■ 『 ラストツアー 』 水天宮拓仄

 佇む墓石の前に一人の少年が立っていた。しかし、その表情は強い意志に溢れており、故人への思い出を懐かしんでいたりはしない。むしろ、あたかも故人が目の前に存在するかのように少年は口を開いた。
「行ってくるぜ、くいな…約束通り世界一の剣豪になってくる」
<約束よ、ゾロ>
「約束だ。俺とお前の剣にかけて」
 三本の剣を墓前に掲げてから、すぐに踵を返したゾロは恩師の元へ向かう。

「先生。俺、海に出るよ」
 突然、ゾロが言い出したセリフをやんわりと師は受けとめていた。いつか、近いうちに言い出すだろうとわかっていた。もう、ゾロは師を越えているから。彼が物足りなさを感じていたのを知っていたのだ。
「そうか、そうだね。いつか言い出すだろうと思っていたよ、ゾロ。くいなが死んでちょうど3年…」
 師は、ふっと幼いままの娘を思いだし、幼いゾロを思い出してから、現在のゾロを見つめた。この3年で、ゾロは背も高くなりたくましく育った。まだ少年ぽさは残るが、剣の腕は申し分ない。
「あいつと約束したんだ、世界一の大剣豪になってくるって」
「私もそう願ってますよ、ゾロ…そういえば、君はいくつになったんだい?」
「十五です」
「そうか、十五ですか…気をつけて行ってくるんですよ。君が帰ってくるのを私もくいなも楽しみに待ってるから」
 師の言葉に無言で頭を下げるとゾロは、先日から用意していた小船へ向かった。村には港もない。砂浜に布をかぶせておいただけの小さな船。こんな船でこの大海原に旅立とうとしているのだ。
「よしっとりあえず、大きな港に行ってみるか」
 船を海まで押し出したゾロは、乗りこんだ。
「ゾロ!これ持ってけ!」
 船に向かって道場の仲間が食料とすこしばかりの餞別を投げてくれる。
「おお!サンキュー!行ってくるぜ〜!」
 手を笑顔で振りながらの船出は、明るい朝日に祝福されているかのようであった。
そして、大剣豪への道がゾロの目の前に開かれた日。
 ゾロが村を出てからすでに十日が過ぎようとしていた。仲間からもらった食料も切れて満足に水も飲めない。さらに、航海術など持っていないゾロはこの広い大海原で方向を見失ってしまっていた。ようするに迷子になってしまったとういわけである。
「くそ〜腹へったな…だいたい、どこだよここは?」
 船の縁に背を預けたまま、首を回して当りを見渡した。見事に何もない。島もなければ船影も見えない…あるとしたら、真っ青な海と空ばかり。
「はぁ〜よく考えてみれば、航海術なんてねぇし、海図もねぇ…まあ、あっても読めねぇけどよ」
 独り言を呟きながらため息をつくゾロは、自分が命の危険にさらされていることにまったく気づいていなかった。

 しばらく空腹をごまかすために居眠りをしていたゾロの耳に人の声が聞えてきた。ふと目を覚ましたゾロは、船底に置いてある刀を手元に引き寄せる。
 薄く目を開けてみると、自分に近づいてくるのは海賊らしかった。趣味の悪い柄シャツとお粗末なサーベルを持っている男たちは、小船に船を横づけた。
「ん?なんだぁ」
「どうした?」
 一人の海賊がゾロの姿を確認して、それか船の中をざっと見る。あきらかに何もつんでいない、そして船に乗っているのは金もなにもなさそうな子供が一人とくれば、海賊としてはここへ来た労力の方が大きい。肩を落としてがっかりしたのである。「見ろよ,ここまで来たってのに…」
 ゾロを指差して小船から移動してきた海賊。海賊の足でゾロの船が大きく揺らぐ。それを合図にしたかのように、ゾロは目を開けて静かに立ちあがった。
「なんだ…ただのガキじゃねぇか」
「なんだと?俺はガキじゃねぇ!」
 ガキと呼ばれたことに腹を立てたゾロが海賊たちを睨みつける。その姿と声は、今だ成長しきっていない少年であり、海賊たちが"ガキ"と呼んでも違和感などまったくない。しかし、この位の少年は自分は大人だと思いたいものだ。ゾロもそれに然り。
「ガキに用はねぇ…さっさと殺して船に戻ろうぜ」
「そうだな…おい、ガキ!金目の物出しな。出せばせめて一撃で殺してやる」
「誰がてめぇらなんかにやられるか!」
 さっと刀を鞘から引きぬいて構えるゾロ。二本の刀を両手に握り締めて、もう一本は口にくわえる。これが、ゾロがくいな死後に修行によって身につけた、自己流の三刀流だ。
「なんだよその構えは〜刀なんか咥えてよ〜」
 ゾロをあざ笑いながら一人の海賊がサーベルをひらつかせながら接近してきた。ゾロから見れば隙だらけでいつ切りこんでも一瞬で勝負が決まってしまう。
「おっ」
 ゾロが切りかかろうとした瞬間に、海賊が声を上げてゾロの刀を眺めた。そして、口元ににんまりと下品な笑みが浮かんだ。
「なんだなんだ、持ってるじゃねぇか。金目のもん」
「なぁ?おい、ガキ。その刀を俺たちに渡しな!命だけは助けてやってもいいぜ」
 海賊は更にゾロに近づいていく。
「三刀流…鬼斬り!」
「ぎゃあああっ」
 容赦などしない、ゾロ…いや、くいなの刀に触れようとしたのだから。
「誰がてめぇらなんかに渡すか!」
 刀を咥えたまま残った海賊をにらみつけた。ゾロの実力を見た海賊は、急に低姿勢になった。さすがに敵わないと判断したようだ。
「あ、あ、わ、悪かった!悪かったよ!もう、刀にゃ触らない…も、帰るからよ…刀しまってくれよ」
「ふんっ…あっ!」
 刀を鞘にしまうと、ゾロは思い出したように声を上げた。血まみれで倒れた仲間をかついで船を出そうとした海賊がその声にびくりとして、ゾロを振り返った。
「ど、どうしたんだよ?」
「おい、てめぇら食い物持ってねぇか?腹減ってたんだよな」
(……馬鹿か、こいつは…まてよ?船につれて行って船長と仲間にかかればいくらこいつが強くても、負けることはねぇな)
「今は持ってねぇが、俺たちの船に来れば何か食わせてやるぜ」
「本当か?じゃあ行く!」
 自分の小船から海賊の小船に飛び移ると、ゾロは目を輝かせた。これでやっと食べ物にありつけるってもんだ。
「お前の名前はなんてんだ?」
「俺はロロノア・ゾロだ!世界一の大剣豪になるんだぜ」
 得意そうに語る少年の言葉に海賊は、目を丸くした。確かに強いが、まさか航海術も持たないガキが大剣豪を目指していると言うのだ。
「無理だね、どうがんばってもあの男には勝てないぜ、きっと」
「あの男?あんた知ってんのか?今の世界一の奴」
「なんだ、知らないのかい?世界一強い男・鷹の目ミホーク。鷹のようにするどい目を持った男って話だ。俺たち、海賊の間じゃあ有名な話さ」
「鷹の目の…男。ミホークか…へぇ。じゃあ、そいつを倒せば俺が世界一なんだな、簡単じゃねぇか」
 まだ見ぬ世界一の剣豪を思い浮かべてゾロはほくそ笑んだ。そうこうしてるうちに海賊の小船は、大きな母船にたどりつく。
「ほら、上がれよ」
「おう、サンキュー」
(くくっ一気に立場逆転だぜ)
 ゾロを先に上がらせた後から船に上がった海賊は、胸元の笛を甲高く鳴らした。その笛の音は侵入者を知らせる警告である。すぐに甲板へ海賊たちが集まった。手には当然ながらサーベルやピストルなど殺傷力のある武器を持っている。その光景にゾロが不敵に笑った。
「なるほど、飯が食いたかったら働けってことかよ」
 鞘から刀を引きぬくとすばやく構える。
「へっへっいくら、てめぇが強くてもこの人数じゃ勝てないだろうよっ、え?それに俺達のキャプテンは強いぜ」
「うるせぇ、さっさとかかってこいよ。俺は腹減っていらいらしてんだ」
「よっしゃ野郎ども!この無謀なガキを歓迎してやろうぜっ」
『おおおおっ』
 雄たけびと同時にゾロの前に、刀を持った男が進み出てきた。それなりに自信があるのだろう。
「ほお…ガキのくせにいい得物持ってるな」
「最初はてめぇが相手か?いつでもいいぜ、かかってこいよ」
(和同一文字!なんでこんなガキが!)
 ゾロが咥えている刀を一目で見抜くと、男は刀を前に掲げた。決闘の申込みみたいなものだ。
「小僧、名前は?俺はシャンテだ」
「俺はロロノア・ゾロ」
「俺が勝ったらお前の刀をもらいうける」
「そのセリフは俺に勝ってから言うんだな。来やがれっ」
 ゾロの言葉にシャンテが動く。が、一瞬で勝負が決まった。ゾロの刀が一閃しシャンテの体から血が吹き出す。
「シャ、シャンテさん!」
 海賊たちが倒れたシャンテに駆け寄るとバタバタと移動する。どうやら、シャンテはこの船の戦闘隊長かなにかだったのだろう。ゾロにとっては赤子の手を捻ると同じようなものだ。ゾロは自分が知らないうちに相当な実力を身につけていたし、彼も自分の実力に絶対の自信を持っている。
「さあ、次は誰だ?今の奴じゃ物たりねェぜ」
 不敵に笑ってゾロが周囲の海賊を見渡す、自分たちの中で一番強い者が、あっさりと負けてしまったのだ、誰が勝負を挑めるというのか…海賊たちの間にざわめきが広がる。とんでもないものを乗りこませてしまった海賊は、真っ青になっていた。自分の勝手な行動で自分たちの海賊団が潰されかねない。
「おい、誰か船長呼んでこいよ」
「あ、ああ!」
「その必要はないぜ」
「頭!」
 海賊たちの後ろからゆっくりとした歩調で剣士がゾロに接近してくる。その鋭い目からその男の実力を読みとる。確かに、この船の海賊たちの中では一番強い男だと認める。
「小僧、腕に自信があるようだな」
「まあな。俺は世界一になる」
「はんっ世界一も甘く見られたもんだな」
 鼻で笑うと両腰に吊るされた鞘から剣を引きぬいた。ニ刀流の剣士にゾロは、胸を躍らせる。久しぶりにまともな決闘ができるかもしれないと思ったからだ。
「そういう、あんたも目指してんだろ?」
「まあな。そういうわけで、こんな所でお前みたいな小僧に負けてやるわけにいかないんだ。覚悟はいいか小僧」
「小僧じゃない、ロロノア・ゾロだ。自分を負かした相手の名前くらい知っておきたいだろ?」
「減らず口め!俺はスチールだ。行くぞっ」
 お互いの名前を名乗りあい、決闘が始まる。しかし、スチールのニ刀流もゾロの実力の前には通用しなかった。一度もゾロと刀を会わせる事無く、スチールも床に倒れこんだ。気を失い、大量の血が流れている。周りにいる海賊たちは、その場にへたりこんでいた。強すぎるこの少年剣士には誰も敵わないと悟ったのである。
「頭まで負けちまったぞ…」
「どうすんだよ、これから?」
 そんな囁きがあちこちで起こっているのをゾロが耳にした。そして、刀を鞘にしまうと、海賊たちに視線を向ける。
「ひぃぃぃっ勘弁してくれっ」
 ゾロの視線に本気でおびえる海賊達を見てふうっと肩から力を抜いた。もう自分に挑んでくる輩もいないだろうと判断する。
「別にてめぇらを殺すつもりはねぇよ。それより飯食わせてくんねぇ?」
「は、はいっただいまっ!」
 バタバタと海賊たちは、ゾロのそばから離れると遠巻きにゾロを観察している。その居心地に悪さにゾロが顔をしかめながら、改めて甲板を見渡していると、ちょっとしたテーブルと椅子を発見し、そこへ接近して椅子に座った。テーブルの上には読みかけの新聞が置いてある。村では見かけない新聞をゾロは興味深々で手に取った。その新聞から一枚のチラシがひらりとテーブルの上に落ちる。
「手配書…海賊…百計のクロか…ふーん」
 手配書を見てから再び新聞を開くと、手配されている海賊をリストアップされたページを見つけた。そこには、今さっき倒したスチールの写真と名前と賞金額が書いてある。
「なんた、あいつを海軍に渡せば金がもらえるのか」
 まだ甲板に倒れたままのスチールを見たゾロ。そして、即決。生活費に困ったら賞金首の海賊を襲えばいつでも金が手に入ると覚えた。
「あ…あの、ロロノア・ゾロさん?」
「ああ?」
 思わず振り向き様に睨みつけてしまうと、呼びかけてきた海賊が恐怖に立ち竦んでしまった。手にはたくさんの料理がある。
「お食事ですが」
「サンキュー、おいてってくれ」
 震える手でテーブルにお盆を置くと逃げるようにゾロから走り去る海賊は、ある程度離れたところでゾロを見ているが、もう気にするのも馬鹿らしくなってきたので、ゾロは食事に専念した。


 ゾロが料理を食べ終わってのんびりしていると、海賊の一人が恐る恐る近づいてきた。
「あ…あの〜」
「ん、なんだよ?」
「ゾロさんは、これからどうゆう予定で?」
 恐怖でおびえながらも愛想笑いを浮かべる海賊は、ゾロを見つめる。自分より一回り以上も年下のゾロになんでこんなに低姿勢なのかと、心の中でぼやくが弱肉強食の世には仕方がなかった。
「とりあえず、ここから一番近い海軍支部まで行ってくれよ」
「ええ?か、海軍!だ、だめですよっ俺たち海賊ですよ?」
「ああ、あ、そうだな。じゃあ、その近くで俺とあの船長下ろせよ」
「えっ頭もですか?」
 ゾロの言葉に驚くと倒れているスチールと仲間達を見る。そして最後にゾロを見つめる、ゾロの言葉は本気らしい。止めることもできない
「わ、わかりました…じゃあ、海軍支部のある港の近くまで送りますから…それまでは何もしないで…」
「何もしねぇよ。俺はケンカ売る気はねぇ」
 海軍がゾロの元を離れていくとゾロは、椅子から立ちあがってスチールの元へ行く。まだ気を失っているが目覚めると面倒なので、今のうちに拘束しておく。

 そうこうしているうちに、突然船の横に小船がつけられていた。その小船に気づかない海賊たちとゾロ。そして、小船から甲板へ登ってくる人影が二つ。まだ若い男である。
「賞金首・海賊スチール!表へ出ろ!」
「俺達は賞金稼ぎユニット・ヨサク&ジョニー!」
 大きな刀を構えて甲板に降り立った二人に海賊たちは、いきり立つどころかため息をつくだけだった。
「おい、どうする?あいつら」
「どうするってもよぉ、頭はあの通りだし」
「わけのわからんガキも乗ってんだぜ?」
「その上、今更賞金稼ぎに来られてもなぁ」
 そんなやりとりをする海賊たちに、ヨサクとジョニーは拍子抜けしたような表情になった。
「な、なんだよ?俺たちは賞金稼ぎで、あんたらの船を襲ってんだぜ?」
「スチールはいねぇのか?」
 疑問を海賊たちに向けるヨサクとジョニーの前に、緑頭で坊主の少年が進み出てきた。
「スチールならいるぜ、あそこに」
「……えっ!」
「どうゆうことだよ、コレ?」
 血だらけで気を失い、拘束されたスチールと目の前にいる少年を交互に見た。
「悪かったな、俺が先にやっちまったんだ」
「え?お前が?」
 自分たちよりあきらかに幼い少年が、それなりに強いと知れるスチールをしとめたと言うのだ。にわかに信じられないヨサクとジョニー。
「嘘つくなよ、お前みたいなガキにゃ無理な相手だ」
「嘘じゃねぇ。なんなら試してみるか?」
「やめとけよ、ガキに俺たち二人の相手はきついだろ」
 完全になめきっている態度にゾロは、腹を立てる。この辺がまだ少年故なのか、腰の刀を抜くと、目に見えないほどのスピードでジョニーの喉もとへ刃を付きつけて不敵に笑う。
「これでも、俺が弱いと?」
「…相棒!てめぇ!」
 ヨサクが剣をふりかざしたが、それもすぐに空に跳ね上げられていた。勝負にもならない。
『紙一重か…』
 二人そろって呟くと同時にゾロへ自分たちの非礼を詫びた。
「すんません!まさか、こんなに強いと思わなかったんですよ」
「本当、すげぇ実力だったすね、ゾロのアニキ!」
「なんだよ、その"アニキ"ってのは。俺の方が年下だぜ」
 ゾロの実力にみせられた二人は、ゾロを"アニキ"と呼んで言葉まで敬語になっていた。
「いえ、アニキはアニキですよ!なあ、相棒!」
 ゾロとヨサク&ジョニーは、甲板で酒を飲みながら船が海軍支部のある港付近へ辿りつくのを待っていた。
「到着しました。海軍支部まで小船で数時間の所です」
「ああ、サンキュー。世話になったな。行こうぜ、ヨサク、ジョニー!」
この数時間後初めてゾロは海賊狩りとして海軍に名を残すのであった。