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| ■ 『 待ち人 』 水天宮拓仄 |
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「ルフィの奴、今ごろどこにいるんだろうなぁ」
赤髪海賊団の大頭・赤髪のシャンクスは、空になったばかりのジョッキを名残惜しそうに傾けながらつぶやいていた。そのつぶやきを隣に控えていた副船長・ベンが聞いていた。また始まった…という表情をしている。
「お頭…そんなに気になるならこっちから出向いてやるか?」
ベンが次のジョッキを持ってくるように雑用へ合図を送る。ベンの言葉に視線を向けるシャンクスだったが、ジョッキを床に放ると同時に眉間に皺を寄せた。
「それができれば、とっくにやってるぜ」
「なら、ルフィが来るのを待つしかねぇだろ?」
「うるせぇな。ほっとけよ」
「はいはい」
次のジョッキを雑用から受け取ると一気にそれを煽る。旧知のライバルだった鷹の目ミホークから、ルフィの手配書を見せられたのは数ヶ月前だ。手配書を見た時はルフィが海賊として名を馳せていることを喜んだものだった。しかし、初回の賞金額が大物海賊と同等。そうなれば、海軍本部や賞金稼ぎ集団と噂される組織の幹部も動き出す可能性が高い。ルフィがいくら強くても、命の危険がないわけじゃない。
「早くオレに会いに来いルフィ…無事な姿を見せて欲しいんだよ」
額に手の平をあててうつむくシャンクスは、とても大海賊団をひきいる男とは思えないほど、ベンの目に小さく移っていた。
―十年前―
「シャンクス!今度の航海に」
「だめだ」
まだルフィが最後まで言っていないにも関わらずシャンクスは返事をした。シャンクス達がこの小さな村に寄港し、村の少年・ルフィと仲良くなってからずっと、毎日ルフィはシャンクスに同じ事を繰り返し言いつづけていた。
「まだ全部言ってねぇぞっ」
「全部言わなくてもお前の考えなんてお見通しだ。航海には絶対に連れていかないぞ。昨日も言っただろう。いい加減あきらめろ」
酒場のカウンターがシャンクスの指定席になている。その隣がルフィの指定席だ。いつも、二人はこの席で同じ問答と繰り返している。店主のマキノも穏やかにその様子を眺めていた。
「やだっ!絶対に連れていってもらうっ!オレが決めたっ」
「勝ってに決めるな。船長のオレがダメだってんだから。絶対にダメっ」
「なんでダメなんだよっ!オレはケンカも強いんだぞっ!海賊にだって、海軍にだって負けないくらいにっ」
拳を振り上げてシャンクスを見つめる。ルフィの強い目の輝きにシャンクスはしばらくルフィを見つめていたが、すぐに視線をそらしてマキノが用意してくれた料理を口に運んだ。シャンクスの視線に含まれる光がいつもと少し違うことにルフィは気づかない。
「だ〜め!ケンカが強いって言ってるけど。エースにも勝てないだろ?お前の兄貴にも勝てないようじゃ強いって言わないぜ」
持っていたフォークをルフィに向けて口元を引き上げてみせる。船に乗りたいと言われる傍ら、ルフィの兄であるエースとの対戦成績を聞かされているのだ。ほとんど毎日ケンカしている二人の戦績は、ルフィの全敗だった。エースは、あまりシャンクスと仲良くなろうとしなかった。その理由は定かではなかったが、毎日遅くまで酒場でシャンクスたちと過ごしているルフィに忠告をしていた。
『あの海賊とあまり馴れ合ってはだめだ。ルフィ。今に痛い目にあっちまうぞ』
エースはシャンクスがルフィをどう思って、接しているかをすでに見ぬいていた。それは大人の歪んだ感情だとエースは感じとっている。あの赤髪の海賊は、それほど馬鹿じゃないようだが、何か決定的なきっかけがあれば己の欲望を爆発させるかもしれないのだ。ルフィがそれを知ってしまったら大変なのことになってしまう。自分のかわいい弟の夢や野望が全部壊れてしまう可能性がある。それだけは、兄として未然に防いでおかなければならなかったのだ。
ただ、その忠告をするたびにルフィとケンカになってしまって、ここのところは毎日ケンカ三昧の日々を過ごしているのだった。
「エースはオレの兄ちゃんだから手加減してやってるんだっ敵だったら手加減しない」
ぷうっと頬を膨らませてシャンクスを睨み上げるルフィを見て、シャンクスは渇いた笑いを浮かべた。膨らませた頬をつんとつついてみる。あたたかくて、やわらかい…きっと、全身も同じなのだろう。子供特有の良い香りとともに抱きしめてみたい衝動にかられるが、いつも理性がそれを抑制してくれる。
「そうか、手加減しないでやれば勝てるんだな?」
「あたり前だっ!オレのパンチはピストルより強いんだからなっ」
ぶんぶんと両手を突き出してシャンクスに自分の強さをアピールしている。テーブルの上に乗ってパンチやキックの技を披露していたルフィだったが、シャンクスが空けた酒のビンに足を取られて床に頭から叩き付けられてしまった。無防備に後頭部を強打してしまったルフィは気を失ってしまう。
「ルフィ!大丈夫?」
カウンターの中にいたマキノが驚いて外側に回ってきた。抱き上げようとしたマキノを制してシャンクスは軽々とルフィを抱き上げると、マキノを見た。
「マキノさん。ルフィはオレが送っていくよ。まだあいつらも飲むだろうから、相手してやってくれよ」
店内で海賊団のメンバーが酒を飲み、歌い、踊っているのを顎をしゃくってみせると、ルフィを抱きかかえながら店を出る。心地よい夜風がほろ酔いかげんのシャンクスの頭を冷やしてくれる。
「ルフィ…悪りぃな。危険な海にお前を連れていくわけにゃいかねぇんだよ」
ルフィの暮らす家へ向かう途中にある大きな岩に腰を下ろして、自分の胸の中に収まっているルフィを見つめる。気を失っていたが、いつの間に眠ってしまったようで、静かな寝息が規則正しく聞こえてくる。
「んっ…ぅ」
その小さく開いた唇にそっと自分のそれを合わせて、やわらかい体を夜風で冷えないように優しく抱きしめた。心から愛しいと感じている存在。一緒にいたいが、それができない。あと数日したらこの村とも別れると思うとシャンクスは涙がにじみそうになっるくらいだった。別れてしまえば、きっと一生めぐり合えない。もうこの村にも立ち寄ることはないだろう。これから自分たちはグランドラインへ行くのだから…
「ルフィ…愛してる。ずっとだ」
唇を離して眠るルフィを見つめているシャンクスの背後から、少年の声が聞こえる。ルフィの兄・エースだった。ルフィを抱きしめているシャンクスを見つけたエースは急いで駆け寄ってくる。
「赤髪のシャンクスっ!オレの弟になにしてやがるんだっ」
「エースじゃねぇか。久しぶりだな。いや、酒場でルフィが寝ちまったから送ってきただけだぜ?」
「それだけには見えなかったぜ?早くルフィこっちによこせよ。あとはオレが連れてく」
小さいながら強い瞳でシャンクスを睨みつけると、奪うように眠っているルフィを抱えると、家のある方へ踵を返した。数歩歩いたところで、シャンクスを振りかえった。
「ここまで送ってくれてありがとよ。一応、礼は言っておくぜ。それとな…今度ルフィに変なことしたらただじゃおかねぇからなっ」
エースの後ろ姿を見送ったシャンクスは、やれやれと麦わらをくいっ頭の上に押し上げた。ルフィの兄貴にはお見通しだったようだ。自分の歪んだ願望がルフィを汚そうとしていたことを。あんな少年にそれがわかるとは思ってもいなかった。
「こりゃ…予定を少し早めるしかねぇな」
ぼそりとつぶやくとシャンクスは元きた道を戻り始める。
この一件から数日後にシャンクスたちは、村から出港したのだ。そう、ルフィとの約束を交わして旅だったのだ。
―現在―
「今思えば…この腕がなくなったのは、罰だったのかもな」
ルフィへの歪んだ感情の代償。その代償を払うことで、ルフィの命を救うことができたのだ。本当に安いものだ…とシャンクスはもう、痛みも感じなくなった部分をさすった。気のせいかもしれないが、傷口がちくりと痛む。
「…何かの前兆か…?」
「お頭?傷が痛むのか」
「いや…痛くねぇ。…アイツがもう少しでオレの元に戻ってくるかもしれないぜ。あの麦わら帽子を持ってな」
酒をぐいっと煽りながらシャンクスは、不思議そうな表情を浮かべるベンにチラリと視線を送ると、ジョッキを床に置いた。
「ルフィが?」
「ああ、オレの無くなった腕が言ってる」
「そうか、楽しみだな」
「ああ」
THE end |
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