|
 |
|
 |
|
| ■ 『 野望 』 水天宮拓仄 |
|
「なあ、ゾロの“野望”は大剣豪になることなんだよな?」
甲板の上でいつもの筋力トレーニングをしているゾロにルフィが声をかけてきた。その声に、でっかいバーベルを持ち上げながらゾロは頷く。
「ああ、俺の野望は大剣豪だ。なんか文句あっか?」
仲間になる時に自分の野望をすでに教えたはずなのに、時々ルフィは確かめるようにその言葉を口にした。
「いや、文句はないんだけどさ」
「じゃあ、なんだよ」
バーベルを甲板に置くと流れる汗を手の甲で拭ってルフィに近づいたゾロは、ルフィの首にかかっていたタオルを手に取る。そのタオルで頭や顔、首など汗をふき取って再びルフィに投げ返した。
「うわっ、すげぇびしょびしょ!」
タオルを指先でひょいと持ち上げて顔をしかめるルフィを見ながら苦笑を浮かべたゾロは、先ほどの問いを再び口にした。こう、いつもいつも同じことを聞かれるのも意味がわからない。
「で、俺が大剣豪を目指すってので何かあんのか?」
ちょっと不機嫌な表情を作ってルフィに詰め寄ると、言葉に迷ったルフィがついとゾロの視線から逃れるように視線を甲板に落としたのがわかる。らしくない態度にゾロの中にちょっとした意地悪な気持ちが芽生えた。ぐいっとルフィの顎をつかんで無理やり自分の方に向かせると、困った顔をしたルフィが視線を空中へと泳がす。
「らしくねぇな。お前が、そんな態度するなんて」
「そんなことねぇぞ…」
ゾロの視線から逃げたいのか、ルフィは顎にかかっているゾロの手を掴む。しかし、ゾロの手を振り払うことはできなかった。
「それが、らしくねぇってんだよ。いったい、どうしたんだ?俺の野望に文句あるんなら、言え。お前の野望を叶えるために邪魔なら俺はいつでも船を下りてやるよ」
その言葉にルフィが、今まで空中に逃していた視線をゾロに引き戻した。さっきまでの力とはちがい、ゾロの手を力任せに振り払うと口を開いた。必死な表情にゾロが驚く。
「違う!そんなんじゃない!」
声もいつもの少し高い声ではなく、必死に絞り出したような、掠れたような声。何かを言おうとして開いた唇を見つめる。が、その唇から言葉が出てこなかった。ルフィの煮え切らない態度にイライラとしてきたゾロは声を荒げてしまう。
「じゃあ、一体なんだ?この間から何か言いたそうにしやがって!俺は、はっきりしない男は好きじゃねぇんだ!」
ゾロの言葉にひどく傷ついた表情を見せるルフィは、肩をびくりと震わせた。汗でびしょびしょになったタオルを顔に押しあてたルフィからくぐもった声が聞こえてくる。
「…ゾロが野望かなえたら…別れ別れになる…」
「は…?何言ってんだ?」
よく聞こえなかったせいもあるが、ルフィの発言に耳を疑う。何を言い出すのだろう。
「ゾロが大剣豪になっちまったら、オレと離れるんだろ?だったら、オレは…ゾロが大剣豪になって欲しくない!」
今にも泣き出しそうな顔をタオルから出して自分を見つめてきたルフィの右頬を力いっぱい平手で殴りつけた。ばちーーーん!と甲板に豪快な音が響き、次の瞬間には甲板に叩きつけられた格好になったルフィ。殴られることがわかっていて、自分の気持ちを吐き出したルフィはそれお避けることもしなかった。殴られ、唇が切れたせいで流れる血をそのままにゾロを見上げた。
「馬鹿野郎!」
甲板に腰を下ろした状態の自分を見下ろすゾロがまともに見れなくて、すぐに視線を甲板に滴り落ちた自分の血を見つめるルフィ。しばらく沈黙が辺りを包んだ、そして頭上からゾロの溜め息が聞こえたかと思うとルフィの目の前に影が落ちてきた。
「…ゾロ?」
ルフィの目の前でしゃがみこむゾロは、笑っていた。
「馬鹿野郎。俺が大剣豪になっても、お前から離れねぇよ」
「ほ…ほんと…か?」
ついにルフィの瞳から涙がこぼれ落ちる。これは嬉し涙。
「ああ、俺がお前から離れられるはずねぇだろ?」
ポリポリと鼻の頭を掻きながらゾロが照れくさそうに視線をルフィから外した。首や耳、顔がみるみるうちに赤くなっていくゾロを目の前にルフィも満面の笑顔になっていた。
「ありがとうゾロ!すっげぇ嬉しいぞ、オレ!」
「ちっ、こんな事言うつもりなかったんだぞ…」
赤くなりながらゾロは、さきほど叩いたルフィの頬に掌を当てると申し訳なさそうな顔になる。
「痛かっただろ…大丈夫か?」
頬に触れているゾロの手にそっと手を沿えてルフィは笑った。
「全然大丈夫…馬鹿な事言ったオレが悪かったんだ。ゾロは気にすんなよ…それに、殴られてよかったと思うし」
今度は、真剣な瞳をゾロに向けるとすくっと立ち上がる。手に持ったゾロの汗が染み込んだタオルを頬に当てた。
「わざと殴られたのか?」
ゾロの言葉に小さく笑うと、踵を返す。
「うん、だって…こんな風にゾロのこと思うなんて、ダメだろ?船長としてさ…野望を捨てるなんて、できるはずないのに」
それだけ言い残すとルフィは足早にゾロの目の前から立ち去っていく。その場に残されたゾロは、そのまま甲板に腰を落とし、大の字で寝転んだ。目の前に広がるのは真っ青な空。
「…“野望”はひとつだけとは限らないんだぜ、ルフィ…」
そう呟くと静かに瞳を閉じた。穏やかな風がゾロの体を心地よく包むのだった。
Fin |
|
 |
|
|
|