2nd STAGE


■1■
 今、ディルク達がいる場所は、鬱蒼と茂った深い森の中。
 ヴィルブルグから、そう離れていないシュワルヅの森。
 地図でグレーティアが指し示した場所に辿りついた所で、日が沈んでしまっていた。
「今日はここで夜を過ごしましょうか。比較的安全な場所のようですし、
 ちょうど良い平地もあります」
「そうだな。日が落ちてからの探索は危険だ。
 探し人に来た俺達が遭難でもしたらシャレにならないからな」
 ディルクの言葉に賛同したライムントは荷物を地面に置き、野営の準備を始めた。
「おい、お前らも手伝えよ。まず暗くなりきる前に火をおこしたい。
 エドヴィンは俺と来い。手頃な石を拾い集めてかまどを作るぞ」
 野営にかけては、ディルクよりもライムントの知識が豊富なのだ。
 ここはしっかりと役割分担が決まっているようで、普段は他人に指図されることを嫌うディルクも何も言わない。
「ディルクとグレーティアは火にくべるから、乾燥している小枝を拾っておいてくれ」
「わかりました。では、グレーティア行きましょうか」


 ディルクに促されてグレーティアは頷くと、自分の道具袋を持ったまま行動を開始した。
「グレーティア荷物は置いてきたらいかがですか?
 小枝拾いに邪魔になるといけませんし」
 小枝拾いとなると両手を使うことになるのだ、
袋を持っていては多くの枝を持ち帰るのは難しいだろう。
「・・・良い薬草があれば摘んでおこうと思って」
 そう言うと道具袋に少し手を加えて、背に背負えるようにした。
 これで両手がふさがらない。彼女は彼女なりに冒険の知識と経験を確かに積み重ねてきている。
 いったい、彼女はいつ頃から世界に飛び出し、
 何を目的に旅を続けているのだろう?
 グレーティアの年を考えれば、普通はオシャレや恋などに夢中な時期の女性なのだ。
 仲間に彼女が加わってから数日ほど経過したが、まともに話をした事が
今までなかった事に気づき、ディルクはこの機会にと口を開いた。
 もちろん目は小枝を探し、手は小枝を拾いながらである。
「グレーティア」
「・・・なんだ?」
「聞いてもよろしいですか?」
 女性に対して、ぶしつけに質問を投げかけるような真似はしない。
 それが少女であっても、ディルクの女性に対する態度は変わらないのだ。
「答えられることなら」
 ディルクから少し離れた場所で、小枝を探すことよりも薬草を
探すことに神経を集中していたが、それは別に咎める気持ちはない。
 彼女の薬師としての血筋や知識は冒険にも役に立つと思えたからだ。
「あなたは、なぜ旅に?」
 単刀直入に質問を投げかけるディルクの方を一瞬だけ振り返るが、
グレーティアの目に映るのは自分に背を向けたまま中腰で小枝を集める姿だった。
 少し間を空けてグレーティアは静かに話してくれた。



ー5年前・グレーティアの故郷ー
 ザーランド国の首都・ガッセルからほど近い街、ヒレフェルタ。
 ヒレフェルタの街並みから少し離れた場所に位置する屋敷、
代々由緒正しい薬師一族の末娘として生まれたグレーティアは、
年の離れた次兄と両親に愛されて育てられていた。

 長兄・ギュンターは、薬師としての腕を高く買われて
ザーランド国王専属の薬師を勤める程で、一族きっての薬師である。
 今は王宮内に居をかまえて屋敷には滅多に帰って来ない。
 グレーティアとは10年も年が離れており、グレーティアは幼い頃に
少しだけ一緒に過ごしたことがあるだけだった。
 顔もおぼろげに覚えているだけで、自分とは違う真っ白い肌の色だけは
幼心によく覚えていた。

 次兄・ヴァルターは、グレーティアより5歳年上の体格の良い青年だ。
薬師としての知識はあるが、家業に良い印象を持てないまま育ち、
今はヒレフェルタの街を守る自警団の副団長を務めるほどの剣士だ。
 グレーティアはほとんど会った事の無いギュンターよりも、ヴァルターによく懐いていた。
 
 彼女が、自分達家族を捨てて、王宮で優雅に暮らしている長兄より、
自分達家族を体を張って守っているヴァルターに憧れを持つのも当然だった。
 10歳になった頃より、ヴァルターに剣術を習っているグレーティアは、
両親に教わる薬師についての知識よりも夢中になった。
「ヴァル兄さま、今日こそ一本とるからっ!」
 ヴァルターがグレーティア用に作ってくれた細身の模造剣を両手で構え、
目の前に小枝を片手に持って彼女を馬鹿にしたような動きで笑う。
「それは楽しみだなぁ。さあ、来い!」
「やー!」
 その軽口に怒ったグレーティアが顔を赤くして、足を前に踏み込む。
 思い切り模造剣を振り下ろすが、兄は上半身を揺らすだけで軽やかに避ける。
「おっと」
 さらに返す刀で最も打撃部分が多い胴体をなぎ払うように剣を振るう。
「たぁっ!」
 今度は、その剣先を飛び上がって避けると、さきほどの払いの後で
体制を崩したグレーティアの頭上に小枝を振り下ろし、彼女に当たる寸前で手を止めた。
「まだまだ!」
「あっ!」
 剣術の修行を快く思っていない両親に隠れた2人の訓練は日課になっていた。

 剣術訓練を始めてちょうど3年が経過した頃、大規模な盗賊団によってヒレフェルタが襲われた。
「グレーティア!家に戻って父さんと母さんと逃げるんだ!
 ここは俺達、ヒレフェルタ自警団が守りを固める!」
「ヴァル兄さまも一緒じゃなきゃ嫌!」
 街のあちこちで盗賊と自警団、一般の市民との間でも乱戦が始まっていた。
 グレーティアとヴァルターはヒレフェルタの自警団詰め所で押し問答をしている。
「我が侭を言うな!まだお前の腕では、盗賊には敵わない。早く街から出ろ!」
「嫌、兄さまが街を守る為に闘うのなら私も一緒に闘う!」
 訓練を始めて3年が経過した記念と、グレーティアの剣術の冴えを
ヴァルターは彼女に細い剣を贈る事で祝った。それがつい昨日の事。
「足手まといだという事がわからないのか!」
 普段の明るい兄とは、まるで違う激しい表情にグレーティアは言葉を失う。
 自分では、充分に大人とも渡り合える腕前だと自負している。
 実際、グレーティアの剣術はたいがいの大人を負かせる域に達していた。
 だが、剣術の訓練や試合は命のやりとりがない。
 13歳の少女を、血なまぐさい闘いに巻き込みたくないと、
ヴァルターは言っているのだ。
 その気持ちがわかるほどグレーティアは大人ではない。
 ただ、ただ、大好きな兄を自分の手で守りたい一心で詰め所に居座っている。
 闘いの声や騒音が詰め所にも、だんだんと近づいてくるのがヴァルターの耳に入った。
 窓から外を見ると、自警団の剣士達は次々と凶剣の前に倒されていく。
 このままでは、詰め所に侵入されるのも時間の問題だった。
 今からでは、屋敷に向かう道中に盗賊に妹が襲われる危険の方が高い。
 だが、ここで闘いがおこれば彼女はあっさりと命を落としてしまうだろう。
 守らなければ、この命に代えても。
 目の前で自分を睨みつけるグレーティアに駆け寄ると、
肩をそっと抱き寄せて自分の胸に包みこむ。
「グレーティア、いつでもお前を想っているから・・・絶対に、死ぬなよ」
「兄さま・・・あっ!」
 突然の事に、戸惑いながらグレーティアは大好きな兄の顔を見ようと顔を上げた。
 彼女の瞳に優しく微笑むヴァルターの顔が焼きついた瞬間、
下腹部に鈍い痛みが走り、一瞬にしてグレーティアは意識を飛ばしていた。


 グレーティアが意識を取り戻したのは、狭くて暗い空間の中だった。
 一筋の細い光が自分の前方から入っている事に気づき、その光を覗きこんだ。
 目の前には、幾多の人間が倒れている光景。
 低いうなり声や苦しむ声がところどころから聞こえてくる。
「兄さま!」
 光の中、自分に一番近い位置で座るような形で剣を構えたまま動かない影はたしかにヴァルターだった。
 目が慣れてきて、自分がいる場所は詰め所にある道具を入れる縦型の箱と気づく。
 箱には扉がついており、中から押せば開く構造のはずだ。
 グレーティアは慌てて目の前の扉を押す。
 だが、兄の体がそれを許さない。
「グ・・・レーティア・・・出てくる・・・な」
 後ろからの力が加わった事で、失いかけていた意識がかすかに戻った。
「ヴァル兄さまっ出して!」
「ダメ・・・・だ、まだ近くには・・・・が」 
 所々聞き取れない言葉、それだけでヴァルターが相当な重傷を負っている事が知れる。
 だが、まだ命を落としたわけではない。
 手当てをすれば助かるかもしれないのだ。
「出してっ手当てを!兄さまっ」
 普段泣かないグレーティアが涙を流しながら懇願する。
「・・・・・っ」
 グラリとヴァルターの体が傾き、前のめりに倒れこんだ。
 皮肉にも彼が倒れた事によって、扉を開けグレーティアはそこから出ることができた。
「兄さま!」
 倒れているヴァルターに駆け寄ると傷の症状を見る。
 傷口がひどく腫れあがり、紫に変色していた事から強力な毒が
その傷口から体内に入りこんでいるのがわかった。
 盗賊達は、剣に毒を塗っていることが常套手段だ。
 腰につけている薬草袋を開けるが、彼の傷に効き目がある物は持っていない。
 または、持っていてもその薬を調合するほどの知識は彼女にはなかった。
「兄さま、待っていて!すぐに父さんと母さんに来てもらうから!」
 すっかり静まり返っている詰め所や屋敷に続く通りには、
自警団の剣士や街の住民、盗賊達が無数に倒れている。
 13歳の少女にとって、初めて見る悲惨な光景はこれから一生忘れる事はできないだろう。
 涙を拭いながら懸命に駆ける。
 両親なら兄の傷に効く薬を作れるはずだ。
「父さま!母さま!」
 開いたままの扉から屋敷に入ると、そこには彼女が知る我が家はなかった。
 中は荒れ尽くされ、使用人の無残な姿が目に飛び込む。
「ひっ」
 小さく息をのみ、ガクガクと震え出す足をしかりつけて屋敷の奥に歩を進める。
 両親はいつも調合室にいることが多いからだ。
 恐る恐る調合室の扉を開けると、そこには変わり果てた2人の姿があった。
「うわあああっ」
 血だらけで折り重なるように倒れる両親を目の当たりにしたグレーティアは泣き叫んだ。

 動かない両親にすがりつき、しばらくの時が過ぎた。
「・・・薬草・・・兄さまに持っていかないと・・・」
 泣きはらした瞳で、作り置きの薬草が入っている棚を探る。
 そこも盗賊達に荒らされたのか、薬の瓶は割れ、薬を包む布が破れ
床に粉末が飛び散っていた。
 棚に残された数種の薬をあるだけ抱えるとグレーティアは兄のいる
自警団の詰め所に急ぎ戻った。

「兄さま!お薬持ってきたよ!ど、どれが効くのかわからないのだ・・け・・・ど」
 倒れた兄を両手で揺する。
「兄さま!教えて」
 精一杯の力を込めて、うつ伏せに倒れたヴァルターを仰向けにした。
「ね・・・え、兄さま?どれが毒に効く薬なの?教えて、兄さま」
 手に持った薬がバラバラと床や、動かなくなった兄の上に散らばった。


 数日後、グレーティアはようやく周囲の状況がわかる程度に落ち着きを取り戻していた。
 彼女が生まれ育った街・ヒレフェルタは、ほぼ壊滅状態になり、
生き残った住民も運良く街から離れていたり、うまく隠れていた数十人。
 ヒレフェルタは復興が不可能な程のダメージを受けていた。 
 今、ヒレフェルタの住民は街の郊外にある川の近くで集団野営をしていた。
 大人達は険しい表情でこれからの事を話しあい、両親を亡くした子供や、
家族を亡くした女達は泣きはらした目で遠くを見つめていた。
 グレーティアは兄の形見となった剣を胸に抱き、
住民達の輪から外れた所に座りこんで、すでに2日が経過している。
「わたしに、もっと力と知識があれば・・・ヴァル兄さまは助かった」
 自分に兄と共に闘うほどの力があれば、兄は自分を守りながらの
不利な状況での戦闘にはならなかった。
 兄ほどの剣士が盗賊から、かすり傷ほどの一太刀も浴びるはずがない。
 自分が兄の背後に居たせいで、彼は盗賊程度の剣に倒れたに違いない。
 仮に、兄が毒刃の剣を受けたとしても、自分に薬についての充分な知識があれば兄を死なせることはなかったはずだった。
 強く、深く、グレーティアは自分を責めた。
(ヴァル兄さまが死んだのはわたしのせいだ)

「グレーティアちゃん、ちょっといいかい?」
 自分の考えに深く嵌っていたグレーティアにさきほどまで
生き残りの住民達の中心で何事か話しあっていた中年の男が
申し訳なさそうな表情で目の前に佇んでいた。
彼の背後には、ほとんどの住民達が遠巻きに事の成り行きを見守っている。
 その気配を感じ取ったグレーティアは密かに眉を潜めた。
 無力な自分に大人達は何を望むのだろうか?
「・・・何?」
 言葉少なに、話しを聞くと意志を示すとと中年男性は
あからまにほっとしたような表情を見せた。
グレーティアは中年男性を見ていたくなくて目を閉じながら、耳を傾ける。
「君の兄上は、確か国王様の側近薬師だったよね?」
 その言葉だけで、この男が自分に何を言うのか想像がつく。
 自分よりも長く生きている大人達が数十人集まって、決めた事がそれか。
 そんな感情を見せるグレーティアに、目の前の中年男性は怯む。
 だが、今後の自分達は、何かに頼らなければならない。
「何が言いたいの?おじさん」
 言い難そうに言葉を濁す中年男性と、これ以上話したくないと先を促した。
「君の兄上から、国王様にヒレフェルタの様子を伝えてもらえないだろうか?」
「兄・ギュンターとわたしは、何の関係もない・・・」
「そんな事はないだろう?君の兄上は王宮に仕える為に、街を出たんだ。
 君達家族を捨てたわけじゃないと、君のご両親から聞いているよ」
「わたしは、ギュンターとは幼い頃の数年しか一緒に過ごしていない」
 10年も会ったことのない兄をグレーティアは今回の事件でより憎むようになっていた。
 事件に兄が無関係な事がわかっていても、心のどこかで家族を捨てた長兄を憎んでいた。
 まだ13歳の少女は、憎しみの対象を持たなければ生き長らえる事ができなかったのかもしれない。
「それでも血の繋がった家族を彼が見捨てるはずがない。
 お願いだ、グレーティアちゃん!我々を見捨てないでくれ」
 自分のような子供に頼るほど住民達は追い詰められていた。
 彼らの行動には、眉を潜める。
 だが、自分が生まれ育った街の人達の祈り。
 そして、今の言葉。
<見捨てないでくれ>
(わたしは誰も見捨てたりしない!)
 形見の愛剣をぎゅっと抱き締め、グレーティアは立ち上がった。
「わかった。これから首都に趣き、ギュンターに取り計らってくれるよう頼んでみる」
「あ・・・ありがとう!ありがとうっ!グレーティアちゃん・・・」
 彼女の言葉に中年男性は手を差し出してきたが、それはあえて
無視する事で自分がこの提案に賛同していない事を表わしたのだ。


 首都のガッセルまでグレーティアの足で約4日。
 ガッセルの周辺は王の権力で整備され、怪物も現われない治安が
安定した旅が約束されていた。
 グレーティアは1人、ガッセルの最奥に位置する王城へ辿りついている。
 目の前に現われた門兵がものめずらしそうにグレーティアに近づいてきた。
「お嬢ちゃん、お城に何か用かい?悪いけど君は中に入る事ができないよ」
 その言葉にグレーティアは一瞬眉を吊り上げたが、すっと表情を消した。
 家族を亡くした日から彼女の表情は消え、言葉使いも荒々しく変わっていた。
「この城にヒレフェルタより召抱えられた薬師のギュンターがいるはず・・です。
 わたしはギュンターの妹でグレーティアと言います。兄に取り次いでください」
 精一杯、丁寧な言葉を選び口にするが、感情のない声は門兵達には
気味が悪いものに聞こえた。
 少しグレーティアから離れた場所で、彼女をじろじろと観察しながら
なにやら小声で話しているようだ。
「よし、わかった。ギュンター卿に君の事を伝えてこよう。
 しばらくここで待っていてくれ」
「ありがとうございます」
 それだけ言うとグレーティアはそびえ立つ城をなんの感慨も無く見つめた。

 しばらく王城の門で待っていると、さきほどの門兵が困惑した表情で
グレーティアの元に戻ってきた。
「ギュンター卿の言葉を伝えよう。”私には、妹などおりません。
 私の妹だという娘は・・・私とは肌の色が違うのでしょう?
 血の繋がりが無い事は、私に確めるまでもないでしょう。
 手数をかけますが、お引取り願ってください”と。そして、これを君に」
 そう言って、数枚の金貨をグレーティアに握らせたのだ。
「そ・・・うか、わかった。では、ギュンターに伝えて欲しい。
 あなたの故郷・ヒレフェルタは盗賊の襲撃によって滅びました。
 あなたの家族も全員亡くなりました・・・。
 今は街の周辺に生き残った住民が数十名いる・・・なんとかして欲しい。と」
 それだけを告げると金貨を握りしめ、くるりと門に背を向けた。



ーシュワルヅの森ー
 無口な彼女にしては珍しい長く苦い過去を黙って聞いていたディルク。
 そして、最後にグレーティアは静かに怒りを込めた声で言う。
「私の夢は、ギュンターへの復讐だ・・・
あの男は・・家族を、生まれ故郷を、そして妹を見捨てたのだ。
自分の保身だけに野心を持った兄をわたしは許すこと・・・できない」
 薬草を道具袋に入れ終わると、小枝を集めていたディルクの元へ歩みより、
自分も小枝を拾い集めるグレーティアはいつもの無感情な彼女に戻っていた。
「あなたが私達の仲間になったのは、王宮へ入る手段という事ですね?」
 利用する側と利用される側、互いにメリットがある時の力は相当な物。
 ディルクの言葉にグレーティアは無言で頷いた。謝る事もない。
 なぜなら、ディルクも彼女の剣術と薬師としての知識を利用するのだから。
「私が、”あなたの夢を叶えてあげましょう”とは言いませんよ。
 互いに利用し、利用され・・・双方の夢を叶える為に努力しましょう」
「当然だ」
「さ、そろそろライムント達の所へ戻りましょう。かまども完成している頃です」
 拾い集めた小枝を手早く束ねると持ってきた紐で軽く括り、持ちやすくしてヒョイと持ち、グレーティアの前を歩き出したディルク。
 しばらくディルクの背を見ていたグレーティアは唇に笑みを浮かべ、小走りで彼の後をおいかけるのだった。
 首都・ガッセルを出て5年。
 やっと自分が居ても良い場所を見つけた気がした。


■2■
ディルク達がシュワルヅの森に入ってから2日が経過していた。
 今だ、ボルマンの息子・ユングを見つけられないでいる。
 ユングはこの土地に生まれ育っている。
 この森に慣れている者が何日も森から出ていない事から、当然地図に書かれていない場所まで入り込んでしまっていると、予想できた。
 地図に書かれていた場所は、この2日間で二手に分かれて探索し尽くしてしまった。
 あとは、地図に書かれていない場所を探すしかない。

 一行は、2手に分かれていたが二次遭難を避けるために全員で森を探索している。
「ディルクさん、僕達はこの森に関して素人です。森の奥へ進んで、
 出られなくなったりしないでしょうか?」
 ディルクの横を歩くエドヴィンが不安そうな表情で呟いた。
 その言葉にふっと笑うディルクは安心させるように笑いながら口を開く。
「大丈夫ですよ、私が木々に進んできた道順を残していますから」
 そう言うとエドヴィンに見えるように指先を光らすと、さほど背の高くない樹木に指を触れさせる。
 すると、その樹木全体が淡く光を放ち、やがて光が消えた。
「あ、光が消えてしまいましたけど?」
「いつでも私の合図で光らす事ができますから平気です。ほら」
 短いスペルを口にすると、今まで通ってきたと思われる道に並ぶ樹木が
ぼんやりと光った。
 それは、この不気味な森の中でも幻想的で美しい光景だとエドヴィンは感嘆する。
「綺麗・・・」
 ディルクとエドヴィンのすぐ後ろを歩いていたグレーティアが、光る樹木の道を目を細めて眺めた。
 彼女の後ろにいたライムントは、その優しそうな表情に一瞬戸惑う。
「大丈夫だとわかったんだ、どんどん進むぞ。
 あまり依頼人を待たせるのも気の毒だ。ユングも早く帰りたいだろうしな」
 立ち止まったまま光る樹木を眺めていた仲間達をせかし、グレーティアの脇を通りすぎる。
 女性は苦手だが、彼女は言葉使いやその仕草などが普通の女性とは異なるため、今までは割と平気だったのだ。
それが、今垣間見た女性らしい表情に、改めてグレーティアは女性なのだと意識する。
「そうですね、日が暮れないうちに進みましょう。さ、行きましょうか」
 ディルクの一言で一行は動き出す。
 が、一番後ろを歩いていたライムントが鋭い声を発した。
「止まれ、みんな!」
「どうしました?ライムント」
「怪物が近づいてきている・・・しかも複数だ」
 ライムントの前を歩いていたグレーティアが周囲を見回し、腰の愛剣を抜き放った。
 剣を抜きながらエドヴィンとディルクの元へ足早に駆け寄ると、2人を大きな樹木の元へ導き、自分は2人の前で剣を構えた。
「絶対にわたしの傍から離れるな」
 静かにそれだけを口にするとグレーティアは周囲の気配に集中する。
 ライムントも3人が集まる大木の元へ駆け寄ると、グレーティアと背中合わせに周囲を見渡す。
「ディルク、エドヴィン援護を頼むぞ。ちと、数が多いからな」
 その言葉に頷くとエドヴィンは、まだ慣れない調子で神の加護を請うスペルを詠唱した。
「天に住まう神に願う。見えざる力にて我らを守りたまえ」
 唱え終わると両手を空に向かって伸ばす。全員の体温が、ほんの少しだけ上がる。
 エドヴィンが使った魔法は、神の力でほんの少しだが物理攻撃に強くなるよう願ったのだ。
「来るぞ!」
 腰をかがめたままのライムントが大声を上げると、それが合図になったように樹木の間から次々と怪物が姿を現した。
 個々で見れば、さほど強くない怪物達だったが集団で行動する種族。
 小柄な体が子供の姿を思わせるが、その顔は醜悪で気味の悪い声を発している。
 粗末な服を着用し、旅人から奪ったと思われる武器を手にした怪物。
 大陸全土に生息していると言われるゴブリンだった。その数5匹。
「ギャッギャギャ!ギャアアア!!」
 ゴブリン達のリーダー格なのだろう、一匹のゴブリンが号令のような声と
動きを見せると彼らは一斉に襲いかかってきた。
 一番足が速かったゴブリンは、グレーティアの剣で喉元を一気に貫かれ即死。
 次の一匹が、剣を抜こうとしたグレーティアに飛び掛るが、それをライムントが強烈な拳で仕留めると、
ゴブリン達の動きが一瞬止まり、グレーティアとライムントから距離を置いた。
 どうやら彼らは、この一瞬で自分達よりはるかに強い人間だと悟ったようだ。
 3匹のゴブリンはなにやら顔を見合わせ、リーダー格のゴブリンが何事かを叫ぶと、次の瞬間に3匹は森に散っていった。
「・・・・逃げたのか?手ごたえのない・・・」
 残念そうにつぶやくとグレーティアはゴブリンの服で、自分の剣を拭うと鞘に収めた。
「せっかくエドヴィンが援護してくれたが、無駄になってしまったな」
 笑いながらライムントが言う。
 それにエドヴィンは申し訳なさそうに、小さく頭を下げた。
「逃げたのなら幸いじゃないですか、ユングを見つけるまであと何日
 かかるかわかりませんから、力は温存しておいて損ありませんよ」
 樹木に寄りかかっていたディルクは、懐から地図を取り出し現在地を書きこんだ。


 ゴブリン達に襲われた夜、結局今日もユングを見つけるに至らなかった一行は、少し開けた場所を見つけて野営をしていた。
 前日のようにライムントとエドヴィンがかまどを作り、火をおこす。
 その火を囲むように一行は腰を下ろし、今後の探索について相談していた。
「明日、1日探索してもユングが見つからなかった場合は森を出ましょう」
「依頼人には、なんて言うつもりなんだ?」
 ディルクの言葉にライムントは眉を吊り上げた。
 一度引き受けた事を中途半端なまま放り出す事は彼の信条に反する。
 まして、今回は人命に関わることである。
 見つけられずに森を出るということは、ユングを見捨てる事になるからだ。
「正直に報告しますよ。報酬は、いただけませんけどね。
 成功した場合にしか支払われないという決まりですので」
「そういう問題じゃない!ユングを見捨てるのか!と言っているんだ!」
 火をはさんで真正面に座っているディルクを睨みつけると、ライムントは声を荒げた。
「見捨てるとか、見捨てないとかという問題ではありません。
 もう我々が森に入って2日です。ユングが1人で森を出ているかもしれませんし、
我々が用意してきた食料も明日で尽きるのですよ。下手すると、我々が遭難してしまいます。それでは本末転倒でしょう?」
 子供に言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で説明をするディルクに
ライムントは、ますます腹を立てて更に何かを言おうとしたが隣にいたグレーティアが立ち上がって、
火に背を向けて闇に目を凝らした。
「しっ!何か居る・・・・ここを囲まれているぞ」
 その言葉で一行に緊張が走る。
 そして、ライムントも遅れながらも周囲の気配に気づいた。
「・・・おい、相当な数だぞ。すっかり囲まれている」
「やれやれ・・・参りましたね」
 ”よっ”と声を出して立ち上がると横に置いた杖を握り締めて辺りの気配を伺った。
「どうやら、昼間のゴブリンが仲間を連れて来たようですね」
 ディルクが目ざとく昼間に襲ってきたゴブリンを見つけ、杖をその方向へ向けた。
 その動きがゴブリン達を刺激したのか、あちこちから低いうなり声や
叫び声が聞こえる。
「昼間のじゃ、物足りなかったからちょうどいい」
 そう言うとグレーティアは剣を片手に持ち替えて、スタスタと歩き出した。
「馬鹿!いくらゴブリンだからって、数で来られたらやっかいだ!」
 ライムントがグレーティアを追いかける。
「こんな奴ら、わたし1人で大丈夫だ。あなたは手を出さないでくれ」
 そう言うと、一番近くにいたゴブリンに向かって軽く飛び、力いっぱい剣を醜い顔に振り下ろした。
 ほとんどの怪物は、昼間よりも夜の方が機敏になる。
 ゴブリン達も、その例にもれない。グレーティアの鋭い一撃に反応し一歩後ろに身を引いた。
 グレーティアの顔や髪にどす黒い鮮血が飛び散る。
 彼女の剣は切りかかったゴブリンの額を切り裂いただけに留まった。
「ちっ」
 舌打ちをすると、着地と同時に剣をゴブリンの眉間に突き出した。
 この攻撃に、反応が遅れたゴブリンは額を貫かれて絶命し、ゴブリンの体に片足をかけて思い切り剣を引き抜き、
次の獲物に向かっていく。
 グレーティアの背後を守るようにライムントは拳を振るう。
「おらっ!」
 腰を低くかがめ、近づいてくるゴブリンを1匹1匹倒していく。
 ライムントに攻撃されたゴブリンはことごくが骨を砕かれ、戦闘不能に陥っていった。

 一方、かまどの火を前にディルクとエドヴィンは、徐々に近づいてくるゴブリンを睨みつけ杖を構える。
 動物と同じで、怪物も火を恐れる傾向がある事は、大陸中で知らぬ者はいない。
 だが、ゴブリン達は、怪物の中でもより人間に近い種族だ。
 ある程度の火なら、近づくことができる。
「エドヴィン、援護してくださいね。さすがに、この数を1人で相手するには 骨が折れます」
「は・・・はい!」
 ディルクが小さく魔法のスペルを唱える。
「大地に眠りし炎の力よ、地を汚す者共を焼き尽くせ」
 かまど付近の地から、ゴオオッと大きな炎があたりにいたゴブリンを複数を覆いつくすように燃え盛った。
「ギャアアアアアッ!!」
 ゴブリン達の苦しみに満ちた声があたりに響き渡る。
 耳を塞ぎたくなるような断末魔に変わり、弱まった炎の中には真っ黒に焼け焦げたゴブリンが4体転がっていた。

「ディルクさん腕がっ」
「え・・・ええ、私としたことが少し・・・加減を間違えてしまいましたね」
 ディルクの腕が真っ赤に染まり、杖を持つ手の甲は熱によって皮がむけていた。
 まだディルクも魔法を修行している身、今までこのように数の多い敵を
相手に魔法を使ったことがなく、魔力の制御を間違ってしまったのだ。
 魔力は、現われる力そのもの。
 ディルクの使った炎の魔法が、ディルクにもわずかに跳ね返ってきていた。
「ディルクさん!」
 そっと焼け爛れた手を取ると、エドヴィンは神へ捧げる言葉を口ずさむ。
「後でいいです、エドヴィン・・・まだ終っていません」
「ダメです!早く治療しなければ、神のお力でも治せなくなります!」
 いつもの彼とは思えないほど強い調子で、ディルクの手をぐっと握る。
「・・・っ!わかりましたから、少し力を緩めてください」
「あ・・・すみません!す、すぐに終りますから」
 中断したスペルを口ずさむと、ディルクの手を包むエドヴィンの掌が
温かく感じられる。
「清らかなる力で傷つき者を癒したまえ」
 白くエドヴィンの掌が光ったと思うと、さきほどまで感じていた、痺れるような痛みがディルクから消えた。
「あとは戦いが終った後に・・・すみません、まだ僕が未熟なので」
「ありがとう。これで、また動けますよ」
 そう言ってエドヴィンに笑いかけると、ディルクは次のスペルを唱えようと杖を持ち直した。
「ギャッ!ギャギャッ!ガーッ!」
 突然、ゴブリン達が騒ぎ始めた。
 もうすでに周囲を取り囲んでいたゴブリンを半数以上倒していたが、ゴブリン達は逃げる様子はなかった。
 だが、今の彼らはディルク達との闘いをやめ、周囲をキョロキョロと見回し、空を見上げたり落ち着きのない状態に陥っていた。
「なんだ・・・こいつら。いきなり、なぜ止まった」
 グレーティアは頬や額に汗で張り付いた長い髪を、手で払い背中に流しながらゴブリン達の様子を見つめた。
 ゴブリン達の慌て様は尋常じゃなかった。
 手に持っていた武器を取り落としたにも関わらず、バラバラの方向へ散っていく。
 最後のゴブリンがディルク達の前から去った直後、遠い空から咆哮が届いた。

【オオオーーーーッ】

 その咆哮で森全体が震える。
 地面もビリビリと振動を彼らの元へも届けてきた。
「な・・・なんだ!」
 ライムントは狼狽した様子で空を見上げると、森の奥から翼を広げて近づいてくる影が見える。
 見たこともない形。
 そして、まだ遠くにいるであろう姿は、かなりの大きさと推測された。
「・・・あれは、ドラゴン・・・」
 呆然とした様子でディルクが呟く。
 いつも自信に満ちた口調で話す彼にとっては、珍しく力のない声。
「ディルク?」
 少し離れていた場所で、幼馴染の様子を見たライムントは絶望に近い感覚を味わっていた。
 まだ自分達の手に追えるような怪物ではないと、ディルクの様子で悟ったのだ。
 弱いわけではないが、絶対的に経験がない自分と仲間達。
 ドラゴンと言えば、大陸中で1、2を争うほどの力と魔力を有する怪物として知られている。
「ドラゴン・・・なんて、そんな、馬鹿な」
 大きな影が頭上に現われ、今だ消えていないかまどの上へ着地した。
 現われたのは、ドラゴンの中では小さい方だったがそれでも人間の何十倍もの大きさ。
 周囲の樹木ほどもある身の丈に、野営をしていた広場に収まりきれない体。
 ドラゴンの体に周辺の樹木が次々となぎ倒されていく中、ディルク達はそれらに潰されぬよう回避する。
 そして、全員が感じることができる程の圧倒的な力。
 この森にドラゴンが生息している噂は、街でも聞いたことがなかった。
 そして、ドラゴンが住み着くような土地もこの周辺にはないはずだ。
 そびえたつ山のようなドラゴンを見上げ、ディルクは手にした杖を落としてしまう。
「・・・命運つきましたね」
 と諦めた瞬間、信じられない事が起った。

【近所が五月蝿いと思って見に来てみれば人間共ではないか】

「人語?」
 おどいた様子でディルクは声がした頭上を見上げると、そこには恐ろしい表情ではなく、
穏やかな表情を浮かべたドラゴンが自分達を見下ろしていたのだ。

【何を驚いている、人間よ。ワシがお前達と同じ言葉を使うのが気に食わぬのか】

 皮肉るような言葉を発すると、辺りを揺らしながらドラゴンは笑う。
「い・・・いえ、ただ驚いているだけです」
 なんとか落ち着きを取り戻して、ディルクはドラゴンに答えた。


「・・・なんて大きさなんだ。これがドラゴン・・・か」
 グレーティアは全身が見えないほどの大きさを持つドラゴンを前に足元をふらつかせた。
「大丈夫か」
 同じく、ドラゴンを見上げながらもグレーティアの体を受け止めたライムントは、
目の前の存在に心奪われたせいか女性に触れている事すら忘れている。
「あ・・・ああ、大丈夫」
 ライムントの掌に肩を預けたままの状態でドラゴンを見つめる。
 世の中には”ドラゴンスレイヤー”の称号を持つ勇者が何人か存在する。
彼らは、本当にこの怪物を倒したのだろうか?とグレーティアは疑った。


 引き続き、ディルクとドラゴンの会話は続いていた。

【お前達は何をしているのだ?ここは人間が来るような場所ではない】

「私達は、人を探しているんです。ご存知ありませんか?」
 どうやらディルク達一行は、だいぶ森の奥深くまでたどり着いていたらしい。
ディルクの言葉にドラゴンは意外な言葉を返してきた。

【ワシの所で人間を1人保護している。そやつがお前達の探し者かどうかは、知らぬが引きとってくれ】

 迷惑そうな表情を浮かべながらもドラゴンは、ディルク達を自分の住処へ招待する事にした。


 ドラゴンの背に乗せられ、暗い森を足元に見ながらディルク、ライムント、グレーティア、エドヴィンは明るい雰囲気だった。
 このドラゴンのおかげで今夜は安全に過ごせる事が決定したのだから。
「彼を敵に回さなくてよかったですねぇ」
 風で乱れる髪を片手で抑えながらディルクは笑う。
「最初から闘う気にもならなかっただろうお前は」
 ライムントは、ディルクが闘うと判断すれば、それについていくつもりだった。
 ドラゴンを前にしても闘争心は保ちつづけていた。
 それは、グレーティアも同じだ。
「私は、勝てない勝負はしない主義ですから」
 そう言ったディルクは心の底から、安堵したような表情を見せていた。


■3■
ドラゴンに連れられてディルク達がたどり着いたのは、森を抜けた先の岩だらけの名も無き山。
 シュワルヅの森を抜けなければ人間が立ち入れない場所にあり、人間達の手が伸びる事がなかった。
 ドラゴンはこの山にあるひときわ大きな洞窟で暮らしているという。

 洞窟につくと、中から1人の青年が足を引き摺りながらドラゴンを迎えた。
「ゼト、おかえりなさい・・・・その人達は?」
 青年はドラゴンの背から降りてくるディルク達を認め、驚いた表情を見せた。
【客人だ。森でゴブリン共に襲われていたんでな】
 そう言うとドラゴンは洞窟の中へ入っていく。
【どうした、中へ入れ。なにもお前達を食べようなどどは思わん】
「とりあえず中へ入りましょう。ゼトは人間に危害を与える怪物とは違いますから安心です」
 青年は、柔らかく微笑むとディルク達を洞窟の中へ誘うように先に歩き出した。
 足を引き摺っているのは、怪我を負っているようだった。


 洞窟の中へ入ると、大きな広間になっており樹木よりも大きなドラゴンが
入ってもまだ余りある大きさだった。
【さて、自己紹介でもしてもらうか。我はゼト、長くこの山と森を見守っている】
 自分から名乗るあたりは、人間の礼儀と同じようだ。
「では私から。名はディルクと申します」
「俺はライムント」
「エドヴィンと申します」
「グレーティアだ」
 一歩前に出て名乗りをあげる一行を1人1人記憶するように顔や全身を見つめ、最後に自分の足元に佇む青年にも紹介を促した。
「僕はユングと申します。シュワルヅの森で怪物に襲われた時に怪我をしてしまって、
その時は逃げれたのですが森の奥で迷ってしまったのです」
 恥ずかしそうに顔を赤らめ、ドラゴンを見上げる。
「迷った時に誰かに助けを求める為、狼煙を上げたらゼトに出会ったというわけです」
 そう言うと、ディルク達を手招きして広間の奥にある小さな空間へ誘った。
 その空間には、小さな火が用意してあり簡単な食事が食べかけのままおかれていた。
 火の周りに腰を下ろしてから、少し落ち着いたのかディルクはユングに
父親が行方を探しており、自分達に連れ戻してくれるように依頼された事を告げる。
「父さんが僕を探している・・・」
「そうだ、早く帰って元気な姿を見せてやろう。本当に心配していたんだぞ」
 なぜか迷いを見せるユングにライムントは言葉を発した。
 今までは、怪我をしていて1人で森を抜ける事ができない為に保護したドラゴンのゼトがここに置き留めてくれていたにすぎない。
 そして、今は自分達がいる。怪我をしている青年1人増えたとしても簡単に街へ帰る事ができるのだ。
「迷っているのですか?お父上の下へ帰ることを」
 ユングの表情を見たディルクがやんわりとした口調で訪ねた。
「・・・僕は、ここでゼトと共に暮らして生きたいと思いはじめているんです」
「なにを馬鹿な事を!俺達はお前を救い出す為にここまで来たんだぞ!それに人間とドラゴンが共に暮らすなどできるはずがない」
「そうですよ、ユングさん。一度、街に戻ってご両親と話し合ってからでも良いのでは?ご両親に無事な姿を見せてあげてください」
 いくら、人間に危害を加えないドラゴンといえども、怪物と人間。
 その生活は天と地ほどの違いある。
 人間は人間の中で暮らしていくのが一番良いと誰もが思うだろう。
 エドヴィンは依頼をしてきたユングの父親であるボルマンの様子を思い出していた。
 自分に向けられた事のない、両親からの愛情を感じ取り、
子を心配する父親を見て、エドヴィンは必ずユングを連れて帰ると誓ったのだ。

「それはどうしてですか?」
 憤りを露にするライムントとエドヴィンを制しながらディルクはユングを見つめた。
「ドラゴンといえば、怪物の中でも1、2位を争うと言われていますよね。
 そして、怪物退治を生業にしている人間達が一番の手柄にと考えている」
 それは事実であった。

 ”ドラゴンスレイヤー”
 この称号を得る者達は「竜殺し」と呼ばれ最強の勇者と称えられているのだ。
 また、ドラゴンスレイヤーには国から膨大な名誉と褒美が与えられるという。
 いわば、怪物退治達の最終目的は、すなわちドラゴン退治なのである。

「・・・それは、否定できませんね」
 ユングの鋭い視線にさすがのディルクもバツが悪そうな表情だ。
 なんせ自分達は、怪物退治を目的に旅をしているのだから。
 その怪物退治をする理由など、ユングには関係ない。
「僕は思うのです。ドラゴンは、みなゼトのように博識で人語を操り、穏やかな種族なのではないか?
そして、それを世界に知らしめることができれば、人とドラゴンは共存ができるのではないでしょうか」
 熱く語るユングを前にグレーティアは笑いを漏らした。
「何がおかしいんですか?」
 自分の考えを笑われたユングは頬を紅潮させてグレーティアを睨む。
「・・・無理に決まっている。あなたはわたしよりも年上のようだが、
そんな子供みたいな夢物語を信じているのか?父親も悲しむだろう」
「グレーティアさん!言い過ぎです!」
 慌てた様子でエドヴィンがグレーティアを振り返ったが、グレーティアは笑う事をやめようとしなかった。
「とにかくあなたは明日、我々と共に街へ帰ってもらう。ここを出る支度をしておくようにな」
 それだけを言い放つとグレーティアは立ち上がり、洞窟の出入り口へ立ち去った。
「・・・な・・・・なんて無礼な女性なんだ」
 拳を握りしめ、グレーティアが立ち去った後も彼女が消えた方向を睨みつける。
「許してあげてください。彼女なりの優しさなんです」
「とても、そうは思えませんでしたけど」
 宥めるディルクにも不快な感情を隠しもせずに噛み付くユングをライムントはハラハラしながら見つめる事しかできなかった。
「あなたをお父上の下へ連れて帰りたい一心なのです・・・でも、少し不器用な所がある女性なんです。許してください」
 軽く頭を下げられ、ユングの感情もだいぶ落ち着いたのか握りしめたままの拳を解いた。
「すみません、熱くなってしまいました。どうです、スープがまだありますから皆さんも」
 そう言うと、火にかけたままの鍋を備え付けておいた容器を取り出す。
 各自で所持している器にスープを盛ると、一行はおいしそうに平らげた。


「ディルクさん、僕はどうしたら良いのでしょう?父さんの下へも帰りたい。
でも・・・新しく成すべきことができたのです。その為にはゼトと共に」
「それは、あなたが決める事ですよ。翌朝に我々は発ちます。
 その時までに、どうするか決めておいてください」
 ユングに告げると、ディルクは広間の隅にかたまって横になっている
仲間達の下へ戻っていった。

 残されたユングは広間で休んでいるゼトを見上げ、体にいくつか残る傷痕を見つける。
 もう傷はふさがっているが、鋭利な物で切ったような痕や細かい針のような物で複数箇所を刺されたような痕が見受けられた。
 人間に対して敵意を持っていないゼトでさえ、過去に人間に襲われた事があるのだ。
 そう思った時、ユングの中で自分が取るべき道は決まっていた。



 翌朝、ディルク達とユング、そしてゼトは洞窟の外に出ていた。
「ゼト、お世話になりました」
【あの森は特別な場所。人間の血で汚させたくないだけだ】
 ディルクが礼を言うとゼトは羽を広げ、足を折りまげ態勢を低くした。
 森の中央までディルク達を送ってくれると昨晩約束してくれているのだ。
「ユング、どうしますか?」
 ライムント、グレーティア、エドヴィンがゼトの背に乗り、最後のディルクと
ユングが乗れば洞窟から飛び立つだけだった。
「僕は、やはりゼトと共にいます。そう、決めたんです・・・父さんには”ユング”は死んだとでも伝えてください」
 目を伏せ、自分の道具袋からディルクに白い布包みを渡した。
「僕の髪です。父さんに渡してください」
 そう言うとユングは踵を返して洞窟に戻ろうとした。
【待て、ユング】
「ゼト・・・僕と一緒に暮らして欲しい。嫌だと言っても僕はあなたと共にいます」
【それはお前の自由だ。だが、父親を説得して来なければ我はお前を受け入れる事はないだろう】
「一度街に帰ってしまったら二度とあなたに会えなくなる」
 道具袋を握り締め、ゼトを見上げるユングは必死に訴える。
 その様子を見、ディルクはゼトの背中へ乗り移ると成り行きを見つめた。
【お前に自分の父親を説得する事もできないようなら、お前の言っていた夢とやらは叶うはずもない】
 この言葉にユングは何も言えなくなってしまった。
「そうですよね・・・父親1人を説得できなくて、世界に訴える事なんて」
 視線を足元に落とした。
 自分の夢ばかりに捕らわれ、成すべき事を成す手段も身につけなければならない。
【ユング。お前と過ごした時間は悪くなかった。我の退屈な日々をお前は変えてくれるだろう。今はどんな物でも良い、力をつけろ。
 そして我と共に生きられるようになった時。お前を迎えに森へ我は出向こう】
「ゼト・・・ありがとう」
 瞳に涙を溜め、ゼトの背から手を伸ばすライムントに引き上げられたユングは新たな決意を胸に全身で風を受けていた。




 シュワルヅの森でゼトと別れたディルク達一行とユングは、日が暮れる前に街へ戻っていた。
「ユング!」
「父さん・・・ごめん、心配かけて」
 2人でくしゃくしゃになった顔を隠しもせずに、抱き合う親子。
 その光景をディルク達は穏やかな気持ちで見つめていた。
 初めて引き受けた依頼は、こうして無事に果たすことができたのだった。



 報酬を受け取ったディルク達は、ボルマンとユングに別れを告げて宿屋に戻ってきていた。
「やれやれ・・・危うく、報酬をもらい損ねるところでした」
 手にした報酬を見つめて、テーブルの上に無造作に置く。
「まさか、お前・・・また何かやったのか?」
 ディルクの隣にある椅子に座っていたライムントが目くじらを立てながら、睨みつけてきた。
 グレーティアとエドヴィンは、緊張の連続と旅の疲れでベッドで寝息をたてている。
「何も・・・でも、ゼトと少しお話しました。 彼の夢は人との共存なのだそうですよ」
「ユングと同じ事を?」
「ええ、我々が生まれるずっと昔・・・レーグルンス大陸に国家など存在しないような時代。
人と怪物は共存していたそうです。ゼトはその頃をいつまでも夢見ている」
 そう語りながらディルクは懐から一つの細い筒を取り出しライムントに見せてくれた。
「それはなんだ?」
「これは”竜笛”と呼ばれる物です。ゼトの牙を加工して作られた笛ですよ」
 竜笛の穴に長く丈夫な紐を括りつけると、それを首に下げ再び懐にしまいこむ。
「あのドラゴンにもらったのか?」
 その言葉に、ディルクは唇の端を上げて笑うと頷く。
 今見せたディルクの表情が気になったが、その意味はつかめなかった。
「この笛を吹けば、この大陸中どこにいてもゼトが来てくれるそうです」
「ちょっと吹いてみたらどうだ?本当かどうか確めたい」
 ディルクの懐に手を伸ばしたライムントは手の甲を思い切り杖で叩かれて椅子から立ち上がった。
 痛みが走る手を抑えながらディルクを睨みつける。
「ドラゴンという生物は嘘を絶対につきません。それに、切り札は取っておかないと」
「切り札?」
「そう、切り札です。いつか使う時がきたら君にもわかりますよ」
 ふふっと笑うと、眠っているエドヴィンとグレーティアに布をかけて自分のベッドに滑りこんだ。
「我々は依頼の報酬以上に、良い出会いを得たのですよ。さ、今日はもう眠りましょう。おやすみ、ライムント」
 布を肩までかぶりベッドに横になったディルクは瞬く間に眠りに落ちていった。
 1人取り残されたライムントは、幼馴染が一体何を見据えて旅をしているのか・・・自分はこれからどうなっていくのか・・・。
 とても疲れている夜だというのに、ライムントはなかなか眠りにつくことができなかった。


■4■
ヴィルブルグにある宿を拠点としているディルク達は、数日前にボルマンから請け負った依頼を完了して以来、
誰からも依頼が舞い込むことがなかった。
 今は、ディルク、ライムント、エドヴィン、グレーティア全員揃って宿屋の部屋でそれぞれ自由な時間を過ごしている。
 グレーティアは剣の手入れに余念がなく、エドヴィンは部屋の整理整頓を自ら買って出た。
ライムントはベッドで横になりながら、机に向かいなにやら書き物をしているディルクの様子をなんとなく眺めていた。
 ペンを置くと数枚の紙を机でトントンと揃えたディルクは一行を見回し、口を開いた。
「みなさん、ちょっといいですか」
 そう声をかけ、全員が自分に注目した事を確認してから言葉を続ける。
「我々が退治屋を開業してから数日が経過しますが、今だ依頼は1件。
 その後は誰も訪ねて来る事もありません。 これでは、商売になりません。
 そこで、我々の名前をこの街である程度売る必要があります」
 その言葉に難色を示したのは、昔からの付き合いがあるライムント。
「おい・・・まさか、わざと街の中で問題起すつもりじゃないだろうな?」
 ぴくぴくと動くこめかみを抑えながら、ベッドから身を起した。
「我々の名前を売るとは、具体的にどのような方法ですか?」
 エドヴィンが話の先を促す。この案には、彼も賛成なのだ。

「エドヴィン。思い出したのですが、君の出身は”レーベン”家ですね?」
 そのディルクの言葉にエドヴィンは一瞬驚いた表情を見せ、次に瞳を伏せた。
「なぜ・・・わかったのですか?僕は一言も」
「わかりますよ。君が身につけている・・そのブローチに刻まれる紋は確かにレーベン家の物です」
「レーベン家ってあの?」
 グレーティアが驚いたようにエドヴィンを見る。
 レーベン家はこのザーランドでは、有名な成り上がり貴族として名が馳せていた。
「・・・それが何か問題あるのか?」
 確かにライムントにも、その名には聞き覚えがある。
 だが、今自分達の仲間にレーベン家の人間がいようとそれは関係ない。
 エドヴィンが貴族だからと言って態度が変わるわけでもないし、それに彼は僧侶という職業についた時点で家名を捨てているはずだ。
「問題はありませんけど。少し、その名前をお借りしたいと思って」
「お断わりします。いくらディルクさんの頼みでも、それはできません。
 僕は、もう家を出ている身ですから」
 ローブの腰紐を留める為に使っていた家紋入りのブローチをぎゅっと握りしめ、ディルクに背を向けた。
 エドヴィンの肩がかすかに震えている。
 彼がこれほど激昂するのは初めての事だった。
「断るのは、まず私の話を聞いてからでも遅くありませんよ、エドヴィン」
「ですが!」
 ブローチを毟り取り、今にも窓の外へ放らんばかりのエドヴィンの手をベッドから立ち上がったライムントが手首を掴む事で静止する。
 ディルクが言うように、話を聞いてからでも遅くはないはずだ。
 そして、エドヴィンが家名を表に出したくない理由が気にかかった。
「エドヴィン、落ち着け。まずディルクの話を聞こう。その内容によっては、俺もグレーティアも賛成か否かを決める」
 そう言うとグレーティアは無言で頷き、近くにあった椅子を自分に引き寄せると腰を下ろした。
 エドヴィンとライムントはベッドの上に腰を下ろし、ディルクに視線を向ける。
「レーベン家と言えば、古くからの魔物退治を生業とした名家です。
数代前の家長にドラゴンスレイヤーや、現在は使い手がいないとされる古代の魔法を使いこなす者もいると・・・そうですね?エドヴィン」
「・・・ええ」
 その言葉に顔を上げずにエドヴィンは頷く。
 レーベン家は、百年以上も前にレーグルンス大陸全土に魔物が現れ始めた頃より
”魔物退治”を初めて生業として国家に認めさせたとされている。
 魔物退治の力や技は多岐に渡り、剣、格闘、魔法、神聖魔法、特殊な能力と幅を広げ、
その威力も年代を重ねるごとに研究され強力になっていったと言われている。
 今や、この大陸に存在する魔物退治屋達の憧れであり、最大のライバルでもあった。
「レーベン家の者がパーティにいるというだけでも、大きな影響力があります。
だが、我々の存在を公にするには先日のような迷子探しでは弱い」
 机に先ほど書いていた書類をバンと広げた。
「10日後に行なわれる、退治屋の腕を競う大会に出る手続きをしました。
これは大会のルールですので読んでおいてくださいね。私なりにこれから準備する物や各自の訓練方法を書いておきましたから」
 にっこりと笑ってディルクは全員を見渡した。
 案の定、彼の幼馴染がベッドから立ち上がり、顔を真っ赤に怒りを露にしていた。
「な・・・な・・・何を勝手にお前は・・・」
 退治屋ばかりが集い競う大会となれば、腕に覚えがある者ばかりの集まりに違いない。
 自分達といえば、数日前に退治屋を開業したばかりの新米である。
 エドヴィンを始め、まだ全員一人前と言えるほどの実力が備わっていないのだ。
「大丈夫ですよ。命は保証されている大会らしいですから。死ぬことはありません。怪我はするかもしれませんけどね。
 それに良い訓練になると思いますよ?さ、ほかに何か質問でも?」
 変わらずにこにこと説明するディルクにライムントは何も言えなくなってしまった。
何を言っても無駄だ。と長い付き合いなだけにすぐ悟ったのだ。
 2人のやりとりが終えた直後に少し間を置いて言葉を発する者がいた。
「・・・その大会と僕の出身が何か関係あるのですか?」
 相変わらず暗い声音でエドヴィンがディルクを見つめた。
「レーベン家出身のあなたが所属している我々一行が大会で優勝・・・
 もしくは、それなりに良い成績を収めれば一気に我々の名前が高まります。
退治屋を始めて月日が経っていないというのも、大きな要素ですね」
 得意そうに答えると椅子から立ち上がってエドヴィンの肩に手を置いた。
「あなたは自分の出身を誇りに思っているのでしょう?」
「ですが、僕は家の恥になるだけですから・・・」
 両手を座っている足の間でぎゅっと握り締め、再び俯いた。
 じっと自分の拳を見詰める。
「なぜ、そう決め付けるのですか?エドヴィン。才能なんて物は努力でどうにでもなります」
「僕はその努力も足りませんから・・・今だに見習いなのです」
 自分に自信が持てないエドヴィンは肩を落とす。
 その肩に手を置いていたディルクはぎゅっと力をこめた。
「・・・っつ」
 肩に指がめり込み、痛みに顔をしかめながら目の前に立つディルクを思わず見上げた。その表情は、静かな怒りをたたえている。
「自信が持てないのなら、なぜ君はこの旅についてきたのですか?私は君ができると見込んで雇ったのです」
「・・・・・・離してください」
 ディルクに掴まれた肩を少し揺すり、指を振り払おうとするが、置かれた手は離れていく気配はない。
それどころか、さらに力が増した。
「エドヴィン。才能がある・ないは関係ない。自分が選んだ道を進むことが大事だ・・・わたしもそうして生きてきた」
 今まで成り行きを見守っていたグレーティアがそれだけを告げると、扉に向かい部屋から立ち去る。
 グレーティアは自分の一族の事を思い出し、エドヴィンの気持ちを理解したのかもしれない。
 薬師としては平凡な才能しか持ち得なかった自分は剣に自分の道を定めた。
「グレーティアさん・・・も僕と同じなのですね」
「グレーティアは君ほど弱くありません。自分の道を信じて進む強さを持っている女性です」
 今まで感情のまま掴んでいたエドヴィンの肩を解放し、ディルクも扉に向かった。
 扉を開けると廊下に足を一歩踏み出し、振り返らずにエドヴィンに問いかけた。
「我々は大会に出ます。君が出るか出ないかは今夜中に決めてください。出ないのなら、君とはこの街でお別れです」
「・・・そんな!ディルクさん!待ってください!」
 ベッドから立ち上がって扉の向こうに消えたディルクを追おうとするエドヴィンをライムントが腕を掴んで制した。
「ライムントさん?」
「あいつなりに、お前とお前の力を信頼しているんだ・・・その気持ちはわかってやってくれ・・・俺が言えるのはそれだけだ。
夜まで時間はある。じっくり考えて結論を出すんだな・・・」
 言い残すとゆっくりと腰を上げ、扉に向かい振り返らずに廊下に出た。
 1人部屋に残されたエドヴィンは両手で頭を抱えベッドに身を投げ出すのだった。
「・・・レーベンの名はどこまでも共に・・・か」
 瞳を閉じ、呟くと幼い頃の記憶が鮮明に甦ってくるのだった。


■5■
レーベン家に生まれた子供は男女関係なく、同じ教育を施される。
 この世に生まれた時から3歳までは普通の子供と同じように育てられた。
 そして3歳になった頃より、魔物退治としての知識・技術を1日の大半をついやして子供に教育を施すのだ。
 子供達を教育するのは、現役を退いた者が主であり子供達にとっては
祖父母のような関係が多い。稀に、怪我や病などで早くに引退した若い者も存在した。
 エドヴィンの教育係であるオスター・フォン・レーベンは
数年前に魔物退治で重傷を負った事で引退した人間で、まだ28歳という若さだ。
 今回のエドヴィンが引退後初めての生徒である。

 教育を受けはじめて2年。エドヴィンは5歳になっていた。
「エドヴィン、そろそろ君がどの道を進むべきか決める時がきました」
 魔物退治と一言にいっても、その人間にあった職業がある。
 教育をはじめてから2年は、基礎知識と基礎体力訓練に基本的な格闘技・魔法知識を中心に教え、
その間に教えている人間がどちらに生徒が向いているかを判断し、格闘技・魔法のどちらを専攻させるかを決定するのだ。
「先生」
「ん、どうしました?」
 オスターが次の発言をする前にエドヴィンがおずおずと言葉を発した。
「僕、僧侶になりたいんです」
「・・・なぜ?」
 今から告げる言葉をのみこみ、オスターは少年エドヴィンの言葉を促す。
 通常、職業を決める際は教育者の選んだ物に従う事がほとんどであり、本人の意志はない。
 だからこそ、幼いうちに子供に適した職業を教育者が選定し、その職業を極めるように促していた。
「魔物も生き物です。僕は生き物を傷つけたり、殺したりしたくないです」
 エドヴィンはオスターを見上げて幼いながらも必死に訴えた。
 向き・不向きは何も考えていない。ただ、自分の意志を伝えようとした。
「でも魔物は我々人間を襲い、街を破壊しています。
 我々レーベン一族は力のない者達を守る為に存在しているのです。
 君も父君や母君のように立派な魔物退治になってもらいたい。
 そうなる素質もあるのですから」
 エドヴィンは聡明な頭脳と格闘に関する才を持ち合わせていた。
「先生。僕は僧侶になれないのですか?」
 真剣な瞳で見つめてくるエドヴィンの頭を優しくなでながら、オスターは大きく息を吸い込む。
「いや、君が強く望むのなら・・・君は僧侶を目指せばいいのです。
本来、こうやって子供の将来は決められるべきなのですから」
 そう言って微笑むと、それにあわせるようにエドヴィンも表情を輝かせた。
 それからエドヴィンは基本的な知識、護身用の格闘術や剣術などの教育を受けながら、
僧侶としての知識や技術なども教えられていくことになった。


 エドヴィンが10歳になったある日。
 3年ぶりにエドヴィンは両親に会った。
「エドヴィン元気にしていましたか?オスターの言う事は良くきいている?」
「はい。オスター先生には、とても良くしてもらっています。
 母上もお元気そうですね!父上も壮健でなによりです」
 母親・エイダは魔術師として、父親・ヘニングは格闘家として常に2人で国中を旅をしている。
 レーベン一族の中で、エドヴィンの両親はかなり上位に位置する魔物退治屋であり、
この2人の依頼主は時に王族も含まれるといわれている。
 エドヴィンは普段は会えないが強い両親を心から尊敬し、誇りに思っていた。
 礼儀正しく挨拶をした息子を前に、父親であるヘニングは不機嫌そうな表情で腕を組んでいた。
 そしてエドヴィンの脇に静かに佇むオスターを手招きで呼び寄せる。
「お久しぶりです、ヘニング様。相変わらずの勇名は、毎日のように一族の元に届いておりました」
 年長者に対する礼儀として、深く頭を下げると顔を上げた。
 まっすぐヘニングの目を見つめ、次の言葉を待つ。
 ヘニングが何を言おうとしているのかが、わかったからだ。
「世辞は良い。お前も現役であったなら、俺に劣らぬ名声が聞こえていただろうな・・・・・・。
まあ、過ぎた事はどうでも良い事。それよりも、エドヴィンの事だ。なぜ、まだ僧侶などやらせている?
あいつは、剣術をやらせるように先に会った時に申し付けておいたはずだ」
 オスターの少し後ろで母親に肩を支えられるようにエドヴィンは俯いていた。
 その服装は、僧侶見習い以外何者にも見えない。
 手には剣や槍などの武器ではなく、魔法を練習する時に使う杖を持っていた。
「あなた、エドヴィンの前で・・・」
「お前は黙っていろエイダ。良い機会だ、エドヴィンも10歳。話がわからぬ年齢ではない」
「ヘニング様。以前にも申しましたが、エドヴィンは僧侶を目指したいと自らの意志で決めたのです」
 それを告げると一呼吸を置き、再び唇を開いた。
「自分の意志で決めた事を、教える側の我々が無理矢理曲げてしまっても良いのでしょうか?
それでは、子供達があまりにも可哀相です」
「人間には向き・不向きがある!お前はエドヴィンが僧侶として才能があると思っているのか?」
 その言葉にエドヴィンは耳を塞ぎたくなった。
 自分は、僧侶の修行をはじめてからすでに5年。
 僧侶に必要な、知識や簡単な医療技術、神殿に伝えられている護身術や神についての伝記は、順調に身につけられていた。
 だが、魔力を用いた回復魔法や治癒魔法に関しては、今だ成功率が確実とは言えない程度にしか扱えない。
 同じ頃に訓練をはじめた見習い僧侶達は、簡単な回復魔法を使いこなすことができていた。
 魔力を向上させる訓練や魔法を発動させるための祈り等に惜しみなく努力をしているはず。
 だが、エドヴィンは伸び悩んでいたのである。
 教育係であるオスターもエドヴィンは、剣術への道を進ませた方が成功すると思っている。
 だが、本人の意志を曲げてまで、その道を歩ませる事を良しとせず、エドヴィンが希望する僧侶として訓練を根気良く続けていた。
「才能に勝る努力をすれば大成します。エドヴィンは成長の段階なのです」
「・・・エドヴィン」
 オスターの力強い言葉を無言で聞き、今度はエドヴィンに視線を移して静かに名前を呼んだ。
「はい、父上」
「お前にあと2年の猶予を与える。その間に僧侶としての力を身につけろ。
それができなければ、剣術をやらせる。剣術の稽古も怠るなよ」
「わかりました!ありがとうございます、父上」
 その言葉を聞いたエドヴィンは瞳を輝かせ、オスターに笑顔を向けたが、オスターはその笑顔に応える事ができなかった。
 2年間で、エドヴィンが僧侶として一人前になるには時間が短すぎるのだ。
 

 時が経ち、父と約束をかわした日から2年が過ぎようとしている。
 僧侶・剣術の訓練を必死の思いでこなしているエドヴィンの元に急報が届いた。
「エドヴィン!エイダ様が大怪我を負われた!すぐに転移魔法で母君のところへ!」
 レーベン一族は、広い範囲で魔物退治を行なっている為、常に一族の者がどのような状態にあるかを把握できるシステムを構築していた。
 それは、魔物退治を引退した魔術師や学術に長けた者が編み出した魔法の一種である。
 また万が一に備えて、一瞬で目的の人間がいる場所まで行く事のできる転移魔法も古代の魔法書を解読した魔術師達が復活させていた。
 それは、熟練の魔術師でも、成功させる事ができる者とできない者がいるほど高度な魔法技術と魔力が必要なのである。
「母上が!あんなに強い父上が一緒にいるのになぜ!」
「いいから、早くするんだ!一刻を争う!」
 その言葉からして、母親のエイダは絶望的な容態であるとわかった。
 最後に一言だけでもエドヴィンに言葉を残したいとエイダが強く願い、それが一族に伝わったのである。
 一瞬の出来事だった。
 魔術師がエドヴィンに触れた瞬間、2人の姿がその場から消えていた。


 エドヴィンが暮らす街から遠く離れた険しい山の中、地面に横たわったエイダは腹部を裂かれ、
おびただしい血が土に次々と染み込んでいた。
 その横には怪我への処置は無駄だと知ったヘニングが、静かに彼女の手を握りながら最後の時を迎える覚悟を決めた。
「エイダ・・・」
「・・・・・ドヴィ・・・ン」
 そう宙に向かって呼ぶと、2人の後ろに光と共にエドヴィンが転移術者と共に現われた。
「母上!」
 父親の反対側からエイダに駆け寄ると血で染まる腹部を抑え、真っ赤に染まった手を握る。
その感触にエイダの瞳がかすかに動いた。
「・・・来てく・・・れたのね?」
「しゃべらないで!今、治癒魔法を!」
 そう言うと、必死に自分の心を落ち着かせようと宙を仰ぎ、大きく息を吸い、瞳を閉じる。
 だが、エドヴィンの気持ちはますます焦るばかりだ。
 目の前にいる重傷の母親を救いたい。
 ただ、それだけを強く思った。
「天・・・天空に住まう神々に乞う!今こそ我が手に力を与えたまえ!」
 両手を天にかざし神々に力を乞う。
 そして、その両手でエイダの腹部を覆った。手に温かい血が触れる。
「母上・・・今、今すぐに治しますから」
 涙を流しながら両手で腹部を抑えるが自分の手から魔力が放たれる力を感じない。
 焦った心では神々の心には自分の祈りが届かなかったのか。
 それとも自分の信仰は偽りのものだとでも言うのか。
 もう一度天に向かって両手を掲げさらに祈りの言葉叫ぼうとしたエドヴィンをヘニングが止めた。
「何をするんです父上!早くしないと母上がっ」
「エドヴィン・・・もういい・・・最後に、エイダの言葉聞いてやってくれ」
 どんどん体温が失われていき、宙に泳いだ視線は焦点を定める事もできない。
「そ・・・んな。母上!母上、大丈夫ですから。今・・・僕が・・・」
 父に背後から両肩を掴まれ強い力で促され、母の口元の近くに顔を寄せた。
「・・・強く・・・生きて・・・」
 それだけを、震える唇で告げるとエイダはそっと瞳を閉じ、その瞳が開かれる事は二度となかった。
「母上!嫌です!僕はまだあなに何も・・・」
 母親の横にうずくまり彼女の血で濡れた両手で顔を覆い、泣きじゃくった。
 しばらく父親であるヘニングも妻の死を無言で悲しんでいたが、すくりと立ち上がる。
いつまでも、ここに留まっているわけにいかなかった。
 この山には凶暴な魔物が多い。
 エイダの血に誘われた魔物がいつ集まってくるかもわからないこの場所から、一刻も早く離れなければならない。
「エドヴィン・・・行くぞ。早くこの山から出なければ」
「・・・母上は、どうするのです?」
「このままに。この場合は仕方ないのだ」
「そんな!母上の亡骸をこのまま打ち捨てると言うのですか?」
 父の言葉に涙を流しながら怒りを露にするエドヴィンをヘニングは平手で頬を叩く。
 叩かれた頬を押さえる事もしないままエドヴィンは父親を睨むように見上げた。
「我々ノーベン一族は自分の身を一番に守れと教えられているだろう。
エイダの亡骸を背負っての転移術は無理だ。彼女もそれはわかってくれている」
 悲しそうな表情で地面に横たわる妻を見つめ、エドヴィンの腕を掴んだ。
「離せ!僕は母上を連れて行くっ」
 転移魔法での移動は3人が限界だった。
 それは、人の生死に関わらない。
 転移術師は事の成り行きを見つめ、ヘニングの判断を待つ。
「馬鹿者!」
 腕をぐっと引き、ヘニングはエドヴィンの急所に拳を叩きこんだ。
「うあっ」
 その瞬間にエドヴィンは気を失い、父親の腕に抱えられた。
 次の瞬間術師の施した転移魔法でノーベン一族の住む街へ帰還した。


 母を失ったエドヴィンが気を失ってから数日後。
 やっとエドヴィンが目を覚ました。
 だが、その瞳にかつての輝きはなく、言葉と心を閉ざしていた。
「エドヴィン・・・俺を許してくれとは言わん。
 ただ目覚めてくれ・・・このままでは衰弱し、死んでしまうんだぞ。
 それでいいのか?エイダの・・・母の言葉を思い出せ」
 ベッドで横になった息子に語りかけるヘニングの元をエドヴィンの教育者・オスターが訪ねてきた。
「ヘニング様・・・お話があるのですが、よろしいですか?」
「ああ、オスターか。なんだ?」
 ベッドにエドヴィンを残し、ヘニングとオスターは部屋にある椅子に腰をかけて向かいあっていた。
「エドヴィンを神殿にお預けになってはいかがでしょうか?ノーベン家から出家という形をとって・・・」
「・・・どういう事だ」
 静かに、だが驚きを感じながらヘニングは先を促す。
「エドヴィンは魔物退治を・・・いえ、生き物を傷つけることができない子です。それでも人々を救いたいという思いは強いのです」
「だから僧侶・・・という事か」
「はい。例え、今は未熟でも彼の心が変わらなければ神はきっと偉大な力をお貸しくださると、私は信じています」
 ベッドに横たわるエドヴィンを見つめ、ヘニングに静かに訴えた。
「彼は僧侶になるべきです」
「・・・・・・そうか。それは教育者としての決定なのだな?」
 意を決したヘニングは、ひとつ深く頷き椅子から立ち上がった。
「ヘニング様?」
「俺はすぐに仕事に戻らなければならん。エドヴィンの事はお前に任せよう。仕事に戻る前にエドヴィンが出家する手続きはしておく」
「そんな・・・エドヴィンがせめて目覚めてからで良いのでは?」
 ガタリと音を立ててオスターが立ち上がると、驚いたようにエドヴィンが上半身をベッドから起こし、
怯えたような様子でオスターと扉の前に立ったままのヘニングを見つめた。
「だからこそだ。目が覚めたら俺はエドヴィンに剣術を強要するだろう。息子の意志と関係なくな。
自分の身を確実に守れる技術を見につけて欲しいと思うのは、親のわがままか?」
 自嘲気味な表情を浮かべてヘニングは部屋を出ていった。
「さらばだ、エドヴィン」


 エドヴィンが言葉と心を取り戻したのは、神殿に身を預けてから一ヶ月以上経ってからであった。
 目が覚めるまで傍についていたオスターは、
彼に父親であるヘニングが出家を許したまでの経緯とこれからの事を言い残し、レーベン一族へ戻った。
 オスターがエドヴィンに最後に伝えて言葉はこうである。
「”レーベンに戻りたくなったら、いつでも戻って来い。ただし、剣士としてな。”君の父君からの伝言です。
 あと、これは私から最後に・・・立派な僧侶になりなさい、エドヴィン。
 私はそうなれると信じていますよ」



 時は戻って、ヴィルブルグにある宿の一室。
 すっかり窓の外は暗くなり、ディルクに返答をする時が近づいてきていた。
 ベッドに横になり、いつのまにか眠ってしまっていたエドヴィンの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「・・・・夢を見たのか・・・」
 1人きりの部屋の中だったが、なんだか照れるような感覚に見舞われてエドヴィンはあわてて袖で涙を拭う。
 大きな息をはいた後に扉が軽くノックされ、ゆっくりと開いた。
「エドヴィン。気持ちは決まりましたか?」
 先頭で入ってきたのはディルク。
 次にライムント、最後にグレーティアの順に部屋に入って全員が扉の前で立ち止まり、エドヴィンを見つめていた。
「はい」
「では、聞かせていただきましょうか。今後も私達を助けてくれますか?」
「ええ、もちろんです。大会にも、出ます」
 にっこりと笑ってディルクの前まで進んでくると手をとった。
「よろしくお願いします。僕、お役に立てるようにがんばりますから」
 それを聞くとディルクは唇の端をわざとらしいほどに吊り上げて、意地悪そうな表情を作ると笑いながら言葉を発した。
「当たり前じゃないですか。私と出会った時から決まっていた事ですよ、エドヴィン?」
 そう言って片目を瞑るとディルクは両手でエドヴィンの手を力強く握った。

To be continued…