■ 『 NEW YEAR! 』 水天宮拓仄

 長期休みも関係なく寮で過ごす日々。
 ほんの数日前までの騒動が嘘のような静寂さ。
 何事もなかったようにも錯覚してしまう。
 クリスマスも過ぎ、今年もあと数分で終ろうとしている中。
「…馬鹿馬鹿しい。あの人がここに来るはずはないのに」
 そう口に出しつつも現・生徒会副会長補佐はコタツの中に入りなおした。
 目線は何時間も前から部屋のドアに釘づけになっている。
「トーヤ!」
 背後から賑やかな物音と、五月蝿い声に驚いて凍也は振り向いた。
「センパイどうして!」
 窓から堂々と入室を果たした九龍に笑顔でぎゅっと抱き締められた。
 感じる体温が冷たい。
「どうしてって、お前と新たな年を迎えようと思ってな」
「日本にいないはずじゃ?」
 抱きつかれたまま次々と浮かんでくる疑問を投げかける。
 いつもならとっくに九龍を振り払って、顔を真っ赤に怒鳴っているはずなのに。
「じゃ、遠慮なく」
 ゴソゴソと凍也の着ている衣服をめくりあげ冷たい指を滑り込ませる九龍に飛び上がった。
「うわっな、何してんすか!」
「いや、いつも見たいに抵抗しないから…据え膳食わねばって言うだろ?」
 唇を尖らせた九龍が顔を近づけてきた事に気づいた凍也はバチンと大きな音を立てそれを防いだ。
「ちょ、調子に乗らないでくださいよ!」
「いってぇー!顔殴ることないだろっ」
 赤くなった鼻を抑えてようやく凍也を解放した。


 コタツに向かい合わせに入りんがら、凍也が実家から送られてきたと出してくれたみかんをほお張る。
「まだ日本にいたんすね、センパイ」
 嬉しそうに顔を輝かす凍也を嬉しそうに見つめながら九龍は少し間を開けて片目を瞑った。
「や、一度は国外に出たんだ。でも、また戻ってきたってわけ」
「それって…その…つまり…ですね…」
 いつも自信たっぷりの凍也がこんな反応を見せるのは、自分の事だけだと知っている九龍は幸せな気分になる。
「そ、お前に会うために戻ってきたんだ。明日の昼にはもう日本から発つよ」
「えっ…そ…そうで…すか」
 落胆する表情を隠しもせずに凍也は気持ち・コタツに深く入り、目の前にいる九龍をじっと見つめた。
 九龍がこうして目の前に居てくれるのはあと数時間。
 おそらく、今後は出会う機会はなくなるだろう。
 どうして九龍は自分に会いに来てくれた?
 もうこれが最後になるなら学園を立ち去ったままの方が傷は浅かった。
 騒々しいままに自然に消えてもらった方がよかった。
「なんだよ、トーヤ。俺が戻って来たの嬉しくないの?」
 唇を尖らせて俯いたままの凍也に視線を写し、静かに笑った。
 いつもの好戦的な笑みではなく、優しい微笑みだった。
「凍也」
 真剣な響きを持つ声音に、思わず顔を上げる。そこには真剣な表情をした九龍。
「センパイ?」
 首を傾げ、今の呼びかけに応えるが一向に口を開かない九龍に再び声をかけようとした時、九龍も口を開いた。
「俺と一緒に行かないか?」
「…どこへ?」
 そう口にした時、辺りに年の終わりを告げようとする除夜の鐘がなり始める。


「センパイはどこへ行くって言うんですか…」
 除夜の鐘を遠くに聞きながら、凍也はもう一度九龍に問いかけた。
 だが、目の前の九龍は口を閉ざし、自嘲気味に笑うと頭を左右に軽く振って見せ、いつもの悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「いや、今のは聞かなかったことにしてくれよ」
「でも!センパイは…」
「俺を誰だと思ってんだ?」
 魅力的な笑みを凍也に向けた九龍はコタツから立ち上がると窓際に歩を進める。
「セ、センパイ!」
 慌てて凍也は立ち上がり思わず九龍の袖を引いた。
 このまま、来た時と同じように自然に出ていくと思ったのだ。
「ん?どうした?」
 袖を凍也に掴まれたまま窓際に寄り、カーテンを引くと、鐘の音がほんの少し遠くなったような気がした。
「え…あの…」
 自分の勘違いで一人で焦った事に凍也は頬を赤らめ、九龍の視線から逃れるように床に視線を落とす。
「このまま俺が出て行くと思った?」
「…っ」
 図星を言い当てられた凍也は相変わらず九龍の目を見ることができず、小さく頷く。
 九龍の前で去勢は張っても仕方がない事は今まで一緒に過ごしてきた期間でわかっていた。
「凍也…おいで」
 掴まれていた袖をそっと離すと素直に凍也は九龍の胸におさまった。
「センパイ」
 凍也が九龍を呼び、表情を見ようと顔を上げるとすぐに唇が落とされた。
 うっすらと開けた唇に吸い込まれるように口付け、口内に侵入し互いの体温を直に感じあう。
 凍也の腰を抱き寄せ、腕に力をこめた。



 除夜の鐘も終わりに近付いた時刻。
「トーヤとヒメハジメできるなんて思ってなかったなぁ」
「な、何言ってんすか!」
 ベッドに入る余裕もなく、窓辺で抱き合った二人は裸のまま床に身を乗り出し、無造作に毛布に包まっていた。
 時計を見ると一月一日午前〇時五分を回った所だった。
 消えた暖房の熱が余っている中、九龍が毛布から抜け出し脱いだ衣服を身につける様子を凍也はぼんやりと見つめていた。
「もう、行っちまうんすか?」
「…ああ、ここに来るのも大変だったんだぜ?」
「そんな、無理してまで来てくれなくてもよかったのに」
 九龍はすっとしゃがみこみ、毛布を凍也から奪い去った。
「また、会えるよ凍也」
 裸のまま体を隠そうともせず凍也は九龍を見据える。
「気休めならいりません。会えないなら会えないと言ってください」
「お前はもう俺と会えなくても平気なのか?」
「俺は、女みたいに二度と会えない男を待つことはできませんから」
 語尾が震えた。それは寒さのせいではない。
「俺はお前にまた会いたいし、また抱きたいと思ってる」
「俺…だって、そうしたいっすよ。でも、無理っすから!」
 自分はあと一年この学園に在籍する。その間は学園外に出ることはできない。
 九龍は世界中を舞台に飛び回るトレジャー・ハンター、命の保証もない。
「俺と一緒に行くか?凍也」
「…」
「もう、“どこへ”なんて聞くなよ」
 二人の間に沈黙が広がる。
 無造作に九龍は窓を開け放つと窓枠に足をかけた。
「九龍さん、俺―」
 最後の鐘が大きく部屋の中にも響き渡って二人の声を掻き消していた。


End

※この小説は2005年冬コミに無料配布した小説です。