■ 『 No Problem 』 水天宮拓仄

「なあ、ルフィ」
 いつものようにルフィがサンジに夜食を用意してもらって、それをおいしそうに口に運んでいる。サンジがふいに夜食を口いっぱいにほお張るルフィに声をかけた。口の中に食べ物がめいっぱい入っていたルフィは視線だけをサンジに向けた。
「むぃ?」
「お前、誰か好きな奴いるか?」
「むぅ〜んんっ」
「ああ、いい。飲み込んでからでいいから。ほら、これ飲め」
 マグカップを差し出すと受け取ったルフィはぐいっと中身をいっきに口の中に残った物と一緒に呑み下した。満足そうな表情をすると上機嫌な表情になる。
「ぷは〜うまかった!今日もありがとな、サンジ!で、なんだっけ?」
 食べることに夢中でサンジに何を問い掛けられたのか忘れてしまったルフィは改めてサンジの方を向き直って口を開いた。
「相変わらず食ってる時は何も耳に入ってねぇなお前は」
 食べ粕が口の周りについているルフィに軽く笑いかけながら汚れた口元を指で綺麗に取り除き、そのまま指についた食べ粕を自分の唇に運ぶ。その動作をぼーっとした表情で見つめるルフィに気づいて首を傾げた。
「どうした?ぼーっとして」
「ん、なにが?」
 自分がサンジの動作を見てボーっとした事に気づいていないのか、ルフィも首を傾げた。サンジの問いかけはいつも理解できない物が多い。きっと、さっきも自分になじみのない問いかけをされたから、すぐに忘れてしまったのかもしれない。
「さっき、サンジなんか言ったよな?」
「あ、ああ。あれな…」
 改めて聞き直されてサンジは少し焦った様子を見せ、数秒考えるような仕草をすると突然笑みを浮かべて腰掛けていた椅子から立ち上がった。
「いや、やっぱいい」
「えー!なんだよ、それ!一回言ったことだろ、気になるぞっ」
「や、ほんと、どうでも…いや、どうでも良くはねぇけど。まだいいって事」
「“まだ”って何だよ?また後で聞くなら今聞いても同じだろ?何?何聞いたんだよ?」
 唇を尖らせて詰め寄るルフィにたじたじしながらサンジは視線を宙に泳がすサンジの頬が紅潮している意味にまだルフィは気づけない。
「なあ!なんだよ?サンジ!言えってばっ!」
 どんどん接近してくるルフィについにサンジは白旗を揚げた。
「わかった!わかったから、離れろ!」
「よーし!さ、何言ったから教えろっ」
 わくわくした瞳で見つめられてサンジは苦笑を浮かべながらさっきと同じ言葉を口にした。
「“誰か好きになったことあるか?”って聞いたんだよ」
 少し早くなってしまった動悸を落ち着けようとネクタイを緩め大きく息を吐いたサンジは、自分の顔が熱くなっているのを感じて照れたように笑みを浮かべてルフィを見た。今の問いかけにルフィがなんと応えるか期待して耳を傾けた。
「何バカな事言ってんだよ、サンジ!」
 そう言ってルフィは大きな口を開けて笑いながらサンジの顔をマジマジ見つめて心底不思議そうな瞳をしながら笑いつづけている。
「バ、バカって!オレがこれ言うのにどれだか悩んだか…」
「何で悩むんだよ?」
「いや、その…お前が誰を好きなのかな〜って、ちょっと気になってな」
 今度はサンジがぎこちなく笑いながら応えるとルフィが、またまた首を傾げる。
「誰が好きなんてねぇよ、オレ。みんな好きだもんな!」
 ししっといつもの可愛い笑顔をされても、今のサンジにはその笑顔が憎たらしく思える。自分の真剣な問いかけをこの男は、よりにもよって“みんな好き”と応えたのだから。自分はからかわれているのかとさえ疑ってしまう。
「人がマジに聞いてんのに、お前の応えはそれかよっ!ふざけんな!」
 テーブルをだんと拳で叩いてサンジはルフィをその場に残してドアから勢いよく出ていき、足音も荒く甲板へ、そしてやがて男部屋に戻ってしまったようだ。後に残されたルフィにしてみれば、なんでサンジが怒ったのか理解できずに戸惑う。自分は正直に応えたのに、サンジが突然怒り出した。わけがわからなくなってその場に呆然と立ち尽くす。
「なんだよ…何怒ってんだよサンジ」
 理解できないことでサンジの怒りを買ってしまったルフィの心は、怒りよりも悲しみが支配していた。どうしたらいいのかわからずにルフィは、しばらくその場に留まっていたが、サンジを怒らせてしまった不安から、いてもたってもいられずに男部屋に向かう。とにかく謝らなければと、それしか頭になかった。
「サンジ!」
 男部屋に戻るとサンジはソファの上に寝転んでいた。瞳は閉じているが起きているのはルフィにも見てわかった。たたっと駆け寄るとルフィは困った表情で声をかけてみる。
「サンジ…その、ごめん」
「…ごめんって何が?」
 ぶっきらぼうに言葉を発した。ビクリとしてルフィは相変わらず瞳を閉じているサンジに視線を落としながら口篭もってしまった。謝ったものの、自分がいったい何に対して謝ったのか理解していないのだから応えられるはずもない。
「サンジ…怒ってるから…オレ、謝らないとって思って」
「別に怒ってねぇから、気にすんな。しばらく一人にしてくれ」
「でもっ」
「うっせぇな!オレは疲れてんだよ!」
 怒ってないと口では言っているものの、今まで見たこともない程の怒りをサンジから感じてルフィはそれ以上口を開くことはできなかった。自分にとっては理不尽な仕打ちに思えるが、不思議にサンジに対しての怒りは湧き上がってこない。湧き上がってくるのは、目の前にいるサンジが自分を邪魔者として扱っていることが悲しいという気持ちだけ。しばらくの沈黙の後、この雰囲気に耐え切れずにルフィは男部屋を出ていった。ソファに寝転がっていたサンジは瞳をようやく開けて後悔の念に満ちた表情を浮かべて舌打ちをしていた。
「…ちっ」
 サンジにもルフィの言葉は自分をからかっていないことはわかっていた。あの言葉はルフィの本音だということも。ただ、自分と同じ感情をルフィにも求めていた。言葉だけでもよかったから、ルフィからの気持ちが欲しかったのだ。ただ、それを正直に伝えることができなくて、抽象的な問いかけになり、自分が傷ついただけだった。その八つ当たりをルフィにするなんて最低だ。今は自分自身に激しい怒りを感じ、ルフィに優しい言葉をかけてやることもいつもの笑顔を向けてあげる余裕がなかったのだ。

 甲板に涙ぐみながら大の字に寝転がったルフィの頭上に影がさす。
「どうしたんだ、ルフィ?」
 トレーニングを終えて、日課になっている昼寝をしようと降りてきたゾロであった。いつも無駄に元気なルフィが塞ぎこんでいるのは長い付き合いですぐにわかった。
「ゾロ!オレ、どうしたらいいんだ?」
 がばりと起き上がってゾロを必死な様子で見つめてくるルフィの瞳は、赤くなって濡れていた。滅多に泣くことのないルフィの様子にゾロは慌てる。
「ど、どうしたんだよ?」
 ルフィの両肩を掴んで下から覗きこむようにすると、ルフィの瞳からポタポタと涙がこぼれる。
「オレ、サンジに嫌われちまった…どうしたら仲直りできるかわかんねぇよ」
 それだけをやっと口にすると、後は言葉にならないのか溢れる涙を拭いながら甲板にペタリと座りこんだ。そんなルフィの様子を見つめながら、ゾロは自分の頭をカリカリと掻くとしゃがみこんでルフィに目線を合わせて、口を開いた。
「アイツがお前を嫌うなんてありえねぇよ」
「だって…サンジ…いきなりわけわかんねぇことで怒り出して…さっきも謝ったのに全然…っ」
 クルーとしてサンジを見ているゾロにはすぐにわかった。サンジの秘めた想いがルフィにあるということを。そして、本人も自覚がないであろう、ルフィの気持ちも知っていた。
「別にお前に怒ってるわけじゃない」
「なん・・で、わかるんだよ?」
「そんなの見てればわかるからな…お前はサンジに気に入られてるって」
 ゾロは言葉を選びながら、サンジの気持ちを尊重しつつもルフィに伝える。ここで自分がサンジの気持ちをルフィに伝えることはできないことだからだ。伝えることは本人の意志でなければいけない。
「嘘だっ」
「嘘じゃない」
「嘘だっ」
 話しているうちに感情が高ぶってきたのか涙を流しつづける、ルフィをぐいっと抱き締めながら背中を優しく撫でながらゾロは一瞬辛そうな表情を浮かべていた。
「嘘だっ」
 何度目かの言葉にゾロが同じ言葉を返そうとした瞬間。
「嘘じゃねぇ。オレはお前が気にいってるんだよ」
 いつの間にか男部屋から出てきたサンジが二人の背後から声を上げる。複雑な表情を浮かべながらゾロと視線を合わせ、ゆっくりと近付いてくるとすっとゾロはルフィから離れて立ち去っていく。二人だけにしたほうが良いと判断したからだ。自分ではルフィを慰めることはできても、根本からの解決には導けないことを悟っていた。
「サンジ…?」
「バカ、そんなに泣くなよ。オレなんかのせいで」
 すっと腰を落とすと、荒っぽくルフィの涙や鼻をスーツの袖を使って拭って、両脇に手をかけてぐいっと立ち上がらせた。
「も…怒ってないのか?」
「だから、さっきも言ったろ?別にお前に怒ってたわけじゃない」
「でも…オレのこと邪魔にした」
 男部屋で冷たく追い出されたことを思い出してルフィの瞳がまた潤み出すのを見ると、サンジは照れたような表情を浮かべた。
「ああ…あれはだな」
 言い出しにくいのか、少し言葉がしどろもどろになる。
「情けない姿をお前に見せたくなかっただけだ」
「……?」
 ポリポリと鼻の頭を掻きながら、頬を少し紅潮させて視線を宙に泳がすサンジをじっと見つめた。
「ルフィ、ひとつだけ聞いていいか?もう、怒らねぇから」
「うん?」
「お前、オレのこと好きか?」
 ドキドキと胸を高鳴らせながら目の前にいるルフィを見つめる。
「おうっ、サンジのこと大好きだぞ」
 渇き始めた瞳を輝かせながら満面の笑みを見せたルフィの言葉に嘘はない。そのことに幸せを感じながらも、物足りなさを感じた。
「オレもお前のこと大好きだからな」
 笑顔で告げるとルフィの笑顔がますます深くなった。サンジの中にあった不安感がいっきに消え失せ、思わずルフィを抱き締めながら笑みがこぼれていた。



「ったく、わかってないのは本人達だけとはな…先が思いやられるぜ」
 影から二人の様子を見ていたゾロがそっとため息をついて、その場から立ち去るのだった。

end

※2005年9月開催サンルオンリーイベント『はらぺこらんち』記念アンソロジー収録