索を敢行した。
ロゼッタの<<宝探し屋達>>はトップハンターをリーダーとして小隊を作り、手分けをして階層毎に探索を行っていたが、
ある階層を探索していた<<宝探し屋>>が罠を解除する事に失敗したのか、遺跡全体を巻き込む大惨事を引き起こしたのだった。
一番深い階層の探索を任されていた九龍達は、ちょうど遺跡の墓守達と激しい戦闘を繰り広げている最中だった事が災いした。
戦闘に集中していた為に罠の発動を察知した時には手遅れだったのだ。
九龍を残して小隊は全滅し、なんとか傷つきながらも墓守達を倒したものの、
脱出する出入口も上から落ちてきた階層の一部に破壊されてしまったのである。
そんな地下深い場所からも携帯が通じるのは、ロゼッタ協会の通信システムでもある小型コンピュータが生きていたおかげだ。
己の死に直面した時、ふと脳裏に浮かんだのは夷澤凍也だった。
H.A.N.Tを動く右手で起動させ、個人的に使用していた携帯を懐から取り出してアドレス帳から一つの番号を選んで発信した。
数秒の着信音が途切れ、聞こえてきたのは無機質な声。
だが、自分の気持ちを伝えたくて九龍は待った。
「これが最後だ。この電話を切ればもう連絡する事もないし、お前からの連絡を受ける事もない。今、言ってくれ」
途切れそうになる声を精一杯堪えて一気に言葉を吐き出す。
おそらく、電話の向こうで泣いている凍也は自分の状態に気づいているはずだ。
それでなければ、あんなに素直な言葉が出てくるとは思えない。
そう思って、こんな時なのに九龍の唇に笑みが浮かぶ。
こんな事になったのは誤算だったが、凍也が素直になる所を味わえる機会なんて普通に逢っていたら無いに違いない。
なんだか得をしたような気持ちになった。
「・・・オレも九龍さんがずっと気になってました・・・逢いたくて仕方ないのに電話もメールもできなかった」
「気になる・・・だけか?俺の、事」
苦しそうな呼吸ながらも九龍はからかうような口調で言葉を発する。
最後まで自然に話していたい。
天香学園で過ごしていたあの頃のように。
凍也の声が聞こえるまで、自分の声が出るまで・・・そして、通話終了ボタンを押せるまでの力を正確に九龍は知っている。
もう目の前は暗闇に近く、暗視ゴーグルも無くても明るかったフロアなのに何も見えない。
動く指はあらかじめ通話終了ボタンに乗せている。
「・・・好きなんすよ!だから早くオレの所・・・・に・・・」
その言葉を聞いて九龍は幸せそうに微笑んで、ボタンに乗せていた指に力をこめた。
end |
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