■恋したくなるお題 25. 「すき」の意味 (皆守×九龍) 水天宮拓仄

 不機嫌そうな表情を浮かべる甲太郎が目の前でニコニコと笑う友人に呟いた。
「お前、“すき”ってどういう意味か知ってるか?」
「え、知ってるに決まってるじゃん。何言ってんのコータ」
 その言葉にため息をつく。
「じゃあ、なんでお前は誰にでも言うんだ?」
「ん〜?だって、俺の正直な気持ちを伝えてるだけだよ」
 相変わらずニコニコと笑う友人に腹が立っている。
 だが、それをそのままぶつける事には抵抗があった。
 自分達は恋人同士でもないし、この友人の事を本当に好きかどうかもわからない。
「それにしても、お前…何人にそれを伝えたんだ?それじゃあ、節操なしも良いところだろう」
「何人って…まずコータだろ、トーヤだろ、リカに八千穂ちゃんに……えっと〜」
「もう、いい。黙れ」
 指折り数え始め、すぐに思い出せないほどの人間に自分の正直な気持ちとやらを伝えたらしい。
「なに、そんなに不機嫌なわけ?俺、コータの事もすっごい好きなんだせ?」
 笑顔から真剣な表情に変わったが、甲太郎は肩をがっくりと落とした。
 好きと言われて嫌な気はしないが、多数の人間に伝え歩く不実な人間に言われてもありがたみも感じない。
「別になんでもねぇよ…でも、いい加減にしとけよ?九龍」
「なんで」
「今に後ろから刺されるぜ?」
 凄んだ表情を近づけ、ガタリと音を立てて立ち上がると、続けて九龍も立ち上がった。
「平気平気!俺、そんなヘマ絶対にしないから」
 それは、武術に長ける自信から出た言葉なのだろうが、その言葉に甲太郎は苛立った。
 両手をズボンのポケットに突っ込み、教室の出入口にスタスタと歩いていく。
 その後から九龍が周囲に愛想を振りまきながらついてくるのが気配でわかった。
「俺が刺してやりてぇよ」
 ボソリと呟いて教室から廊下に出ると、後ろを振り返ることなく屋上への道を行く。
 なぜ、こんなに自分が苛ついているのかも、だいたいわかってきた。
 それを認めたくないだけなのも気づいている。
「何、どうしたの?今日機嫌悪いな〜アレか?アノ日か?」
 後ろから笑いながら話かけてくる九龍に向かって思い切り蹴りでも食らわしてやりたい衝動に駆られる。
 わかっているんだろうか、この男は?
 自分がどれだけの人間に影響を与えているという事を。
「うぜぇんだよお前。俺はこれから自主休講だ。ついてくるんじゃねーよ」
 振り向きざま下から睨み上げると驚いた顔をした九龍が自分を見つめていた。
「ごめん」
 一言だけ唇から発すると踵を返して九龍は今来た道を戻っていた。
「な…ん、だよアイツ」
 いつもどんなに罵っても、怒鳴っても、笑っていた九龍がこんな事くらいで?
 後ろ頭をボリボリと掻きながら九龍の後ろ姿を見送ると、
ポケットに無造作に入れておいた携帯からメールを受信した音が廊下に響く。
 携帯を取り出して画面を見つめると甲太郎は屋上とは違う方向へ足を向けた。
 その先には、生徒会室がある。
 携帯へのメールは生徒会長である阿門からの呼び出しだったのだ。


 生徒会室に入ると、相変わらず険しい表情で阿門が扉正面に位置する生徒会長席に鎮座していた。
「よく来たな。座ってくれ」
「お前が呼び出したんだろーが。用件はなんだ?」
 扉を閉め、鍵をかけると部屋の中心まで進むとソファにドカリと腰を下ろし、テーブルの上に両足を放り出した。
 その行動に一瞬阿門のこめかみが動いたが不機嫌な今、そんな事を気にしていられない。
「転校生に関するお前の意見を聞こうと思ってな。葉佩九龍が学園に来てから1ヶ月…共に行動した事を報告しろ」
 うんざりした表情を浮かべ、甲太郎はガシガシと頭を掻いた。
「どうした?報告できない理由でもあるのか?」
 甲太郎が頭を掻く時は、たいがい困った時や悩んでいる時である。
 生徒会に彼を引込んでからの長い付き合いでそれは把握できた。
「いや…く…いや、“転校生”は着実に墓を解放している。これは俺の予想よりもはるかに速いペースでだ」
「それは俺も把握している。俺が求めている報告は、そんな事ではない。わかっているはずだ」
「ちっ…」
 舌打ちをして甲太郎はジロリと阿門を睨み、アロマパイプを取り出して唇に咥えた。
「アイツは生徒会にとって危険な存在だ…。人の心を的確に掴み…解放していく力がある」
「それは…お前にとってもか?」
 少し間をあけて椅子から立ち上がった阿門が甲太郎の正面にあるソファへ腰を下ろし、甲太郎の目を見つめる。
 二人の視線が一瞬絡み、それは一方的に甲太郎から外された。
 甲太郎の反応で阿門はほぼ理解できたのかもしれない。
 無言で立ち上がり、扉に向かう。
 阿門の動きを視線で追う甲太郎も無言のまま動かなかった。
「わかった…お前は引き続き監視を続けろ。また何かあったら連絡する、ご苦労だったな」
 扉に手を触れながら、告げると阿門は生徒会室から立ち去っていく。
 残された甲太郎はソファに座ったまま天井を見上げていた。
「俺が一番やばいんだろうな…」
 自嘲するとテーブルの上から足を下ろして立ち上がり、誰もいない生徒会室を後にした。


 生徒会室を出て屋上に出ると、そこには九龍が墓の方向を見つめていた。
「九龍…授業どうしたんだ」
 声をかけても九龍は振り返らない。
「おい?」
 後ろから近づき、肩に手をおいて力を加えるとやっと振り返ったその表情はいつもの彼ではなかった。
 眉間に皺を寄せ、唇をかみしめている。
「どうした、どこか具合悪いのか?」
「…」
 甲太郎の言葉に顔を左右に振った。
 いつもの様子とあまりにも違い、甲太郎は焦った。
 さきほどまで感じていた苛立ちは影を潜めていた。
「どうしたんだよ、一体?」
 下から覗きこむと、九龍が表情を崩して笑った。
 だが、その笑顔もいつものそれではない。
「本当、ごめんなコータ。俺の行動がお前に…いや、みんなに不愉快な思いさせてたなんて思わなくてさ…」
「は?何の話だ」
 首を傾げた。
「俺がみんなを“すき”なのは本当なんだ…でも、コータの言う“すき”っていう意味じゃないかもしれない」
「あ…ああ、そうか」
 九龍の言葉に自分が酷く傷ついた事を自覚した。
―俺は九龍の事が…好きという事か…だから、さっきの阿門はあんな反応をー
「俺さ…やっぱり“すき”って意味を本当に理解してないのかもしれない…だから、コータ」
 冷たい手が甲太郎の両手を包み込む。
「だから、コータ。俺に“すき”の意味教えてくれない?」
「ああ、いいぜ九龍」
 咥えていたパイプを床に落とし、そのパイプに視線を動かした九龍の顔に接近する。
 下から唇を合わせ、握られていた手から解放された甲太郎は両手を九龍の後頭部に回して自分に引き寄せた。
「んんぅ」
 唇の隙間から舌を忍び込ませて綺麗な歯並びを楽しみ、唇の味を感じた。
 わずかな音を立て、九龍の唇を解放してやる。
「意味、わかったか?」
「…な、なんとなく」
 顔を赤らめた九龍を見つめて甲太郎は笑みを浮かながら、床に落ちたパイプを拾う。
「しっかり理解できるまで教えてやるよ」
 寂しくなった唇に愛用のパイプを咥えた。
「ラベンダーの味だった」
 真っ赤な顔をして、唇を両手でおさえている九龍が精一杯の憎まれ口を叩く。
「ああ、そりゃ悪かったな。今度はカレー味でも期待してくれ」
「俺はカレー嫌いなんだよ!」
「ははっそんなの知らねぇよ」
 笑い合いながら甲太郎は一抹の不安を頭の隅に追いやる。
 いつまでも自分達の関係がこのままなら良いのにと、叶うはずもない事を願っていた。


End