■ 『 Doll 』 水天宮拓仄

「これで完璧だ」
 サンジは自分の手元にあるレバーを力強く手前に引いた。
レバーを引き終わると、わずかな機械音が部屋に響く。
部屋の中央においてあった棺桶型のガラスケースが開放されると、その中には一糸纏わぬ姿の少年が横たわっていた。
少年に駆け寄るとサンジはきゅっと抱きしめて名前を呼んだ。
愛しい人の名前…
「ルフィ…やっと帰ってきてくれたんだな」

 サンジは稀代の天才と呼ばれた科学者だった。
数年前、この世で一番愛していた人間を亡くしている。
今までの大きな研究をすべて投げ捨て、自宅の研究室にこもりきりになっていた。
人々は愛しい人間を亡くしてサンジが世捨て人になったと噂しあった。
 だが、サンジは研究を続けていた。それは自分のためだけの研究だ。
もう一度、愛しい人に会いたい。その一念で今までの研究、財産、すべてを投げうった。

「ルフィ、目を開けてくれ」
 サンジの呼びかけに少年はゆっくりと目を覚ました。
きょろきょろと周囲を見渡して、自分を抱きしめる男の存在に気づくと口を開いた。
「ここ、どこ?」
「オレの家だよ」
 数年ぶりに聞く声は、まさに愛しい人の声で。
それだけでサンジの瞳には涙があふれた。
涙を流すサンジを見てルフィと呼ばれた少年は無表情なままだ。
「あんたは?」
「オレはサンジ…お前の恋人だ」
「“こいびと”?」
 ルフィには感情が欠落している。
それは、ルフィが完全な人間ではないから…
姿は生前のままのルフィそのままだったが、感情までは科学では作れない。
それを承知でサンジは、ルフィの入れ物だけを作りだしたのだ。
「…お前は“ルフィ”そして、オレは“サンジ”それだけわかれば、それでいいんだ」
 裸体のままのルフィをぐっと抱きしめてサンジを目を閉じた。
自分の目的を果たしたはずなのに心は満たされなかった。
今、自分が抱きしめている人形は、ルフィであってルフィではない。
顔も、体も、声もすべてルフィそのものだが…心がない。
「サンジ」

「…もう一度呼んで」

「サンジ」

「もう一度」

「サンジ」

「もう一度だ」

「サンジ」

感情のこもっていない声。
サンジの瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
唇を噛み切れるほどかみ締めた。
「ルフィ」
「なんだ?」
 抱きしめていた体を突き放すとサンジはルフィの細い首に指を絡ませる。
「ごめんな」
 絡ませた指に徐々に力を加えていく。
細い首が骨をきしませる。
ルフィの表情は何も変わらずにサンジの顔を見つめていた。
「やっぱりお前はルフィじゃない…わかっていたんだ…でも、もう一度逢いたかった」
 そう呟くと一気に絡めていた指に力を込めた。
 バキッ
乾いた音と共にルフィの頭が後ろに力なく垂れる。
「ルフィ…ルフィ!ルフィ!ルフィ!」
もう動かない人形を掻き抱きサンジは号泣した。
二度と逢えることもない恋人の名前を叫びつづけた。


翌朝、研究所はシンと静まり返り、誰の姿も見かけることはなかったという。



遠い遠い国の悲しい悲しい科学者の恋のお話。


End