■恋したくなるお題 11. 今更だけど言わせてよ ( 九龍×皆守 ) 水天宮拓仄

 今日は二月十四日。
 女の子にとっても、男の子にとっても重大なイベント”バレンタインデー”
 東京・新宿にある天香学園でも、それは変わりない。
 数日前から生徒達や若い教師達に至るまで、皆そわそわと落ち着きのない日を過ごしていた。

 昨年末に学園地下に眠る秘宝をロゼッタ協会で手に入れる為に尽力した一人として評価された葉佩九龍は、
ロゼッタ協会から長期休暇を許可され、卒業する日まで天香学園で過ごす事になっていた。
 昨年の九月に転校してきてから今日まで板についたフェミニストぶりと外見に加えて、
学業優秀、運動神経抜群とくれば女子生徒達が騒がないはずがない。
 人付き合いが非常に上手な九龍は女子生徒にモテていても、
男子生徒からの人望も厚い彼は学園生活を満喫している。
 だが、このバレンタインという日を迎えて彼の周りは想像以上の騒ぎとなっていた。

 朝、学校に来てみれば下駄箱の中に上履きを放り出されてまで、
ギュウギュウにパズルのように詰め込まれた色とりどりの箱、箱、箱、箱。
 入りきれなかった物は誰かが勝手に設置した大きなダンボール箱に
「葉佩九龍様v」とマジックで宛名入りで狭いスペースを占拠している。
 下駄箱に詰め込まれた箱達をなんとか出して、外履きをしまい、
ノートの切れ端に大きく『物を入れないでください』と張り出した。
 大きなダンボールをやっとの思いで担ぎあげて三階にある三年C組の教室へ入ると、
自分の席やロッカーを見てダンボールを落としそうになった。
「な・・・な・・・なんだ、これーーー!」
 教室に一歩入るや否や目に飛び込んできた光景は壮絶の一言である。
 窓側の一番後ろの席が九龍の席だったが、机と椅子がカラフルな箱や袋で埋まっていた。
 ロッカーの中も中身を床に出され、ぎっしりと箱が詰め込まれている。
「おっはよー!九龍クンすごいねー」
 いつもの調子で笑顔で声をかけてきた八千穂明日香を振り返ると、なんだか表情が冴えない。
 彼女の笑顔はいつも見ているし、声の調子もいつものように元気だったが、何か違和感を覚えた。
「八千穂ちゃん!今日・・・なんなのコレ?すごいんだけど」
「あれ?九龍クン、バレンタインデー知らないの?」
「いや、知ってるけどさ・・・・これは凄すぎだよ」
 いつも何事にも動じない九龍が珍しく狼狽している様子を見て、クスリと八千穂の口から笑い声が漏れる。
「笑い事じゃないよ〜」
 ”よいしょっ”という声と共に持ってきたダンボールを席の近くに置いて、
机や椅子を埋め尽くしている箱を手に取って、息をはく。
「バレンタインデーは女の子が好きな男の子に想いを伝える日だからね。
みんな九龍クンの事が大好きって事じゃないかな」
 八千穂は先ほど九龍が感じた違和感のある笑顔を向けて、文字通り山のように積みあがった箱を眺めた。
「俺の知ってる”バレンタイン”は恋人同士が愛を確かめ合う日だけど、此処は違うって事か」
「此処って言うか、日本中はだいたいそうだよ。九龍クン、ずっと外国暮らしだったから知らないんだ」
 周囲に散らばっている箱を一緒に拾いながら八千穂が日本のバレンタインについて説明してくれた。
 それを聞き終えて九龍はまたしても苦笑する。
「なるほどね。で、来月の十四日にお返しをしなくちゃいけない・・・って、この数を?
誰から何を貰ったかもわからないのに・・・参ったな」
 今、目の前にある箱だけでも軽く百個は超えている。
 メッセージカードがついているもの、何もついていないもの、送り主がわからないものも相当あるようだ。
「モテるのも大変だね〜」
 困り果てる九龍に笑いかけながら一緒に箱を拾ってくれる八千穂の腕に、小さな紙袋が下げられている事に気づく。
「八千穂ちゃんも誰かに渡すの?」
 何気なく聞くとすぐ横にいた八千穂が急に黙り込んで頬を赤らめた。
「や、やだなー!これは九龍クンにあげる”友チョコ”でね!本命とか、そんなんじゃないから大丈夫だよっ
それに、他の子にたくさん貰ったからわたしのなんていらいないよね」
 慌てた様子の八千穂は胸の前で両手をぶんぶんと振りながら、頭を激しく振る。
「八千穂ちゃんからのだったら、よろこんで受け取るよ俺!ありがとう」
 誰からの物かわからない箱達から手を一旦離して、八千穂の正面に回ると、なかば強引に紙袋を受け取る。
 中を覗きこむと不器用な彼女なりにがんばって可愛く包装された小さな箱が入っていた。
「まずかったら捨ててね!あ・・・あっチャイム鳴ったから、また後で手伝いにくるからっ」
 顔を真っ赤にしてバタバタと自分の席へ戻る八千穂の後ろ姿を見つめて、九龍は小さくわびた。
「ごめん・・・その気持ちだけ、ありがとう」


 昼休みになると、今度は多少面識のある女子生徒達が大挙で押し寄せて、
遊園地の乗り物待ちごとく長蛇の列で九龍の前に並び、一人一人手渡していく。
 それをつい先ほど教室に来たばかりの甲太郎が面白くなさそうな表情で見つめていた。
「葉佩君、一生懸命作ったの」だとか「好きです!」とか「付き合ってください」だとか、
想いを口にしてはやんわりと拒絶され、皆トボトボと立ち去っていく。
 昼食を屋上で九龍と一緒に食べる予定だった甲太郎としては、
いつまでも教室を出ることのできない彼を恨めしそうに見つめるだけである。
 そんな彼の元にも、親しい女の子達や名前もわからない女子生徒からのチョコやプレゼントが差し出されたが、
彼はそれらを一切受け取ろうとはしなかった。
「・・・ったく、やっぱ今日はサボればよかったぜ」
 机につっぷしたまま、横目で九龍と女子生徒達のやりとりを睨みつけながらぼやくと、
一人で屋上へ出る気にもならずに、チャイムが鳴るまで続く一大イベントを見つめ続けていた。

 ようやく授業も終わって放課後となり、下校時間近くに
女子生徒の波が去った後の三年C組の教室はすごい状態になっていた。
 まるで全校の女子生徒が彼一人にプレゼントを持って、集まってきたかのような錯覚さえ覚える。
 八千穂は箱や袋の整理は手伝ってくれたが、さすがに辛くなってきたのか先に帰ってしまっていた。
 教室に残っているのはクタクタな状態になった葉佩九龍と、軽蔑の眼差しで彼を見つめる皆守甲太郎だけである。
 ひっきりなしに現れる女子達のおかげで、彼らが口をきける状態になったのも今しがたなのだ。
 いつもなら面倒くさい事はごめんとばかりに、先に帰ってしまう甲太郎だったが、
九龍から授業中に受信したメールで「放課後、話がある」と引き止められて今に至る。
 乱雑ではあるが、分類されたプレゼントの山を大きな箱や袋に詰めた状態で
教室の後ろにズラリと並べて、ふうっと大きく息をはいた。
「ふーやっと終わったかな?」
「ご苦労なこったな。いちいち全部受け取ってるから、そういう目にあうんだ。
ああいうのは、一個受け取ったら最後なんだぞ?」
「いいじゃないか。彼女達は今日、俺の為に一生懸命用意してくれたんだから。
気持ちに応える事はできないけど、せめて想いを受け止める位はできるからな」
 疲れている中でも優しく微笑みながら、受け取ったプレゼントの山をしみじみと見つめて、
近くにあった椅子に腰を下ろした。
 スタスタと甲太郎が歩み寄ってくるのを待って、学生服の内ポケットに忍ばせていた一枚のカードを差し出した。
「なんだ、これは?」
「ん、俺からのバレンタインプレゼント」
「バレンタインなんて、どっかの菓子メーカーの陰謀策に・・・お前まで」
「それは日本独特の行事だよ。欧米では、恋人同士のイベントさ」
 ふふっと、今日一日で見てきた女の子を思い出して笑みがこぼれる。
 彼女達の好意は素直に嬉しいけど、それ以上でもそれ以下でも無い。
 自分の気持ちは決まっていたし、それを伝える良い機会だった。
 それに”ただの恋人”を望んでいるわけじゃない。
「俺とお前は違うだろ」
 真面目な表情で差し出されたカードを、ただ見つめている。
「今更だけど言わせてよ」
「何を?」
 甲太郎がカードに手を触れたと同時だった。
「俺、甲太郎が好きだよ」
「・・・」
 カードを挟んだ指が一瞬硬直したが、すぐに力を入れなおして自分の手元に引き寄せると片手で開く。
『 一生涯、俺のバディになれ 』
 カードに書かれていた文字を見て、甲太郎は”ぶっ”と思わず噴出してしまう。
「な・・・なんだよ、これは」
「俺の気持ちをこめたつもりだけど?」
 椅子から立ち上がって甲太郎の目を少し上から見つめる。
 戸惑いを見せる瞳が、ゆっくりと上に向けられて絡み合った。
「ったく。これじゃ、命令じゃねーか」
 カードをたたんでズボンの尻ポケットに手荒く突っ込みながら踵を返した。
 これ以上、九龍の目を見つめて平静でいられる自信がない。
「ちょ!手荒に扱うなよっ」
「わかったよ。卒業してもバディでいてやる」
「・・・え、ホントか?」
「ああ。お前といれば退屈しなそうだしな。それに、お前の作るカレーも美味い」
 スタスタと歩き出して、教室の出入り口までたどりつくと廊下に溢れる夕陽を浴びながら振り返ると、
甲太郎は嬉しそうに微笑んでいた。

「ただし、今日貰った奴に全部それ返品できたらな」
「ええーーー!」
 大きなダンボールに山と詰まれたプレゼントは全部で3つ。
 一箱に百個近くのプレゼントが入っていた。
「当り前だろう?俺はお前以外からは受け取らなかったんだからな」
「ちょ・・・ちょっと!無理だって!!」
「せいぜい、がんばれよ色男」
 クスクスと笑いながら廊下へ足を踏み出して、扉をガラガラと閉めていく。
 そんな中、必死な九龍の声が響いた。
「せめて八千穂ちゃんのはいいだろ?友チョコだって!なっ?なっ?」
 ひとつだけ他のプレゼントと混ぜずに自分の鞄にしまっていた紙袋を取り出して、ぶんぶんと振りながら訴える。
「八千穂からの”友チョコ”なら俺も食べる権利があるな?
あとで寮で食べようぜ。それ以外は全部返してこいよ?じゃなきゃ、さっきの話は無しだ」
 悪魔のような笑みを浮かべて扉を今度こそ容赦なく閉めると、
甲太郎は堪えきれない笑い声を唇から漏らしながら、帰路についた。

「そんなああああ!」
 悲痛な叫び声が誰もいなくなった校舎に響き渡り・・・
それを聞きつけた生徒会役員の夷澤凍也が三年C組に怒鳴りこんできた。
「いつまで残ってんすかセンパイ!さっさと帰って・・・!!うあああっ」
 夷澤が九龍に捕獲され、プレゼント返却に無理やり狩り出された事は言うまでもない。


end