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| ■ 『前に立つ者』 (ヘル・コビ・ル) 水天宮拓仄 |
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ウォーターセブンから海軍本部へ戻る船の中で海軍曹長として
ルフィと再会を果たしたコビーはまだ興奮を抑えきれずにいた。
トレーニングルームで気持ちの高ぶりを沈めるために体を動かしている。
「おーい、いい加減に休めよ。体、ぶっ壊れるぜ?」
すっかり人が少なくなったトレーニングルームの出入口近くの壁に寄りかかって長髪の男がコビーに声をかけた。
彼も最初はコビーに付き合って組み手の相手をしていたが、元々努力することがあまり好きなタイプではない。
一日のトレーニング時間を過ぎた頃には、コビーを残して一人で切り上げてしまっていた。
今は、シャワーを浴びて着替えて食事まで済ませていた。
さすがに、もう誰もいないだろうと思っていたトレーニングルームから明かりが漏れていたので見に来た。
「ヘルメッポさん」
声をかけられた事で動きを止めたコビーは汗をシャツの袖で拭いながら笑顔を向けた。
呆れた表情を見せて壁から背を離すとコビーへ向かって歩を進める。
「曹長。俺に”さん”付けは止せと言ったはずだ。俺の方が階級が下なんだぜ」
肩をすくめながら、そう言うヘルメッポの口調はとても上官に向けるそれではない。
コビーとヘルメッポが海軍のガープ中将預かりになってから、二人の実力はみるみる伸びていった。
努力を惜しまないコビーと、何かとサボりたがる癖が抜けないヘルメッポに階級という格差が付くのは当たり前だ。
「でも今更呼び方を変えるって難しいですよ。あなただって普段は僕の事を呼び捨てじゃないですか」
コビーから漂う汗の匂いを嫌と感じる事もなく、ヘルメッポは一歩足を踏み出して両手で目の前の肩を掴んだ。
「ヘルメッポさん?」
「お前は、あいつを追ってどこまで行くつもりなんだ?」
”あいつ”とは、昼間にウォータセブン出港の際に挨拶程度の闘いを演じて、別れた海賊の事。
コビーを海賊船の雑用から解放し、海軍へ入るきっかけを与えた男。
海軍本部・ガープ中将を祖父に持ち、父親は世界を騒動に巻き込んでいる革命家ドラゴンと知ったばかりだ。
さらに兄とされているポートガス・D・エースも”四皇”と呼ばれる大海賊の幹部と聞いている。
そしてコビーがずっと追い続けている男の名前は”モンキー・D・ルフィ”若干17歳で海に出たのはつい最近。
だが、すでに海賊としての名は海軍や海賊達に広まり、懸賞金額も3億ベリーを超えていた。
その男を追い求めて弱虫で泣き虫で体も小さかった彼が大きく成長し、今に至ったのは”あの男”の力にほかならない。
さらに、自分も”あの男”の影響で大きく成長した事も認めていた。
だから悔しい。
「もちろん”海賊王”となったルフィさんを捕まえるまで。その時、僕は海軍大将になっているはずです」
晴れやかな表情で、どこか愛しい者を思い浮かべるような瞳を輝かせるコビー。
肩を掴んだ両手に力をこめ、ツメを立てた。
痛みにコビーが顔を少し歪める。
「そんなに調子良く出世できるはずねぇだろ?お前も、あいつもな」
「何を言っているんですかヘルメッポさん。やってみなければわかりませんよ?もっともっと強くなれば、きっとなれます!」
きっとコビーの脳裏では自信に満ちた笑顔を浮かべる”あの男”がそう言っているのだろう。
ウォーターセブンで会った時のように。
「努力じゃどうにもならねぇ事があるって思わないのかよ」
自嘲気味に笑いながらヘルメッポがボソリと呟いたが、それはコビーの耳に届かなかった。
コビーの努力を目の当たりにして、自分も負けられないと思い始めたのはガープ中将に会ってからだった。
努力しているつもりでも、いつもコビーの方が一歩先を進んでいる事が悔しい。
自分よりも小柄な体格、気弱な性格、過去に至るまで彼に劣る事は無かったはずなのに。
いつしかヘルメッポはコビーをライバル視するようになった。
しかし、当のコビーはイーストブルーで海賊になったばかりの”あの男”の影を追い続けている。
「思いません。努力は自分を裏切りませんから。きっと、ルフィさんだって努力して今の力を・・・」
コビーの唇から”あの男”の名前を聞いた途端、思わず肩に置いていた手を離し、拳を振り上げていた。
だが、その拳が振り下ろされた瞬間に手首を掴まれている。
「突然何をするんですか?僕は何か怒らすような事をしましたか?」
まっすぐな瞳で見上げられ、ヘルメッポは力なくうな垂れた。
もう片方の手を肩から外すと踵を返して出入口に向かう。
「ヘルメッポさん!」
背後から呼ばれゆっくりと振り返ると、両目を覆っていたサングラスを外すと寂しそうな視線をコビーに向けた。
その表情を見たコビーは言葉を続けられなくなってしまった。
まるで自分が悪い事をしたかのような錯覚を受ける。
「もっと、目の前を良く見ろよ・・・足元すくわれるぜ?じゃーな」
「ど・・・どういう意味です?」
「わかんねーなら別にいい。トレーニングもほどほどにしておけよ、おやすみ」
サングラスを元の位置に戻しながら口元に笑みを浮かべて廊下に出た。
廊下を歩きながら自分の台詞に笑いがこみあげるのを我慢することができなかった。
「ひぇーひぇっひぇっ・・・我ながら女々しいぜ俺も」
彼の視界に入る為には上に立つしかない。
新たな目標を胸にヘルメッポは自室に向かう足を止め、別のトレーニングルームに方向を転換していた。
end |
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