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| ■ 『 愛することってスバラシイ 』 水天宮拓仄 |
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ゴーイング・メリー号のコックに就任したばかりのサンジは今悩みを抱えていた。その悩みは、自分のポリシーを根底から覆すほどの悩みである。
「はぁ〜どうしたってんだろうな、オレ…なんでまた」
自分の持ち場であるキッチンで椅子に腰掛け、テーブルにつっぷしているサンジは大きなため息をつきつつぼやいていた。そこに騒がしい足音が遠くからだんだんと近づいてくる。サンジの心臓がドクンと跳ねあがった。
「サンジー!おやつ作ってくれよ!」
声と同時にドアが勢いよく開け放たれて元気な船長が顔を覗かせる。テーブルから顔をあげて船長の顔を見たサンジの心臓は、更に高くなりつづけた。頬も自然に紅潮してくることをサンジは自覚したが、目の前にいる船長はどうやら気にしないようだった。そのことにほっとしながらサンジは、できるだけ平静を装って口を開く。照れ隠しにタバコを震える指を無理やり押えつけ懐から取り出すと口にくわえ、火を灯す。
「夕飯まであと少しなんだ、もうちょと待ってろ」
「えーっ!オレすげぇ腹ぺこなんだぞ!夕飯まで我慢なんてできねぇよ!」
可愛らしく口を尖らせて文句をつける船長にますます心臓がうるさくサンジはくるりと船長に背を向けた。
(なんだって…こんな奴が)
「うわっ!」
背を向けたサンジに向かって船長がとびついて絡みついてきた。サンジの心臓が口から飛び出すくらいに鼓動する。
「なぁ〜頼むからさ、サンジぃ。ちょっとでいいから何か食い物くれよ〜なぁなぁ!」
「…わ、わかった!わかったから!離れろ!」
焦って背中にしがみつく船長を振りほどくと熱くなる顔を隠しながら冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の中から作り置きのクッキーを取り出すと船長に放った。満足そうな笑顔で受け取る船長はドアを開けて甲板に足を向ける。
「サンキュー!飯できたら呼んでくれよなっ」
バタンっとドアを閉めて、やってきた時と同じようにバタバタと遠ざかる足音を聞きながらサンジはヘタヘタと床に腰を下ろした。まだうるさい自分の心臓を落ち着かせようと大きくタバコの煙を吸いこむ。
「ふぅ〜」
吸いこんだ煙を吐き出すとその場にバタリと仰向けに寝転がった。その時、ちょうどドアが静かに開き小気味良い足音が近づいてくるとサンジの頭の上で止まった。
「サンジ君、なにやってるの?夕飯の支度してると思ったらお昼寝?」
みかんを片手にサンジを見下ろしてくるのは、この船を実質的に取りし切っている美人航海士(自称)ナミだった。
「ナ、ナミさん!」
あわてて立ちあがるとスーツについたほこりを払うような仕草をして、キッチンに向かい水道の蛇口をひねった。
「だいぶお悩みのようね?相談に乗ってあげようと思ってるのよ、私」
「僕に悩みなんて…あるとしたらナミさんをどうやって口説こうかってくらいですよ」
笑いながら洗った手をエプロンでふきながら冷蔵庫を開け、ナミに飲み物を用意する。
「ふふふっそれだけかしら?」
「な、何を言ってるんですかナミさん?」
ナミの言いたいことはわかっている。再び熱くなりはじめた顔を見られないようにキッチンに再び向かい、今度は包丁を握り途中までだった野菜の皮むきを再開した。サンジの背中に向かってナミはひとり言のように言葉を綴る。
「プライドが許さないとか思ってるんでしょ?」
チラリとサンジの背中を見て、更に言葉を続けるナミ。
「そんなプライド捨ててしまえば楽なのにね。人間を好きになることは、誰にでもあることよ。性別なんて些細な問題だと思わない?」
「…」
ナミの言葉を黙ったまま聞きつづけるサンジは、自分の鼓動がいつのまにか心地よい響きに変わったことを不思議に感じていた。
「誰かを好きになるって、すごく幸せなことだと思うわ。私の母がそうだったもの」
「ナミさんのお母さん…?」
「私、拾われっ子だったけど…母…ベルメールさんが大好きだった。貧乏だったけど、とても幸せだったわ」
「ナミさん…」
包丁を絶え間無く動かしながらサンジはナミを振り返ると椅子に座っていたはずのナミはドアに向かっていた。
「ごちそうさま。サンジ君の作るものは最高ね」
後ろ手にひらひらと手を振るとドアから出て行ったナミを見送ったサンジの口元に微笑みが浮かんでいた。心臓の鼓動は、まだ早かったがさきほどの苦しさを感じなかった。
「ナミさんにはかなわねぇな…」
額に手の平を当てて大きく深呼吸。
「さて、本格的に支度はじめないと間に合わなくなっちまう」
つぶやくとエプロンの紐をきゅっと縛り直してキッチンに向かうサンジの包丁さばきは、いつもよりもかろやかだった。
夕食を終えたゴーイング・メリー号の船員達は、キッチンを出ていく。最後まで皿の中身を食べていた船長が席を立った時、サンジが皿をかたづけながら口を開いた。
「ルフィ」
突然呼びとめられたルフィはサンジを振りかえる。その様子をナミは微笑みながら見て、キッチンから出ていった。
「がんばってねサンジくん」
ちいさく呟いて甲板を歩くと晴れ渡った夜空を見上げた。
「なんだよサンジ」
不思議そうな表情を見せるルフィを見つめてサンジは少し早まった鼓動を心地良く聞いていた。
「今夜も夜食いるのか?何かリクエストがあったら聞いておくぜ」
「ホントか?やった!サンジの飯はなんでもうまいからな!なんでもイイぞ」
「そっか」
幸せそうな表情のサンジを見てルフィが首を傾げる。いつもなら目くじらを立てて怒ったりするのに。
「どうしたんだよ急に?いつもなら夜食作るの嫌がるじゃんか」
「ん?お前に無節操につまみ食いされるくらいなら、オレが適度に材料使って、上手いもん作った方がオレもお前もいいことだろ?」
「…ん〜そうなのか?」
「そうなんだよ。それに…」
何かを言いかけたサンジだったが、ふと上を見上げて再びルフィの顔を見つめると、微笑みを浮かべる。
「いや、なんでもねぇよ」
「なんだよ、今何か言いかけたろ!気になるから言え!」
「なんでもないって」
(ありがとうナミさん。オレ、ルフィが大好きだ…これが"幸せ"ってヤツなのか…な)
幸せそうなサンジの笑い声がキッチンに響きわたるゴーイング・メリー号は今日も行く。
end |
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