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1st STAGE
■1■
ここは人材派遣を生業にしている、登録所兼申込所。
魔法使い風の美青年・ディルクと格闘家・ライムントが扉を開けて入ってきた。
ーなるほど・・・ここで、人材の登録を行って依頼人の希望にあった条件の人材を貸し出してくれるというわけか。ー
登録してある人材のリストを眺めながらディルクが思いをめぐらす。
貸し出すということは、当然費用がそれなりにかかるわけである。
「どうだい兄さん。うちは優秀な人材が多いでしょう?
どんな職種をお求め?」
受付担当の熟女の域に達しているであろう女が大きな口を開けて笑いながらディルクを覗きむ。
女の接近を僅かに後ずさり避け、綺麗な形をした顎に長い指を当て悩むような素振りを見せてから口を開いた。
「そうですね・・・僧侶を探しているのですがあまり手持ちに余裕がないのです。こちらのリストにある方々には手が出ませんね」
困ったような表情を浮かべ、女を下からそっと覗き込みため息を漏らした。
「あ・・・あ、そ、そういう事なら少しは値引いてあげられるけど!
予算はどのくらいなんだい?」
少し頬を赤らめ、しどろもどろになりながら、ディルクの瞳から目を離せない女を見てライムントが”やれやれ”と肩を上下させた。
ーまったく・・・色じかけで値切るとは・・・何を考えているんだ。−
「それが、実はこの街に来る途中で賊に襲われまして・・・
私には、これしか手持ちがないのです。これで、なんとかなりませんか?」
胸元に手を入れ、そっと取り出した手の平には子供でも持っていそうなささやかなコインが乗せられていた。
「え?こ、これしかないのかい?」
ディルクが手に乗せているコインを見て女は愕然とした。
それはそうだろう、人材派遣の相場に半分にも満たない額しか出せないと言うのだ。
その額を見たライムントはぎょっとして駆け寄ろうとしたが、なぜか足が前に出ない事に気がついた。
口を動かしても声も出ない。当然、ディルクの仕業だった。
さすがに一流の人材を借りるような額は持っていないが、
自分達と実力と見合うくらいの人材を借りる事ができる程度は持っているはずである。
ー君は黙っていてください。今、大事なところなんですからね。−
ライムントの方を振り返って、そう口を動かすと軽く片目を瞑り、女に申し訳なさそうな表情と口調でたたみかけた。
「す、すみません。無理ですよね、こんな額では・・・。困らせて申し訳ありませんでした」
頭を下げたその時に、女が何かを思い出したかのように声を発した。
「あっ」
「どうかしましたか?」
”しめた”という内心を億尾にも出さずにディルクはひたすら気の優しそうな美青年を演じつづけている。
「そういえば、一人変わり種の僧侶が登録したばっかりなんだよ。まだここにいるはずだから呼ぶかい?」
「変わり種・・・ですか?」
「ああ。変わってるよ、まだ見習い僧侶のくせに世の中を 色々見てみたいから登録するって言うんだよ。
見習いなんて足手まといを連れて行く物好きいないって
言ったんだけどねぇ。どうする?あの子なら、その額でも良いよ」
登録所兼申込所の隅を女が指で示した先には、小柄な少年とも見える男が佇んでいた。
自分に視線が集まっていることに気づいた男は、ゆっくりとディルクの前まで歩いてきて立ち止まった。
「見習い僧侶のエドヴィンと申します」
どこか気品を感じさせる仕草で、ゆっくりと頭を下げる男を前にディルクは何かを感じ取っていた。
ー素質としては、悪くない・・・な。それに、何かと役に立ちそうだ。−
「この子が兄さん達と一緒に行きたいって言うなら連れて行ってもいいよ。
エドヴィンだったね?どうするんだい?」
まっすぐな瞳でディルクを見つめ、エドヴィンは真面目な表情で口を開いた。
「あなたは、何を成し遂げようとなさっているのですか?」
「怪物達に脅かされている方達を、私の力で少しでも救えるようなら・・と。
後ろにいる彼も同じ志を持つ者として共に旅をしています」
にっこりと微笑んでエドヴィンの瞳を見つめ返す。
「本当ですか?なら、あなたはなぜ仲間であるあの方の動きと音を制しているのですか?」
今だ、ディルクの術中で体の自由を奪われたままのライムントを見つめ、
歩み寄るとそっと手を伸ばし、そっとスペルを口ずさむと、
ライムントの体を縛っていた術は解けていた。
ーなかなか、どうして・・・優秀な見習いじゃないか。育てればかなりモノになりそうだな。−
「ディルク!一体何をっ」
「申し訳ありません、ライムント。こうでもしないとあなたは我々が食事や宿泊をするお金までも払ってしまいかねなかったので」
旅を続ける為に路銀はある程度必要なのは常識だった。
ここでライムントを怒らせるのは得策ではない、怒りだす前に謝って場を納めたいとディルクは頭を下げた。
この将来有望と思われる見習い僧侶を格安で仲間に加えたい。
「・・・だが・・・」
まだ何かを言い募ろうとしたライムントにそっと両手を合わせるような仕草を見せ、口を閉じてもらうことに成功した。
「お恥ずかしい話ですが、できるだけお安くどなたかに来ていただきたかったのです・・・」
「・・・・・・」
まだ完全に信頼されていない事は、エドヴィンの表情を見ていればわかる。
しかし、この機会を逃すと当分ライムントとの二人旅になりかねない。
仲間に回復魔法が使える人間がいる事といない事では、だいぶ危険度に差が出るものだ。
「でも・・・知らない世界を覗いてみるのも悪くないと思いますよ?
どうです、私達と一緒に世の中を巡ってみませんか?」
すっと手を差し伸べ、邪心など持っていないかのような表情でディルクは微笑んだ。
エドヴィンは少し考えるような素振りを見せ、何度かディルクとライムントの表情を見て、意を決した。
「わかりました。あなた達と共に行きましょう。
ただ、少しでもあなた方の行動に僕が疑問を持ったら、そこでお別れさせていただきます」
「では、契約成立ですね。ありがとう。エドヴィン、これからよろしくお願いします。
私はディルク。そして、後ろの彼はライムントです」
「よろしくお願いします、ディルクさんにライムントさん」
深く頭を下げるエドヴィンを前にディルクが勝ち誇ったような笑みを浮かべた事にライムントだけが気づいていた。
ーあ〜あ、こんな子まで騙して連れ出すのかディルクよ・・・−
そしてディルクはエドヴィンに本来の派遣料を立て替えて貰ったのだった。
■2■
見習い僧侶のエドヴィンを仲間にして数日後。
ディルク一行は、今のところ平和に旅を続けていた。
人材派遣所がある街を出て、三日目にたどり着いた小さな村でディルクは軽くため息をついた。
「どうした、ディルク。退屈そうだな」
時は夕刻、空の色が村全体を赤く染め上げている頃。
ディルク達は村に一軒しかないという、質素な宿屋に腰を落ち着けたばかりだった。
「いえ・・・故郷を出て、もう一月にもなるのに・・・
怪物どころか、賊にすら遭いませんね」
窓際におかれた椅子に浅く腰かけ、窓枠に肘をつき窓の外をぼんやりと眺めながら
物騒な事を呟く仲間にライムントは呆れた表情を見せる。
「お前なぁ・・・遭わない方が普通なんだぞ?
怪物退治の旅に出たと行っても、怪物が現われるような場所に行かなければ・・・っ!」
口にした瞬間ライムントは失言をしたと気づいて思わず口元を抑えたが、すでに遅かったようだ。
窓の外を眺めていた幼馴染の口元がゆっくりと引きあがったのを目にして、自分の口をぶん殴ってやりたい程の後悔を味わっていた。
「それは、そうですよね・・・君の割には冴えているじゃないですか」
悪い事を思いついた時の笑顔は、故郷で嫌と言うほど見た覚えがあった。
今のディルクはまさにその笑顔を自分に向け、椅子からスクリと立ち上がった。
ーしまった!変な事言うんじゃなかった・・・絶対に変な事に巻き込まれるっー
一筋の汗がライムントの額から鼻先まで流れるのもおかまいなしにディルクは旅の道具が入っている袋を引き寄せ、中身を探り出す。
少しでもディルクの企みを遅らせる為に、ライムントは思いついた事を口に出してみた。
「そ、そういえば、エドヴィンはどうしたんだ?宿に入ってから姿が見えないだろう?」
その言葉に、袋を探る手を止めずにディルクは半ば呆れ気味な声色で答えてくれた。
「彼なら、村の神殿へ行きましたよ。この村には、僧侶がいないという事で滞在している間だけでも、
ケガや病で困っている方々を救いたいと出て行きましたから。気になるようでしたら、君も行ってみたらどうですか?」
ライムントが邪魔なのか、部屋から追い出したいような言葉を投げかけられる。
だが、ここで従ってしまっては企みを阻止することができなくなってしまう。
「ああ、ありました」
先ほどの声とは打ってかわって嬉しそうな声をあげて、袋の中から小さな布袋を取り出し、鼻先で軽く振るって
香りを楽しむような仕草を見せ、にっこりと微笑むディルクに寒気を感じライムントはゴクリと空気を飲み込むのだった。
「なんだ、それは?ずいぶん良い香りがするな」
少し離れた位置にいる自分にも、ディルクが手に持つ袋から甘い香りが漂ってくるのを鼻先に感じ、思った疑問をそのまま口にした。
「これは、ただの香料ですよ。少し、このお部屋に私の苦手な香りが混じっていたので、これで少し和らげたいと思いましてね」
窓枠から飛び出ていた細い金属に袋を吊り下げ、窓を少し開けて道具袋の蓋をしめ、自分のベッドへ置くと杖を持って扉に向かう。
「どこへ行くんだ?」
「そろそろ夕食ですので、エドヴィンを呼んできます。君はどうしますか?」
先ほどまでの、悪い類の笑顔は消えて普段通りのディルクにライムントは少し疑問を覚えつつも、
彼の行動に異変を感じなかった為にほっと胸をなで下ろした。
ーさすがに他人を巻き込む恐れのある村の宿だ。
ここじゃ何もしないよな。いくらディルクでも・・・俺の考えすぎか。−
そう思い直すと、急に自分がかなり空腹だったことに気づき、ライムントの腹部から大きな鳴き声が部屋に響いた。
夕食を食べ終え、ディルクはベッドで横になりそっと目を瞑った。
両腕を胸の上で組み、唇が小さく動いているところを見ると瞑想をしているように見えた。
魔法使いや僧侶は、毎日の瞑想で己の力を上げると聞いた事がある。
ライムントは、さほどディルクの行動を怪しまずにエドヴィンと談笑していた。
ベッドの上からディルクが唱える、何かのスペルが小さく部屋に流れその響きは、ほんの少し開いた窓からも流れ出していた。
しばらくすると突然スペルを唱える響きが止まる。
ベッドの上から急にディルクが飛び起ると自分の脇に置いてある杖をすばやく引き寄せた。
「ディルク、どうした?」
「何かがこの宿に向かってきています!人間の気配ではありません!」
「ま、まさか怪物!?」
エドヴィンが青ざめながら悲鳴にも似た声を上げる。
「その、まさか・・・かもしれません。エドヴィン、あなたは怪物に遭遇した事は?」
杖を握りしめたまま、窓の外を凝視するディルクはベッドの上から飛び降りた。
ライムントは窓を開け放つと、周囲の気配を伺う。確かに宿の周囲に何者かが潜んでいる。
「おいっ本当に怪物がいるようだ!宿の人間を避難させた方が良くないか?」
切羽詰った表情で外を警戒しながらライムントが叫ぶ。
「エドヴィン?どうしました、大丈夫ですか?」
「あ・・・あの、僕・・・怪物なん・・・て、初めてで・・・ど、どうしたらっ」
狼狽した様子でエドヴィンがじりじりと窓から後ずさり、震える唇をやっとの思いで動かしていた。
これでは怪物と戦闘になったら、すぐに追い詰められてしまう。
「おいっディルク!やっぱり見習いでは、無理だ!
エドヴィンには宿の人間を避難させるぞっ」
震える様子を見て声を荒げ、そのライムントの声にすらビクリと肩を震わすエドヴィン。
そのやりとりを聞いていたディルクは、厳しい口調で言い放った。
「いいえ、ここは私とエドヴィンに任せてください!
君は宿の方々を避難させてください」
すでに部屋の中から、その姿が確認できるほど怪物は接近していた。
もう、迷っている時間はない!
ライムントは扉を開けるとそばにいたエドヴィンの両肩を力強く叩き
「お前は、ここでディルクと怪物を阻止してくれ!俺は宿の人を守るっ」
「は・・・はいっ」
先ほどよりは落ち着きを取り戻したエドヴィンを見届け、ライムントは部屋を飛び出していった。
「デ・・・ディルクさんっ怪物は・・・」
「ええ、窓のすぐ近くまで接近しています。落ち着いてください、エドヴィン。
私がしかけますから、あなたはサポートをお願いします。いいですね?」
「は・・はっい!」
懐の中から神殿から授かった杖を取り出し、両手で握りしめるがステッキを握り締めた手がガクガクと震えて、止まりそうにない。
その様子を横目で見つめ、ディルクの口元は笑っていた。
「そう・・・闘いは不利なほど燃えますね・・」
小さく呟くと窓の枠に片足をかけ、外に向けて杖を勢いよく振りかざした。
「月の精霊よ、闇を照らしたまえ」
杖の先から小さな光が発せられると、窓の外には人間の倍程も大きく、背中には羽が生え、頭には三本の角、
耳まで裂けた口に長い牙を持つ怪物が今にもディルクに襲いかかろうとしている瞬間だった。
「ディルクさん!」
エドヴィンが叫んだ次の瞬間、怪物の凶暴な腕が先程までディルクがいた場所を破壊した。
「大地の使いに乞う、我に力を!」
杖を水平に振ると地面から鋭いとげのような物が、怪物を串刺しにしていた。
【ギャアアアアア!!】
怪物の断末魔が響き渡ると、やがて周囲には静寂が戻った。
怪物を難なく退治したディルクをエドヴィンは、ただ絶賛した。
「ディルクさん!さすがですっあんなに大きな怪物を、たった一度のスペルでっ」
普段でも大きい瞳をさらに開き、潤んだ状態のままディルクを尊敬の眼差しで見つめる。
その熱い視線を軽く受け止め、肩を上下させて大きく息をはいた。
「ふうっ・・・現われた怪物が低級な物で助かりましたね」
笑顔を向け、今度は感激のあまり震えるエドヴィンに近づくと杖を握ったまま固まっている両手をそっと握り締める。
「さ、もう大丈夫です。ライムント達を呼びに行ってください」
手からそっとステッキを取り除いて、開け放たれた扉の方を指差した。
ディルク達の部屋から一番奥まった廊下で宿の主人や数人の客がこちらの様子をうかがっていたのだ。
ライムントは万が一の為に彼らを守るように一番前に陣取っている。
「はいっディルクさん!」
出会った時に、ディルクを疑った事をひどく後悔した。
未熟な自分への配慮、自分が危険に晒されても危機を排除した姿。
涙が零れそうになるのを堪え、エドヴィンは手を振りながらライムント達の下へ駆け寄っていく。
その後姿を見送ると、ディルクは窓にかかったままの香り袋を取り外し、笑みを浮かべる。
「やれやれ・・・本当に・・・弱い怪物で助かりました。
これで我々の旅も順調に進めるでしょうね」
ククッと喉の奥で笑いながら、香り袋を胸元にしまいこむと自分も扉の外へ向った。
その晩、ディルク一行は村で一番の酒や料理を食べきれないほど振舞われ、
宿も一番豪華な部屋を無償で使わせていただいた事は言うまでもない。
■3■
宿屋での怪物退治の後始末が終った頃には、
最初はディルクを疑っていたエドヴィンがすっかりディルクを見直し、
尊敬の眼差しで見つめるようになっていた事にライムントは乾いた笑いしか出なかった。
考えてみれば、襲ってきた怪物はディルクが自ら呼び寄せた可能性が
高いとライムントの悪い予感は的中していたのだった。
エドヴィンが部屋の外に出て行った時を狙ってライムントはディルクを責める。
「いくら退屈だからって、わざわざ自分で呼び寄せるような真似するな!」
その言葉を聞いてディルクはクスリと笑って、さらりと言ってのけた。
「まさか、私でも”退屈だから”なんてくだらない理由だけで、こんな真似はしません」
「だったら、なぜ!村人を巻き込む危険があるような事をっ!
今回はたまたま怪我人が出なかったから幸いだが・・・
毎回、弱い怪物が現われると決まっているわけじゃないんだろ!」
自分達の都合で無関係な人間が傷つくような事は、絶対に許せない。
それが仲間であり、幼馴染の仕業だとしたら自分はどうすればいいのだ。
そんな怒りの感情がライムントの全身から溢れ出していた。
「落ち着いてください。確かに怪物は私が呼び寄せました・・・。
でも、それはエドヴィンの為でもあったのですよ?
彼の実力を実践で・・・と思ったものですから」
真面目な表情でライムントの瞳をまっすぐに見つめ、嘘ではないと視線に力をこめた。
「確かに一緒に旅をするには、あいつの実力を知りたいとは思うが・・
何もあんな手段を使わなくてもいいだろう。もし命を落としでもしたら」
「それは心配に及びませんよ。この周辺には、弱い怪物しか
生息していないはずですし、万が一強い怪物が現われても
あなたがいるのですから平気でしょう?」
にっこりと笑い、部屋の扉へと向かう。
「おい、まだ話は終っていない!」
「・・・まったく、君は何が気に食わないと言うのですか?
昨日の怪物が来たおかげで我々は素晴らしい夜を過ごすことができ、
誰も怪我をしなかった。そして、私はようやくエドヴィンに信用してもらったのです。
何か不満でもあるのでしたら、具体的に教えていただきたいですね?」
扉の前で立ち止まり、後ろで仁王立ちになったまま動かないライムントを振り返る。
ライムントの表情は、不満そうだがディルクの言葉に返す言葉が見つからないようだ。
「・・・・・・でも、だからってなぁ!」
「あ、そうだ。怪物を私がご招待したという話は、エドヴィンには秘密ですよ?
せっかく得た信頼が崩れてしまいますから。
そうなると彼とはここで別れてしまうことになりかねません」
悪びれもせずそう告げるディルクを一瞬殴ってやりたい衝動に駆られたが、
それはなんとか抑制することに成功する。
格闘家として、それはやってはいけない事だと己に言い聞かせる。
「お前は、そんな方法で得た信頼がいつまでも続くと思っているのか?」
「ええ、もちろん。これは、きっかけですよ。あとは共に行動する時間で
彼の信頼は絶対的なものになっていきますから。ご安心ください。
私はそこまで愚かではありませんよ、ライムント」
両手を広げ、やれやれといった仕草を大げさに見せると再びライムントに背を向けた。
「はい、もうこのお話はおしまいです。そろそろ、お暇しましょうか?
私は宿の主人に挨拶をしてきますから。荷物をまとめておいてください」
そう告げると扉を開け、廊下を軽やかに歩いていくディルクの後姿に
大きなため息が出るライムントであった。
「俺は何故あんな奴と長年付き合っていけている自分がつくづくわからねーな」
ボリボリと後頭部を指で掻くと、荷物をまとめはじめる自分に呆れる。
すると勢いよく扉が開き、元気な声が部屋に響き渡った。
「ライムントさん!僕は決めましたよっ」
ライムントが手に持っていた道具袋を奪い取ると、
せっせと荷造りを始めたエドヴィンの瞳は輝いていた。
「何を決めたんだ?」
「僕はディルクさんを師と仰ぎたいと思います!」
その言葉は一瞬にしてライムントの動きを止めるには充分な力を持っていた。
■4■
エドヴィンがはじめて怪物に出会い、ディルクへの信頼と尊敬を芽生えさせた小さな村での事件から数日。
ディルク、ライムント、エドヴィンは次の街を目指して比較的広い公道をゆったりとした歩調で進んでいた。
天気は快晴、こんな日は誰でも機嫌良く旅を続ける事ができるはずだったが、
3人の中で1人だけ不機嫌そうな表情で数歩遅れて歩いていた。
筋肉質な肉体を惜しげもなく晒し、大きな道具袋を3つも左肩から背中に背負い無言で歩く大男は、格闘家のライムントである。
2人並んで、魔法についてや怪物についての話で盛り上がるディルクとエドヴィンの背中を見つめながら大きな息をはいた。
ー俺はどうして、旅をしているんだろう?
ディルクと違って野望があるわけでもないし・・・エドヴィンのように目的があるわけでもない。−
物思いにふけっていて、前を歩く2人が立ち止まった事に気づけなかった。
「・・・っと。急に止まるなディル・・・どうしたんだ?」
2人の立っている間から、前方へ視線を向けると十数人の集団がなにやら公道の真ん中で、言い合っている声が聞こえる。
ゆっくりと集団に向かい歩を進めていくと、身なりからして盗賊団かならず者の集まりと知れる。
「・・・どうやら、おだやかな雰囲気ではありませんね」
「ディルクさん、誰か囲まれています」
エドヴィンが男達の足に混じって、褐色で華奢な足が見え隠れしている事に気づき隣を歩くディルクを見上げた。
その表情はひきつりつつも、瞳は強い意志を示していた。
目の前に困っている人間がいたら助けたい。エドヴィンは聖職者としても人間としても、幼い頃からそう誓いを立てていた。
「助けましょう!どうやら女性のようです」
ディルク、ライムントを促してエドヴィンは、少し震える自分の頬を両の掌でパチンと叩いて足を踏み出した。
「おやめなさい!か弱い女性をいたぶるような真似は許されませんよ」
威勢良く声を上げたエドヴィンの登場に、一瞬男達から笑い声が途絶え一斉に振り返った。
そして、一瞬の間をあけてから大爆笑が起きる。
年齢の割には幼い顔つき、小柄な体格に、どことなく気品すら感じるエドヴィンに一喝されて怯むような男達ではなかった。
だが、エドヴィンの後ろに控えるライムントとディルクを認めると、リーダー格の男が笑いを制しながら、
女を囲んでいた輪から一歩出てきた。
革製のみそぼらしい鎧を直に身に着け、腰にはボロボロの布を巻きつけただけ。
だが、それらが男の強靭な肉体を見せつけるような効果を持っている。剥き出しの腕や足には、
いくつもの古い傷痕が浮かんでいるのが見てとれた。
「俺達が一方的に悪いみたいな事言うんじゃねぇよ、おぼっちゃん」
「お・・・おぼっちゃん・・・無礼な!」
「無礼な!だってよっ」
リーダーが笑うと周囲の男達も一緒になって笑い、道には男達の笑い声が響き渡る。
笑われたエドヴィンは顔を真っ赤にして更に言い放った。
「そ、そんな事より、そのお嬢さんを解放しなさい!すぐに解放すれば、あなた達に危害は加えません」
緊張した声でそう告げてリーダーの男を下から睨み上げたが、まったく怯む様子は見られない。
見かねてライムントがエドヴィンの横に足を踏み出した。
「その女性を解放しろ。さっさとしないと、お前らが怪我をする事になるんだぞ」
凄みの効いた声色で男達を睨み、最後にリーダーの男をじっと睨みつけた。
リーダー以外の男は、ライムントの体格や迫力に圧されたのか、視線を反らしたり落ち着きがなくなってきた。
その一瞬動きを止めた男達をかきわけて、襲われていたと思われる女が3人の前に姿を現す。
褐色の肌に深い緑色の長い髪を後ろに流し、切れ長な目は身長がたいして変わらないエドヴィンを睨みつけ、
その敵意に満ちた視線にエドヴィンとライムントはたじろいだ。
「何者だ、貴様達は?わたしの邪魔をしないでくれ」
上半身には、動きを制限しない柔らかい革であしらえた鎧を身に着け、
下半身はぴったりと足にフィットした品がよく似合っていた。
手には細く長い剣を抜き放っており、その切っ先には真新しい血液が地面に滴り落ちる。
周囲を観察してみると、彼女の後ろには血を流しながら倒れている数人の男が見えた。
「これでわかっただろ?この女は、俺達の仲間を殺したんだ。今から、こいつに罰を与えてやるところだ。殺す前に色々とな」
歪みきった笑みを浮かべて、自分達は何も悪くないと言わんばかりの男達に今度は女が抗議の言葉を発した。
「元々はお前達が、”通行料”などと馬鹿げた事をわたしに言ったからだ。
わたしにはお前達にくれてやる金など無い」
無表情なままだったが、幾分声には怒りの感情が感じ取られる。
どうやら、賊たちはこの道を通る旅人に”通行料”と称して金を脅し取り、
拒む者からは殺して奪うといった行為を繰り返しているようだ。
ただ、彼女の場合は脅しには屈指ず、抵抗していた様子が
エドヴィンには一方的にか弱い女性が襲われているように見えたのである。
勘違いは勘違いであったが、彼女の腕がどれほどの物だろうとも、多勢に無勢というものだ。
ここで一行が通りかからなければ、彼女の行く末は凄惨な物になっていたに違いない。
「女1人にこの人数は多すぎだ」
背中に担いだ荷物を地面に放り、ライムントはゴキゴキと音を発しながら腕を鳴らし、首を回す。
「賛成です、ライムント。お嬢さん、不本意とは思いますが私達が助太刀します。
よろしいですか?まだ、死にたくはないでしょう?」
長い衣の中から愛用の杖を取り出すとライムントのななめ後ろに構え、女に笑顔を向けながら声をかけた。
女は一瞬考えたが、魔法使い風の男が言うことが正しいと理解したのか、
小さく頷いて剣をひゅっと一振りし、切っ先の血液を地面に払う。
それが合図になったのか、一斉に公道で激しい戦いが始まった。
「エドヴィン!あなたは後方から、私達を支援してください!」
振り返らずに指示を出すと、ディルクは次々と魔法のスペルを唱えていく。
味方より敵の方が多い。
殺傷力よりも動きの制限を優先させる。
地面が割れ、割れ目に足を取られる者。
公道脇の草が伸び、足を絡め取られて地面に這いつくばる者。
眠りの魔法が効き、剣をふりかざしたまま地面につっぷしている者と様々だ。
魔法の効果に晒されなかった男達は、ライムントの拳や女の剣で倒されていった。
最後に残されたのは、やはりリーダーの男。
「なんて情けない連中だっ!こんな女とガキ達に・・・」
両手に湾曲した剣を持ち、ジリジリと2人の間合いから逃れるように後ずさりする。
腕に自信がある男だが、魔法を使う者を加えた複数人と戦うには不利すぎた。
「安心しろ、お前の相手はわたしだけだ」
少し乱れる息を整えながら、女が一歩一歩近づいていく。
共に進もうとしたライムントを手で制すと、剣を両手で構えた。
「この俺様が小娘に負けるか!」
男が2本の剣を振り回しながら突進してくると、女は無駄な動きなく交わし、すれ違いざま男の急所を一突きにした。
「がっ」
嫌な声を発し、男は口から血の泡を吹き出しながら地面に倒れる。
公道には、痛みにのたうつ十数人の男達と、数体の屍が転がり、さきほどまでの喧騒が嘘のようだった。
剣を納めた女を前にディルク、ライムント、エドヴィンはそれぞれ異なった表情を浮かべ、彼女を見つめていた。
「ありがとう、助かった。わたしの名前はグレーティアだ」
額から流れる汗を手の甲で拭いながらグレーティアと名乗った女
・・・いや、少女は無表情なまま汗を拭った手の反対を差し出した。
その手をディルクが握り、笑顔を向ける。
「お若いのに、お強いですね。私はディルクと申します」
手を離し、後ろに硬直した状態で立つライムントの手を引き、グレーティアの前に引き出す。
ライムントは顔から首、耳までを赤くし視線は足元に落としたまま普段の彼からは想像もできない程小さな声で名乗った。
彼は、自分の母親以外の女性には免疫がなく、女性の前では緊張してしまう一面があったのだ。
「ライムントだ・・・ぶ、無事でよかった」
それだけを告げると、少し離れた場所に放り投げたままの荷物を逃げるように取りに向かった。
その幼馴染の後ろ姿をクスリと笑って見送ると、自分の数歩後ろに控えめに佇んでいたエドヴィンを紹介した。
「彼がエドヴィンです。今は僧侶見習いですが、将来は有望です」
ディルクの紹介でペコリと頭を下げ、近づいてくるとエドヴィンはすっとグレーティアの手を取った。
突然の事でグレーティアは驚いた表情を見せ、手をさっと自分に引き寄せながら目の前の無礼な男を睨みつけた。
「何をするっ」
「驚かせてしまいましたね。あなたが怪我をされているようだったので、つい」
グレーティアの肘から上の部分から真っ赤な血液が流れ、肘のところから地面に数的血液が滴り落ちている。
「このくらいの傷はなんともない」
「いえ、彼らの剣には微量ですが毒物が塗り込められています。
今のうちに治癒させないと後で大変なことになりますよ?」
「・・・頼む」
エドヴィンの言葉通り、さきほどから傷ついた方の腕に、痺れたような感覚がグレーティアに不快感を与え始めていた。
素直に従うと、エドヴィンは傷口をアルコールで軽く拭い、そっと腕に掌を添えると神への祈りを捧げる。
彼の掌が鈍く光を放ち、熱くない程度の熱をグレーティアに与えた。
グレーティアの中から痺れていた感覚がひき、傷口もすっかりとなくなっていく。
これが聖職者が身につける神の力を借りた魔法。
高度な力を持つ僧侶は、死人を甦らせる事もできると言われている。
「さあ、これでもう安心ですよ」
「すまない」
素直に頭を下げ、すっかり傷のなくなった腕を不思議そうな表情で見つめ、反対の手で触れてみる。
「すごいものだな、魔法という物は」
先程よりも幾分か柔らかい声色を発するグレーティアにエドヴィンは邪気のない微笑みを向けた。
「いえ、僕の力ではありません。すべて神の力によるものですから」
怪我の治癒を終えたグレーティアは、しばらく考えるような仕草を見せ、
すぐに何かを決したようにディルクの目の前に進み出た。
思いも寄らない言葉が彼女の小さい唇から飛び出す。
「わたしはお前達の旅に加わろう。助けてくれた礼を返したい」
もう決定したかのような物言いに、さすがのディルクも驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの笑みを口元に称えると
「私達は、困っている人達を助ける旅をしています。果てしなく、危険の多い旅ですよ?」
ライムントが少し離れた所から、複雑な表情で3人の会話を聞いている。
女性に免疫がない彼にとっては、仲間に女性が入るという事に
反対でもあり、己の弱点克服に繋がる点では賛成とも思えた。
「望むところだ。わたしは剣の修行をするために家を出たのだ。
こいつらも腕試しにちょうど良いと思ったのだが・・・しくじってしまって」
無表情から一転して照れたような表情は、彼女をさきほどより幼く見せた。
普通の生活を送っていれば、恋やおしゃれに夢中な年頃だろう。
「わかりました。私はかまいません。ライムントやエドヴィンはいかがですか?」
「僕もかまいません。僕も見習いで修行中の身です、一緒にがんばりましょう、グレーティアさん!」
「グレーティアでいい。エドヴィン・・だったな?よろしく頼む」
口元を緩ませ、目尻をほんの少しだけ下げた彼女の微笑みに、エドヴィンは一瞬見惚れてしまった自分を恥じた。
すっと頭を下げて、3人分の荷物を持ちながらこちらの様子をうかがっていたライムントの元に駆け寄る。
「ライムントさんは彼女が一行に加わる事に賛成ですか?」
「・・・俺もかまわない。今後、剣の使い手が必要な時も来るだろうしな」
自分以外の仲間が賛成している事にあえて異を唱える事もないだろうと、
ライムントはグレーティア加入に賛成の意を示した事をディルクに向けて指で合図を送る。
「どうやら全員、あなたを歓迎するそうですよ。これからよろしくお願いしますね、グレーティア」
「こちらこそ恩に着る。必ず役に立つ」
剣を目の前に掲げ、自信に満ちた表情を見せるグレーティアにディルクは好感を抱いていた。
グレーティアを加えた一行は、暗くなりつつある公道を街の明りを目指して歩いていた。
先頭を歩くのはエドヴィンとグレーティア。
その2人から、会話が聞こえない程度の距離で歩くのはディルクとライムントの2人だ。
2人は何やら小声で話している。
「これで君も女性と話す機会が増えてよかったじゃないですか」
からかい口調で隣にいる幼馴染を歩きながら覗きこむと、ライムントも言い返してきた。
「お前こそ、彼女に手を出すなよ?少女と呼んでも不思議じゃない位だ」
何を言い出すのかと噴出したディルクは、艶っぽい微笑みを浮かべた。
「私、子供の頃から女に不自由したことがないんで、大丈夫ですよ」
「なっ!」
今まで一緒に育ってきて、何も知らなかった衝撃の事実。
幼馴染は子供の頃から、”こうだった”という事にライムントはショックを隠し切れなかった。
■5■
ここは、レーグルンス大陸の中央よりやや東寄りにある街。
ディルク達がこの旅で初めて入る大きな街がこのヴィルブルクとなった。
ヴィルブルクはディルクとライムントの故郷から、大陸の中央へ向かって10日間ほどの距離だ。
エドヴィンを先頭に暗くなった街道を歩いていく。まだこの街の夜は長いようだ。
街道には、宿屋や酒場などの店の光が道に長く伸びていた。
「とりあえず宿を決めましょうディルクさん」
すっかりディルクを師と仰いでいるエドヴィンは自ら宿を探す役を請け負うとぐるりと頭をめぐらし宿屋らしき建物を探す。
「あそこに大きな宿屋がありますよ、行ってみますか?」
くるりと振り返って街の中央に位置するひときわ大きな建物を指差し、
歩き出そうとしたエドヴィンをライムントが慌てた様子で止めた。
「待てエドヴィン。俺達にそんな宿代払えると思ってんのか?」
出身が裕福な家庭と思われるエドヴィンがきょとんとした表情でライムントを見上げる。
「宿屋というのは、値段に差があるものなのですか?」
その言葉に冷や汗を流しながらライムントは、腰をかがめてエドヴィンの視線に自分の視線を合わせた。
「お前は宿屋選びをするな。わかったな?」
「・・・はい、申し訳ありません」
戦闘では、まだ役に立てない自分が他の事で一行の役に立とうと
動いたつもりだったが、それすらも迷惑になってしまったとエドヴィンはうなだれた。
「じゃあ、あの宿へ行ってみますか?案外お安いかもしれませんよ」
「ディルクさん、無理なさらないでください。僕が無知だっただけですから」
自分が落ち込んだ様子を見てディルクが発言したと思い、
エドヴィンは慌てて道の真ん中に立ちはだかって一行の進行を妨げるような動きを見せる。
「別に無理なんてしてませんから。さ、行ってみましょう」
にこにこと笑いながら、街の中央に向かうディルクを慌てた様子で一行が追った。
ディルク、エドヴィン、グレーティア、ライムントの順で宿屋に入る。
そこには、今まで見たことのない豪華な装飾が施されたロビーが目の前に広がっていた。
唯一ディルクだけが動じた様子も見せず、すたすたと受付に1人向かう。
「いらっしゃいませ、4名様ですか?」
受付の若い男は笑顔をディルクに向けながらも、
ディルクや後ろに控えていた3人の様子を観察し、
笑顔を崩さずきっぱりとした口調で告げた。
「失礼ですが、当宿はお客様には不適切だと見受けます・・・
こちらで良いお宿をご紹介できますが、いかがなさいますか?」
深々と頭を下げ、受付の男は”お引取りください”とディルク達に言うのだ。
それも無理はない。ここは、国賓級の人間も利用するほどの高級宿場。
旅人が気軽に利用できるような場所じゃない。
「そうですか、わかりました。では、良い宿とやらを紹介していただけますか?」
その言葉にほっとしたのか受付の男は紙にひとつの宿屋名を書き記し、丁重にディルクに手渡した。
「こちらなら、お客様もご満足いただけると思います。どうぞ、良い夜を」
最後まで同じ笑顔で応対されていたが、受け付けに背を向けたディルクは
不機嫌そうな表情を後ろにいた3人に晒し、受け取った紙をエドヴィンに渡す。
「・・・すぐ部屋を手配してきます!」
「お願いします」
紙を渡された後に一瞬何を要求されているのかわからなかったエドヴィンだったが
横にいたライムントがそっと要求されている行動を耳打ちをして理解したのだ。
「私も行こう」
駆け出すエドヴィンの後に続いてグレーティアも宿屋から飛び出した。
どうやら彼女はこの豪華な装飾に居心地の悪さを感じていたのだ。
残された2人はゆっくりとした歩調で、足元をしきつめるふかふかの感触を
不快に感じながら宿屋の立派な扉を開けて外に出た。
先程まで眩いばかりの宿屋を出て、外の暗さに一瞬視界を失い
足元をふらつかせたディルクをライムントが後ろからそっと支えて歩き出した。
「ありがとうライムント・・・君はいつも私を支えてくれるのですね」
しみじみと呟くディルクにライムントは驚いた表情を見せる。
「どうした?急に、お前らしくないぞディルク」
ははっと男らしく笑いながらライムントは、教えてもらった宿に向かうためにディルクを促した。
ライムントから見た限り、今日のディルクはいつもの調子とは違うように感じていたのだ。
今の発言でそれは確信に変わる。一体、彼はどうしてしまったと言うのだろう?
「何か悩んでいるなら俺が話しを聞くぞ?」
宿屋に向かいつつ心配そうにライムントがディルクを覗きこむ。
「先日の件は申し訳ありませんでした」
しおらしい態度のディルクにも驚いたが、飛び出した言葉にはもっと驚いた。
一体、何に対して自分は謝られたのかが思い当たらないのだ。
「先日の何が?別に何も無かっただろう」
「宿屋に怪物を私が呼び寄せた事があったでしょう?あの時の事です」
それを聞いてやっと思い出した程、ライムントにとっては些細な出来事だったに関わらず、
ディルクはそれについて深く反省しているようだ。
「ああ、あの時の事か。何を謝ることがあるんだ。もう過ぎた事だし、
誰も傷つかなかったんだからな。それにお前は結果に満足していたんだ」
「それは、私にとって結果は満足できるものでしたけど、
もしも、あの時に現われた怪物が複数だったら・・・
いえ、もっと上級の怪物だったらと思うと恐ろしくて」
立ち止まって頭を下げるディルクの両肩にぽんっと手を添えてライムントは笑い飛ばした。
「何言ってやがる!お前の無茶は昔からだったし、
それに付き合えない程弱くもない。そんなのはとっくに知ってるだろ?」
ー10年程前・ディルクとライムントの故郷ー
農業や家畜を主な生業とした村・ブルダは住民が100名程の小さな村。
大陸の東側に位置する国家・ザーランドの外れにあり、
村には老人や女と子供しかいない過疎化の進んだ村である。
若い男達は家族を養い、貧しい村を救うために大きな街へ出稼ぎに出ていた。
ブルダの村に、女1人で2人の子供を育てている家がある。
その家の開け放たれた窓から大きな少年の声が響いてきた。
「もうこんな村に居るのは嫌だ!僕は、すぐにここから出ていくんだ!」
その声が聞こえた直後、家の扉が勢い良く開き、大声を上げていた少年が飛び出した。
そして、村の出口に向かって駆けていく。
「待ちなさいディルク!村から出てはダメよっ」
次に飛び出してきたのは、まだ若い女だった。少年の母親だろうか。
「母さん、俺が連れ戻してくるから夕食の支度でもしてて。3人分ね」
「ライムント・・・お願いね。森に入る前にディルクを・・・必ずよ?」
先程、飛び出して行った少年よりも幾分大人びて見える少年は、
母親の言葉に力強く頷き、後ろ姿が小さくなっていく少年を追いかけた。
ライムントがディルクに追いついた頃は、辺りも薄く暗くなり森は静まり返っていた。
その静寂が薄気味悪い森をいっそう引き立てている。
「ディルク何やってんだよ!早く村に戻るぞ。母さんも心配してる」
肩を激しく上げ下げしながら荒い呼吸を繰り返し、2人の少年は村からさほど離れていない森の外れに入り込んでいた。
この森は下級な怪物が出現する危険な場所として、村人達は滅多に近づかない。
「僕は決めたんだ。もう君のお母さんの世話にならない。1人で生きていく」
「馬鹿やろう、お前みたいな子供が1人で暮らして行けるはずないだろ?」
数歩分の間隔を空け、2人は相対していた。
「だって・・・僕は君達とは他人だし、もうお母さんに苦労させたくない」
左手で反対側の腕を掴むとぎゅっと力をこめ、ライムントから視線を外すように地面をじっと見つめた。
「何言ってんだよ、お前は俺の弟だろ。血が繋がってなくても関係ない」
「関係あるよ。僕の母親は何年も前に死んじゃったし。
父さんは大きな街に働きに行ってから、何も連絡が来ないし、お金も無い」
「だから母さんがお前を子供にしたんじゃないか。
それで、俺と一緒に育ってきたんだろう?何が不満なんだよ」
「この村の皆は、他人を養っていく程豊かじゃないのは子供の僕だって知ってる。
おか・・・おばさんだって、いつも食べるご飯が僕らよりずっと少ないんだ。
ライムントは気づいてないの?いつも、おかわりなんてしてさ」
怒りにも似た感情をライムントにぶつけてくるディルクは拳をぎゅっと握りしめている。
小刻みに肩が震えて見えるのは、泣いているのかもしれない。
「そ、そのくらい知ってる!でも、母さんも俺もお前を他人だなんて思ってない」
「そんなの言わなければわからないじゃないか。心の中じゃ、わからないよ」
流れた涙をぐいっと服の袖で拭うとディルクはライムントを睨みつけた。
「今までの事は感謝しているよ、ライムント。君を本当の兄だと思ってた」
「だったら、これからもそれでいいだろ?さあ、早く帰るぞ。
母さんが夕食を用意して待ってる」
手を差し出しディルクを促したが、その手が握られることはなかった。
「うわああああ!!」
突然ディルクの横から怪物が現われたのだ。
当時、2人は怪物の種類や強さなどの知識はなかったが、現われたのは下級怪物の一種だ。
「ディルクっ早く逃げろ!」
「嫌だ!」
怪物の前から、すばやい身のこなしで飛びのいて間合いを空けた。
ディルクの傍にライムントが駆け寄ると、拾った剣の長さほどある木の棒を両手で握り、構えるがその腕や足は震えていた。
初めて出会う怪物は、人間の二倍はある体格を持ち、鋭い牙・鋭い角で四足歩行の獣型。
「こんな時にわがまま言うな!早く村に逃げろ!ここは俺がなんとか食い止めるから、お前は早く母さんの所へ!」
「何言ってるんだよっそれはこっちのセリフだ!」
そう言い放つとディルクは、両腕を広げ不敵な笑みを浮かべた。
「木々の精霊よ、我に従い敵を捕らえろ!」
ディルクの発した言葉にどこからともなく長く、
太い蔓が伸びて目の前の怪物に絡みつくと、すごい力で怪物を横になぎ倒してしまった。
なぎ倒された怪物は苦しそうにもがきながら蔓を引きちぎろうとしている。
だが、引きちぎれても引きちぎれても新たな蔦が絡みつき、怪物の動きを制限していた。
「ふうっ初めて使った割には上手にできてよかった!大丈夫?ライムント」
笑いながら振り返ると、そこには驚きのあまり硬直している兄であり、
友でもあるライムントが手に持っていた棒を足元に落とした。
「い・・・今のって」
「魔法だよ。これで僕が1人で生きていけるってわかっただろう?」
得意そうな顔で両腕を自分の脇腹あたりに添えると、胸を反り返してフフっと鼻で笑う。
「お前、魔法なんていつの間に?」
蔓に絡まれたままバタバタと暴れ、悲痛な鳴き声をあげる怪物を見つめ、次に得意満面のディルクを見つめた。
「本で勉強したんだよ。たいしたものだろう?僕もこんなに上手くいくなんて思ってなかったんだけどね」
懐に手を入れると子供が読むには難しい文字が飾られた本を取り出し、
ライムントに見せてくれた。
「それを身につけたから村を出るって言ったのか?」
「うん。魔法さえあれば、怪物を退治して王様にご褒美を貰って
大金持ちになれるだろ?そうしたら、お母さんやこの村を
豊かにしたいんだ!」
目を輝かせて夢を語るディルクを思わず、ぎゅっと抱き締めていた。
「な、何、ライムント!苦しいよっ離して」
「ダメだ。離したらお前は村を出て行く気なんだろ?」
「・・・それは、そうだけど」
自分の胸ほどの身長しかないディルクを力いっぱい抱き締めながら
頬が紅潮してくるのがわかる。
ライムントは自分ができる事を見つけた気がした。
「まだ、ダメだ。出て行く時は俺も行く。俺がもっと強くなるまで、村にいろ!」
そう宣言してディルクを胸から解放する。
ディルクはライムントの前から居なくなる事はなかった。
「僕、指図されるのって嫌いなんだよね・・・それだけは覚えておいてね」
笑いながら手を差し出すと握手を交わした。
「・・・ああ、わかってるよ、そんな事はとっくの昔にな」
「それはよかった。さあ、家に帰ろう。もうおなかぺこぺこだよ僕」
手を離さないまま2人は森を抜け、母の待つ場所へ笑顔で帰っていった。
ー時は戻って・ヴィルブルクの宿屋ー
部屋に荷物を置いて、4人は宿屋に併設されている酒場に来ていた。
賑やかな店内に4人が座れる席を見つけて、すぐに腰を落ち着けることができた。
「今日はどんどんなんでも食べてくださいね。お酒も頼みましょう。
豪華とは言えませんが、私が支払いますので遠慮はいりませんよ」
邪な考えがまったくない笑顔を3人に向け、店主に次々とオーダーするディルクにライムントは優しい視線を向けていた。
ーこれがお前なりのエドヴィンへの詫びって事なんだろうな・・・ったく素直じゃないー
「ディルク宿代は俺が出すからな」
そう言う友の隣に腰をかけてディルクは笑いながら
「ライムント、君は物覚えが悪いですね。前にも言ったでしょう」
「・・・・・?」
「私は・・・指図されるのって嫌いなんですよね」
■6■
レーグルンス大陸・中央よりやや東寄りに位置する街・ヴィルブルグを拠点に
しばらく怪物退治や賊の討伐をする事に決めたディルク達は、現在自分達の装備を整えるためによろず屋に全員で訪れていた。
なぜ全員でやってきたかというと、ディルクが仲間達の路銀をすべて管理する事に昨夜全員で決定したからである。
これもディルクの巧みな話術で導かれた結論であったが、ライムント以外の2人はすっかりディルクを信じきっていた。
「さあ、自分に適した防具類、武器を予算内で選んでくださいね。
少しくらいなら予算オーバーしてもかまいませんから良い物を選んでください」
そう言うと、ディルクも己の魔力を増幅する為のアクセサリーや、
物理的な攻撃に少しでも耐えられるように軽いタイプの防具などを物色しはじめる。
己の肉体を武器にして戦うライムントは、特に武器や防具は必要ないのかディルクやエドヴィンが品物を選ぶ様子を観察していた。
ただ、女性に免疫がない為にグレーティアの近くには近寄れずに遠くから時々視線を向けるだけである。
その視線に気づいたグレーティアがまっすぐにライムントに近づいてきた。
「・・・な、なんだ?グレーティア」
自分の目の前に立ち止まったグレーティアを正視しないように目を横に逸らしながら、やっと唇を動かす。
「あんたは何も選ばないの?見たところ、ろくな武器・防具を身につけていないのに、いいのか?」
「俺は格闘家だ。鎧だの小手だのは、動きを邪魔するだけだからな」
戦闘についての話題なら相手が女性でもスラスラと言葉が出てくるから不思議だ。
「それなら、わたしも一緒だな。鎧は今身につけている物で充分だ。
剣を替えるつもりなどないし」
腰のベルトに装備している剣を片手でぽんと示し、少し寂しそうなグレーティアの表情をライムントは見逃さなかった。
だが、知り合ってまだ数日の女性に過去の事をあれこれ詮索する気持ちにはなれない。
そして、自分がグレーティアと普通に会話ができていた事を思い出すと、
再び動悸が激しくなりじんわりと掌に汗が滲んでくるのを自覚した。
「せ、せっかくよろず屋に来たのだから、俺も何か買ってみるかな・・・し、失礼する」
やや早口で言い終えると、自分が身につけられそうな服が並ぶ棚の前へ移動し適当に手を伸ばす。
そう言えば、今の服はだいぶ汚れてきているのでこの機会に新しくするのも
良いと考えたライムントは真剣な表情で服を選びはじめるのだった。
一方、ディルクとエドヴィンは共に魔法に通じる職業の為、見るところがほぼ同じ。
並んで魔法具を物色したり、杖やステッキなどを眺める。
「ディルクさんには、これ似合いそうですよ。いかがですか?」
薄い緑色の布で作られた長いローブの袖口や裾には、上品な模様の刺繍がほどこされ、
背面の腰布を軽く絞りピンズで留めてあった。
「それは、なかなか良い物ですね・・・あなたが選んでくれた事ですし、私はこれにしましょう」
「え、よろしいのですか?僕なんかが選んだ物で大丈夫ですか?」
戸惑いながらも嬉しそうな表情を見せるエドヴィンに笑いかけながら
「何を言っているんです。今、あなたが私に似合うと言ったばかりでしょう?」
エドヴィンの手からローブを手に取ると、己の腕にかけ引き続き品物を眺めながら内心ディルクは感心していた。
ーこれは、なかなか良い買い物かもしれませんね。無意識に選んだとしたら大したものですよー
手に持つローブには、微力ながら魔力が込められており、様々なダメージをほんのわずかだが軽減してくれる効果を持っていたのだ。
ふと目に止まった僧侶用のマントを手にとり、エドヴィンを手招きした。
「あなたには、このマントと留め具を買いましょう。きっとあなたを守ってくれますから」
神殿で祝福を受けた証である文様が編みこまれた真白なマントと、身につけた者を、
邪な物から守護する宝珠を使った留め具をエドヴィンに渡す。
「こ、これは、見習いの僕が身につけられるような物ではありません」
一般的にマントを身につけた僧侶は、一人前の証と言われていた。
だが、エドヴィンはまだ見習いの身であり、人材派遣所に登録する前日に神殿での研修を終えたばかりなのである。
しかしディルクはその訴えをきっぱりと却下した。
「法で見習いの僧侶がマントを身につけてはいけないわけでもありません。
それに、これから一人前になれば何も問題ありませんよね?」
にっこりと笑うと、エドヴィンの手からマントと留め具を再び己の手に納めると、自分のローブと共に店主に会計を頼む。
「ディルクさん!困ります・・・僕はやっぱり、まだ身につけることはできません!」
路銀を収めてある布袋から、代金を払いながら背後でわめくエドヴィンを振り向きもせずに嗜めた。
「エドヴィン」
いつもの声よりも少し低いディルクの声。
少し、怒りにも似た感情を読み取ってエドヴィンは口を閉ざした。
「ありがとうございました。またのお越しを」
「ありがとう。また必ず」
店主に言葉をかけ、微笑みながら品物を受け取り、彼のために購入した品物を渡しながら、こう言うのだった。
「まず、確認しますが・・・この旅での決定権は私が持ってます」
「は・・・はい」
笑みの浮かんでいないディルクの顔は、整っているせいなのか人形のような冷たさを感じさせる。
初めてみるディルクの表情にエドヴィンは何も言えなくなってしまっていた。
「エドヴィン、知っていますか?」
「あの・・・いいえ」
「見えるものが全てじゃない。という事です」
冷たい表情が消え、次に現われたのは自信に溢れた表情にエドヴィンは驚き、言われた言葉の意味が理解できずに首を傾げる。
「わかりませんか?私の言っている意味が」
「は・・・い。申し訳ありません」
素直に自分が至らない点を認めるエドヴィンを好ましく思って、ディルクは優しく微笑んだ。
「今はわからなくても、すぐにわかるようになります」
「・・・ディルクさんが、そうおっしゃるなら僕はそれを信じます」
疑問を抱えながらも、ディルクからの信頼を得られたという実感がエドヴィンを包む。
少し、戸惑いながら購入したばかりのマントを身につけて、照れくさそうに笑うのだった。
「どう、ですか?」
「似合いますよ。私の思った通りです。
さ、まだ何を買うか決まらない人達の所へ行きましょう。
早く決めてあげないと食事の時間になってしまいますからね」
何を選べば良いのかわからず、品棚の前で腕組をしたまま動かないライムント。
先日の戦闘で知らぬ間に傷ついていた胸当ての替わりを探すグレーティアが
眉間に皺を寄せながらあれこれと手に取っては棚に戻していた。
■7■
先日の買い物で路銀をほぼ使い果たしたディルク達は、ヴィルブルグの宿屋を拠点に、
怪物退治請負を中心とした商売を始める事にした。
今、ディルク達の部屋には初めての依頼人がいぶかしげな表情を浮かべながら扉を開けた所だ。
「どうぞ、中へ入ってください」
「あ・・・あの、ここで怪物退治をしてくれるって聞いたもんだから、来たんだか。あんた達が退治するのかい?」
屈強な戦士が控えているものだと思い込んでいた、ヴィルブルグの郊外に住む男・ボルマンは不安そうな声を上げた。
部屋にいるのは、若い男女4人しかいない。格闘家風の男は、想像していた戦士像に近いが、
他の3人はとても怪物を退治できるような人間には見えない。
受け取った広告で、他の怪物退治屋よりもだいぶ安価で引き受けてもらえると、来てみたもののボルマンは迷いはじめていた。
この退治屋に依頼しても大丈夫だろうか?いくら安いと言っても自分の依頼で
若者達が命を落とす事になったら仕事上の事とはいえ、後味が悪いのではないか?
色々な不安が頭を巡り、ボルマンは部屋の中をキョロキョロと見回し、部屋に踏み入れた足を引きかけてしまった。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ・・・ああ。すまん。わしはボルマン」
「ボルマンさん。あなたが一番最初のお客様ですね、どうぞ、こちらにおかけになってください」
にっこりと笑ってボルマンを目の前の椅子に座るように促し、ディルクも椅子に腰をかける。
「私はディルクと申します。後の者は、後々ご紹介いたしましょう。まず、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
椅子に腰掛けたボルマンに視線を向け、一瞬目を合わせてすぐに胸元辺りに視線を落とす。
落ち着きのない相手の瞳を見つめる事は、さらに焦りを生み相手から冷静な判断を導く事はできない。
ここは自分達は命をかけ、依頼人は大切な資財をかける大事な交渉の場なのだ。
「わしの倅、ユングがシュワルヅの森へ薬草を摘みに行ったまま3日も帰って来ない・・・。
あの森は、良い薬草が取れるが怪物も出ると言われていて・・・倅は怪物と戦える術を持たないんだ」
両手で頭を抱え、自分が共に行かなかった事を悔いる。
「依頼内容としては、ご子息の救出という事でしょうか?」
「そうだ!本当ならわしが探しに行けば良いのだが・・・怪物には銃が効かないと言うからな・・
だが、あんた達に頼んでも大丈夫なのか?」
若さ故の経験の少なさを心配しているのだろう、ボルマンは悲痛な表情でディルクを見つめた。
息子を助けたい気持ちに、自分の無力さに打ちひしがれ、腕ききの怪物退治屋には高くて頼めない・・・。
仕方なく、商売を始めたばかりのひよっこ退治屋に依頼するしか手段が選べなかった事への悔しさがにじみ出ている。
「私達は、こう見えても優秀なのですよ。ご安心くださいボルマンさん。必ずご子息を連れ帰りますから」
そう言うと、懐から1枚の紙切れを取り出してテーブルの上に広げた。
「報酬は、成功報酬ですので今はこちらの書面にご署名をお願いします」
「なんだい、これは?」
今まで退治屋など使った事がないボルマンが戸惑う。
「これは、契約書になります。ご子息を無事に連れ帰った場合はこちらの報酬をいただきます。
万が一、失敗した場合は・・・報酬はいだきません」
「失敗されちゃ困る!」
「ええ、それはわかっております。我々も最善を尽くしますが・・・。
こちらの書面にご署名いただけないと国からの認可が下りないのでお願いします」
怪物退治で報酬を得るためには、ザーランド国からの認可が必要なのだ。
怪物退治は、誰でも自由に行なえるがそれを商いとする場合は国の許しが必要なのだとディルク達もつい先日に知った事だ。
数多くの怪物を退治し、国に手柄を認められれば、国政に携わる事や膨大な褒美を元に富豪と成る事も可能なのである。
このレーグルンス大陸では、怪物退治が一番出世できる方法と言っても過言ではない。
数多くの人間が、怪物退治をやってもこの大陸から怪物が消える気配は一向にないと言われている。
大陸の怪物を一掃できた人間は、大陸全土の王にも成りうると噂され、多くの若者が夢と野望を抱き、無謀な冒険を続けているのだ。
「これで、いいのかい?」
書面に署名を終え、ボーランドはディルク、ライムント、エドヴィン、グレーティアの順に深く頭を下げ部屋を後にした。
部屋に残されたディルクはボルマンが署名した書面をテーブル上に置き、それを見つめた。
仲間達がディルクのいるテーブルに静かに集まってくる。
「おい、ディルク。いいのか?安請け合いして・・・もし、俺達の手に負えない怪物が出てきたらどうする気なんだ」
シュワルヅの森には、昔から様々な怪物が生息している事を、ここ数日の滞在で知ることができたからだ。
「大丈夫だと思いますよ。シュワルヅの森で薬草が繁殖している場所は、
極一部ですし。その場所には、さほど強い怪物はいないはずです」
懐からもう1枚大きな紙を取り出し、広げる。その紙は表にヴィルブルグの街とその周辺を。
裏面には、シュワルヅの森が描かれている。
しかし、シュワルヅの森はところどころ何も書き記されていない。
書き記してある事は、生還者が通った道筋と遭遇した怪物の種族名。
また通った道筋に生息していた、動植物などの情報が目に入ってきた。
「この地図は、なぜところどころ何も書いていないんだ?」
空白の部分を細い指で指し示すグレーティアに、ディルクは妙に明るい声で答えた。
「ああ、書き記してある場所以外は生還者がいない。という事らしいですよ」
「ええっ!?」
ディルクの言葉に思わず声を上げたのがエドヴィン。
ライムントは、嫌な予感が的中したのか掌を額に当て大きな息を吐いた。
そして、質問をしたグレーティアは特に驚いた様子もなく一言
「そうなのか。わかった」
顎に指を当て、森の地図を眺めると再び空白を指差した。
「ここへ行こう。きっと、ここに良い薬草がある」
その確信に満ちた言葉にディルクは思いもよらず、驚いた表情を見せた。
ただの女剣士だったと思っていたのに、思わぬ副産物を持っていたようだ。
「あなたは薬草に詳しいのですか?」
その言葉にグレーティアは小さく頷き、ディルクの言葉を補うように口を開いた。
「わたしの家系は薬師なんだ。わたしには合わないようだったが・・・」
ふと懐かしむような表情を見せたが、すぐにいつもの感情が現われない表情に戻る。
「でも、グレーティアさんも薬草に関してはあかるいんですよね!」
「まあ、人よりは知っている程度だ」
「すごいですね!僕、ますます早く一人前になってみなさんの手助けをできるようになりたいです」
エドヴィンは自分が仲間の中で一番経験が乏しく、戦闘においても役に立てない事をずっと気にしていた。
「なに、僧侶ってのは仲間の支援が役割だ。焦ることないだろ、エドヴィン」
優しく笑いながらエドヴィンの背中を掌で叩くと、ライムントは触ると
折れてしまいそうな程に華奢なグレーティアの指が差す地図の場所に視線を落とした。
「だいぶ森の奥だな・・・武器も持たない少年が入っていけるのか?」
グレーティアに問いかけてはいたのだが、女性との免疫が足りないライムントはディルクに視線を向ける。
その視線を受け止めて、今度はディルクが答えた。
「地図に書いてある安全な道筋を使えば、簡単にいけてしまう場所でもありますよ」
街の出入口から一番近い森の入り口から、グレーティアが指を置く場所まで、
すっと指を動かし頭の中に地図に書かれた情報を記憶させた。
ユングを助ける事が依頼だが、森には必ず怪物が出る。
さらに、グレーティアが示した場所に彼が必ずいるとは限らない上に、
怪物から逃げるうちに、もっと森の奥まで迷いこんでいる可能性だってある。
「引き受けたからには、依頼達成に全力を尽くしましょう。私がボルマン氏と交渉している間、
反対しなかったのですから賛成なのでしょう?」
椅子から立ち上がり、テーブルの上で地図をコンパクトにたたむと懐にしまいこみ自分の荷物を手に取った。
「反対って・・・どうせ、俺達が何を言っても引き受けるだろう、お前は」
苦笑いを浮かべてライムントは、この前街のよろず屋で購入した革製のグローブを両手にはめ、ギュッと握りしめた。
そして、自分の道具を手に持ち脇に転がっていたエドヴィンの道具袋を拾い、持ち主に放った。
「ありがとうございます!」
放られた道具袋を受けとり、紐をきゅっとしめ壁にかけた僧侶のマントを身につける。
「怪物は出るんだろうな?」
唇の端を上げ、不敵な笑みを浮かべたグレーティアは腰に下げた愛剣の鞘を愛しそうに手のひらで撫でる。
その姿は、彼女の冷たそうな印象を熱い物へと変化させていた。
「ええ、私があなたにスリリングな体験をさせてあげますよ」
食えない笑顔をライムントに向けてディルクは扉に向かって足を踏み出した。
「俺は別にスリリングな体験には興味ないからな」
ディルクの言葉に抗議の言葉をあげながら、ライムントは仲間を部屋から送り出すと、最後に部屋を顧みて扉を閉ざした。
そして、ディルクの野望を叶えるべく、4人の冒険は今始まるのだった。
To be continued…
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