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| ■ 『 Spirit of death 』 水天宮拓仄 |
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突然目の前が真っ赤に染まった…
「サンジ!」
ゆっくりとまるでスローモーションを見るかのように倒れるオレにルフィが走り寄っってきた。倒れたオレの心臓には鋭利なナイフが深々と突き刺さっている、ワイシャツにじわりと朱色が広がっていて、それは妙に綺麗な色だった。
「ルフィ…っがはっ」
ルフィの名を呼んだ唇からも真っ赤な液体が溢れて胸元を汚した。
「サンジっ」
顔を近づけ必死に呼びかけてくる涙目のルフィの頬を、感覚が失せかけている両手を捉えると重力に任せて自分へと引く
「ルフィ」
「…っサ…ンジ」
唇を合わせて震える舌でルフィの唇を舐めた。この世で最後に味わう絶品の味。それは自分の血とが交じり合い、今までで一番美味い。と薄れる意識の中で思う。
――このまま…一緒に連れて行ってやりてぇ…後に残ったこいつはどうなる…――
「ル…フィ……ごめん…な。最後までつきあ…ってやれなかった…な」
瞼を持ち上げる力もなくなり、静かに瞼を閉じる。もう、愛しい者を見つめることすら敵わない…最後の最後に出る言葉は愛でもなく感謝の言葉でもなく、謝罪か…自嘲気味に血に汚れた口元を引き上げた。
「やだっ!サンジ!オレとずっと一緒にいるって言ったじゃんかっ」
「…ご…めんなル……フィ……・っ」
「やだっオレを置いてくなんて許さねぇぞ!サンジっ起きろよっ」
力強く抱きしめてくれるルフィを感じながら、最後の力を振り絞って唇を開いた。もう、これで最後だろうな…そう思った
「さ…先に……向こ…行っ…るぜ……待っ……か…ら」
最後に無理矢理微笑みを作った。でも、もうルフィは見えない、声も聞えない、もう何もない…オレは死ぬのか………
「サンジ…なぁ…起きてよ…飯作ってくれよ」
力の抜けたサンジの体を抱きしめながらルフィは何度も何度も呼びつづけた。もう、返事が返ってくることがない恋人にもう一度唇を合わせる。死の味がするキス…
涙を流すことも忘れて、ただずっとずっと冷たくなっていく恋人を抱きしめていた。
ずっと動かないサンジを見つめるルフィは、ただじっとソファベッドの脇に座っていた。もう、あれから3日。サンジの傍を片時も離れようとしないルフィの元にナミが重い表情で訪れた。
「ルフィ…」
ナミの声に気づいたルフィが無言のまま振り向く。憔悴しきっていつもの生気に溢れる彼はどこにもいなかった。ルフィの形をした物がある…そんな表現が当てはまる
「ルフィの気持ちもわかるけど…サンジ君をこのまま船に乗せておく事はできないの。今、無人島についたわ…そのサンジ君のお墓をそこに作りましょう」
まともにルフィの瞳を見ることができずに、ナミはうつむいたまま言葉をつなげる。ルフィからの反応が恐い。
「……うん、わかった」
ただそれだけ言って、ルフィは部屋から出て行った。あれほど離れたがらなかったサンジの隣から、意外なほどあっさりと離れたルフィの背中を見つめるとナミの瞳から涙が零れ落ちる。
「ごめん…ごめんねルフィ。サンジ君…ごめんね」
両手で顔を覆ってその場に膝をつくと声を殺す。ずっと我慢してきたものが一気に溢れる…ルフィの気持ちとサンジの気持ちを考えると次々に涙が床を濡らしていった。
「ナミ……悪かったな」
うずくまったまま泣いているナミを、優しく包んで慰めるゾロはソファベッドに横たわっているサンジを振り返った。
(…これでお別れだな…サンジ)
心の中で初めて名前を呼ぶことでゾロなりの気持ちが現れていた。
「…ゾロ……お願い」
「ああ、わかってる」
「もう、いいのか?」
最後の別れにウソップも部屋へ入ってきた。ここに居ないのは、この船の船長であるルフィだけだった。
サンジの服を新しいものと交換してから大きな酒樽へ体を折りたたむようにそっと中に入れる。ふたを閉める前にゾロ、ナミ、ウソップが周囲を見渡すがルフィの姿が見えない。最後の別れを…
「きっと信じられないのよ…サンジ君が……いなくなるなんて」
「そうだな」
酒樽のふたを釘で打って、深く掘った地中に埋める。埋めた上には包丁と煙草を…
船へ戻ろうと踵を返したゾロの目に飛び込んできたもの
「ルフィ!何してやがるっ」
「いやぁぁぁ!ルフィ!」
どんどん沖へ自らの足で歩いて行くルフィがいた。もうすでに赤いベストが見えなくなっている。
「早く止めろっゾロ!」
ウソップの声で我に返ってゾロが全力でルフィの元へ駆け寄ると殴りつけた。海の中に沈んだルフィの胸倉を掴んで怒鳴りつける
「ばかやろう!てめぇが死んでもあいつは戻ってこねぇんだぞ!」
怒鳴られたルフィは、言葉もなく表情も変わらなかった。ただ、ゾロを見つめているだけで、どこにも心が存在しない抜け殻。
「ルフィ…もう、やめてくれ」
胸倉を離して今度はそっと抱きしめると、そのまま海を後にした。
「ゾロ、ウソップ。ルフィから目を離さないでね…また、あんな事やりそうになったら殴ってでも止めるのよ」
船首にまたがって、遠くの海を眺めているルフィをナミが心配そうに後ろ姿を見つめた。今にも身を海に投げ出しそうに思えて…消えてしまいそうで…恐かった。ルフィの存在を感じられなくなっている自分の感覚が恐かった。姿を確認することで、なんとかルフィがそこに存在していると認識できる。
「ああ」
「当たり前だろ、あいつは俺たちのキャプテンなんだぜ」
三人で今にも消え入りそうな後ろ姿を見つめた…その時、船を強い横風が襲う。ルフィの頭に乗っていただけの麦わら帽子がふわりと舞いあがって、海に落ちた。
「あっ!帽子が…」
ナミがとっさに口に出した。ルフィは、ただずっとその場から動かずに海を見つづけている。ゾロが海に飛び込んで帽子を拾ってきたが、ルフィに動きは見られない。
「ルフィ…この帽子宝じゃなかったのか?」
濡れたままの帽子を持って船首へ呼びかけるゾロの声に初めて反応を示した。ゆっくりと立ちあがって振り向くルフィ。やはり、その表情からは何も読み取れない
「も、いいんだ…いらないから」
「なんでだよ?大事にしてただろ!赤髪のシャンクスとの約束はどうするんだ!海賊王になって…それからワンピースを見つけて!帽子を返すんじゃなかったのかよ!」
その気持ちをもう一度思い出して欲しくて、帽子をルフィの頭に被せながら声を荒げる。こんなルフィを見ていたくない。自分が惚れこんだ男は、こんな奴じゃないんだ
「海賊王…ワンピース…シャンクス…も、何もいらない…」
そう呟くと、ゾロを押しのけて男部屋へ戻るルフィ。
「ルフィ…」
後ろ姿を見送るとゾロが力なく呟いた。もう、戻ってこないのだろうか…あの誰よりも強く輝いていた瞳。自分を魅了する笑顔、みんなを安心させるような不思議な包容力。まさか、一人の人間を失うことで全てを失うとは思わなかった
「くそっ、俺じゃ替りになれねぇ」
拳を握りしめると、その指の間からは赤い鮮血がしたたるのだった。
キッチンにルフィ以外の船員が集まっていた。今は、夕食の時間だ。料理したのは、コックがいない今はナミ。
「ゾロ、これルフィに持って行ってちょうだい。さすがに何も食べなくなって3日…あの子死んじゃうわ」
お盆を持ってキッチンを出たゾロは、足取り重く男部屋に向かった。船首にまたがっていないときは、男部屋のサンジがいつも座っていたソファに、ルフィはずっと身を預けているのだ。もうここに存在しない男の香を感じているかのようだった。
「ルフィ。飯だぞ」
声に反応して、ゾロを見上げたルフィは元からやせていたのに、今ではまるで骸骨のようになっている。
「いい、食べたくない」
「だめだ!いい加減食べねぇと死んじまうぞ、お前」
「いいんだ。どうせ食べれないんだから」
力なく笑うとまた視線をゾロから外してソファに力なく横たわった。ルフィにつかつかと歩み寄るゾロは、横たわるルフィの胸倉を掴んで立ちあがらせる。
「ふざけるなよ!お前はキャプテンなんだぞっ俺たちの命預かってんだぜ」
「…そんなの知らない」
「てめぇっ」
ゾロは料理を口に含むと、無理矢理ルフイの唇を奪った。そして、拒否するルフィを無視して料理を流しこむ。ルフィの喉が料理を飲み下すまで唇を塞いでいた。
「無理矢理にでも食わせてやるか…な?ルフィ?」
「……っ…ひっくっ…うっ…うぅぅ…ンジィ…」
今まで、涙を見せなかったルフィが突然涙を流し、声を上げて泣き出した。ゾロは、突然の事でどう対応していいかわからずルフィを包み込んでやる。ゾロの背中にルフィの腕が回された。
「ルフィ……思いきり泣け。そして、戻ってきてくれ」
胸の中で震えている漆黒の髪にやさしく口付けて囁いたゾロも、ゆっくりと瞳を閉じた。しばらくルフィの嗚咽は止む事がなかった。
「ゾロ……オレの事抱いて欲しい」
泣きはらした瞳でルフィが見つめてくる。
「…だめだ」
「…なんで?」
「どうしても」
ルフィを自分から遠ざけるように、腕を引き剥がすと。ゾロはルフィの視線から目を逸らす。今、ここでルフィを抱いてしまうと一生、心まで自分で埋め尽くせない。今、ルフィを抱く…それはつまり、サンジの身代わりになるだけだ
「オレ、もう迷惑かけないから…お願いだ…今夜だけでいい」
「……ルフィ」
ぐっとルフィを引き寄せて唇を奪いながらソファへ押し倒した。ほんの少し、離れたルフィの唇から洩れる名前には、そっと心の中で耳を塞いでいた.
「サ…・ン…ジ…」
朝、ゾロが目を覚ますと、自分の横にルフィの姿はなく。少し湿ったままの麦わら帽子が置いてあった。
「ルフィ!」
嫌な予感がしてゾロが部屋を飛び出す。甲板・キッチン・倉庫・みかん畑と狭い船内をくまなく探してもルフィの姿が見当たらない。気配すら感じない事にゾロがその場に崩れ落ちる。掌で両目を覆うと指の間から涙が零れ落ちた。
「ルフィ…迷惑かけないってのはこの事かよ?」
涙を拭いもしないで甲板に拳を何度も打ちつけた。
「ゾロ!どうしたの?…えっ?ルフィが……」
ゴーイング・メリー号は今日も大海原をゆっくりと航海していた…
船の主はどこに………それは、誰も知らない……・
The end |
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