■ 『 ここではない、どこかへ 』 水天宮拓仄

「オレ、サンジのこと好きだ」
 夜、ゴーイングメリー号のキッチンでの出来事だった。ルフィが、いつものように夜食をせびりにやってきたと思っていたサンジに、えらく真面目な顔をしたルフィがいきなり告白してきたのは。ルフィの気持ちには以前から感じていたが、サンジにはその気持ちに応えるつもりもなかったので、ずっと無視しつづけていたのだ。どうやら、ルフィの方が耐え切れなくなって言葉に出した…というところだろう。
「そうか」
 それだけを言うとサンジは、ルフィのために用意しておいた夜食を皿に盛りつけるとテーブルに置く。皿を置いたサンジの腕を掴むとルフィは必死な表情で見上げる。
「サンジはオレのこと好きじゃないのか?」
「…嫌いだったら、お前の船になんて乗ってねぇし。毎晩、夜食だって作ってやらねぇよ」
 ルフィを冷たく突き放すこともできないサンジは、はっきりとした回答を用意できずにあいまいに応えた。その、サンジのあいまいな言葉にルフィは笑顔を向ける。
「そっか!よかった!」
 無邪気に喜びを表すルフィの表情に、サンジの良心がチクリと痛む。ルフィの言う“好き”とは別の意味を持つ言葉だと教えることもできない。ルフィの笑顔から視線を逸らすと突然サンジの胸に衝撃が起こる。喜びのあまり、ルフィが抱きついてきたのだ。胸に頬を押しつけて嬉しそうに笑うルフィ。そっと、背中に腕を回してあげるとルフィもサンジの背中に腕を回してきた。抱きしめあいながら、お互いの心は通じていない事にルフィは気づかない。
「しししっサンジって結構背が高いんだな」
 嬉しそうに笑いながら、胸の中からサンジの顔を見上げるとルフィは顔を赤くする。その笑顔を見ると、冷たい態度もできない。それに、ルフィはゼフとは違う“恩人”でもある。自分が、こうしてルフィに想われるようになり、抱きしめてあげることで恩返しができるのならば、ずっと自分は体だけでもルフィの物になろう。そう、サンジは静かに誓うのだった。


 その出来事があってからは、ルフィは毎晩サンジの胸に抱きしめてもらっていた。それは、情事などではなく、ただ静かに抱きしめてもらうだけの甘い一時。ルフィは、年齢の割りには恋愛や性欲などについて疎く、愛し合う者たちが行う営みなど知らないようだった。当然、サンジは知っているし、その経験もある。今、自分を慕うルフィに感情はともかく欲望をぶつけることは簡単なことだった。しかし、それをしないのは彼の良心が働いている証拠。心でルフィを裏切っていることで、肉体まで裏切るようなことはできない。毎晩やってくるルフィを抱きしめながら、サンジの心はどんどん重くなっていく。その事を、ルフィに悟られないように常に気を抜けない日々が続いた。そんな状態で、正常な気持ちや態度をとりつづけていられるほど、サンジも大人になりきれていない。ストレスが徐々に蓄積され、日々のルフィへの態度や仲間への態度に表れるようになっていった。

 そして、いつものようにルフィがキッチンへやってくる時間。ばたんと扉の開く音と共に嬉しそうに走り寄ってくるルフィの笑顔。
「サンジ!」
 どすっと勢い良く飛びついてきたルフィを抱きとめるとぎゅっと抱きしめる。自分の表情をあまり見られたくなくて、ぐっと抱き寄せるとルフィの頭を自分の肩に押しつけた。きっと、今の自分は酷い顔をしているに違いないとサンジは確信していた。
「どうしたんだよ、サンジ?なんか…辛そうだぞ」
 心配そうなルフィの声が耳に直接響いてくる。その声すらサンジには辛くて、ますます強くルフィを肩に押しつけるサンジ。
「黙っててくれ…」
 やっとそれだけを口にすると、ずっとルフィを抱きしめる。そう、義務感に従ってルフィに愛を感じさせたい。自分が嘘をついていることを気づかせたくない。でも、今の状態はサンジにとって、辛いものであった。
「サンジ…?」
 ぐっとサンジの肩から自分を引き剥がしてサンジの表情を見てルフィは、はっと気づく。辛そうな表情の中だった。歯を食いしばり、眉間に皺を寄せているサンジ。そして、自分と視線を合わせることもしてくれなくなった。それは、いつからだった?思いを巡らせるルフィに、サンジは顔を見られたくないと、キッチンに立つ。手早く準備していたルフィの夜食をテーブルに置くと、キッチンから出ていってしまった。まるでルフィから逃げるように。
「…サンジ…オレ、今までずっと…サンジはオレと同じ気持ちだと思ってた…でも、違うんだ」
 大きな黒い瞳にみるみる雫が溜まり、それが頬を伝って床に落ちる。人の心に敏感なルフィは、今のサンジを見て一瞬でサンジの気持ちを悟ってしまった。なぜ、自分は気づいてしまったんだろう…今までみたいにサンジに抱きしめられているだけで幸せだったのに。なぜ、自分はサンジをあんな風にしてしまったんだろう?なぜ、サンジは自分を抱きしめてくれていたんだろう?心は、自分には向いていないのに。その事実を悟ったルフィは、主のいないキッチンでずっと途方に暮れているのだった。
「ごめん…サンジ」
 一言つぶやくと夜食に手をつけずに甲板に出た。そこには、キッチンから出ていったサンジの後姿が目に入る。煙草をふかしながら暗い海を眺めるサンジに話しかけられずに、しばらくジャケットを脱いでシャツ姿の後ろ姿を見つめる。涙がまた零れそうになって、慌ててルフィは男部屋に戻って自分のハンモックに飛び乗る。ウソップやゾロ、チョッパーに気づかれないように毛布をかぶり、声を殺して涙を流しつづけた。


 サンジの気持ちを悟ってからのルフィは変わった。昼間は普段通りに仲間全員と楽しく過ごしている、当然サンジにも普段通りの態度で接していた。しかし、夜になると夜食をサンジにせびりに来なくなってしまったのだ。キッチンでサンジと2人きりになることも、まったくなくなっていた。突然、ルフィの態度が変化したことに戸惑いを感じたのはサンジの方だった。確かに自分の気持ちはルフィとは違う。だが、嫌いというわけでもない。どちらかといえば、ルフィは好きだ。それは、仲間としてだが…。今まで毎晩自分のところに通ってきていたルフィが、最近全然現れなくなった。心配だった、自分の気持ちを悟られてしまったのかとも危惧する。
 ある日、サンジは夕食を終えて各自の時間を過ごそうと解散した仲間を尻目に、サンジからもらったデザートを最後まで残って食べていたルフィを、食器を洗いながらサンジが呼びとめた。
「ルフィ」
「ん?何?」
 最後の一口を食べ終わると立ち去ろうとするルフィの気配を感じて声をかけたのだ。デザートだって、ルフィと2人きりになって態度の変化について聞きたいがために遅く出したのだ。
「お前、オレのこと好きだって言ったよな」
「うん。好きだぞ」
 ちょっとルフィの声が暗く沈んだことに、気づいたがサンジはそのまま話しを進めた。
「前は、あんなにオレのところに来てたくせに、どうしたんだ?最近は夜食も食べないじゃねーか。せっかく、こっちは毎晩お前のために用意してんのに、いつも無駄になってる」
 サンジの言葉にルフィの頭に血が昇る。自分は、サンジのためを思ってやっていることをサンジが咎めるのだ。
「なんでそんな事言うんだよ?オレはお前のことを思ってやってるんだ」
「オレの事を思って?なんだよ、それ。オレがいつお前を“嫌い”だなんて言ったよ?」
 突然、怒り出したルフィにサンジもついつい声を荒げてしまう。自分の苦労も知らずに何を言うんだ…という感情で胸がいっぱいになった。
「でもサンジはオレのこと“好き”じゃないだろ!」
 涙を溜めた大きな瞳で見つめられたサンジは、ルフィの言葉に次の言葉が止まる。しばらくの沈黙がキッチンに流れると、涙が頬を伝うルフィが言葉を続けた。
「オレはずっとサンジもオレと同じ気持ちだと思ってた!でも、お前はオレを抱きしめてくれている時に、ものすごく辛そうな顔してたじゃないか!」
「ルフィ…でも、オレはお前の事を……っ」
 ルフィのために嘘でもいいから一言“好きだ”と言えれば、ルフィは救われるのだ。しかし、自分の気持ちに嘘をつくことがどうしてもできない。次の言葉を、ぐっと飲みこむ。
「オレの事をなんだよ!言ってみろよサンジ!」
 涙を流しながら拭うこともしないで、サンジを睨みつける。どんどん自分の中で感情が爆発するのを感じた。握り締める拳が爪で傷つけられて、床に血が滴ることにも気づかない。
「ルフィ…悪りぃ…。確かに、オレはお前が想ってくれている感情では、お前を想えない。でもな…お前のことを大切に思ってるんだ。これは、本当だ…」
 握り締めて血のしたたるルフィの拳をそっと開かせると、サンジは手のひらの傷に唇を寄せる。ルフィの血を口に含むと涙を流しつづけるルフィの身体を引き寄せて抱きしめた。
「…離せよサンジ…もう、いいんだ…こんな事してくれなくても」
「オレがしたいんだよ…大切だって言ったろ」
「でも、そんな気持ちは残酷だ」
「ああ…そうだ…ごめんなルフィ」
 ルフィの唇に近づくと自分のそれをそっと触れさせる。2人の初めての軽い口付けは血の味がした。
「謝るなよ…オレが惨めになる」
「ごめん…」
「また謝った」
「じゃあ、なんて言えばいいんだ」
「嘘でもいいから“好き”だって言って欲しい」
「………」
 ルフィの言葉に言葉では応えらずにサンジは、より一層強くルフィを抱きしめた。


End

※わか様主催サンジ幸せアンソロジー(サンジ攻編)収録