■選択式お題より10個抜粋

  09.口寂しい (サンジ×ルフィ) 水天宮拓仄
 数日前に停泊していた港から船を出し、順調に航海を続けていサウザンド・サニー号。
 天気も良く快適な気候で安定している航路に入り、クルー達は船室から出て、
広い甲板に椅子や長椅子を持ち出して本を片手に寛ぐナミとロビン。
 ゾロはトレーニングの合間に昼寝中で、ウソップとフランキーは何やら開発談義に夢中だ。
 チョッパーは見張り当番で、見張り台の上に上って心地よい太陽の光を全身に浴びている。
 そしてサンジはキッチンに入り、ティータイムの仕度をしていた。
 船長のルフィは船首の上に跨り、潮風を浴びながらウソップから借りた釣り糸を垂らしている。

 キッチンでナミとロビンの為に特製ケーキを焼き上げ、温かい紅茶を用意する手つきは一流のそれで、
男達に与えるパンケーキとドリンクも同時で準備していく手際の良さはいつも通りのサンジである。
 だが、その後姿からは違和感が漂う。
 よどみなく動く肢体を一瞬止めては、つまさきで船床をトントンと軽く蹴って何かに気づき、
準備をする動きを再開する・・・といった繰り返しは、どことなく落ち着かない雰囲気を感じさせた。
 正面から彼を観察すると、口元が寂しい事にまず気づくだろう。
 そう、今船の中にはサンジが口にするべき煙草が甲板に放置したまま雨に降られてすべて使えなくなってしまったのだ。
 ちょうど良い機会だからとナミが濡れた煙草をすべて海へ流してしまったのは、サンジを酷く落胆させた。
 ナミ曰く『経費削減の為に協力してねサンジくん。それに一流コックに煙草は不要じゃない?』との事だ。
 その場では、さすがに抗議をしたが彼女が言い出したら滅多に折れない事は今までの付き合いでわかっていた。
 それにサンジがナミ・・・いや女性に逆らえるはずもなく、渋々その言葉を受け入れてしまったというわけだ。
 だが根っからのフェミニストはそんな事でナミへの態度を変える事は無いし、普段の仕事も責任をまっとうしている。
 しかし無意識に煙草の事を考え、動きが止まってしまう事がままある事にサンジは自嘲気味に唇を歪めていた。

「ちっ・・・情けねぇ。たったこれ位の事でイラつくなんてよ」

 呟きながらテーブルの上からティータイムセットを乗せたトレイを両手で器用に持ち上げ、華麗な足裁きで甲板への扉を開く。
 深く息を吸い込んで大きな声でクルーに呼びかけた。

「ティータイムだ!やろう共は勝手に食べに来い!レディ達には、ただいま持って行きますので。引き続きお寛ぎ下さい」


 ナミとロビンが寛ぐ甲板へ足を向けたサンジの脇をルフィ、ウソップ、フランキー、ゾロの順で通り過ぎてチョッパーは
やっと見張り台から甲板に降り立った所だ。
 脇を走り抜けていく男達の風を感じながら歩をゆったりとした調子で進める中、ふと背後から視線を感じて視線だけ後ろへ流す。
 キッチンへの扉前で一番先頭で駆けてきたはずのルフィがじっとこちらを見つめている。

「どうしたルフィ。こっちのケーキも食べたいのか?」

 その問いかけにルフィは頭を左右に振ってキッチンへと姿を消した。
 らしくない態度に首を傾げたサンジだったが、甲板で自分とティーセットを待つレディ達の下へ再び足を進める。

「おまたせしましたレディ達。本日のティータイムはナミさんのみかん畑から、みかんのタルトとオレンジティーです」

 優雅な身のこなしで二人へそれぞれケーキとティーカップを乗せたトレイを差し出し、笑顔を振りまく。
 それを二人も笑顔で受け取り、サンジに礼を告げてケーキをフォークで切り分け口に運ぶ。

「おいしい!サンジくんのケーキは最高ね」
「本当、こんなに美味しいケーキはレストランでも出てこないわね」

 二人の賛辞を心地よく受け止め、笑顔をさらに深めた。

「喜んで頂けて何よりです。では、ごゆっくりどうぞ。おかわりの際は遠慮なくお申し出下さい」
「ええ、そうするわ」

 おいしそうにケーキを頬張る二人をその場に残し、サンジはキッチンへ踵を返した。



-夜-
 一日のほとんどをサンジはキッチンで過ごす事になっていた。
 それはそのはず、クルーへの朝食・昼食・ティータイム・夕食・船長専用の夜食という一日の食事の準備だ。
 今は夕食を終え、後始末をしながら船長専用の夜食を作りつつ、明日の仕込みを行っている。

 仲間達と過ごしている時は意識的に煙草の事を忘れる事ができたが、一人になるとつい頭を過ぎる存在感。
 それもそのはずで、サンジが子供の頃から吸っている空気と同じようなものだ。
 吸い始めてこんなに長い期間、煙草が無い生活を彼は経験したことがない。
 煙草は一種の精神安定剤であり、自分が自分であるためのアイテムとも言える。
 一般的に煙草は料理人の舌を狂わせると言われているが、自分に限っては違うのだ。
 料理をする時に煙草が無いと手元が狂う事もあるし、味覚も変わってきている気がする。
 それでも料理そのものを失敗させないのは、サンジが一流料理人と名乗る所以である。
 実際、サンジが出したいと思った味を正確に表現できていないのが、ここ数日の悩みだった。
 それを顔や態度に出すような事はしないが、煙草が吸えない事以上に彼を切迫させていた。

「はぁ・・・ナミさんの言いつけだから、なんとか我慢してきたが・・・さすがにキツくなってきた」

 テーブルに両手をつきながら頭を前に垂れ大きな溜息を漏らす。
 煙草を断ってから六日目。
 一人の時でも努めて弱音を吐かない様にしてきたサンジの口から弱気な言葉が出た。
 そのタイミングを計ったかのように扉が開き、慌てて身を起こすと扉の方へ顔を向ける。

「サンジ」
「ルフィか。夜食か?もう少しかかるから、ホットミルクでも飲んで待ってろよ」

 扉を正面にテーブルと接していたサンジは少し慌てて踵を返した。
 今の自分を一番見られたくない人物に見られた、聞かれたのかもしれないと思うと動機が激しくなった。
 洗ったばかりのルフィ専用カップを手に取ると軽く布で水分をふき取り、温めていたミルクポットへ手を伸ばした。
 それをいつの間に背後へ来ていたのか、ルフィがサンジの腕を掴んで止めた。

「どうした?お前好みに甘めにしてあるから心配すんな」
「ううん。後でいいから・・・オレ、サンジに聞きたい事があるんだ」
「なんだよ、そりゃ?改まった顔して、みんなの前で聞けなかったのか?」

 ルフィへ想いを寄せつつ、同性同士という壁の前で自分の気持ちを伝えずに来なかったサンジだったが、
今までの航海や冒険に死闘で、もしかしたらルフィも?という思いもある・・・だが、その保証は無い。
 そんな中、ルフィが自分と二人きりになる夜食タイムを使ってまで真剣な表情で何を問うのか?

ーまさか・・・俺の気持ちに気づいたのかルフィ?そして、お前も俺の事を・・・−

 表には出さないように平静を保ちながらサンジはルフィの方に体を向けて、次の言葉を待った。
 ゴクリと小さく喉が鳴り、しばらくの沈黙を破ったのはやはりルフィ。

「最近・・・サンジ変だ。何かあったのか?」

 心配そうな表情を見せ自分を見上げてくるルフィに胸の動悸がさらに早くなる。

「へ・・・変ってなんだよ、失礼な奴だな」
「その変じゃねぇよ。えっと・・・だから・・・サンジがとにかく変なんだ!」

 言葉がうまく見つからないのか困惑しながら、自分の気持ちがそのまま伝える言葉が見つからなくて
イラつくルフィを改めて愛しく思う。
 誰にも気づかれないように仲間の前では、普段通りの自分でいたはずだったのに。
 洞察力に秀でた船長はなんなくそれを見抜いていたのだ。

「ったく・・・お前には敵わねぇな」
「じゃあ、やっぱり変なのか?サンジ」
「いや”変”ってのとは違うな・・・寂しい・・・。そう、口寂しいんだよ俺は今」

 自分の唇を長い指先でゆっくりとなぞると、その動きにあわせてルフィの視線も動く。
 そして、サンジの唇にぴとりと無造作に指を触れさせ大きな黒い瞳をぱちくりさせていた。

「口寂しいって、何が?」
「ここ何日か俺が煙草吸って無いの知ってるだろ、お前も」

 その台詞にルフィが一瞬目を見開き、唇に触れた指を自分へ戻そうとするがその手首をサンジが捉えた。
 捉えられた手首を見つめ、力をこめるが解放される気配を感じる事ができなかった。

「・・・そういえば煙草吸ってないのな。今、気づいた」
「はぁ?マジか?今まで俺の事はたいして関心がなかったって事か?」

 思わず激昂し、掴んだ手首に指のつめを立ててしまう。
 チクリとした痛みに顔を歪めるルフィ。

「違う・・・煙草があってもなくてもサンジはサンジだ。どんな姿形しててもサンジだろ、お前は?」

 言葉に迷いがあるものの、精一杯気持ちを表現するルフィの手首を握りしめたまま、引いた。
 ぐいっと引き寄せ、胸に抱きしめて見た目よりも軟らかい黒髪に頬を埋めた。

「・・・ちょ・・・サンジ!何すん・・・」
「口寂しいんだルフィ。慰めてくれよ」
「え、な・・・に・・んんっ」

 すばやくルフィの唇を奪い、緊張で硬く閉じられたそこに舌をなぞらせる。
 しばらくその動きを繰り返すとルフィの体から力が抜けていくのを感じ、倒れないように両腕を腰に回して支えた。
 腰を両腕で抱きしめ、力が抜けたルフィの顔を見つめながら唇を少しだけ離し、言葉を紡ぎ出す。

「口、開けろよ」
「・・むぅ・・・うぅ」

 放心状態のルフィは素直にサンジが要求した動きを唇に反映させた。
 再び唇を合わせ、唇から口内へ舌を這わせ最後に音を立てて離れると、へなへなと床にルフィが尻餅をつく。
 唇は先ほどの名残りで、ほんのり赤くなり湿った状態が色っぽい。
 潤んだ瞳ももうつろに目の前にしゃがみこんで見つめてくるサンジを見つめている。

「ルフィ、大丈夫か?」
「・・・・え・・・あっ!お・・・おうっだ、大丈夫だぞ!オレは」

 明らかに大丈夫じゃない様子は見てわかるが、はっと我に返ったルフィが顔を真っ赤に声を上げる。
 その様子を見つめていたサンジはぷっと吹き出した。

「もしかして初めてだった・・・とか言うか?」
「・・・・わ、悪いか」
「ははっ本当か?そりゃ、ラッキーだったな」

 笑いながら目の前にいるルフィを抱きしめ、背中を両手でバンバンと叩きながら自分の瞳も潤んできた。

「いてぇって、やめろよサンジ!」
「悪かったな、初めての相手が俺で」

 普通なら接吻は女性と行うものだ。
 男女に疎いルフィでもその位の常識はあるだろうと発した言葉だった。
 唇を奪い、唇を貪った時は軽い気持ちなんか無かった。
 自分のありったけの気持ちをこめての接吻をルフィに贈ったが、それが彼にとって負担になるのなら冗談で終わらす。

「あ、謝らなくていい。その・・・嫌じゃないから」

 もごもごと口ごもりながら、そう告げられサンジの心はその言葉で満たされた。
 それは、自分の事を恋愛の対象として見れるという事だから。
 おそらくルフィは恋愛感情を持ったことが無い上の無自覚の好意をサンジに向けているのだ。
 その気持ちを感じとったサンジはルフィを腕の中から解放し、両腕を引っ張り上げて椅子に座らせた。

「嫌じゃないならなによりだ。夜食もそろそろ出来たから、今日はこれを食べて寝ろよ」
「いらねぇ」
「へ?」
「だから、夜食いらねぇ」

 椅子に腰かけながらキッチンに向かったサンジの後姿に向かって信じられない言葉を発するルフィ。
 驚愕の表情を浮かべながらルフィを見つめる。

「ど・・・どうしたんだよ。腹でも痛いのか?チョッパーのとこ行くか?」

 おろおろと手に持っていた鍋を落しそうになり、慌てて両手で鍋を掴み悲鳴を上げて飛び跳ねる。
 鍋は床にぶちまけられるし、両の掌は真っ赤になるし、心臓は煩いしでサンジはパニックを起こしていた。

「違う。サンジが我慢してんなら、オレも我慢するって事だ」
「へ?何言い出すかと思ったら、そんな事気にしなくてもいいだろ・・・まあ、今日のは食えないがな」

 足元にぶちまけられた鍋とその中身を悲しそうな表情で見つめる。
 両の掌がだんだんとヒリヒリと痛みを感じてきたが、床に散らばる料理を見ていたら涙が出そうになった。
 床を見つめるサンジの視界に素足が入ると、両手首を握られてすごい力で引かれると水道の下に掌を置かれる。
 次の瞬間、横から伸びてきた手が蛇口を捻り、赤くなった掌を冷たい水が冷やし始めた。

「馬鹿、火傷酷くなったら誰が飯作るんだよ?」
「悪りぃ・・・いや、それよりも、お前が我慢をする必要がないって話だ」
「ああ、それな。それなら、サンジが気にすることじゃないだろ。オレが食べない方が皆助かるんだしさ」
「そういう問題じゃねぇ。俺はお前に飯を作ってやって、俺が作った飯をお前が美味そうに食べるのが好きなんだ」

 握られている両手首に血が集まっていくような気がする。
 前髪の隙間から横にいるルフィを盗み見ると、真剣な表情をしている事に驚き動悸がまた早まる。

「オレは船長だから仲間のサンジが苦しんでるのに何もしないわけにはいかないんだ」

 決意の瞳を自分に向ける船長にサンジは今まで自分が憂鬱になったり、憂鬱を自分で責めたりする事が馬鹿らしくなった。
 明日、朝になったらナミに煙草の事を話してみよう。
 彼女の言葉を無にするのは心苦しいが、何より一番愛しい人間に苦しみを与えたくない。

「もう、掌は大丈夫だ。水止めてくれ、ありがとなルフィ」
「え・・・うん、そうだな」

 今までの流れから唐突に出た台詞に戸惑いながらもルフィは蛇口を捻って水を止め、サンジの手首から手を離す。
 すっとサンジがしゃがみ込み、床にばら撒かれた料理の上部を指でちょいと摘み己の口に放り込んで立ち上がった。
 きょとんとその行動を見つめるルフィの唇を再び奪い、口の中に甘辛い味を運ぶ。
 口に入った食べ物は無条件に数回噛んで飲み込むルフィを満足そうに見つめ、サンジは微笑んでいた。

「俺の唇が寂しい時は、お前の唇に慰めてもらうからいいんだよ。そうすれば、お前も我慢しなくてすむだだろう?」

 サンジの言葉に顔を真っ赤にしたルフィは大きく口を開けておかわりを要求した。


end