■ 『 恋愛の教師 』 水天宮拓仄

 賑やかな教室の中で、生徒達の話題は今日から来る新しい副担任の事だった。昨日の終礼で担任が生徒たちに言い渡していたのだ。
「なあサンジ。どんなセンセーが来るんだろうな?」
 このクラスでは、ひときわ目立つ存在でそこそこの人望を持つサンジに、クラスメイトであるウソップが話しかけた。
「どうせ来るなら美人の女教師がいいよな〜男子校じゃそれしか楽しみねぇしさ」
「ナミ先生みたいなか?」
「そうそう!ナミ先生みたいな美人が副担任ならオレの成績も上がるってもんだ」
 腕を頭の後ろで組みながら椅子によりかかると、朝礼の始まるチャイムが鳴り響いた。チャイムが鳴り終わる頃に教室のドアが開く。
「おはよ〜、ほら、お前らさっさと席につきやがれ。新しい副担任の先生もいるんだからな。初日くらいは、イメージよくしとけよ」
 担任のシャンクスが教壇に立つと、ドアの方へ手招きする。生徒たちはみんなドアに注目した。どんな教師が現れるのか興味深々である。
 ドアから入ってきたのは、小柄な青年だった。黒い髪に黒い目。すっきりとしたスーツを着てシャンクスの隣に立つ。シャンクスと並ぶとまるで少年のような体格をしている青年の左目の下には大きな傷が残っていた。
「今日から副担任になった、モンキー・D・ルフィだ。よろしく頼むな!」
 にっこりと人懐こそうな笑顔を生徒に向けるとちょこんと頭を下げた。
「…ンジ?おいっサンジ!」
「えっ?なんだよウソップ」
 ぼうっした目で新任教師を見つめていたサンジにウソップがこそこそと話しかける。
「なにぼおっとしてんだよ?美人じゃなくてそんなにがっかりしたのか?」
「がっかりなんてしてねぇよ。いいじゃん、あいつ」
「お・・おーい…まさかお前…」
 ルフィの姿をじっと熱く見つめるまなざしに気づいたウソップは、額に手を当てた。
「かわいいよな。あのセンセ」
「やっぱりか」
 大きなため息をつくとウソップは正面に向き直ってがっくりと肩を落とした。、これからのサンジがどんな行動を起こすかを彼は知っていた。昔から、好きになった人間には猛烈にアタックしまくる男なのだ、このサンジという男は。
(ルフィ先生も大変な奴に好かれちまったもんだな…俺、知らねぇ)


 授業が終わってルフィがシャンクスと一緒に教室を出て行くと、サンジはすかさず席を立って後を追う。誰よりも一番最初に仲良くなってしまおうと思ったのだ。二人の後ろ姿を追いながらサンジの歩調はだんだんとゆっくりになってくる。教室を出た時の勢いがだんだんと弱くなってきた。その理由は、ルフィがシャンクスと仲良さそうに笑いあったり、肩を組んで歩いているのだ。
(な…なんであんなに仲いいんだ?この学校で初めて会ったんじゃねぇのか?)
 ぐるぐると頭の中がこんな思いに埋め尽くされていく。そうこうしているうちに、二人は職員室に辿りついて中に消えた。まさか、職員室まで押しかけるわけにもいかずに、サンジは複雑な気持ちのまま教室へ戻る。
「あっどうだった?ルフィ先生の反応は」
「うるせぇ…話せなかったよ」
「えっ?珍しいな」
「シャンクスと仲良さそうに肩組んで歩いたり笑いあったりしてたんだぜ。話しかける前に職員室入っちまったんだよ」
 イライラしながらサンジは自分の机にどっかりと腰を下ろす。胸にむかむかとした感情があとかあとから溢れだしてきた。
「シャンクス先生と仲良いのか…初対面じゃないのかな」
「知らねぇよ」
 ふてくされた表情でサンジは窓の外を見ていた。突然、ウソップが思いついたように手をたたく。
「な、なんだよ?」
「ベックマン先生に探り入れてやるよ!シャンクス先生の親友だからな」
「本当か?聞いてきてくれよ!シャンクスとルフィセンセの関係!」
「任しとけよ。昼休みに行ってきてやるから〜わかってる?」
「わかったよ!今日の昼飯おごってやるから頼むぜウソップ」
 これでサンジとウソップの商談はあっさりと成立していた。


 そして、その日の昼休みも終わりに近づいた頃。ウソップがベックマンに探りを入れて、教室に戻ってきた。
「どうだった?何か聞き出せたか?」
「おおっばっちりだぜ!」
「早く教えろよ」
 せかすサンジの目の前に手を出す。報酬は後払いで、まだウソップは昼ご飯も食べていなかったのだ。その手に購買で買ってきたパン数個とジュースを渡す。それを受け取ると、封を開けながらウソップは口を開いた。
「シャンクス先生と、ルフィ先生な。義理の兄弟なんだってよ」
「マジかよ?また嘘ついてんじゃねぇだろうな?」
「ばかっ俺は報酬がつく情報には嘘つかねぇよ。本当だって!マジに!ベックマン先生から直接聞いたんだから間違いないぜ」
「ふ〜ん、義理の兄弟ね…じゃあ、大丈夫だな」
 勝手に納得してうなづくサンジをよそに、ウソップは残り少ない休み時間でパンとジュースを全部平らげようと必死にぱくついていた。


「ルフィセンセ!」
「ん…お前は…確かシャンクスの生徒だよな」
「そう!サンジって言うんだ」
「そっか、よろしくなサンジ」
 にこにこと笑いながら手を差し伸べるルフィの手を握り返した。サンジはしばらくルフィの手を握ったまま、笑顔を返す。ずっと自分の手を握りしめたままのサンジにルフィはどう反応していいかわからずに戸惑っていた。
「サンジ?なんでずっとオレの手握ってんだ?」
「オレがセンセを好きだから」
「えっ?」
 ストレートに告白されたルフィは顔を真っ赤に染めて、握られている手とサンジの表情を交互に見比べた。サンジの目は本気だ。
「だから、センセが好きなんだよ。ひとめぼれってやつ」
「そ、そんな事…急に言われても困る…オレ、一応…教師なんだし」
 もじもじとサンジを上目遣いに見上げては、すぐにうつむいてしまうルフィはとても自分より年上とは思えない。今すぐこの胸に抱きしめて口付けのひとつもしてやりたくなるのを、サンジは必死に堪えた。ここは校内、誰に見られるかわからない。
「センセは今、誰か好きな人いる?」
「…!?」
 サンジの言葉にルフィは思わず顔を上げる。
「いない?」
「……わからない」
「わからないって…どうして」
 ずっと手を握りしめたまま、サンジはルフィの顔を覗き込むように少しかがんだ。
「好き…かもしれないんだけど…それが、どうゆう好きかわからないんだ」
「もしかして、シャンクス…センセーの事?」
「なっ…なんで知ってんだ?」
 すごく驚いた表情でルフィはサンジの目をマジマジと見つめる。まだこの学校へ就任して1日しか経っていないのに、自分とシャンクスの関係を知っている人間がベックマン以外にいるとは思わなかったのだ。
「ベックマンセンセーに聞いたよ。義理の兄弟なんだって?」
「…うん…」
 うなづくルフィをしばらく見つめて、サンジは握っていた手を解放した。手の力が緩んでルフィがほっとした隙に、触れるだけのキスをする。
「なっ!な…何すんだ!」
 キスされた唇を押さえて、ルフィは首から耳まで顔を真っ赤にしてサンジを見た。サンジは笑顔をルフィに向けると口を開く。
「オレの好きは、そうゆう意味で好きなんだぜ。ルフィセンセは、シャンクスセンセーにキスしたい、キスされたいと思う?」
「……」
 沈黙のままルフィはうつむいた。サンジの言葉を必死に理解しようとしているようだった。恋愛に関しては、教師のルフィよりもサンジの方が経験豊富である。二人の立場が逆転してしまったわけだ。
「今わからなくてもいいよ。後でセンセは絶対オレに惚れるから」
 自信満々に微笑むと、サンジは一人真っ赤になって立ち尽くしているルフィをその場に残して帰路についた。今のやりとりで、サンジは勝機を見出しているのだ。ルフィがシャンクスに抱いている思いは、所詮兄弟愛に留まっているはず。第一、あの噂が本当ならシャンクスはルフィを弟以外の感情では見ていないだろうから。
「勝負がつくのは、時間の問題だな」
 一人笑うとサンジは夕日を浴びながら家に向かっていた。


 一方、一人残されたルフィはただ呆然と自分の唇を触りながら立ち尽くしていた。まだ、サンジにキスされた唇が熱い。あんなにストレートに好きだと言われたことは、今までに一度もない。サンジに言われたこと、握られていた手、そしてキスされた唇。思い出して、また更に赤くなってしまう。
「どうした、ルフィ?まだ帰ってなかったのか」
「シャ・シャンクス!」
 後ろから近づいてきたシャンクスに驚いて、思わず飛びあがってしまったルフィを見て、シャンクスはくすりと笑った。
「どうした?そんなにびっくりしたのか?」
「あ、ああ。すげぇびっくりしたぞ!いきなり声かけるんだもんな」
 焦りを隠しながらルフィは、シャンクスをまじまじと見つめた。さっきサンジに言われたことを思い起こす。自分は、サンジが自分を好きだというようにシャンクスを好きなんだろうか?でも、シャンクスにはもう特定の人がいるのは昔から知っている。
「ルフィ?どうした?俺に何かついてんのか」
 ヒゲをさすりながらルフィの視線があたる部分を探す、シャンクスの後ろからベックマンがゆっくりと歩いてきた。そう、シャンクスの昔からの恋人なのだ。
「シャンクス。どうする?」
 ルフィを見てベックマンがシャンクスの横に並ぶ。それからルフィに向き直った。
「学校はどうだった?生徒と仲良くなれそうならいいがな」
「う…うん、オレなら平気…生徒たちも良い奴ばっかりみたいだし」
 少し戸惑いながらベックマンとシャンクスを見比べる。別に一緒にいる二人に自分は嫉妬みたいな感情を抱いたことはない。それは、ルフィが物心ついた頃からの自然な光景になっていたし、ベックマンも好きなのだ。
「そうか、よかったな。ところでシャンクス、今日はどうするんだ?」
「そっか、飲みに行くんだったよな」
 ぱっと明るい表情になってシャンクスはベックマンを見た。そして、ルフィに向き直って苦笑しながら口を開く。
「悪いなルフィ。今日はこいつと飲む約束してたんだ。夕飯コレで食べてくれ」
「うん。わかった」
 食事代としてお金を受け取ると、ルフィはシャンクスとベックマンを見送ってから帰路についた。
「やっぱりサンジの言う好きとは違うのかな」
 初めて自分の気持ちを見つめなおしてルフィは改めて自分が誰も好きになっていないことに気づくのだった。そして、自分にそれを気づかせてくれたサンジの事を考え始めると、だんだんと鼓動が早くなってくるのを感じていた。


 ルフィが自分の気持ちを改めて自覚したときから数日経った。いつものように学校へ通うまでの道で、背後からサンジが追ってきた。
「おはようルフィセンセ!」
「おっおはようサンジ」
 ちょっと頬を赤く染めて自分を見上げるルフィにサンジは心の中で勝利宣言をした。毎日こうしてあいさつを交わすだけでも、ルフィが自分をどう思っているのかがよくわかる。そして、その気持ちの変化も
「それで、センセ。オレの事好きになってくれた?」
「ばっ…朝から…何言ってんだよ!」
 真っ赤な顔をしてサンジを見上げるとすぐに顔をそむけたルフィの顔をサンジは、しつこく覗く。しばらく覗く、覗きこませないとする攻防が繰り広げられた後にようやくルフィの動きが止まって、小さく頭を縦に振った。
「本当?オレの事好きになったの?」
「…何度も言うなっ恥ずかしいだろっ」
 恥ずかしさのあまりサンジの頭を、持っていた鞄で殴ると学校へ走り出していた。


The end