■ 『 selfish 』 水天宮拓仄

「サンジどうしたんだよ?」
「…ルフィか」
「昨日からちょっと変だぞお前」
 甲板に大の字に寝転び、真っ青な空を見詰めたまま動こうとしないサンジに、船首の上からルフィが声をかける。
「うるせぇよ、なんでもねぇからほっといてくれ」
 ルフィの視線が居心地が悪くてサンジは寝返りをうつと、ルフィに背を向けたまま目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、なぜか遠い幼き日々…そう、ゼフと共に遭難した時。自分に食料をすべて与え、自らの足を食ってまで生きた、生かされた命の鎖。レストランを出てから、長い月日がたっていたがサンジの中には、今だその事実がひっかかっている。
(本当に、オレはあいつを捨てて自分の夢に生きても良いのか?)
 そんな思いが数日前から巡っている。結論が出るはずもなく、延々と悩んでいたのだ。その気持ちは誰にも、話すこともなくルフィ海賊団という仲間の中での生活を送っている時でも、サンジの奥底にある部分はいつも孤独だった。
「サンジ!」
 怒った顔をしたルフィが寝転んでいるサンジの上に乗ってきた。
「なっなんだよ?重てぇだろ!降りろよ」
「どうしてオレ達のこと信じてくれねぇんだ?同じ仲間だろ」
「はぁ?何言ってんだ、てめぇは!信じてなきゃ、一緒に行動してねぇよ」
 ルフィを自分の上から排除して、サンジは身を起こして甲板に腰を下ろす。ルフィもその真正面に座って、まだサンジを少し上目使いで睨んでいた。その表情に、サンジは戸惑ってしまう。自分の気持ちを、このいつもお気楽に過ごしている、この男に見透かされているのか。
「そうじゃない。そうじゃないんだけど…えっと……なんて言えばいいんだろう」
 自分の気持ちを、あまり多くもないボキャブラリーで一生懸命表現しようとしているルフィ。どうやら、自分は心配されているらしいことは伝わってくる。
「別にオレは変じゃねぇよ、ちょっと昔を思い出しただけだ。心配いらねぇよ」
 軽く笑いながらルフィの頭に手をポンポンと叩く。隠し事をしても見透かされいたら格好悪いだけだ…過去の話は以前したことがあるし、それに関してはルフィも承知しているはずだ。ただ、今の自分の気持ちまでは知られたくなかった。迷っている自分をさらけ出したくない。
 闘いの中での、"迷い"は即、"死"に繋がる。無理矢理、迷いを自分の中に押し込めていた日々が続いていた。ただ、たまにこうした安らかな時間が訪れると迷いを思い出してしまう。
「昔って…おっさんの事か?」
「ま…あな」
 少し照れながら鼻の頭を掻く。
「さっき、サンジ…痛そうだったからさ。ちょっと心配になっちゃったんだ」
「痛い?どこも痛くねぇぞ」
「でも、顔が痛そうだった」
「オレ、顔に出てたか?」
 サンジの言葉にルフィが頷く。もう、ここまでわかっているなら自分の心の内を明かしても良いのかもしれない…結論はないだろうけど…心を開いて欲しかった、なによりも自分の心を。
「オレの過去は知ってるだろ?オレがくそジジィに助けられて、一緒に生きてきたのは」
「うん、知ってる」
「くそジジィを置いて、海賊になっちまったけど…自分だけ夢に生きるってのは、くそジジィに対して裏切りだ。このまま、オレはここで海賊をしていてもいいのか…ってな」
「そんなの、いいに決まってる!」
 あっさりと結論を出したルフィに驚いて目を見開く。自分がずっと長い月日悩んでいたのが、馬鹿らしくなる。
「なんで、そんなことが言いきれるんだよ!」
「だって、サンジはおっさんの叶えられない夢を受け継いだんだろ?」
「そんなの綺麗事だ」
「違う!おっさんの"夢"が…サンジが"夢"を叶えることじゃねぇのか?」
 ルフィの一言にサンジは目を更に見開いた。ゼフの夢が、自分が夢を達成させること?目から鱗が落ちたような気持ちだった。ふいに、涙がつうっと頬を伝った。
「サンジ?」
「見るなよ」
「隠さなくていい!だって、オレはサンジの全部が好きだからな!」
「ば、ばっかやろう!」
 目の前にいるルフィをぐっと引き寄せて抱きしめる。ぐるっと温かい腕が背中に回される。じっと抱き合ったまま甲板でしばらく時がすぎる。ルフィがサンジの肩に額をくっつけたままで、口を開いた。
「オレも、一人の大きな男の夢を奪った…それで今のオレがいるんだから…」
「……聞いてもいいのか?今までそんな話聞いたこと」
「サンジが話してくれた…だったらオレも話す。これでおあいこだろ」
「…ははっそういうもんか?」
 ずっと抱き合ったまま今度は、ルフィの過去が語られる、ルフィの気持ちも一緒に。
「オレはシャンクスの片腕を奪った…それはシャンクスの野望を奪ったと同じだ」
 ぐっと拳をサンジの背中で握りしめたようだ。少し震えているように感じられる。
「でも、シャンクスはまだ海賊をやってるし…オレも海賊だ!いつかは、ワンピースを巡って闘う時があるかもしれねぇ…」
「ルフィ…?」
「そ、それが怖い…オレは海賊王になる!だけど、シャンクスがオレの前に立ちはだかったら…オレはどうすればいい?何をすればいいんだよ」
 サンジの胸に顔をうずめて拳を握り締めていた。ルフィの肩を優しく抱きしめたままサンジは口を開いた。
「悪りぃ…ルフィ…答えが見つからねぇよ」
「…うん…オレもわからないんだ。でも、会いたい。もう一度会って、オレとオレの仲間を見て欲しいんだ…変だよな、こんな事言うの」
「変じゃねぇよ。全然変じゃない」
 また抱きしめている腕に力を込めたサンジはルフィの顔をぐっと上に向けさせた。すっと唇を近づけていくと、ルフィから口付けが贈られた。
「どんなに強くたって、お前も人間だ。悩みがないように見えて、根深い悩みだってある。それは、誰だって一緒だ…ナミさんにしても、ウソップにしても、ゾロにしてもだ。そして、オレも、お前も人間誰だって一緒なんだ。そして人間は孤独でいて、一人では生けていけない」
「サンジ?何…?」
「その、人間の孤独を埋めてくれるのが…オレは…"愛"だってわかった。おまえのおかげでな…オレはおまえが愛しい。もっともっと愛してやる」
 サンジが照れもせずにルフィに正面から目を見つめて告白をする。その真剣な目にルフィも頬を赤らめながらも見つめ返した。
「オレもサンジが好きだ…もっともっともっと……して…」
「ああ、わかってるよ」
 にっこりと笑うと照れるルフィの額にキスを贈ると立ちあがる。
「さーて、そろそろディナーの準備でも始めるか」
 甲板の上に腰を下ろしたままのルフィが立ちあがったサンジを見上げると、夕日に照らされているのか、サンジの顔が真っ赤に染まって見えた。
「手伝うか?ルフィ」
 照れ隠しなのかすぐにルフィに背中を向けてキッチンに向かう。その背中にルフィが飛びつく。
「うん!オレも一緒に行く!」
「よし、今日も好物作ってやるから期待してろよ」
 ジャケットを脱ぐと肩に担ぐように持ってルフィを従えて歩くサンジの、顔は夕日がなくとも同じくらい赤く染まっているのだった。


おわり