■ 『 Lime rain 』 水天宮拓仄

 皆が寝静まった夜の甲板に佇みながらサンジは冷たい雨に打たれていた。
「終わった…終わったんだ」
 持っていたぺティナイフを黒く荒れている海へ放り投げた。ナイフを放ったサンジの手が震えている、それは寒さのせいではなかった。
「もう、誰にも渡さねぇ」
 口元を吊り上げ、懐から湿ったタバコを取り出すと口にくわえる。少しだけ見える袖口から、チラリとどす黒い汚れが見え隠れしていた。
「……ルフィっ…」
 愛しい人の名前を呼ぶと、サンジはその場に力なく崩れ落ちた。真っ暗な夜空を見上げ、びしょぬれになってもかまわなかった。数時間前に起きた出来事が走馬灯のように脳裏に蘇る、そしてサンジは泣いた。


―数時間前―
 ルフィはサンジに呼出されて食料庫へ入った。食料庫にはすでにサンジが来ている。こうして、サンジがルフィを呼出すことは今日が初めてじゃなかった。目的はひとつ、ルフィを抱きしめたいがためだ。
「サンジ、今日やるのか?」
「ああ。お前もわかってきてるんだろ?服、脱げよ」
 素直にサンジの目の前でルフィは服を脱ぎはじめて、あっと言う間にその白く華奢な裸体をさらす。ルフィを手招きすると唇を乱暴に奪う。
「んっ…サンジッ…ちょっ…どうし…たっんだよ」
 いつもは余裕たっぷりに笑みを浮かべて自分をいたぶるサンジが追い詰められたような表情…まるで飢えた獣のように見えた。
「うるせぇ!お前は黙ってればいいんだ」
 反論しようとしたルフィの唇を再び奪うと愛撫もなしにいきり立った己を無理矢理にねじ込む。いくら慣れている体といっても潤いのない部分にねじ込まれれば激痛が走る。
「あああああっ!やだっサンジっ…痛てぇっ!」
「黙ってろっ」
 無理矢理腰をルフィに押し付けながらサンジは平手でルフィの頬を打った。初めてのことだった、この行為をしているときにサンジがルフィに暴力を振るうなんて。あまりの出来事に激痛も忘れルフィは目は大きく見開かれた。
「サ…ンジ?」
「……っん…っ」
 何だかわからないままのルフィを一方的に責めたてるサンジは苦しそうな表情で、動きを早める。無言のまま絶頂に達するとすっとルフィの体から離れた。ルフィには、快感も優しい言葉も、なにもない行為。いつもは、こんなじゃなかった。涙をいっぱいためながら身だしなみを整えるサンジを見上げるルフィの目線に気付くと、苦しそうな声を発したサンジの目はどこか、いつもと違う人間に見える。
「…なんだよ…さっさと服着ろよ。またつっこまれてぇのか?」
「ちがっ…!どうして、こんな事するんだよサンジ?オレ、何かしたのか?つまみ食いしたの怒ってんのか?全然わけわかんねぇよ、オレ」
 ついに涙を流しながら訴えてくるルフィにサンジの感情が逆なでされる。
「てめぇはっ!」
 床に力なく崩れたままのルフィの首を両手で掴むと力任せに上に引いて、無理やりに立たせる。ふいに力を込められてルフィは苦しそうな表情でサンジを見つめた。本当に、サンジが怒っている理由が理解できない。
「…がっ…あっはぁはっ…んうっ…くる…しぃ」
「苦しいか?苦しいだろ!オレだって…オレだって苦しいんだよ!」
 サンジの両目から涙がこぼれ落ちるのを見て、ルフィは目を丸くする。なんで、サンジが泣くんだろう、ひどいことをされたのは自分の方なのに。
「はっ離せ…っ」
「………」
 すっと指の力を緩めてやるとルフィは激しくせき込みながら、再び床に崩れ落ちた。その上から涙をこぼすサンジが苦しそうな声を発した。
「ルフィ…お前は、オレとゾロ…どっちを愛してるんだ?知ってるんだぞ、お前がゾロとも寝てるってこと」
 ぐっと唇を噛みながらサンジの形の良い唇から一筋の血が流れ出す。まるで、目から流れ落ちる涙では物足りないと言いたいかのようだ。今、サンジは全身で泣きたい気持ちだった。やっと、ルフィを自分の物にできたと信じていた矢先に、今目の前に裸を晒すルフィとゾロとの情事を目撃したのは、ほんの数日前だった。裏切られた!そう思った瞬間サンジの中で何かが壊れはじめたのだ。
「…知ってたのか?…でも、それは別に…これとは関係ないだろ?」
「関係ないだと?ふざけるな!」
 激情に任せて裸のルフィに蹴りを入れる。抵抗もなく蹴りを受けたルフィは食料庫の壁にぶちあたった。幸い外は激しい嵐で仲間達には聞こえないだろう。しばらくたっても、誰かがここへ来る気配は感じられなかった。
「ごほっ…っ…な、なんで?」
「オレは…お前を愛してる!でも、お前はオレを愛してくれねぇ!気持ちは…ゾロにあるんだろ!見てればわかる…」
 こぼれる涙を拭いもせずにサンジは傷ついたルフィを見つめる。もう、気持ちの限界だった。これ以上、自分に振り向かない人を愛しつづけることはできない、もう終わりにしたかった。目の前から消え去ってくれれば…と思ううようになるまで、そう時間はかからなかった。
「…サンジっ!」
「もう、終わりにしようぜルフィ…終わらせてくれよ…もう一緒にいれないんだから」
 懐から光るナイフを取り出すとサンジはゆっくりとルフィに近づいていく、涙を流しながらだんだん愛しい者を消し去るために歩を進めていく。
 すっとルフィが立ちあがるとサンジをまっすぐ見つめる、その瞳に恐怖や怒りは感じられない。限りない優しさと包容力に満ち溢れたものだった。ルフィの目の前に立ち止まる。すっとナイフを持っている手をあげ、刃をぴたりとルフィの眼前にすえた。大粒の涙を流しながら、ゆっくりと口を開くサンジ。
「なあ、これからもオレのそばにいてくれるかルフィ」
 その言葉に応えるかのようにルフィはすっと目を閉じた。
「ああ、これかもずっとサンジと一緒だ」


雨も止み、うっすらと明るくなる頃。
甲板には誰の姿も見当たらず、いつもの静寂が戻り
まだ新しい歯型のついたタバコが一本残されているだけだった。


終劇