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番外編:グレーティア編
故郷・ヒレフェルタが滅び、生き残った住民の要望で首都・ガッセルの王城へ向かったグレーティア。
そこで唯一の家族となった長兄・ギュンターへ失望と怒りを抱え、首都を離れて五日後。
彼女は、住民達が集う場所へは戻らず、静まり返ったヒレフェルタにあるかつて住んでいた自分の館に戻ってきていた。
「・・・父さま、母さま」
傷みはじめた2人の遺体を前に、もう流す涙は出てこなかった。
ただ、両親の亡骸をこのまま放置しておくわけにはいかないと、自宅へ戻ってきたのだ。
館の裏にある庭園。かつては綺麗な花が色とりどりに咲き、母親が毎日手入れをしていた小さな空間に2人を埋葬することにした。
朝早くから庭園の土を掘り起こし、2人の遺体を埋葬し終えたのは日が沈む頃になっていた。
全身ドロだらけのグレーティアは2人を埋葬し、丸く膨らんだ土を見つめた。墓標代わりに兄の剣と自分が持っていた短剣を突き刺す。
家族の中で一番慕っていた次兄・ヴァルターの遺体は住民達が他の犠牲者達と一緒に埋葬してしまっていた。
「ヴァル兄さまを連れて来れなくてごめんなさい・・・代わりに剣を置いていきます。どうか、安らかに・・・」
胸の前で神へ祈りを捧げる。しばらくの間、瞳を閉じて両親の冥福を祈る。
その時、背後の館から何者かが動くような気配を感じて踵を返した。
無人で荒れ放題の館に飛び込むと同時に、腰の愛剣を抜き放ち、耳を澄ませる。
両親が寝室に使っていた部屋の方から、ガタガタと荒っぽい音が聞こえてきていた。
滅んだ街には盗賊が入り込み、住民が残していった財産を根こそぎ持ち去るという話を聞いたことがある。
「・・・・まさか、盗賊?」
足音を立てないように扉に近づき、耳を扉に押し付け、中の様子を伺う。扉の近くには気配を感じなかった。
グレーティアは勢い良く扉を開けた。
これ以上自分の館をかき回して欲しくない。
「誰だ!」
鋭い甲高い声に部屋の中にいた男の動きがピタリと止まる。
両親が大事にしていた箱を開けて、うずくまりながら箱の中を探っていたようだ。
「グレーティアだな?ここで何をしている」
「・・・貴様、なぜわたしの名前を」
聞きなれない低い声、だが・・どこかで聞いた覚えがある。
グレーティアが剣を構え、男の背中を睨みつけながら記憶を必死によみがえらそうとするが思い出せない。
男はゆっくりと振り返り、グレーティアをじっと見つめた。
「剣はヴァルターに習ったのか?構えが同じだな」
その言葉にグレーティアは目の前にいる男が何者なのか一瞬で理解した。
「”何をしている”はこちらの台詞だ。ギュンター・・・今更ここに戻って盗賊まがいな事をするとは・・・見下げ果てた男だな」
つい、先日王城を訪ねた妹を他人扱いした長兄が突然戻ってきたのだ。 さすがに予想していなかったのかグレーティアは驚愕する。
そして、次に感じた事はギュンターに対する更に増した憎しみだった。
この男は、家族である自分を見捨て、自分の故郷を捨てた男である。
「その言葉遣いはなんだ。女としての自覚を持ちなさい」
「五月蝿い!今更兄ぶるな!わたしの質問に答えろ!何をしに戻ってきたんだっ」
剣先をギュンターに向け、今にも飛び掛らんばかりのグレーティアを前にしても、ギュンターは少しも取り乱すような事はなかった。
箱の中から取り出した一冊の鍵がついたノートを手に、ゆっくりとグレーティアに近づいてくる。
その動きを視線と剣先で追うグレーティアは殺気で満ちた瞳を近づいてくるギュンターに向けた。
「止まれ!その手に持っている物を箱に戻せ」
「それは断るよ。このノートは代々家督を継ぐ者が持つ家系誌だ」
グレーティアとギュンターの家には、代々の家長が受け継いできた日記帳がある。それが、この家系誌だ。
薬師の一族として、日々研究した成果を書き記し、次代の家長に研究を引き継ぐための物である。
この家系誌によって、一流薬師の地位を代々守ってきたのだ。
また、この家系誌には一族の始祖から今までの家系図も書き込まれている。
「わたしはお前を我が一族の長と認めない!一族は滅んだ。それを置いて出ていけ。
出ていかなければ、お前の命を保証することはできない」
剣を構え直し、いつでもギュンターを切り捨てられる態勢をとり、声をあげた。
「お前に認めてもらう必要はないよ」
「・・・どういう意味だ」
「城でも言っただろう。私とお前は血の繋がりがないと。今までおかしいと思った事はないか?一族の中で、肌が黒いのはお前だけだ」
そう、グレーティアは一族の中で1人だけ肌が褐色であった。
幼い頃は、大好きな次兄と肌の色と髪の色がまったく違う事を不思議に思って、ヴァルターや両親にしつこく問うた時もある。
だが、決まって次兄と両親は笑ってこう答えるのだ。
『お前は大切な家族だ。肌や髪の色なんて関係ない。お前を愛する家族と、家族を愛しているお前で十分だ』と。
その言葉を信じて今まで育ってきていた。
「嘘」
「嘘ではない。ほら、この家系誌にも書いてあるだろう」
鍵を取り出して日記帳を開き、挟まっていた家系図を広げ、グレーティアに示す。
確かにギュンターが言うように、両親の名が記してある斜め下に「グレーティア(養女)」とある。
その文字はまぎれもなく父親のものであり、他人に偽造された物とは思えなかった。
グレーティアの手から剣が床に落ちる。
ガランと金属音が響いた。
「そ・・・んな。では、わたしは・・・誰なの?」
いつの間にか涙が頬を流れ、落ちた剣を前に膝をつき、全身から力が抜ける。
さっきまでの殺気立った気持ちは消え、代わりに言い様も無い悲しさがこみ上げてきていた。
膝をつき、涙を流しながら自分を見上げてくるグレーティアの視線を受け流し、ギュンターは彼女の脇を通りぬけた。
扉から出る前に立ち止まり、グレーティアを背後からそっと抱き、長い深緑の髪に頬をつけた。
泥で自身が汚れても、気にする様子はなかった。
「これで、さよならだな。長兄として最後に言っておこう。剣を捨てなさい、グレーティア。
女としての幸せを掴む事が、亡くなった両親とお前を可愛がっていたヴァルターの望みだ」
両親とヴァルターの遺言ともとれる言葉をグレーティアに語りかけたが、それが彼女に届いているかわからない。
だが、今まで何もしてやれなかった自分が最後にできる事と言ったら、妹に真実を伝えるだけだった。
グレーティアの気性は王城へ入る前の短い間だったが、一緒に暮らしていた時にわかっていた。
必ず彼女は両親や兄を殺し、自分の故郷を滅ぼした盗賊達を許さないだろう。そして、愛する次兄・ヴァルターに学んだ剣術。
それらが、いずれは彼女が盗賊への復讐を願う事になるであろう事をギュンターは恐れたのだ。
それならば、自分が憎まれれば良い。
自分への憎しみを募らせ、その復讐心を自分にのみ向けてくれれば彼女は生き永らえる事ができるだろう。
彼女が再びその剣を手に、自分の目の前に現れた時は・・・・・
「・・・グレーティア。私は城でお前が来るのをいつまでも待っている」
館を後にしたギュンターは自嘲気味な表情を浮かべ、首都への道を歩く。
ギュンターが出ていってから、しばらく時間が経過していた。
ここは、ヴァルターが使っていた部屋。
奇跡的に荒らされていなかった部屋の中で、部屋の主が残した一つの腕輪を見つけた。
「これは・・・ヴァル兄さまの守りのブレス?」
だが、腕輪についている宝石の色がグレーティアが記憶している物と違うことに気づく。
ヴァルターが身につけていた腕輪には、赤い色の宝石が輝いていたが、この腕輪は緑色の宝石がついている。
ぐるりと腕輪を観察してみると、内側にグレーティアの名と来年の誕生日が彫ってあるのを見つけた。
おそらく、ギュンターと両親は、来年のグレーティアの誕生日に一族が成人した祝いに身につけるという、
守りのブレスを贈るつもりだったのだろう。
この腕輪は、一族に子が生まれた時に作られる物だ。
「ありがとう・・・これがある限り、わたしは父さま、母さま、ヴァル兄さまと家族でいられる」
腕輪をぎゅっと握り締め、グレーティアは大粒の涙を床にこぼした。
館の外には闇が広がり、不気味な空気を漂わせていた。
だが、グレーティアの心は街が滅んだあの日から、初めて安らぐ事ができた。
ヴァルターのベッドに滑り込み、腕輪を左腕に通して、左腕を抱き締めるように眠りについた。
まるで幼い頃、家族5人で眠った時のように穏やかな眠りがグレーティアを包んでいた。
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