■ 『 俺は海賊王になる男だ! 』 水天宮拓仄

「ルフィ、俺は明日海賊になるぞ」
 それはルフィにとって突然の兄貴からの言葉だった。確かに、自分と兄であるエースの夢は海賊になること。お互い17歳になったら海賊になるとよく話し合ったものだった。
「え?いきなりだなエース!」
 大きな目を見開いて、エースの顔をマジマジと見つめる。2人は今、ささいな事で喧嘩をはじめて、エースの勝利によって喧嘩が終ったところだった。ルフィもエースも傷だらけでボロボロの状態だったが、喧嘩の終ったあとはさっぱりした気持ちになっている。喧嘩の勝敗が決まれば、いつもの通り、仲の良い兄弟に戻ることができた。毎日喧嘩しても、それは変わりない日常。エースの宣言は、その日常に終止符を打つということ。
「いつも言ってただろ?17になったら海賊なるぞ…ってな」
「まだエースは16じゃねぇか」
 口を尖らせてエースに食ってかかろうとしたルフィを手で制して、エースも少し寂しそうな表情で微笑んだ。
「ばーか、明日は俺の誕生日だろ?明日で俺は17だ」
 その言葉にルフィがはっとしたような表情になる。本当は、わかっていたけど、言いたくなかった。認めたくなかったのかもしれない。大好きなエースが自分の前からいなくなる事実。
「そうだったけ?エースの誕生日ってあ、明後日じゃなかったっけ?」
 地面に置いてあった、シャンクスから貰った誓いの麦藁帽子を手にとって、目深に被るとルフィは震える声を必死に抑えながらとぼけた。それに気づかないエースではない。
「いや、明日だよ。明日で、俺は海賊になる!」
「そっか…やっと海賊になれんだな、エースが。いいなぁ…俺も早くなりてぇよ」
 ルフィにしては、元気のない声でそれだけを呟いた。泣いているのか?とエースが顔を覗き込むが、その視線を避けてルフィは、エースに背を向けて走りだした。ここは、村のはずれにある林の入り口。2人はいつもここで喧嘩していた。村に向かって走りさるルフィの姿を見送って、エースの表情にも陰が宿る。
「俺だって…まだ…」
 あぐらをかいて地面に座ったままのエースは、拳をぐっと握りしめると地面に思い切りそれを叩きつけた。固い地面に打ち付けられたエースの拳からは血が滲み、それが地面に吸い込まれていった。


 エースが家に戻ると、やはりルフィは自分の部屋に閉じこもっていた。ルフィの部屋を訪ねたエースは、ベッドに身を投げ出してつっぷしている弟の頭に手を置いた。
「なあ、ルフィ。お前の夢は海賊王になることだろ?」
 優しいエースの言葉にコクリと頷くルフィ。頭に置いた手をゆっくりと動かしながら、優しくルフィを撫でるエース。その暖かさにルフィは自然に溢れてくる涙を止めることができない。声を殺してぐっと唇をかみ締めた。小刻みに肩が震えるのをエースはわざと気づかないように言葉を続ける。男が泣いているところを慰められても屈辱になるだけだ。誇り高い男には、同情は不要。
「お前の船出まで、あとたったの3年だ」
 エースの言葉を次々と自分の涙がシーツに染み込んでいくのを見つめながらルフィは黙って聞き入っていた。
「あと3年もすれば、俺達は海賊同士。いつか、どこかの海で会えるさ。その頃には、俺もお前も立派な海賊で、酒でも飲み交わせれば最高じゃねぇか」
 その言葉にルフィは流れる涙を拭いもせずにエースの胸に飛び込んだ。それを優しく包みこんでやるとエースもルフィの背に腕を回す。
「そんなのわかってる!な…なんで、もっと早く言わないんだよ、エース!突然、明日いなくなるなんて、俺…俺…」
 泣きながら言葉にならない言葉を必死に紡ぎ出すルフィの頬にそっと唇を触れさせるだけのキスをした。
「…っエース?」
 びっくりしたルフィはぱちくりと瞬きを繰り返す。涙は、今の驚きで止まってしまった。
「本当は…お前が眠ってる間に出ていくつもりだったんだ」
 苦しい表情を浮かべながら口を開いたエースを見つめ、ルフィはその言葉にまた瞳を潤ませる。それこそ、ルフィにとってはもっと辛いことになる行為だ。エースがもし、黙って旅立ったら、ルフィはエースの後をすぐに追っていくかもしれない。それほどに、ルフィにとって、エースにとってルフィは兄弟以上の存在だったのだ。ルフィはまだ14歳、船出するには未熟すぎる。それに、ルフィに自分の気持ちを伝えないまま別れることはできないと思えたから、告白した。
「じゃ…なんで?」
 ルフィの疑問に自嘲気味に笑みを浮かべたエースは、ルフィの背中に回している腕に力を込めた。
「それは…お前を愛してるからだよ、ルフィ」
 低く、つぶやくようにそれを口にするとルフィの体が一瞬固くなるのを感じると、エースは苦笑を浮かべて、ルフィの体を解放しベッドから離れた。
「エース?」
「悪い…なんでもねぇ」
 踵を返すと扉に向かう。そのエースの背中にルフィが飛びついて、今度はルフィがエースを抱きしめる。
「サンキュー、エース…」
「ルフィ…」
 振り向いてルフィの唇にそっと自分のそれを触れさせ、一瞬の後に部屋から出ていく。それを見送るルフィの表情はさきほどまでの悲しさはなくなっていた。


「じゃあな、エース!立派な海賊になれよ!」
 小さなボートに簡単な荷物を持ったエースを港まで見送りに来たルフィ。今は、明け方、村の人々はまだ深い眠りの中だ。エースが旅立つことは、ルフィ以外誰にも知らせなかったエース。村長や村人の一部が海賊に良いイメージを持っていないことは前から知っていた。それに、旅立つときは、一番愛しい人間だけに見送ってもらえれば充分。
「ああ、当然だ!次に会う時は海でなっ海賊王になれよ、ルフィ」
「おうっ!俺は海賊王になる男だからな!」
 笑顔で手を振りながら、エースは海へ旅立っていく。広い広い海で、遠い未来、最愛の弟とめぐり会える奇跡を信じて。
「ルフィ、お前が海賊王になるってんだ…俺は、普通の海賊でいい…海賊王は一人でいいんだからな」


end