■ 『 promised day 』  水天宮拓仄

(キリリク交換:エディさんへ)


「なあ、コータ。もう少しでバレンタインだよな」
 唐突に九龍がそんな事を言い出した。
「何言ってんだ。バレンタインなんて俺達には関係ないだろうが」
「関係無いって・・・その日は恋人達の日だろう?」
 目を輝かせて見つめてくる九龍の顔を掌で軽く叩いて溜息をついた。
「あれは女から男にチョコレートを贈るっていうくだらない行事だ。どっかの菓子メーカーの企みだ」
「何言ってんだよ?バレンタインは愛する人へ心を込めてプレゼントを贈る日じゃん」
 本気で言っているところを見て思い出した。
 そうだ、こいつは日本で生まれ育った・・・かどうかがわからない人間だったという事を。
「まあ・・・そうだけど。ああいうのやり始めると面倒だろうが。ホワイトデーとかあるし」
「ホワイトデー?それこそ、日本のお菓子メーカーが考えた売上げ向上企画じゃないか」
 不満そうな表情を見せながら九龍が頬を膨らませる。
「そうなのか?」
「ホワイトデーなんて日本以外じゃ無いよ」
 こいつ、本当にどこで生まれ育ったんだ。
 こうして一緒に過ごすようになっても知らない事が多すぎる。
 何度聞いてみても組織の守秘義務とかで、自分の過去を語ることはないのだ。
「でも、コータが俺にバレンタインプレゼントしてくれたら、ホワイトデーにお礼するよ?」
 笑顔でそんな事を言い出す九龍の頭を小突いた。
「ばーか。そんな恥ずかしい真似できるかよ。女じゃあるまいし」
「なんで?バレンタインは別に女性だけが贈り物をする日じゃないんだから、いいじゃん」
 小突いた場所をさすりながら九龍が拗ねたような顔を見せる。
 また、始まった・・・こいつのわがままが。
「それにお前は、2月14日は此処に居ないんだろ?2月から依頼が入ったと言ってただろーが」
「そんなのすぐに終わらせて帰ってくるし。俺は聖なる日をコータと過ごしたいんだよ」
 ”聖なる日”って言っても、なんで今更こんな事を言い出すんだコイツは。
 もう何年も一緒にいるのに、こんな事を言い出したのは初めてだ。
「なんでそんな事に拘るんだよ?今までそんな事言った事無かっただろ」
 俺の言葉に急に表情を曇らせた九龍は、唇をつぐんで押し黙った。
 そんなにバレンタインをしたいのか?
 しかし、こんな様子の九龍は・・・あの時以来見たことがない。
 そう、天香学園で・・・地下で相対した時の表情だ。
「お前・・・」
「甲太郎」
 低い声で名前を呼ばれる。
 ベッドの中で聞く声に似ている声音に俺の鼓動が跳ね上がった。
「次の任務は、絶対に14日までに帰ってくるって約束するからさ。お前も約束してよ?」
 泣きそうな表情。
 それで俺は悟った。
 今度の任務は九龍の生死がかかっている程のものだと。
 だが、それを聞いても答えてはくれないだろう。
「わかった・・・14日はお前に・・・贈る物を用意して待っててやるから。絶対に帰って来い」
「うん。ありがとう」
 俺を引き寄せて抱きしめる九龍に身を委ね、次の任務に旅立つまでの短い時間を共に過ごそう。
 どんな事があっても九龍は俺との約束を破らない。
 無事に帰ってくるに違いないのだから。



ー時は3月13日ー
 帰ってくる約束をしたはずの九龍はまだ居ない。
 何かあったらメールで連絡するようなマメな性格をしているのに、それも無い。
 天香時代に世話になった忍者やらカウンセラーやら探偵に調べてもらったがわからなかった。
 やはり、あいつの所属しているロゼッタ協会とやらに連絡をしなければわからないのだろうか?
 だが・・・どうやって連絡をすれば良いのかもわからない俺は毎日をなんとなく過ごしていた。
 例え九龍が死んだとしても俺がそれを知る事ができないであろう事が、せめてもの救いだ。
「九龍・・・どうしたってんだよ」
 アロマが吸いたい。
 高校卒業と共に手放した香りが恋しい。
 また、あの頃の自分に戻ってしまうのだろうか?
 九龍が居ないのならそれはそれでかまわないと思った。
 ただなんとなく生きていくだけに戻るだけだ。
「早く帰ってきてくれよ」
 両目を掌で覆い、床に背を預けるとふと自分の上に影が差し込んだ事を感じた。
 気配も、物音も感じさせなかった。
 この部屋へ自由に入れて、そんな事ができるのは一人しかいない。
「ただいまコータ」
「く・・・くろ・・・う?」
「そうだよ。ごめんな、予定より遅くなっちゃった」
 腕をつかまれ、両目を覆っていた掌を取り除かれると視界には申し訳なさそうな表情を見せる九龍。
 視界がみるみる歪んでいく。
「ばっかやろう・・・約束破りやがって」
「ごめん。でも、俺は間に合っただろう?」
「何言ってやがる。2月14日はとっくに過ぎて」
 いつもの笑みを浮かべながら九龍が寝転ぶ俺に覆いかぶさる。
 久しぶりの感触に俺は覆いかぶさってきた体に両腕を回した。
 存在を確かめるようにぎゅっと力をこめる。
「明日は3月14日・・・あと、数分だけどね・・・間に合ってよかった」
「間にあったって言えるのかよ」
 掠れそうになる声を唇に乗せて囁きかけると、自分の背中にも両腕が回された。
 ぎゅっと抱きしめ合いながら瞳を閉じる。
「俺からのお返し・・・受け取って?」
「・・・俺は何も贈ってない」
「ずっと俺の事を考えてくれていたんだろう?」
 ああ、考えていたさ。
 お前が旅立った日から、今日までずっと。
 2月14日にはプレゼントも用意して待っていた。
 それはお前が帰って来ないから・・・渡せなかったがな。
「甲太郎・・・ロゼッタ辞めてきた」
「な・・・・?」
「これが、俺からのお返し。受け取ってもらえるか?」
 涙が両目から溢れる。
 わかっていてもそれを自分で止める事ができない。
 九龍が旅立つたびに襲い掛かる不安。
 俺はもう二度と大切な人間を失いたくない。
「ねぇ、甲太郎?日本を出てアメリカに行こう」
「・・・アメリカ?」
「結婚しよう、甲太郎」
 あまりに突然の言葉に涙も一瞬で止まってしまった。
 ”結婚”?
「で・・・できるわけないだろ」
「アメリカにあるんだ。俺達が結婚ができる州」
 呆然とする俺を抱き起こして座らせると、懐の中から小さな箱を取り出した。
 ふたを開け、中身を取り出すと九龍に左手を掴まれて引き寄せられた。
「改めて聞くよ・・・受け取ってもらえる?」
 九龍の掌で光る小さなリング。
 小さな透明な石が眩しく俺の目に飛び込んで・・・俺は頷いていた。


end