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| ■ 『 恋人は執事 』 水天宮拓仄 |
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「サンジ!」
この館の主になってからまだ間もない少年が大きな声で忠実なる執事の名前を呼ぶ声が聞こえる。ここは、モンキー・D・ルフィを当主としたとある貴族の屋敷の中庭。
「お呼びですか?旦那様」
少し離れていた場所に控えていた金髪、碧眼の青年が恭しく頭を垂れる相手は、今年で数え17歳になるモンキー・D・ルフィだ。先月、急な病で父親を亡くしたルフィは、選ぶ余地などなく一人息子でる彼が館の主となったのである。
「…その呼び方は嫌だと言った」
自分に対して今も頭を下げ、顔も見せないサンジに不機嫌な声をなげかけた。ルフィは、この館を継ぐ気持ちがなかった。いつかは、屋敷から出て自由に暮らして生きたいと夢見ていた。
「ですが…旦那様は旦那様ですので」
ゆっくりと顔を上げながら微笑むサンジを目の前にルフィは、ますます不機嫌になる。
「オレは、この屋敷を継ぐつもりなんてなかった!“旦那様”なんて呼ばれる資格はない」
「でも、あなたはこの屋敷に留まっておられる…あなたがこの屋敷にいる限り、あなたはこの屋敷の“主人”なのですよ?」
子供を諭すようにゆっくりと丁寧に言葉を発するサンジにますますルフィはイライラとする気持ちを抑えようともしない。今までは、サンジとはまるで友達のように付き合ってきたのに。父親が死んで、自分が主になった途端にサンジの態度が豹変した。
「オレは“主人”になんかなりたくない!」
そう言って中庭をつっきると屋敷の中に駆け込むルフィを複雑な心境で見つめているサンジに、使用人頭のゾロが声をかけてきた。
「やれやれ…まだルフィは自分の立場を理解できないらしいな」
ため息を大げさにつきながら両手を広げ肩をすくめてみせたゾロをぎらりと鋭い視線で睨みつけるとサンジは綺麗な目じりを吊り上げた。
「“ルフィ”じゃない。“旦那様”とお呼びしろと前にも言っただろ、ゾロ?」
「けどよ、ル…いや、“旦那様”はそれを望んじゃいないぜ?俺達は“旦那様”に仕える人間だ。命令には忠実にあるべきだと思うぜ?」
妙に説得力のあることを言う、悪友の言葉を聞きながらサンジはそれでも頭を横に振った。
「いや、これは、“けじめ”だ。今までのオレ達は間違っていた。これからは、“主人”と“仕える人間”の壁を越えてはならない。これは、御家存続に関わる一大事だ」
「…また、大げさだなお前は。心配しすぎじゃないのか?」
ゾロは近くに置いてあるベンチに座ると立ったままルフィの消えた方向を見つめるサンジを見上げる。サンジの表情は、どこか悲しそうでして苦しそうにも見えた。
「お前は…以前のままで良いと思うのか?使用人の分際で旦那様を友とし、接していた事を。それが今、旦那様の中で…この屋敷の主になりきれていない原因だと思わないのか?このままでは、この名家が滅んでしまうのだ。それが、オレ達の責任だと思わないのか?」
拳を握りしめサンジはベンチに座っているゾロを睨みつける。
「…お前…この家に何か借りでもあるのか?どうして、そこまで家の存続にこだわるんだ」
「…てめぇに言う義理はねぇよ。オレは、執事として…この家を守る義務がある」
その言葉を聞いたゾロは何も言葉を発することもなくベンチから立ち上がると、自分の仕事に戻るためにサンジをその場に残し立ち去っていく。残されたサンジは、力なくベンチに腰を下ろして大きなため息をついた。自然に額に掌をあて目を閉じる。自分だって、以前の関係に悪い気はしていなかった。自分に向けられるルフィの笑顔や言葉にはいつも友情以上のものを感じられた。自分も友情や主人に対する敬愛以上の感情を持っていることも事実だ。ルフィが、まだこの屋敷を継ぐことなく、“主人の跡取息子”と“主人の執事”という立場での関係と“友達以上恋人未満”な関係をお互いに楽しんでいた。だが、この屋敷の絶対の主が亡くなった今、それも叶わぬものになった。執事は、“執事”であり、“友人”やまして“恋人”にはなりえないと幼い頃からサンジは教育されてきていた。そう、サンジの家は、代々名家の執事を排出しており、嫡男は必ず名家の執事としての教育を徹底的に叩きこまれているのである。それは、執事の仕事に関するすべて、心得、心構えからのすべてである。
「ふう…オレだって…こんな…」
前髪をぐしゃりと掴んでサンジはベンチに腰を下ろしたまま唇をかみ締めた。座りながら地面を見つめていたところにふっと影が入る。
「サンジ」
頭上からかけられた声は、この家の主・ルフィである。その声は、小さくいつも元気だった彼の声とは思えないほどだ。
「ル…旦那様」
一瞬、以前のように呼びかけて、あわてて言い直すサンジを前にルフィは悲しい表情で肩を落とした。心なしか目も赤いように見える。泣いていたのだろうか?ベンチからすっと立ち上がるとサンジはついとルフィの顎を持ち上げると、赤く見えた瞳を見つめる。
「目が…赤いですね。泣いてらっしゃったのですか?」
「…そうだ」
赤い目に涙を浮かべながらルフィがサンジを視線を受け止め、そして、見つめ返してくる。その視線がサンジに突き刺さるように痛い。さきほどの怒りよりも、悲しみに満ちたルフィの目がずっしりと胸に痛みを生み出していた。
「なぜ、泣いていたのですか?」
その理由は、ほとんどわかっていたがあえて口に出すサンジに、ますますルフィの目には涙が溢れ、ついには頬を伝って顎を捉えていてサンジの指先をも濡らした。
「お前のせいだ」
「はい」
素直に返事を返すサンジに驚いたかのように目を丸くするルフィに優しく微笑むサンジは、ゆっくりと唇をルフィのそれに落とす。静かにそれを受け止めるルフィは温かい気持ちに包まれた。
「サンジ?」
「私は、このお屋敷を守る、義務があります…それは、あなたの幸せでもあるのです」
その言葉にルフィは顔をくしゃくしゃにして涙を堪えることもできなくなった。
「ば…ばかやろ…うっ…こ、こんなの全然…オレ、幸せじゃないっ」
顎に添えられた指を振り払うとサンジの胸に飛び込んで、泣き崩れるルフィの背中にしっかりと腕を回して抱きとめるサンジは言葉を発することができなかった。
「オレはっ…オレは、こんな家の名前より…お前との時間が一番大事なんだ…お前が一緒にいてくれるだけでいいのに」
「ですか…一緒にいるためには…こうするしかなかったのです」
涙を流しつづけるルフィを抱きしめながら苦しそうに声を絞り出す。この家の執事をやめたら自分はただの男に戻るだけ。ルフィとの関係は、“主人”と“執事”なのだ。
「オレがこの家を潰すと言ってもか?」
その言葉にサンジは目を見開き、思わず抱きしめていた腕を解き、ルフィの両肩を掴むと険しい表情で見つめた。そのキツイ眼差しから逃れるようにルフィは、サンジから視線を逸らす。
「何を馬鹿なことを!」
「馬鹿じゃない!オレは本気だ!お前が以前のように、オレと接してくれないなら、オレがこの家を捨てるしかないじゃないか!そして、一人の人間としてお前と一緒に居たい。主人と執事なんていう…わずらわしい関係なんて嫌だ」
堅い意志を秘めた瞳にサンジは戸惑う。ここまで、ルフィの思いが強いとは思いも寄らなかったのである。自分が勝手にルフィを好きになり、そして、ルフィもそうなるように接してきていた結果だと思っていたのだ。
「旦那様…」
「サンジ、主人して最初で最後の命令だ。オレを以前のように呼んでくれ……。お願いだから…サンジ」
こぼれる涙をそのままに、にっこりと笑うとルフィはサンジの腕を肩から外す。
「……」
しばらくの沈黙が二人の周囲を包む。お互いを見つめたまま、時間がゆっくりとゆっくりと過ぎていく中、ルフィは耐え切れなくなって下を俯いた。ここで、サンジが自分の願いを聞きいれてくれなかったら、自分は命を絶とうと。
「……ル…ルフィ。わかったよ」
搾り出すかのように唇からもれた言葉は、以前のサンジのそれで。少し照れくさそうに笑う表情がルフィのゆがんだままの視界に飛び込んできた。
「サンジ!」
再びサンジの胸に向かって飛び込むとしっかりと二人で抱きしめあう。今度は、ルフィの頬を嬉しさの涙が伝った。
「ルフィ…」
「…サンジ…」
「悪かった…」
「ううん…いいんだ。も…もっと名前呼んでくれ」
強く抱きしめあいながら二人は互いの名前を呼び合った。
「ルフィ」
「これからも一緒に居て欲しい」
「もちろんですよ、“旦那様”」
くすりと笑いを漏らし、わざとルフィの嫌がる呼び方をするサンジに、笑いながら拳固を飛ばすルフィの涙はもう乾いていた。
Fin |
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