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| ■恋したくなるお題 12. 偽りの微笑み (皆守×九龍) 水天宮拓仄 |
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9月も終わりに近づいた頃、葉佩九龍という転校生が天香学園に現れた。
この陰気な雰囲気が漂う学園内に似つかわしくない風を纏った転校生。
誰にでもすぐに打ち解ける転校生に、たちまち3年C組の生徒達は彼を受入れ、
それは瞬く間に学園中に伝染病のように広まっていった。
廊下を歩いているだけですれ違う生徒が男女問わず振り返る。
接した人間を自分へと惹きつける力。
その力を彼は自覚しているのかしていないのか。
姿形から優秀な成績に運動神経の良さ、人と話す時の仕草や雰囲気までも魅力的な転校生。
忌々しい気持ちで教室の窓際で女子も男子も大勢に取り囲まれて、談笑している姿を見つめる。
「・・・ちっ」
今まで突っ伏していた席から立ち上がり、教室の出入口に向かう。
思った通り、背後の少し離れた場所から出入口に向かう彼に声がかかった。
「コータ!もうチャイム鳴っちまうぞ」
「うっせーな。気分が悪いから保健室だ。ほっとけよ」
振り返らずにスタスタと歩いて行くと、その先には目を吊り上げた女生徒が仁王立ちで待ち構えていた。
「八千穂」
「ダメだよ皆守クン!次はヒナ先生の授業だよ」
「ダメも何も俺は気分が悪いんだ。そこ、どけよ」
八千穂の脇をすり抜けて廊下へ出ると、職員室の方向から教師達がバラバラと姿を現したが気にする事もない。
「皆守クン!」
廊下をゆっくりと歩き出す背後から八千穂の甲高い声が聞こえたが振り向きもしない。
普段は彼女と話していようとも、何を言われても頭にくることも少ないし、わずらわしいと思ったことはない。
だが、今の自分にとって彼女の声がとてもわずらわしいものに感じられた。
「”気分”が悪いか・・・よく言うぜ」
自嘲気味に唇の端を上げると、授業が始まるチャイムが鳴り響く中、ゆったりとした歩調で保健室に向かう。
保健室の扉をノックもせずに開けると、そこにはこの部屋の主である劉瑞麗が椅子に腰掛け、
優雅に愛用のパイプをふかしていた所だった。
「よお、休ませてもらうぜ」
「いいのか?雛川先生が心配していたぞ。お前の出席日数がそろそろ気をつけないと危ないとな」
そう言うがその声音は優しく、入ってきた生徒を追い出すような響きも無い。
「大丈夫だよ・・・カウンセラーに心配されるほど危なくないさ」
扉を後ろ手にしめてズカズカと勝手知ったる保健室の中に進み、窓際のベッドへ腰を下ろした。
懐からアロマパイプを取り出し唇に咥える。
「おやおや。ついた途端に一服か・・・何かあったのか?」
「なんでもねーよ。少し黙っててくれ。気分が優れないんだ」
ベッドに上がり、壁際に背を預けながらパイプからラベンダーの香りをすうっと吸い込む。
じんわりと肺を満たすラベンダーに安らぎを感じ、すっと瞳を閉じた。
「それは本当に”気分”か?」
「・・・・・・・」
「私には、お前の”機嫌”が悪いように見えるが・・・当たっているだろう?」
無言で劉瑞麗の言葉を聞きながら肺に入った癒しの香りを吐き出し、苦笑いを浮かべたのだった。
「話を聞いてやろうか?」
「いや、いいんだ。別に喧嘩とかじゃない」
「そうか・・・なら、それはお前自身の問題というわけだな?」
「そういう事になるな」
ここの空気が好きだった。
穏やかな空気、穏やかな時間が流れるこの学園で心が安らぐ貴重な場所でもある。
普段は一人でいるような彼も今日は一人きりになりたくなくて、保健室で自主休講をする事を選んだ。
「なら、口出しは無用というわけだな」
その言葉を心地良く受け止めて、視線を流すと劉瑞麗は微笑みをベッドの上に座る自分に向けていた。
先ほどまで苛ついていた心が静まり、自分自身を嘲笑するかのような笑みを消えていく。
「放課後まで眠らせてもらうから、誰か尋ねてきても先に帰るように伝えてくれ」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
放課後、下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響く中、甲太郎は保健室のベッドで目覚めた。
自分のすぐ横で人の気配を感じ、視線を向けるとそこには親友のポジションに収まった葉佩九龍がいた。
ベッド脇にある椅子に腰かけて、劉瑞麗と楽しそうに会話をしている。
「・・・っ」
チクリと自分の胸を針が刺さったような痛みを感じ、甲太郎は表情をわずかにしかめた。
「お目覚めのようだぞ九龍」
「よっコータおはよう!」
「ああ・・・待ってなくて良かったのに」
ボリボリを頭をかきながら体をベッドから起こし、視線が合わないように床へ視線を落す。
「ちょうどルイリー先生と話がしたくなってさ。ついでに待ってた」
にこにこと笑いながら椅子から立ち上がり、自分と甲太郎の鞄を片手で持つと劉瑞麗に頭を下げた。
「じゃ、ルイリー先生。俺達これで失礼します。また遊びに来ますね」
「ああ、お前ならいつでも大歓迎さ、九龍・・・皆守は駄目だがね」
九龍の笑顔に笑顔で返す劉瑞麗は軽く手を振り二人を見送り、自らも下校する準備を始めた。
廊下に出た九龍と甲太郎はしばらく無言で玄関までの道を歩いていく。
玄関に辿りつくと、甲太郎が後ろから手を伸ばして九龍がずっと持っていた自分の鞄を奪うように掴む。
「っと。俺が持ってやるって。まだ、気分悪いんだろ?」
振り返ると笑顔で語りかけてくる九龍を見つめ、すぐに視線を床に落とした。
教室で感じた苛つきが再び自分の中に湧き上がるのを感じる。
「いや、もう治った。さっさと帰ろうぜ、今日も行くんだろ?」
「ああ。でも、コータ調子悪かったらほかの奴誘うからさ・・・遠慮しないで断ってくれよな」
靴を履き替えながら、心配そうな表情で見つめてくる事すら自分をイラつかせた。
「・・・・・っ」
鞄を持っていない方の手で胸の辺りをぐしゃりと握り、愛用のTシャツに皺が寄る。
「コータ本当に大丈夫か?顔色悪いぞ」
「なんでも無いって。夜も大丈夫だから声かけろよな」
「あ・・・ああ」
その夜、結局甲太郎の携帯が鳴る事はなかった。
九龍の自分に対する気遣いさえ疎ましかった。
日が変わる時間になっても甲太郎は寝付けなかった。
ベッドの中に入り、部屋の明かりを消したものの眠気がまったく訪れない。
昼間に眠った事は関係ない。
苛立つ心を抱えて眠りに落ちる事ができなかっただけだ。
この苛つきは、一体誰のせいなんだろう。
親友のせいか、自分のせいか・・・。
「はっ・・・俺のせいに決まってんだろ。ヤツのせいじゃない」
ベッドの上で天井を見つめながら独りで呟くと、扉が静かに開く気配を感じて視線を向けた。
「コータ起きてるか?」
「ああ」
自分の部屋を消灯後に訪れるのは一人しかいない。葉佩九龍だ。
「具合どうだ?飯食べれたのか?」
食事の時間にマミーズへ誘ったが、返事がなかったので九龍は他の寮生達と食事を済ませ、
甲太郎以外のバディを伴って墓場へ出かけ、今は帰ってきたばかりなのだろう。
暗視ゴーグルを頭に装着しているように見える、はっきりと見えないのは部屋が暗いせいだ。
鼻をつく湿った匂いは、遺跡独特のもので少し離れた場所からでも感じる事ができる。
「行ってきたのか?」
「ああ、クエストをちょっとね。今月ピンチなんだ、俺」
「俺を誘えと言っておいただろ」
「具合悪いのにつき合わせられないって。それに今日は簡単な階層でのクエストだったし、女の子達と行ってきたよ」
そういえば、前回の探索は自分と朱堂、その前は取手と自分、その前は黒塚と真里野・・・その前は・・・と
考えると九龍は仲間になった生徒達をまんべんなくバディとして遺跡へ探索へ行っているのだ。
その中で一人、自分だけがたびたび同行しているのが不思議なくらいである。
以前、八千穂に言われた事を思い出した。
『皆守クンばっかりずるいよね〜!私も一緒に行きたいって言ってるのに・・・』
バランスよくバディ達と遺跡へ行き、彼らとの信頼関係を崩さないようにタイミングを見ているようだった。
その中で、自分だけがたびたび行動を共にしている・・・その理由は、わからない。
ますます胸の奥が痛くなる。
「どうしたんだ?ルイリー先生呼んで来ようか」
「いい。放っておいてくれ・・・俺の事は」
「そうはいかないって。大事なバディ・・・友達だろ?俺達」
”友達”という言葉が、やけに陳腐に聞こえて思わず甲太郎は歪んだ笑みを浮かべ、九龍の方へ顔を向けた。
「コータ?」
「九龍、入って来いよ。電気は点けないでくれ、目が慣れていない」
「ああ。そうそう、これ差し入れな」
手に持っていたのは作りたてのカレーライスだった。
ククっと喉の奥からくぐもった笑い声が唇から漏れる。
「何、どうしたんだよ、急に笑って」
カチャリと音がしたのは、九龍が暗闇の中でテーブルにカレーライスの器とスプーンを置いたからのようだ。
布ずれの音が近づいてきて、ベッドに腰を下ろしたままの甲太郎の目前で止まる。
立ったままの九龍の腕がある位置へ両腕を伸ばし、予想通りに存在した腕を掴むとぐっと引き寄せた。
「ちょっ!」
「九龍・・・しようぜ」
「今から?俺、すっげー汚れてんだけど?」
だんだん慣れててきた闇の中で浮かぶ微笑みは、いつものそれで。
「いいんだ・・・今やりたい」
微笑みを浮かべる九龍を自分の下に組み敷いて、汚れた衣服を一枚ずつ脱がしていく。
唇を横たわる全身に這わすと、塩辛い味が甲太郎の口内に広がった。
最後まで、九龍は微笑みを絶やすことはない。
快感だけではなく、苦痛を伴う行為の中でも続く偽りの微笑みが甲太郎の胸を締め付け続けていく。
12月クリスマス・イヴの夜。
墓守として九龍と対峙した甲太郎は自分が望んでいたように破れた。
「くっ・・・やるんじゃなかったぜ。俺の負けだ・・・お前はたいした奴だよ九龍」
「これはお前が望んだ事だったんだろう?それが叶えれて、それが俺には何よりも嬉しいと思ってる」
やんわりと微笑みながら、ついさっきまで殺し合いを繰り広げていた自分に向けてゆっくりと歩み寄ってくる。
「ふっ・・・初めからお前のペースだったな」
近づいてくる九龍を目を反らさずに見つめた。
相変わらず”いつもの微笑み”を浮かべている九龍に苛つくことも無くなった。
「少しばかりアロマを吸わせてもらうぜ・・・疲れた。もう何もかもな」
アロマを吸いながら、ぽつりぽつりと自分の過去を話し始める甲太郎を九龍は見つめていた。
甲太郎や他の生徒達が学園で見つめ続けていた表情・・・穏やかな微笑みを浮かべながら。
「・・・・お前のように生きてきたら、俺にも別の道を歩んでいたかもしれない。そう思うだろう?九龍」
「今からでも遅くないさ。もうお前は解放されたんだ、自由に生きる権利がある。そう、この学園を去る事だって」
微笑みながら手を差し伸べる九龍が言いたい事が今は理解できる。
「あぁ・・・今ならお前のそういう気持ちがわかる気がする。忌まわしい鎖を断ち切り、愛に生きるのも悪かない」
自分も手を差し出し、触れるか触れないかの位置で止めた。
「コー・・・・いや、甲太郎。俺と一緒に・・・」
その言葉にビクリと手を震わせ、拳を作ると自分に引き寄せた。
「もう、お前こそいいんだ。もう無理に笑わなくていい」
「何を」
「お前の笑顔を見るのが最初は嬉しかった。でも、それは途中から苦痛になった・・・
お前の笑顔、微笑みは俺だけのものじゃなかったからな」
自嘲気味に唇を引き上げ、握った自分の拳を見つめる。
「そんな風に思っていたのか甲太郎?俺の事・・・そんな風に見つめていたのかよ、お前は」
差し出された手の指先が小刻みに震えているのが視界の端に映る。
顔を上げるとそこには、いつもの微笑みは無く・・・替わりに寂しそうな表情で微笑もうとしている九龍がいた。
「・・・・っ」
見た事もない表情だった。
体を重ねた時ですら見たことのない九龍の表情にゴクリと喉が鳴る。
「九龍」
「・・なに?」
無理に作ろうとした微笑みはひきつり、甲太郎が見つめると視線を床に反らしたのは九龍の方だった。
「お前さ、そういう顔の方がそそるな」
「何、馬鹿言って・・・・」
壁に寄りかかっていた甲太郎は小さいかけ声と共に、壁から背を離し差し伸べられたままの九龍の手を握った。
きゅっと握って、すぐに解放した。
「それじゃ、行くとするかー・・・・・」
呪縛から解放された甲太郎の笑顔は、今まで誰も見たことがない清清しさを湛えていた。
end |
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