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| ■ 『birth 』 水天宮拓仄 ※この小説は以前から展示していた「CLUB」「CLUB2」を修正した物です。 |
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1st.Discovery
ここは天香学園のボクシング部として使っている武道館の中、リングの真ん中には自信たっぷりに仁王立ちをする小柄なボクサーがいた。
「まったく弱すぎますね!ウチの部はっ!もっと俺を楽しませてくれる相手はいないもんですかねぇ?先輩達」
リングの上に、たった今倒した部員とそれまでに倒した部員達がリングの周りに転がっている。その状況を凍也は見下したように見回した。
このクラブで二年生の凍也より強い部員は存在しない。三年生の主将ですら彼の体に拳を触れさせることすらできない。
部員達のレベルは決して低いわけではなく、凍也が飛びぬけて強いのだ。彼は入学してきてからこのクラブで一番強い存在だった。
「ここにいるよ」
ガラリと扉が開いてひょっこりと顔を出した人物がいた。それは凍也が初めて見る顔だ。
「あんたは?」
リングの上からいぶかしげに声をかける。ボクシング部員はたった今、自分の手によって全員倒したはず。
「三年C組葉佩九龍。入部したいんだけど」
「はあ?」
凍也がすっとんきょうな声をあげるのは無理もない。季節は秋、中途入部するにはおかしな時期…というか三年生は好きで部活動に来ている連中以外は引退しているような時期。
そして、聞き覚えのある名前。しばらくの間が空いて、思い出したようにジロジロと葉佩と名乗った上級生を見つめた。
「そうか、あんたが…あの」
「なに?」
「いや、なんでもないっす。入部っすか?そこに寝転んでる人に聞いてくださいよ。ね、キャプテン?」
自分の足元に転がっている主将を軽く足でつつくが、返事は期待できない。主将はすでに気を失っていた。
「あーあ、気絶してる人間をそんな風に扱っちゃだめだろう?お前がやったのか?」
「そうっすよ」
誇らしげに鼻を鳴らす凍也に近付くとひとまず気を失ったままの主将を楽々抱える。そしてそっとリングの下にあるマットに寝かせた。
「力だけはあるみたいですね、センパイ」
「まあね」
軽く受け答えして、キョロキョロと見渡して壁にかかったグラブを手に取った。
「君が…えっと名前は?」
「夷澤っすよ。夷澤凍也」
ボンボンと両手のグラブを叩いて戦意を表明すると、九龍はにっこりと笑った。無造作に学生服の中からバンテージを取り出すとすばやく拳に巻きつけていく。
「ここで一番強いのは夷澤ってことかな?」
「まあ、そうっすね」
ちらりとリング下で気を失ったままの主将を一瞬見て、すぐ九龍に視線を戻す。
リングの上から学生服を脱ぐ九龍を見ながらゆっくりと歩いてくる姿には、まるで戦意を感じることはできない。それが九龍の余裕から生まれる雰囲気だと気づくことができなかった。
「よかったよ、夷澤が強そうでさ」
「…どういうことっすか?」
軽いフットワークでリングに上がる九龍を、改めて同じ高さから見る。思ったより身長が高く、遠くから見た時より“いい肉体”をしていた。
「本当は、ボクシング部に入部するの迷ってたんだ。高校生に俺の相手ができるとは思えなくてね」
自信たっぷりな九龍の言葉にカチンとくる。
「へぇ〜えらい自信っすね?だったら、入部する気になったんです?」
口元がひきつるのも隠そうともせずに、凍也は九龍になおも挑戦的な口調で言葉を投げつけた。
「そうだな〜夷澤なら俺とやりあえるって思ったからかな?とりあえず、まともに食らうことはなさそうだなと…夷澤は反射神経良さそうだしね」
「気にいらねぇな…自分の方が俺よりずいぶん強いって言ってるみたいっすよ?センパイ」
「ああ、ずいぶん強いんじゃねぇかな。試してみる?」
拳を振りかざしてにっこりと笑う九龍。その余裕に凍也は更にカチンとくる。
「ハナから…そのつもりっすよ!」
言葉が終る前にすばやく構えて拳を九龍に向けて繰り出した。
「おっと!ゴングも鳴ってないのに…って鳴らす人間はいなかったな」
ふいに繰り出された拳には寸分の動揺もなく、なんなく避けた九龍に少なからず驚いた夷澤は、険しい表情になる。
「さあ、楽しもうぜ夷澤」
「言われなくてもっ」
一分後。
「はぁっはぁっはぁっ」
リングのコーナーに背中を預けて、肩を揺らしながら呼吸を整えるのに必死なのは凍也だった。
「やっぱ期待通りだな、お前は」
「イ…イヤ…ミっすか」
凍也の繰り出すパンチはことごとく掠りもせず、当たるはずだったパンチを避け続けた九龍は呼吸を乱すこともなかった。
「いや、嫌味じゃねぇよ。俺と一分間以上打ち合えたのはお前が初めてだぜ」
グラブを結ぶ紐を口でひっぱり、結び目を解くとロープへ適当にかけながら九龍は呼吸が今だ整わない凍也に近付いていく。
頭を下げて呼吸を整えている凍也にはそれは見えない。目の前に立たれて接近に気づいた。
「それにさ」
突然頭上から響いた声にびくっとして顔を思わず上げた。そこには入ってきた時と変わらない笑顔。
「お前、今まで一度も殴られた事ねぇだろ?」
「…当然っすよ」
勝手に凍也の手を取るとグラブの紐を解き、すっと拳をを抜く。
拳を目の前にまで持ってきてジロジロと見つめる九龍に心地悪さを感じて凍也は勢い良く自分の拳を取り戻した。
「やめろっ」
普段は“生徒会の力”がこの拳から発せられることはないが、凍也は他人に自分を触れさせることを極度に避けていた。革製の手袋をいつも身につけているのもそのためだ。
「だからそんなに綺麗な顔と身体してんだな」
全身を遠慮なく見つめてくる上級生を下から睨みつけると、ロープにかけてあったジャージを身につけ始める。
「男に綺麗っておかしいんじゃないっすか?」
「そうか?俺は素直に感じた事を言っただけなんだけどな」
ジャージを完全に着込んでしまった凍也を残念そうに眺めて、九龍はヒラリとリングを降りると自分の学生服を肩にかけながらドアに向かう。
「センパイ!」
「ん?」
背後から鋭い声で呼び止められた。
「今日の勝負は引き分けっすよ!次は絶対に負けませんからねっ」
拳を突き出して挑戦的な目を向けてくる後輩に、九龍は拳を真上に掲げて応えた。
「ああっまた今度な」
それだけを言い残して立ち去る後ろ姿を見送った凍也はリングの上にへたりこんだ。
「…くそっ覚えてろよ、葉佩九龍」
バンテージを巻いたままの拳をリングに叩きつけていた。
武道館から出た九龍は嬉しそうに自分の拳を見つめていた。
「夷澤凍也…か。いいね、あいつ。ゾクゾクする」
拳にちゅっとくちづけて、寮に向かって軽く走り出した。
2nd.Discovery
授業を終えた九龍の元にクラスメイトが声をかけてきた。
珍しく授業をサボらずに一日を過ごした皆守甲太郎。転校してきて日が浅い九龍を何かと気にかけてくれているようだ。
「葉佩、マミーズに寄らないか?」
「ん〜」
少し考えるような素振りを見せている間に、廊下からバタバタと何者かが走ってくる音が聞こえてきた。
3年C組の扉が勢い良く開き、二人が扉を振り返ると、そこには1学年下の夷澤凍也が息を切らして立っていた。
「夷澤…?」
甲太郎が意外な来客に驚いた。ドカドカと遠慮なく教室に入ってきた下級生が、二人の元に近付いてくると、九龍の目の前で立ち止まった。
「葉佩センパイ、今日は部に顔出すっすよね?」
下から睨み上げてくる凍也にくすりと笑いかけて、甲太郎に詫びた。
「悪いな皆守。俺、今日は部活出てくるから先に帰っててくれるか?マミーズは明日にでも付き合うよ」
それを聞いた凍也が一瞬嬉しそうな表情を見せたが、すぐに生意気ないつもの表情に戻る。
「今日は負けないっすよ!」
ビシっと九龍を指差して来た時と同様に、教室から出ていく後輩を見送った九龍は、嬉しそうな表情でカバンを手に持った。
「ずいぶん懐かれてんだな、あいつに」
面白くなさそうな顔で甲太郎が九龍に声をかける。
「ははっ!あいつ可愛いよな?犬みたいでさ」
その反応を見て甲太郎は途端に不機嫌そうな表情になる。その理由は九龍にはわからないがクラスメイトとしては何か気になる事でもあるのだろうか?
「あいつ…夷澤凍也は生徒会の人間だぜ?あまり馴れあうような真似は止めたほうがいい」
「馴れあうって言っても、同じ部活なんだしさ。生徒会なんて言っても部活の先輩後輩にはかわりないだろ?深く考えすぎだよ皆守は」
嬉しそうに話す九龍を短く見つめてから、カバンを持ってスタスタと扉に向かう。教室を出る前に立ち止まり、振り返らずに皆守は口を開いた。
「ま、あんまり調子に乗って…痛い目にあわないようにな」
片手を上げて立ち去って行くクラスメイトに九龍も手を上げた。
「サンキュウ皆守。また明日な」
甲太郎と別れた九龍は上機嫌に可愛い後輩が待つ。ボクシング部のある武道館に向かって行った。
九龍が武道館に入ると、すでにウォーミングアップをしている凍也が視界に入ってきた。
「センパイ、遅かったっすね!さっさと着替えて準備してくださいよ」
「わかったわかった、そう慌てんな」
笑いながら九龍は着替えると、ボクシングには欠かせないバンテージを手馴れた様子で巻きつけていく。
すっと構えて見事なシャドウボクシングを部員達に披露し、ピョンピョンと跳ねて体を温めた。スパーリング用のリングには、今か今かと待ち構えている凍也の姿。
「おまたせ、夷澤。じゃ、3ラウンドな」
「俺は何ラウンドでもいいっすよ。誰かセコンドとゴングお願いします」
ボクシング部きっての実力者2人がスパーリングすると聞いて、部員達がリングの周囲へ自然に集まる。
―カーン!
ゴングと同時に凍也が軽く跳ねながら九龍の間合いにまで接近し、警戒しながら様子をうかがう。
「打ってこいよ夷澤」
軽い挑発だったが凍也はあえてそれに乗った。まだ1ラウンド目、勝利のためには様子を見ながら相手の出方や癖を見切る必要がある。
―シッ…シュシュッバンッ
鋭い左ストレートの後から流れるような動きで繰り出される強烈なパンチの数々を、九龍は上半身を軽く動かすだけで避けていく。足元は常にリズムを刻み、まるでダンスステップのように見えた。
「ちっセンパイも少しは打ってきてくださいよ!」
「いいのか?」
互いの間合いをはかりながらリングの上を動きながら、挑発的な言葉を交わす。
「スパーリングやってんすよ、俺達は!センパイのへなちょこパンチくらい避けてみせますよ」
挑発のつもりで凍也が鋭く九龍の間合いに踏み込んで右ストレートを繰り出した。
「じゃ、遠慮なく!」
―ビュッ!バンッッッッ!!
「がっ!!」
凍也の右ストレートを前に踏み込みながら避けた所を見た瞬間。
『夷澤!おいっ!ゴング鳴らせっ』
―カンカンカンカーン!
ゴングがスパーリングの終了を告げる。1ラウンドが始まったばかりの出来事だった。
たった一発のストレートで今までボクシング部・最強の男として、君臨していた夷澤凍也が倒されたのだ。
「モロ入ったか…夷澤なら、もうちょっと反応してくれると思ったんだけどな」
そう呟くと倒れている凍也を抱え上げてリングを降り、簡易ベッドに横たえさせた。
九龍の後ろに名ばかりの主将が恐る恐る口を開くが、振り向きもせずに言葉を聞いた。
「葉佩…お前、一体何者なんだ?夷澤の実力はプロ級だった…奴のパンチが掠りもしない上に一発で、なんて…」
「俺はただの転校生だ。それより、これで失礼するよ。夷澤を保険医に見てもらう。彼の荷物を取ってくれ」
リングの上の九龍とは様子が違う事に戸惑いながら主将は凍也の荷物を渡し、それ以上何も言えずに練習に戻っていく。
「ごめんな、夷澤…俺としたことが」
自分のグローブを外し、気を失っている凍也のグローブを外すと2人分の荷物を持った。ベッドに横たわったままの凍也を部員の手を借りて背負うと、武道館を出た。
―コンコン
「……入りたまえ」
荷物を持った手で保健室のドアをノックすると、しばらく間を置いてから綺麗な声で入室を促す言葉が耳に届いた。さらに一呼吸置いてから九龍は保健室のドアを開き、中に足を踏み入れる。ほのかなラベンダーの香りが漂っている。先刻まで誰がここに居たのかすぐにわかった。
「マミーズに行くんじゃなかったのかよアイツ」
ボソリと呟くが、すぐにこの部屋の主に事情を話す。
「なるほど、君はなかなかに腕が立つらしいな。彼の実力はプロ級だと聞いていたが…それを簡単にノックアウトさせるとは」
「そんな事より夷澤を診てください。俺は加減したつもりだったのに…気を失うとは思わなくて」
少なからず凍也を気絶させてしまったことによって、動揺していた九龍はのんびりと話を始めたルイリーにイラついた。その態度を隠そうともしない。
「そこのベッドに寝かせてくれ」
「夷澤は大丈夫ですか?」
「ふむ」
凍也を覗きこむんで眼前に掌をひらひらとさせてみる。
「大丈夫だ。もう、気がついてるよ」
「……」
その言葉に九龍はほっと胸を撫で下ろして、ベッドの上に横たわったままの凍也を見つめるが、目下の彼は今だ固くまぶたを閉じている。耳が赤いところを見ると、どうやらバツが悪くて瞳を開けるタイミングを失ってしまったらしい。
「もう目を開けてやったらどうだ?先輩に心配をかけてはいけないな?」
ルイリーの言葉に一瞬眉間に皺を寄せたが、これ以上“気を失ったフリ”を続けることができなくなり、凍也はそっと目を開けた。
「夷澤!心配させやがって〜気がついてるなら早くそう言えよっ」
嬉しそうに笑いながら凍也の頭を遠慮なくなでまわし、ぐちゃぐちゃにしてしまった。
「ちょっ!何するん…っすか!」
「大事にならなくてよかったぁ〜」
心底嬉しそうに自分をなでまくる九龍の表情に凍也は一瞬の戸惑いを隠せない。今まで自分にこんな表情を見せてくれた人物が両親以外にいただろうか?
この学園の生徒達は、生徒会役員の自分を恐れ、媚びを売るような連中ばかりだった。
「な、馴れ馴れしくしないでくださいよっ」
気持ちがまとまらないまま、凍也はしつこく撫でまわす九龍の手を叩き落とすと、自分のカバンを奪い取るようにして保健室から逃げるように立ち去った。
「夷澤っ!おい!」
九龍が止める間もなく飛び出した凍也は薄暗くなった寮への道を全力疾走していた。
保健室に残った九龍は呆然と凍也を見送ると、微笑んでいるルイリーに礼の言葉を述べる。
「お手数をおかけしてすみませんでした。ありがとうございます」
「何、君も気づいていたんだろう?夷澤が君の背中で意識を取り戻していたこと」
優雅な仕草でパイプを咥えて、いたずらっぽい目を九龍に向けた。向けられた視線を、また九龍もいたずらっぽい目で見返して微笑んだ。
「俺が気づいたとわかったら、気まずいかな〜と思いまして…」
その言葉を聞いて、一瞬ルイリーは驚いた表情をしたがすぐに九龍に笑いかけた。
「君が何を考えているのかは聞かないが…無理はしないように…な?」
九龍は自分のカバンを手に取り、保健室のドアに手をかけながらルイリーを振り返って大人びた笑みを浮かべた。
「わかっています。それじゃ、俺はこれで」
「ああ、気をつけてな」
もうすぐ、校内は一般生徒・教師の立ち入りが禁止される時間に入る。
九龍を送り出したルイリーも簡単に身支度を整えて保健室を出た。その顔には嬉しそうな表情が浮かんでいた。
「良くも悪くも、あの“転校生”はこの学園に変化をもたらすことになるだろう…私…我々の仕事もやりやすくなるというものだ」
ドアに鍵をかけ、遠くに見える九龍の影を見つめたルイリーは、決して生徒達には見せない表情を浮かべ、踵を返した。
「期待しているよ、葉佩九龍」
人の気配が消えつつある校内に、放課後を告げるチャイムが鳴り響いていた。
※続きは同人誌で2006.5.3に発行しますので、続きが気になる方はお問合せください。 |
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