■ 『 届カナイ愛ト知ッテイタノニ抑エキレズニ愛シ続ケタ… 』 水天宮拓仄

 俺は過信していたのかもしれない。
 あいつは、一生俺のモノだと。
 それは変わることがないと思い込んでいた。いや、信じていたんだ。
「ウソだろう?」
 震えそうになる声を必死に押さえつけて俺は繰り返した。
「サンジ、これは最初に言っておいただろう?お前もそれを承知したはずだ」
 赤い髪の男と抱き合いながら自分の方を振り返った昨日までの恋人。
「じゃあ…お前は今までの事が忘れられるってのかよ!」
 抱き合う二人をこれ以上見たくなくて俺は目を両手で塞いで叫び続けた。
「俺とお前が過ごした時間…俺とお前が抱き合った時間…俺がお前を愛していた時間…お前が俺を愛していた時間…全部を!」
 両手の指から涙が流れ出すのもかまわない。お前がもう一度俺の胸に戻ってくるなら、どんなにみっともなく泣こうが喚こうがかまわない。
「今までの事は忘れない…俺もお前の事が好きだったし、愛していた…これは嘘じゃない」
 低く響く声を聞きながら俺はもうわかっていた。俺の声はもうお前には届かない。
 そう、それは最初から知っていたんだ。
 届かないと知っていたのに俺はあいつを望んだ。


 ルフィが自分にとって女性以上の存在になったのはいつだったのだろう?
 俺はあいつを抱きたくて仕方なかった。
 だが、あいつは汚してはいけない存在だと、いつまでも純粋な存在でいて欲しかった。
 自分の感情をおさえつけ、俺はあいつに手を出すつもりはなかったのに。


  ある夜、冷蔵庫の中身を狙ったルフィがキッチンに忍び込んだのを船室から出た時に偶然見かけた。
 「おい」
 「わぁ!ごめんなさい!」
 冷蔵庫の扉に手をかけた瞬間に背後から手を伸ばすと、びくりと肩を震わせ、恐る恐るルフィが上目使いで振り返った。
 「……!」
 薄暗い部屋の中、長らく禁欲を強いられてきていた俺も少しおかしかったのかもしれない。
「サンジ、腹減っちまってさぁ…へへっ悪りぃけど、何か作ってくれよ。な?」
 言葉を発しない俺にルフィは不思議そうな表情を浮かべ、下から覗きこんできた。
 薄い唇、海に出ているとは思えないほどの白い肌、完成していない細い肉体、この年にしては幼い容貌。
 こいつ、自分でもやったりするんだろうか?
 ふとそんな思いが浮かび、喉が上下した。自分でも信じられなかった、女性以外にこんな欲望を抱くなんて初めてだったからだ。
「サンジ?どうしたんだよ…そんなに怒ってんのか?」
 申し訳なさそうな表情が、俺には誘っているかのように見えた。
「なぁ、ルフィ」
「なに?作ってくれるのか?」
 ぱぁっと明るい表情になったルフィを見て、俺に醜い感情が湧きあがる。抑えられなかった。
「作ってやってもいいがー」
 そう言って無防備に俺の目の前に立つルフィの胸倉をぐいっと掴んで自分へ引き寄せていた。
「んんっ!」
 突然の事で目を大きく見開いたルフィの唇を舌で無理矢理押し開けて好きなように口内を犯した。唇を前歯で軽く噛み、舌で歯の裏をなぞり、舌を絡める。
「…はっ…はっ…なん…で…サ…ジっ」
 足の力が抜け、一人では立っていられなくなったルフィが俺の背中に両腕を回ししがみついてくる。
 それに満足して唇を離し、胸倉を掴んでいた指を緩めるとその場にペタンと尻餅をついたルフィは目の前に立っている俺を上気した頬、潤んだ大きな目で見つめていた。
 ぐいっと唇から顎へかけて流れたお互いの唾液をスーツの袖で拭うとネクタイを片手で緩め、床に力なく座り込むルフィに視線を落とした。
「…な、何すんだよ?」
 荒い息で途切れる声、普段のルフィからは想像もできない姿だった。
「何って…お前、その年で知らないなんて言わないよな?」
「……っ」
 その反応を見て俺は驚いた。
「お前、こーゆー事すんの初めてじゃないのか?」
「…わ、悪いかよ」
 今まで見上げていた視線を床に落として、広く開いたシャツの襟を握り締めながら呟くルフィを俺は暴力的に押し倒していた。
「なっ!何す……っ!やめろっ」
 暴れるあいつの両手を押さえつけ、緩めたネクタイを緊急用に使う真水を作る為に用意しておいた海水の樽につっこみ充分に染み込ませた。
「何すんだっ嫌だ!」
「大人しくしろよ…どーせ初めてじゃねーんだろ?」
 自分で言っていて反吐が出そうな言葉だった。自分と出会う前に、すでにこいつに触れた人間がいたのが許せなかった。
 男でも女でも、こいつに触れた人間がいたと思うとわけのわからない感情が湧きあがった。
「許せねぇ」
 ルフィに対してなのか、ルフィに触れた誰かに対してなのか、自分に対してなのかもわからないまま、俺は自分の感情を抑えきれなかった。
 海水を染み込ませたネクタイでルフィの両腕を縛る。
 これでしばらくは抵抗ができなくなるのは今までの航海でわかった事だ。思った通り、ルフィの体から力が抜けていくのわかる。
「やめろサンジ!俺は…こんな事したくねぇんだ…お前は仲間なのに!」
 悲痛な言葉が耳に入って俺は下半身に伸ばしていた手を止めた。
 “仲間”この言葉が自分の胸に深く突き刺さる。
「仲間…仲間じゃなかったらいいのか?」
 手を止めて顔を上げた。見つめた先のルフィは涙を浮かべながら俺を睨みつけてくる。
「仲間とこんな事しちゃいけねぇんだ…」
「どうして仲間とはダメなんだ?…初めての時は…あいつ、ゾロじゃねぇのか?」
「違う!ゾロは仲間だ。一番最初にできた、大事な仲間だ!」
「じゃあ、ナミさんか?」
「違うっ」
「まさか、ウソップとか…」
「違う…違う!何言ってんだよサンジ!」
 溢れてくる涙を自由にならない両腕で隠す。
「…最初の質問に答えろよ。なんで仲間とはセックスしないんだ?」
「俺にとっての仲間…ゾロ、ナミ、ウソップ、サンジ、チョッパー、ロビン、フランキー…みんな大好きだから。俺は仲間が全員好きだから、ダメだ」
「好きならいいんじゃねぇの?俺もお前が好きだ…みんなもお前が好きだから、この船に乗ってる」
 我ながら矛盾している事を言っていると自嘲気味に唇を引き上げた。
「俺は好きに差をつけたくない。仲間がみんな大好きだから!」
「俺はこの世界でお前が一番好きだぜ?こうして、抱きたいと思うくらいにな」
 目を覆う両手をそっと外し、涙を流しつづけるルフィを見つめながら、顔を近づけて唇を目尻にそっと当てた。
 涙の塩辛い味が舌に伝わる。
「…俺の一番は…船にはいない…し」
 俺の視線から逃れるように目を逸らす。視線の先に転がる麦わら帽子。
 その瞬間知ってしまった。こいつにとっての一番が誰なのか。そして、こいつに一番最初に触れたのもそいつだと。
「“赤髪のシャンクス”」
 ボソリとつぶやいた俺の言葉にルフィの体がこわばった。
 それが正解だと告げている。
 心臓が痛いほど早く脈打つ。
「会えないかもしれないんだぜ?」
「うん」
「会っても敵同士だ。殺し合いになるんだぞ」
「わかってる」
「あっちはお前の事なんて忘れてるかもしれない」
「そうかもしれない…でも、俺は」
 最後まで言わせたくなくて強引に唇を奪った。
 今度は素直に俺が与える刺激に応えたルフィを俺は一瞬壊してやりたくなるほど憎んだ。
 同情なんてまっぴらだ。でも、この衝動を抑えることはできない。
「はっ…ルフィ…好きなん…だ」
 勝手に涙が溢れてしまう。
 泣きたくなんてない、弱い心の自分をルフィに見られたくなんてないのに、それは自分の意志とは関係なく留まる事を知らない。
「サ…ンジ!」
 繋がったままの両腕を俺の頭を通して首に手を回し、引き寄せて俺は抱き締められた。
「…いい…も、いい。俺、サンジとなら…やってもいい」
「…ルフィ?」
 ぼやける視界の中、優しく微笑むルフィに俺は殺されたような気がした。



 ガクリと膝を床に落とし、俺はルフィを見つめていた。
「お前は、ずっと俺を見つめていたはずだよな…ルフィ?その男よりも」
 俺の言葉にルフィは言葉を発せず視線を自分を静かに抱き締める男を見つめ、そして俺を見つめ…最後に自分の足元に落とした。
「違った…のかよ?お前は俺を見ていなかったのか」
 その言葉に小さく頷くルフィは赤髪の胸に顔を埋めた。
 小刻みに震える肩が涙を流している事を物語っている。
「ゴメン…サンジ」
 そう小さく呟くと踵を返す。
「ルフィ!」
 俺は叫んだ。
 どんどん遠ざかる二つの足音を聞きながら叫んだ。
「ルフィーっ!!」
 止まることのない足音。
 戻ることのない時間。
 戻ることのないお前の気持ち。
 いや、気持ちは最初からなかったのだ。


「離したくなかった…体だけでも…離したくねぇんだよ、ルフィ!」
 二人が立ち去った後夢中で駆け出す俺は…もうあいつの仲間でもなんでもなかった。