■ 『 memories 』 水天宮拓仄

ある月夜の晩にルフィが死んだ。
その側らにはサンジが無表情のまま立ち尽くす。
「ルフィ…お前との約束は必ず守る」
 そう呟くとベッドの上に横たわったままのルフィをそのままに、最後まで一緒に過ごした小屋を出た。







ゴーイング・メリー号で仲間達と共に航海をしているルフィの体には、命に関わる重大な病が潜んでいた。悪魔の実を食べた能力者のみが侵されるという不治の病。悪魔の実で得られる能力は、人によっては諸刃の剣となった。病に倒れる能力者は、数万分の一よりも少ない確率だった。まさか、ルフィにその病がふりかかるとは誰にも予想できない。船医である、チョッパーに先日病を宣告されたばかりだった。この病は発病すると、信じられないスピードで侵攻し、そして能力者を百パーセント死に至らしめる。苦しみはほとんど感じことはない。
 病のことを仲間達に伝えた直後でもルフィは、普段と変わらない無邪気さ、底無しの食欲。誰もがルフィが死の病に犯されているとは信じられない程の元気だ。仲間達もルフィの態度に戸惑いながらも勤めていつも通りの日常を送るように勤める。それが、船長であるルフィの望みであるからだ。自分が病気になっても最後の最後まで海賊王を目指して海をかけたい。それがルフィの願い。
 そして、今は補給のためと称してとある港に停泊していた。ルフィの死期はもう目の前にきているとチョッパーはルフィ以外の仲間にほのめかしていた。港についたルフィ達は、いつも通りそれぞれ好きな時間を過ごしている。夜になって、宿屋の食事を食べた後それぞれに与えられた部屋に戻った。
 サンジの部屋に真夜中訪ねてきた人物がいる。遠慮がちにノックする人物が誰かはすぐにわかった。
「入れよ」
「サンジ…起きてたのか」
「…起きてるの、わかってて来たんだろ?」
「うん」
 どこか心もとない表情を見せるルフィにサンジは手を差し出しながら、座っていた椅子から腰をあげる。差し出された手にそっと手をおくルフィの指は、以前よりも細くなり、サンジが力を少しこめるだけで砕けてしまいそうな程だった。病が侵攻している証拠にサンジは、どうしようもにない感情に包まれる。手を握ったまま無言でいるサンジにルフィも沈黙で答える。ふと顔をあげて窓を眺めるルフィ。
「ルフィ…」
 居たたまれなくなったサンジがルフィを呼ぶと同時に窓の外を見つめたままのルフィが口を開いた。明るく、無邪気な表情にサンジは胸が熱くなってくる。
「外に行ってみねぇか?ホラ、あんなに月が明るい」
「ああ」
 手をつなぎながら宿屋をそっと抜け出した二人。


 一行が泊まっている宿屋の周囲は、静かな林に囲まれた場所にある。その林も宿屋の敷地内で、林には散歩道があり、その道の脇には一休みするためのベンチなども設置してある。
「今夜は明るいなぁ。オレ、こんなに月が明るいなんて知らなかったぞ」
 笑いながらルフィは月を見上げてからサンジに視線を移す。ルフィの視線にいるサンジは、いつもの笑みはなかった。押し黙ったままルフィの手を握り、見つめてきたルフィの視線をまっすぐ捕らえることがない。こうして二人で夜道を散歩したり、作った料理を食べてもらったり、抱き合ったり、キスしたりできるのはいつまで続けられるのか。どうして、ルフィはこんなにも明るく過ごすことができるのか。
「どうしたんだサンジ?」
「なんでてめぇはそんな風に微笑ってられるんだ?オレにはできねぇよ!」
 ルフィの両腕を掴んで声を荒げる。青い瞳には涙が浮かんでいた。
「オレは別にいつもと変わらないんだぞ、サンジ」
「変わってるんだよ!この細い腕も指も冷たい体温!オレの知ってるお前じゃない」
 ぐっとルフィの体を引き寄せて抱きしめながら叫ぶ。自分の涙を見せないためだ。
「なあ、サンジ」
「…なんだよ?」
 震えそうになる自分をしかりつけながらサンジはルフィの声に応える。怖かった、自分がはじめて深く愛した人間がこの世から消えてしまうことが。その時、自分は正気でいられるのか自信がない。いっそ、今ここで胸に抱きしめているルフィを殺して、自分も死んでしまおうかとも思う。取り乱す自分と反して、死を直前に控えているルフィが冷静でいることがたまらないのだ。
「オレとの"約束"覚えてる?」
「……ああ覚えてるよ。でも…それは、もう…」
「オレは諦めねぇぞ。この港を出たらオレは夢を目指すんだ、サンジと同じ夢を追うんだ」
「でも…ルフィお前は…」
 そこまで言いかけてサンジは言葉を呑み込んだ。それに気づいたルフィはサンジの胸から自分から離れてサンジを見上げる。今度は、サンジの両腕を掴んでゆっくりと口元に微笑みを作る。その表情はサンジを包みこむように暖かだった。
「夢はいつだって追えるもんだろ?夢に終わりはねぇよ」
 その言葉にサンジはルフィの胸に泣き崩れた。膝を地面につき、ルフィに抱きしめられ時がたった。






真夜中の散歩を終えた翌朝。ルフィの意識が途絶えたことに気づいたのは、共に夜を過ごしたサンジだった。ベッドに横たわるルフィを抱き上げて、宿屋にある離れ小屋にあるベッドにそっとルフィを横たえる。呼吸はしているものの、もう目を醒ますことはないとサンジにはわかっていた。側らにある椅子に腰掛けてルフィの手を握りしめる。わずかに感じる"生"の体温。耳元に囁くように名前を呼びつづける。
「ルフィ…オレはここにいる」
「……」
 わずかにルフィのまぶたが震える。
「お前のそばにいるから…ルフィ」
 ずっと呼びかけるサンジに応えるようにルフィの瞼が揺れ、胸が呼吸で上下する。
 そして、夜も更け昨夜と同じ明るい月明かりに照らされるルフィ。
「ルフィ」
 照らされるルフィを愛しそうに見つめるサンジの頬に一筋の涙が流れた。月明かりに綺麗に映えるルフィの頬にサンジの流した温もりが落ちた。
「ルフィ…お前との約束は必ず守る」
 もう声をかけても何も反応しないルフィを一瞬抱きしめて頬を寄せる。冷えきった体温を感じながら、冷たい唇に接吻。
 ルフィに背を向けたサンジは小屋を出た。サンジが向かう場所は、仲間が待っている宿屋ではない。足はまっすぐに港に向かっていた。ルフィとの約束を果たすためにサンジは一人海に消えた。





『また逢えるよな…ルフィ…どこかで、きっと…』







memories
僕のこの声が届くまでこの場所で君のそばにいるよ

今の僕にはまだ笑うことさえできないけど

君との約束は必ず守るから

いつかまためぐり逢える日まで

この世界が朽ち果てても…
この世界が朽ち果てても…



Fin…