■ 『 青い春の訪れ 』  (コラボ小説:九龍×夷澤) 前編 春花さん(HP)/後編 水天宮拓仄

■前編■

頭上から地面をこうこうと照らす月の光を受け、葉佩は目を眇めた。
墓地に不似合いな月光は、遺跡への入り口と、二人の学生の姿をあますところなく晒す。
墓石付近にぽっかり開いた暗闇。そこからヒョイと身軽な動きで地上に戻り、葉佩はおおきく伸びをした。
動かしたはずみに袖口からさらさらと砂が落ちる。先程までは緊張感で気にも留めなかったが、
そういえば全身からジャリジャリと音がしそうな気がする。
今まで潜っていたのは砂塵に覆われたエリアだったのだから仕方がないだろう。
とはいえ、気持ち悪いことに変わりはない。
思わず眉が八の字になる。
「……どうしたんすか?」
葉佩の表情の変化に気づいたのか、丁度そこから這い上がってきた夷澤が怪訝な顔をする。
身体は相当疲れている筈だがその声にいつも含まれていた棘はない。
つい数十分前のやりとりを思い出し、自然と顔が綻ぶとともに砂の不快感も薄くなる。我ながら単純なものだ。
「何でもないよ。俺の部屋に行こうか。傷の具合も見るし」
「いや、別にいいっすよ。これくらい何でもないですから」
「でも、あまり深くはないようだけど、ちゃんと消毒しないとダメだよ」
断る夷澤の手首を掴んで寮へ歩き出すと、一瞬躊躇いを見せたが、夷澤も引っ張られるように歩き出した。
考え込むようにやや俯いて歩く夷澤に、葉佩も声をかけることなく、しばらく地面を踏む音だけが響く。
そのままお互い一言も話さぬまま男子寮に着き、既に寝静まっている部屋の前をゆっくりと通り過ぎる。
シーン、という音が耳の奥に聞こえるほどの静寂の中、ドアを開ける音が遠慮がちに渡る。
「どーぞ」
「……っす」
僅かに頭を下げて部屋の中に入り、夷澤はふいに足を止めた。
「あの、センパイ」
「ん?」
「足の踏み場もないくらい汚いっすね」
「ああ、別にそこら辺に落ちてるモノは踏んでもいいよ」
黒い影の集合体だったものが、部屋の明かりをつけることで姿を現す。
夷澤が思わず素直に感想を述べてしまうほど、葉佩の部屋は混沌としていた。
ただ唯一、ベッドの上には何も乗ってはいなかったが、それにしても酷い有様だ。
しかし葉佩は気にすることなく散乱するものを踏みつけつつベッドの上に座り込む。
そういう問題じゃないんすけど、とぶつぶつ言いながらだが、夷澤も葉佩の後についてベッドへ腰かけた。
「さてと、傷見るから服脱いで」
「あ、はい」
夷澤が脱いでいるうちに救急セットを用意し、上半身裸になったところで改めて傷の具合を見ていく。
やや色白だがボクシングをしているため見かけよりがっしりした身体に、擦り傷、切り傷が無数についている。
夷澤自身が言っていたように深刻な傷はないが、墓守の力でも防ぎきれなかった傷は多い。
ペットボトルの水で汚れを落とし、消毒してからガーゼをあてる。
夷澤はここでも大人しく手当てを受けているが、気まずいのか視線を彷徨わせてもぞもぞと手を合わせている。
それが何だか可愛く感じて知らず口元を緩めた。
小さい傷には絆創膏を貼って手当が終わり、何となく、傷のついていない肌にすっと指を滑らせる。
「うわッ!」
「おわっ!?」
途端それまで動かなかった夷澤がビクッと身体を跳ねさせ、お互い驚きの声を上げて距離を取る。
「……あ、……あ、す、スイマセン。ちょっとビックリして……」
「い、いやいや。悪い、いきなり」
ハッとして慌てたようにしどろもどろと謝る夷澤へ、ブンブンと手を振る。
いきなり触ったら気を悪くするのも当然だろう。
けれど、チラリと盗み見た夷澤の顔は怒っている風ではなく、むしろ照れているように見えた。
「え、えーと……ご」
「あ、あの」
ごめん、と言おうとした葉佩の声と夷澤の声が微妙なタイミングで被さり、再び場に沈黙が降りる。
男二人でモジモジしているこの現状は気持ち悪いかもしれないが、妙な気恥かしさが出てきてしまい、
誤魔化すかのようによく分からない笑みを浮かべて夷澤を見やる。
対して夷澤は笑うことはなかった。軽く睨みつけられるような視線が向けられる。
「……あの」
「は、はい?」
「さっき戦った時に思ったんすけど。いや、今までも思ってたんすけど」
「はい……」
「何で……オレは夷澤なんですか」
「……は?」
何で夷澤が夷澤か?
そうっと夷澤を見つめ返すと、真剣な顔をして答えを待っている。
「い、夷澤の両親が、夷澤って姓だったから?」
「…………あ、いや、そういう意味じゃなくて」
どもりながら考えうる答えを口にすると、一瞬怪訝な表情を浮かべ、夷澤は首を振った。
「言葉足りなくてスイマセン。ええと……センパイって、何でオレのこと夷澤って呼ぶんですか?」
「あ、そういうこと」
お互い国語が苦手だからね、と付け足すと、夷澤が眉根を寄せた。和ませようとした発言は失敗だったらしい。
それでも怒ることはなく、夷澤はじっと見つめてくる。
そういえば遺跡から出てきた時も何か考えていたようだったが、このことを考えていたのだろうか。
しかし何故このようなことを聞くのか――
「あ。もしかして、名前で呼んだ方がいい?」
「……ッ」
ぴく、と夷澤の身体が反応した。図星だったのか、先ほどまでこちらを見つめていた目が泳いでいる。
分かりやすい同意の形に
「夷澤って意外とフレンドリーなんだなぁ」
と呟くと、夷澤が口を尖らせて不満げな表情を浮かべた。
「お、オレは別に呼んで欲しいとかじゃなくて!ただ、皆守サンを甲太郎って呼ぶじゃないですか。だから、何で……」
「え、ええと、……あんま考えたことなかったな」
弱く立ち消えた言葉の先を暫し考え込んでからぽつりと零すと、夷澤が大きくため息を吐いた。
本当のことを言っただけなのだが、その姿を見て何故か胸が痛くなる。
「……そっすか。分かりました」
まだ納得のいかない雰囲気ではあるが、一応頷いて夷澤は立ち上がった。
既に遠慮もなくベッド下に散らばっているものを踏みつけ、脱いだままだった上着をもぞもぞと身につける。
「帰る?」
「はい。……そうだ、センパイ」
服を着終えドアの前まで足を進めた夷澤がふと振り返る。
「オレ、センパイのこと好きです」
「うん。……え?……」
あまりにもあっさり言われ、思わず自分でも間抜けだろうと思う顔をして夷澤を見つめる。
耳まで淡く染めた夷澤も視線を逸らすことなく見つめ返してきて、一気に言われた言葉が停止していた頭を駆け巡る。
「返事は後でいいですから!……お休みなさい」
二人の間で完全に止まっていた空気を破り、夷澤はそれだけ言うとドアを開けて部屋から出て行った。
「お休み」もマトモに言えず、閉まったドアを暫く見つめていたが、脱力したようにベッドの上にボスンと腰を下ろす。
脳裡に出ていく直前の夷澤の姿が消えず残っている。ぐちゃぐちゃと思考が絡まる頭の中とは別に嬉しい気持ちもあり、
どうしようもなく葉佩はゴロリとベッドに横になる。
そのまま忘れかけていた睡魔に落ちる瞼の裏に、《黒い砂》から解放された夷澤の表情が過っていった。



■後編■

いつもより早く目が覚めてしまった葉佩は昨夜の汚れを洗い流す為に寮の風呂場へ向かっていた。
湯ははっていないがシャワーならこの時間でも使えるはずだ。
廊下を歩きながら昨夜別れ際に夷澤が自分に発した言葉やその時の表情を思い出す。
「うーん・・・あれは、どういう意味だったんだ?」
思わず独り言を呟いて風呂場へと続く脱衣所の引き戸を開けて中へ足を踏み入れた。
脱衣所の一番奥にある籠にジャージが無造作に入れてある。
どうやら自分の他にも早朝にシャワーを浴びているのだと気づいたが、
特に気にする事もなく葉佩は豪快に汚れたままの制服を脱ぐと籠に放り込んだ。
タオルを掴んで一応腰に巻きつけると風呂場の扉を開いて中を覗いた。
いくつか壁側に並んで設置されているシャワーの前にしゃがみこんで頭を洗う生徒の背中を見つけてドキリとした。
「・・・夷澤?」
小さく呟かれた葉佩の声は、シャワーを頭から浴びている夷澤には聞こえなかったようで、気づいたような素振りは見られなかった。
それにほっとしたような、残念なような気持ちになり、
夷澤が使っているシャワーから1つ飛ばした場所に陣取るとお湯を出すコックを捻る。
勢い良くお湯が出てきてもしばらく葉佩は湯気の中で懸命に昨夜の汚れを洗い落とす夷澤を見つめていた。
「なんすか?」
葉佩の視線に気づいたのか夷澤は頭を洗い流す手を止めて、
視線を隣りに流すが湯気と矯正されていない視力のせいで、隣りにいる生徒が誰なのか判別がつかないようだ。
「・・・・や、なんでもない」
言葉を発しようか、沈黙を保とうか迷ったが結局一言だけ呟いてシャワーの下に頭部を移動させると砂や汗を流し始める。
「センパイ?」
「・・・・・・」
シャワーを浴びている中で葉佩の存在を確かめようとした声が聞こえたが、水音にかき消されたふりをする。
答えずに頭を流し続けていると、しばらくして隣の気配が動いた事を感じた。
2つの水音が1つになり、風呂場のタイルをペタペタと足音を残して夷澤は脱衣所に消えた。

脱衣所にたどり着いた夷澤は後ろ手で風呂場の戸を閉めると顔を歪める。
「言わなきゃよかった」
小さく舌打ちをして籠に突っ込んであったタオルを乱暴に掴むと、髪をガシガシとかき回し、
次に全身を適当に拭くと下着を身につけ、ジャージを着込む。
最後に愛用の眼鏡をかけた。
シャワーを浴びていた中で聞こえた声は葉佩の声だと思ったが、もしかしたら違うかもしれない。
今、シャワーを浴びているのは先ほど入ってきた生徒だけだ。
眼鏡をかけた状態で風呂場を確かめれば、自分の横にいた人物が誰だかわかる。
昨夜自分は葉佩に精一杯の好意を伝えたが、その答えを聞かずに彼の前から立ち去って眠れぬ一夜を過ごした。
どんな答えが葉佩から返ってくるのか知るのが怖い。
今、葉佩と面と面をつきあわせて平静を保っていられる自信もない。
でも、顔を見たいし、声も聞きたい。
「出てくるまで待つ・・・のも変だしな」
もし、自分の勘違いで今シャワーを浴びている人物が葉佩じゃなかった場合を考えて
小さく頷くと脱衣所を出て行くために扉に手をかけた。
その時、風呂場の引き戸が開いた。
「・・・セン・・パイ」
「あ・・・・おはよう夷澤」
お互い気まずそうな表情になりながらも葉佩は笑顔で夷澤に声をかける。
その挨拶に一瞬寂しそうな視線を葉佩に送ると夷澤も唇を開いた。
「おはようございますセンパイ。昨日はどうも」
「いや・・・こっちこそ・・・怪我させちまって悪かったよ」
風呂場と脱衣所の間に立ち止まったままの葉佩と脱衣所から廊下へ出る扉に手をかけた夷澤が向かい合って動けなくなってしまう。
「さっさと服着た方がいいっすよ。シャワー浴びた後だからって、そのままじゃ湯冷めしちまいますから」
そう言うと葉佩から視線を逸らし、扉を開けようとするがなぜか体を動かすことができないまま、
背後で風呂場の引き戸が閉まった音が聞こえた。
小さな足音が聞こえ、葉佩がタオルで全身の水滴をふき取り衣服を身に着ける布ずれの音を黙って聴いていた。
「あのさ」
「はい」
葉佩らしくない遠慮がちな声が背後からかかる。
ビクリと肩を震わせてそれに答えるが、振り向くことはできそうにない。
「昨日・・・の事なんだけどさ」
「・・・・オレがセンパイを好きだって言った事っすか?」
「うん・・・それ」
そこまで言って葉佩は一呼吸をつく。
湿った空気と朝の静けさと共にピンと張り詰めた雰囲気が脱衣所の中に広がっていく。
「”好き”って・・・色々な意味があると思うんだけどさ・・・」
もじもじと両手を胸の前で組んだりほぐしたりしながら、夷澤の背中を見つめた。
「わからないんすか?」
背中を向けたまま夷澤はいつもの声より幾分か低いトーンで呟いた。
「い・・・いや・・・そうじゃなくて・・・さ。もし、俺の勘違いだったら・・・と」
「信じられないって事っすか?」
振り向いた夷澤がゆっくりとした歩調で葉佩に近づいてくる。
思わず一歩後ろへ足を出してしまった所で胸倉をやや低い位置から両手で捕まえられた。
「夷澤?」
「オレの好きは・・・」
ぐいっと掴んだ胸倉を引き寄せて、バランスを崩した葉佩に自分の唇をすばやく合わせると逃げるように脱衣所の扉へ向かう。
「オレの好きはそういう意味っすから!じゃ・・・オレ、生徒会の仕事があるんで失礼します!」
「あっ!おい、夷澤!」
あまりに突然な出来事で葉佩は床にへたりこむんでいた。
呆然と開けたままにされた扉から、廊下をバタバタと走り去っていく夷澤の背中を見つめていた。



その日の放課後。
葉佩は夷澤が活動しているボクシング部へ顔を出し、練習が終わるのを大人しく待っていた。
普段ならトレーニングをする夷澤に付き合ったりするのだが、
今朝の事があって他の生徒が大勢いる中で声をかけたりする事が躊躇われたのだ。
「よーし!今日の練習はここまで!」
「キャプテン。最後、オレが鍵しめますんで、もう少し残っててもいいっすか」
「じゃあ、最後の戸締りだけは頼んだぞ。おつかれさん」
「・・・っした」
キャプテンから鍵を預かり、軽く頭を下げる夷澤を残し、ボクシング部の面々は武道館を後にした。
ここに残っているのは戸締りを買って出た夷澤と、彼を待っていた葉佩の2人だけ。
「センパイも帰ったらどうっすか・・・オレ、もう少しやってくんで」
「付き合うよ最後まで」
「・・・勝手にしてください」
しばらくの沈黙の後、夷澤は鏡の前に立ってシャドーボクシングと呼ばれるトレーニングを始めた。
それを背後から見つめる葉佩。
夷澤の背後にいる葉佩は当然、鏡に写る事になる。
「センパイ。できれば場所変えてもらえませんか。気が散って仕方ないんすけど」
「いつもの事だろ?気にしないでやってくれ」
「・・・気になるんすよ」
「俺に見られてるのが嫌なの?好きだって言ってくれたのに」
「たっ確かに言いましたけど・・・まだ返事聞いてないっすから・・・
こんな中途半端な状態であんたと一緒にいるとペースが狂うんすよ!」
鏡ごしに葉佩を睨みつけて、当たるはずも無い拳を繰り出す。
「返事聞きたい?」
「そりゃ・・・」
「今、すぐに?」
「は・・・い」
「じゃ、目瞑って」
葉佩の言う事を素直に聞き入れ、夷澤はすっと瞳を閉じて動きを止めた。
背後からゆっくりと近づいてくる気配を感じ、心臓の音が武道館中に響き渡るんじゃないかと思える程に高まる。
周囲に動く気配を感じなくなってしばらくの間が空いた。
「セ・・・ンパイ?」
「目開けて」
ゆっくりと瞳を開けた視界には自分の姿を写していた鏡ではなく、真っ暗な世界が飛び込んできた。
「え?」
「いざ・・・いや、凍也」
初めて名前を呼ばれ夷澤は胸が締め付けられるような感覚を味わう。
急に膝から力が抜けた。
真っ暗な中、両脇から力が加わって自分を支えてくれる存在に気づく。
「あ・・・」
「凍也、俺もお前が好きだよ」
やや上から囁かれ、一気に血が顔全体に昇る。
顔を見ることができなくて葉佩の胸に顔を埋めた。
両腕を背中に回して抱きつく事が今の夷澤にできる唯一の愛情表現だった。


end



参加中の九龍SNS「Re:juvenile」内のキリリク時にお友達の春花さんから
「リクエストコラボ」をお受けして完成した作品ですv
前編を春花さんが、後編を水天宮が書いています。
ちなみにタイトルは水天宮がつけました(笑)
自分が書く主夷はほとんど「九龍→夷澤」というベクトルなのですが
春花さんが書いてくれた前編で「夷澤→九龍で告白」だったのでチャレンジに!
葉佩設定は、春花さん宅の通称:白葉佩ですのでいつもの拙宅葉佩と違って書くのが大変でした。
春花さん、リクエストコラボありがとうございました!とっても楽しかったです♪