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3rd STAGE
■1■
ヴィルブルグ郊外にある闘技場で、魔物退治屋を集めた腕試し大会が開催されようとしていた。
その会場は元々平原だった場所を整備した物だ。
観客席は大会運営組織が何日も前から木材を使って、人の身長ほどの高さから試合を見れるように作られていた。
今は開会まで2時間程度あるが、観客席には街の住人や他の街、
他の国からわざわざこの大会を見に訪れた人間達で埋まろうとしていた。
「わりと大きな大会のようですね」
出場する選手が集まる場所、少し離れた場所にある観客席を眺めながらディルクが明るい調子で仲間達を振り返る。
彼は、今から始まる大会を考えると嬉しくて仕方ないようだ。
「嬉しそうだなディルク」
恨めしそうな視線をディルクに向けつつも、自分も大会に向けて準備運動をしながら観客席に目を向けていた。
グレーティアは、瞳を閉じて静かに大会が始まるのを待っている。
そして、出場を決心したエドヴィンもこの場で落ち着きがない様子で周囲の選手達を観察していた。
「皆さん、強そうですね」
ポソリと呟いて手に持っていた杖をぎゅっと握り締めた。
その杖は今まで使っていた物と違い、自分の背丈ほどもある長さと
剣をも受け止められる硬度を持った柄が特徴的なシンプルな戦闘向きのタイプだ。
これはディルクに指示されたものではなく、エドヴィンが自ら街で武器を扱う店から調達してきたものだった。
「ですが、我々も名前こそ知られていませんが、そこそこは強いと思いますよ」
相変わらず笑顔のまま、周囲の選手達を眺めて口元を綻ばせる。
「何を根拠にそんなに自信があるんだ、お前は」
飽きれた表情でライムントがディルクとエドヴィンの元に歩み寄って腕を組んだ。
周囲にいる選手達も、それなりに魔物退治屋としての経験を積んだ様子が伺える。
自分達が弱いと思ってはいないが、他の魔物退治屋と接触を持つ機会が今までになかった為に、
自分達の実力がどれほどのものかはまだ未知数だ。
「ふふっそれは、あとからのお楽しみですよ」
目を細めて笑うディルクに一抹の不安を覚えながらも、これ以上は自分が何を聞いても彼は教えてくれないのはわかっていた。
不安そうにしているエドヴィンを見かねて声をかける。
「エドヴィン、そんなに緊張してちゃ実力が出せないぞ?」
「僕はこういう場は苦手なので・・・グレーティアさんが羨ましいです」
落ち着いた様子を見せるグレーティアをチラリと見て自嘲気味に笑う。
その視線に気づいたグレーティアが、エドヴィンとライムントの元にやってきた。
「こういう大会は初めてなのか?」
「ええ。グレーティアさんは?」
「一度だけある。その時は、まだ未熟で一回も勝てなかったが今回は違う。あなた達もいるし、私もあの頃より強くなったからな」
口元に不敵な笑みを浮かべるグレーティアは、ディルク同様にこの大会を楽しむつもりらしい。
横で聞いていたディルクも3人の話に加わる。
「その時の話を少し聞かせてくれませんか?何か参考になるかもしれませんしね」
その言葉にはライムントも頷く。
こういう時は、経験者の話は役に立つ事が多い。
ディルクに促されてグレーティアは簡単に自分の経験を語った。
旅に出てから1年ほど経過した時。
当時、訪れていた小さな港町で剣術の技を競う大会が行なわれた。
まだ少女だったグレーティアは、その大会の出場者中では最年少。
当然、自分以外の出場者は大人の男ばかりだった。
軽口を叩く対戦相手にも、感情が先立ってしまい実力の半分も出せずにあっけなく破れてしまったという。
「試合だけではない。戦闘では、常に平常心でいなければ命とりになるという事だ。
エドヴィン、あなたも平常心を心がけなければ足手まといになるという事を忘れるな」
「おい、グレーティア・・・言い過ぎだぞ」
「いえ・・・ありがとうございますグレーティアさん。平常心ですね」
「そうだ。それが自分も、仲間も守れる」
「はい」
グレーティアの話を聞いている間に、エドヴィンは落ち着きを取り戻しつつあるようだった。
その様子をディルクは見つめ、小さく頷く。
「そろそろ大会が始まりますよ」
観客がざわめき出し、闘技場に司会者らしき男が進み出て今にも開会の宣言をしようとしてるのが一行の視界に入った。
『ただいまより、第6回腕試し大会を始めます!』
司会者の宣言と同時に観客席から大きな拍手と歓声が起こる。
控え所にいる選手達の気合いを入れる声や、仲間達と意気投合する様子があちこちで見られた。
ディルク達も、全員と目を合わせて力強く頷いた。
これから、いよいよ自分達の力と名を世に知らしめる時がきたのだ。
開会宣言から、しばらくすると大会のルール説明が行なわれた。
主なルールは次のようなものだ。
1、審判がチーム内で1人でも戦闘不能と判断した場合は、試合終了とする。
2、いかなる場合も対戦相手の命を奪ってはならない。
3、急所攻撃は禁止する。
4、制限時間は一試合半刻とし、決着がつかない場合は審判による判定に委ねる。
5、上記のルールを破った場合は、今後一切の退治屋稼業を禁止とする。
※尚、大会では武器・魔法の使用は無制限とする。
大会へ出場するチームは1チーム5人以内と定められており、
それ以上のメンバーは怪我などで出場できなくなった時以外の交替は認められない。
5人以内なら、1人でも試合に出られるという仕組みだ。
ディルク達は第3試合という事に決まり、それまでは闘技場のすぐ近くで控えながら他チーム同士の戦いを観戦していた。
今大会に参加するのは、ディルク達を含めて8チーム。
トーナメントで闘い、最後に勝ち残ったチームが優勝という事だ。
第1試合は、魔法使いと剣士の2人組と剣士3人組という対戦内容で、
剣士3人組が巧みなチームワークで魔法使いに魔法を使わせる間もなく、剣士を打ち負かした。
第2試合は、この大会では珍しい魔法使い同士の1対1の闘いとなった。
己の得意な魔法を放つ隙を見つけるために、魔法使いとは思えない身のこなしで格闘技の応酬が行なわれ、
炎系の魔法を使いこなす者が風系の魔法を使う者に勝利した。
魔法での闘いは、一瞬で勝負がつくが双方共無傷ではすまない。
勝者の魔法使いも、風魔法で服が裂けその服の隙間から血が滲んでいた。
「いよいよだな」
「行きましょう」
グレーティアが闘技場に向けて一歩を踏み出す。
「ああ」
その後にディルク、ライムント、エドヴィンと続く。
「・・・神よ、我々に幸運を」
闘技場に現われると観客からの歓声と拍手が湧き上がった。
目の前に迫る対戦相手も同様に観客から迎えられていた。
ディルク達の相手は、自分達よりも1人少ない3人構成。
大会出場のチームとしては平均的なチームである。
剣士風の男2人、魔法使い風の女が1人だった。
「なかなか手強そうですね」
「・・・いや、そうでもない」
冷静に対戦相手を観察していたグレーティアがディルクの言葉を否定する。
「あのチームには、何か違和感を感じる。おそらく、この大会のために手を組んだのだろう」
「・・・そう言われればそうだな」
グレーティアに言われてライムントも対戦相手を観察してみると、彼らの中に輪が見えてこない。
どこかバラバラで、もろそうな印象を受けた。
司会者による、それぞれのチームが紹介される。
『第3試合の出場選手達を紹介いたします!』
まずは対戦相手からだ。
『剣士・ヴェング、同じく剣士・ロンメル!女魔法使い・サラ!今大会の為に新結成された3人です!』
グレーティアの読み通り、このチームは大会用に初めて手を組んだのだ。
『対するは退治屋として数日前に登録された新人です!魔法使い・ディルク!
そして、女剣士・グレーティアに格闘家・ライムント!最後は僧侶・エドヴィンです!
なんと、エドヴィン選手は、あのレーベン家出身との事です!』
司会者の言葉に会場の雰囲気は激動した。
観客席からは、歓声が湧き上がり、対戦相手は驚いた表情をエドヴィンに向け、その後は殺気に満ちた眼差しを叩きつけてきた。
「・・・・っ」
その視線の強さにエドヴィンは一瞬怯む。
自分の出身を公表する事に承諾したとはいえ、
レーベン家の名前がここまで観客や対戦相手に影響をもたらすとは予想をしていなかった。
「エドヴィン、胸をはれ」
エドヴィンの後ろにいたライムントが背中を軽く叩き、小声で囁く。
「は・・・はい」
視線を下に落としかけたエドヴィンはやっとの思いで平静を装い、顔を上げた。
「よし、それでいい」
肩をぽんと押すとエドヴィンが足を一歩前に踏み出し、対戦相手はびくりと体を揺すり、相変わらず強い視線で睨みつけてくる。
「これで我々がさらに有利になりましたね」
1人でそう呟くとディルクは愛用の杖を握りしめ、仲間達の後ろに移動して試合開始に備えた。
今にも司会者が試合開始を宣言しようとしている。
『それでは、第3試合はじめ!』
その声に観客から闘技場が揺れんばかりの歓声が再び起こる。
対戦相手を前に、グレーティアを先頭にライムント、エドヴィン、ディルクという配置で試合が始まった。
グレーティアはじっと相手の出方を待つ、さきほどのレーベン家の人間がいるとわかった彼らは興奮が冷めないまま、
エドヴィンに狙いを定め駆け寄ってきた。
グレーティアは自分の左側に向かってきた剣士・ロンメルの前に踊り出ると剣を鞘から抜き放ち、鋭い突きを繰り出した。
その突きをロンメルは後ろに飛び避けると、自分の剣を抜き目の前にいるグレーティアに力強く切りかかる。
ーガキーンッー
ロンメルの剣を自分の剣で受け止めると、グレーティアは両手で剣の柄を握り精一杯の力をこめる。
相手の力が思っていたよりも強く、受け流せると思っていたものをまともに受けてしまったのだ。
しばらくその場に留まったグレーティアとロンメルは、剣の引き際をはかりながら周囲の様子を伺った。
グレーティアの右側を駆け抜けたヴェングの先には、格闘家のライムントが待ち構えていた。
ライムントはもう1人の剣士・ヴェングに向かって足を踏み出し、身を落として足払いをかける。
その足払いはライムントの巨体に似合わずすばやく、鋭い。
完全に足を払うことはできなかったが、足先をかすりヴェングのバランスを崩す事に成功していた。
「よしっ!」
一気にその隙にライムントは攻め込む、ヴェングは防戦一方である。
一番後ろのディルクは杖を前に向け、すばやく魔法を唱えた。
「大地に宿る精霊よ、我が命に応えよ」
ばっと杖をかざすと、女魔法使いのサラの周辺が大きく揺れサラは倒れないように堪える。
「きゃあっ!」
杖を両手で持って地面につき、自身は腰を低くかがめている。
唱えようとしていた魔法を止めざるをえなかったようだ。
ロンメルの力を必死で押し返そうとするグレーティアだったが、さすがに自分より大きな相手に苦戦していた。
「小娘のくせに、なかなかやるな!だが、力では叶わぬだろうっ。おらっ!」
気合いの声と共に剣を持つ腕に力をこめ、グレーティアを圧倒する。
「・・・うあっ!」
悲痛な声を発し、グレーティアは肩膝をつく。
かろうじて剣は両手に握り締めたままだ。
膝をついた瞬間、ロンメルはグレーティアの剣を自分の剣で巻き込むような動き見せると宙に向かって跳ね上げた。
ーガシーンー
金属音がすると、グレーティアの剣は彼女の意志と反して手から離れてしまった。
「ちぃ!」
「もらった!」
そう言うとロンメルはグレーティアに向かって剣を振り下ろす。
この間では、グレーティアも避けきれない。
瞬間的に瞳を閉じて、ロンメルの一撃を覚悟した時だった、
「グレーティアさん!」
ーガキンッー
鈍い金属音がしたと思うと、グレーティアは瞳を開いた。
グレーティアの目に白く長いマントが飛び込む。
それは僧侶用のマント。
「エドヴィン?」
瞳をまばたかせ、もう一度目の前で自分に向けられた剣を受け止めた人物を見つめた。
それは今まで僧侶としては未熟な仲間が長い杖を手に、自分を力で押し負かせた男の剣を受け、
後ろで膝をつくグレーティアに視線を向ける。
「大丈夫ですか?早く立ってください!」
そう言いながらエドヴィンは少し腰を捻ってその力を利用し、相手の剣を押し返し、杖を上下に揺するとぱっと身を引いた。
その身のこなしは僧侶のそれではなく、まるで剣士のような鋭さと巧みさを見せた。
「彼は強いです!グレーティアさん、僕も一緒に闘います」
杖を両手に持ち、グレーティアの横まで後ずさりながら迷いのなくなった瞳をロンメルに向けて、腰をかがめた。
「エドヴィン・・・あなたは剣も使えるのか?」
驚いた様子でグレーティアがエドヴィンの方へ顔を向けようとしたが、それは後ろに控えていたディルクが制す。
「目の前の相手に集中しなさいグレーティア!油断しないでっ」
その言葉にはっと我に返ると後方に飛ばされた剣を後ろ手に拾い、左手に握る。
右手は先ほど剣を飛ばされた衝撃で痺れが続いていた。
「宙に舞う風よ・・・制解せよ」
隣にいるグレーティアの右手にそっとエドヴィンが触れると、徐々に痺れが消えて、再び両手で剣を構える事ができた。
ディルクは先ほど自分が唱えた魔法を持続させるために、サラに意識を向けつつも、エドヴィンの様子を見てほくそ笑んでいた。
独り言が無意識に唇をついて出る。
「能ある鷹はなんとやらですよ・・・エドヴィン」
僧侶剣士としての力を見せはじめたエドヴィンの後ろ姿を頼もしく感じるのであった。
■2■
ロンメルを前にエドヴィンは杖を両手に握り、まるで長剣をかまえているかのような姿勢を保ち続けていた。
「エドヴィン・・・なぜ剣を?」
今まで剣が使えるような素振りも、身のこなしも見た覚えが無い。
あえて自分の力を隠してきたかのようなエドヴィンに、グレーティは疑問を投げかけた。
もちろん、視線はロンメルの動きに向けたままだ。
エドヴィンの身のこなしで、彼の剣技がにわかじこみではなく、
幼い頃からの鍛錬によるものだとグレーティアもロンメルも悟っていた。
「すみません・・・僕は僧侶になる事にこだわりすぎていました」
申し訳無さそうな口調でそれだけをグレーティアに向け、エドヴィンは杖を前に突き出して力強くスペルを唱えた。
「天に住まう神々よ、我らをその御心で護りたまえ」
エドヴィンの祈りは、グレーティア、ライムント、ディルクに守りの力を与えた。
祈りを捧げたエドヴィン自身にもその力は及ぶ。
「よし、一気に行くぞ!」
エドヴィンからの魔法を感じ取ったライムントが叫び、一瞬ロンメルとエドヴィン、
グレーティアの様子に気を取られていたヴェングの懐に飛び込んだ。
「しまった!」
ヴェングが気付いた時には、ライムントは至近距離につめており、彼が剣を構える前に鳩尾に強烈な拳を叩きこんでいた。
「悪いな!」
ードスッー
「ぐうっ」
鈍い音と共にヴェングの手から剣がこぼれ落ち、前のめりに倒れていた。
「ヴェングさん!」
後ろに控えていた女魔法使いのサラが悲痛の声を上げる。
自分自身もディルクの魔法をなんとか抜け出し、己も呪文を唱えようとしていた矢先に仲間が一人倒されてしまった。
だが、魔法を唱えるための精神集中を止めることはない。
「・・・大気中に漂う精霊よ、彼らの目を奪え!」
サラが真っ赤な宝玉のついた杖をグレーティア、エドヴィンに向けて突き出した。
「気をつけてくださいっ二人共!視界を遮る魔法です」
ディルクが叫ぶ。
「くっ・・・なんだ、この霧は?」
グレーティアの周囲が不自然に漂いはじめた湿った空気に、だんだんと彼女の視界が白く覆われていく。
敵の魔法使いが霧で視界を遮る魔法を使ったのだ。
「グレーティアさん、僕の傍から離れないでください!この中でバラバラに行動するのは危険です」
「わかっている!あなたも敵の気配に集中しろ!」
二人の視界はほぼ無くなり、目の前にかろうじて人間の気配を感じるだけだ。
互いの横に感じる気配は味方。
それ以外は神経を研ぎ澄ませても完全に見切ることは難しい。
「エドヴィン・・・魔法でどうにかできないのか、この霧は」
横にいるはずのエドヴィンに不機嫌にグレーティアが声をかけた。
その言葉にエドヴィンが申し訳なそうな声で答える。
「すみません。僕は僧侶としての技術が今だ乏しくて」
二人のやりとりを聞いて、ロンメルはニヤリとした。
サラの魔法は狙った敵にのみ作用する。
自分には、二人の様子がよくわかるのだ。
今なら、避けられる事もないし自分の剣を受け止められる事も不可能。
そろりと二人に向けて足を踏み出した瞬間、ロンメルの両腕を激しい炎が襲った。
「うああああっ!!」
両手の袖に炎が燃え移りロンメルは剣を投げ捨て、その場で転げまわる。
その炎はディルクが仕掛けた魔法に間違いない。
この試合では、対戦相手を殺してはならない。
その為に、ディルクはロンメルの腕を燃やし、力も制御した。
それでもロンメルから戦闘能力を奪うには充分である。
「・・・ぐああっ」
後ろに控えていたサラが自分のマントをロンメルの両腕に叩きつけ、なんとか炎を消した時には勝負はついていた。
ブスブスと肉が焼け焦げた臭いが辺りに漂い、両腕をダラリと前に下げたままロンメルがフラリと立ち上がり、審判に宣言する。
「参った・・・俺達の負けだ」
剣士ロンメルが自分達の負けを認めた事によって、ディルク達は一勝を得ることができた。
勝負が決まった直後にようやくエドヴィンとグレーティアを包んでいたサラの魔法が解かれ、
霧の中から出てきた二人はバツが悪そうな表情を浮かべていた。
「・・・終ったのか」
「ええ、そのようですね」
グレーティアは剣を鞘に収め、エドヴィンは両手で握りしめていた長い杖を左手に持ち替えてディルク達の元へ歩を進める。
「ディルクさん・・・知っていたのですか?僕の事を」
自分の力を最初から知っていたような素振りを見せたディルクに、試合中に感じた疑問を投げかけた。
「いえ・・・。ただ、君が未熟な僧侶のまま終る男じゃないって事はわかってますよ」
エドヴィンに笑顔を向けて、正面から右肩を叩き、くるりと踵を返す。
その時、司会者が大きな声でディルク達の勝利を宣言した。
『ディルクチームの勝利です!次の試合はー』
「さあ、次の試合までは時間があります。試合の疲れを癒しましょう」
振り向かずに手で一行を促すとディルクはスタスタと闘技場を出て行く。
「待てよディルク」
「なんですか?ライムント」
「エドヴィンとグレーティアを、あのままにしておいていいのか?」
ディルクとライムントが歩く少し後ろをエドヴィンが歩き、そのさらに後ろをグレーティアが肩を落とした様子で歩いてきていた。
「・・・あまり、良い状態ではないですね」
「そうだろう?あんな調子で次の試合どうするつもりなんだ?」
エドヴィンは今の試合で予想以上の働きを見せてくれたが、その為に力を使いすぎ、顔色も悪く足元もふらついている。
そして、グレーティアは自分の力が敵の剣士に及ばなかった事と、エドヴィンの剣士としての実力を認めてしまう自分が悔しかった。
一番後ろから顔を伏せ、両手を握り締めたまま歩きつづけていた。
「次の試合が今の敵よりも弱い保証はないんだぞ?」
「そうでしょうね。ますます対戦相手は強くなるでしょう・・・それを勝ち抜くには二人の力が必要です」
足を止めて、二人が目の前にくるのを仁王立ちで、ディルクにしては珍しく険しい表情で待ち構えた。
二人が追いついてきた所に、ディルクはおもむろに口を開いた。
「我々は勝ったのですよ?それなのに、元気ないですね」
「ディルクさん・・・少し休めば回復しますから、大丈夫です」
力ない笑顔で答えると、足がふらつき体のバランスを崩す。
それをライムントが横から肩をさりげなく支えてやると、エドヴィンはぐったりとした様子で体の力を抜いた。
「ありがとうございます。ライムントさん」
「気にしなくていい、少し休め」
優しい言葉に微笑むと無言で頷き、ライムントに全身を預ける。
「グレーティア?どこか怪我でもしましたか?」
一向に顔を上げないグレーティアにディルクが声をかけたが、彼女の顔は上がらない。
だが、いつもの彼女らしくない弱々しい、そして少しイラだった声が返ってきた。
「わたしは、何も役に立てない・・・僧侶のエドヴィンにさえ剣の腕で劣っている」
左の肘を右手でぎゅっと抑え、小刻みに肩を震わせる。
「そんな事はありません。我々には、それぞれ役割というものがありますから、グレーティアの剣技が必要な時は必ずあります。
今の試合は、相性が合わなかっただけです」
「そんな気休めはいらない!わたしは、そんな相性など関係ないほどに強くならなければならない!わたしは・・・弱い」
その言葉を発した瞬間、グレーティアの視界にディルクの足が入ってきた。
「・・・?」
思わず顔を上げると、彼女の頬に小気味良い音と共に鋭い痛みが走る。
−パンッー
一瞬の出来事でグレーティアは反射的に痛みが走った頬を左手で押さえた。
ひんやりとした自分の掌がヒリヒリとする頬に心地よい。
自分は目の前にいる男に頬をぶたれたのだと気がついた。
「ディルク!お前・・・女性を!」
女性に手を上げた友にライムントが声をあげかけた時、鋭い声がそれをさえぎった。
「お黙りなさい!」
ライムントすら数年ぶりに聞くディルクの怒声。
全員がその場に硬直した。
「何を言っているのです!グレーティア、君は何故この旅について来ているのです?
目的のためには、あなたは剣士としての熟練度を上げなければいけません。
この試合も訓練のうちと思わなくては、他人より劣っている事に気をとられては己の力を発揮できませんよ。
君は精神的にも強くならなくては・・・そう、思いませんか?」
最後の一言は、ゆっくりと微笑みながら、呆然としているグレーティアの両肩に優しく手を置いて、そっと力をこめた。
「そう・・・そうだった。目的の為にわたしは、あなた達についてきたんだ」
微笑むディルクを真っ直ぐに見つめ、グレーティアは先ほどよりも力強く言葉を唇にのぼらせた。
「それでこそ、あなたです、グレーティア。これくらいで音をあげじゃダメですよ。そう、君達も・・・ね」
にっこりとライムントと彼に体を支えてもらっているエドヴィンに笑いかけ、
ディルクはグレーティアの肩から手を離して踵を返した。
「さあ、早く控えの場に戻って体を休めましょう。エドヴィンの力は今後も役に立ちますからね。
グレーティアに何か薬を貰いましょうか?」
一人、上機嫌に歩き出したディルクの後ろ姿を見つめ、三人は複雑な表情を見せあっていた。
■3■
第1回戦を終えたディルク達は、控えの場に戻っていた。
周囲にいる出場者達は、だいぶ減っている。
それは、一回戦で負けた人間がいなくなった為である。
その一回戦もまだ2戦残していたが、試合前の出場者達はすでに闘技場の方へ移動していた。
ここに残っているのは一回戦を勝ち残った者のみということだ。
傷ついている者もいたが、まったくの無傷という者もいる。
「レーベン家の人間が、ずいぶんだらしないな」
ライムントに支えられながら、控えの場に戻ってきたエドヴィンを見た者に心無い言葉を投げつけられたが、
ディルク達は気にする素振りを見せない。
その態度に、他の出場者が舌打ちをし、さらに別の人間が言葉を発した。
「次は私達との対戦ですわ。どうぞ、お手柔らかに・・・
エドヴィン・フォン・レーベン様?」
嫌な笑みを浮かべる女が口元を歪ませながら、近づいてくる。
女は身なりからして魔法に属する人間だと容易に察しがついた。
真っ赤な唇に、綺麗に施された化粧が禍々しい印象を与える。
「そちらこそ、新米の我々相手にムキにならないでくださいね?」
にっこりと笑顔でディルクが言葉を発すると、女はさらに笑顔を重ね口を開いた。
「安心なさい。試合で、あなた達を殺せば即失格・・・死にはしないわ」
「貴様・・・」
カッとなったグレーティアが女の前に足を踏み出そうとしたが、それをディルクが腕で制す。
「そうですね。我々も加減を間違えないように気をつけます。
ご忠告をどうもありがとうございます」
にこにこと笑いながら、空いている場所を見つけて踵を返す。
そして、ふと思い出したかのような仕草で女を振り返ると、いかにも紳士的な笑顔を作り振り返った。
「失礼、あなたのお名前をお聞きしませんでしたね?
申し遅れましたが、私はディルク・ノイラートと申します」
「なっ!なんて失礼な男なの・・・試合、楽しみにしているわ!失礼っ」
名前を聞くという事が、彼女の山のように高いプライドを刺激したのだ。
女の名前は、ミリア・ムーア。
退治屋の中では、有名な女魔法使いだ。
衣装や化粧に赤を好み、気性もその色と同じく激しい女。
彼女が使う魔法も炎属性の物が多いと知られている。
「お前・・・女の扱いは、自由自在だな」
エドヴィンを控えの場に備え付けてある敷物の上に横たえさせ、ライムントが飽きれた表情をディルクに向けた。
一方、グレーティアは自分達を侮辱したミリアの方を睨み、無言で怒りを抑えようと努力しているようである。
「当然ですよ。私は昔から女性の扱いにかけては研究していますから」
笑いながらエドヴィンの横に腰を下ろし、横たわる彼の左手をとって脈を見る。
「すみません、僕が不甲斐ない為に・・・あんな事を」
「気にしなくて良いですよ。彼女を怒らせたのは計算のうちです。
実力はあちらの方が上です。少しでも有利にしておきたいですからね」
片目を瞑って微笑みかけると、エドヴィンは複雑な表情を浮かべた。
出会った頃はその頭脳や人柄に憧れたが、一緒にいる時間が長くなるにつれ、
頭の良さはわかるが人柄は決して褒められた性質ではないと思い始めている。
それでも、この人と一緒に旅を続けたいと思う自分がいる事も自覚していた。
その気持ちに従ってエドヴィンはこの試合に出場する事を決意したのだ。
「計算って・・・お前な。そんな卑怯な手を使わなくてもいいだろ」
「ぬるいですよ、そんな考えでは。出るからには優勝を狙うに決まっているでしょう?」
その言葉にライムントは大きな溜め息をつき、グレーティアは頷く。
横たわったままのエドヴィンは驚いた表情に変わっていた。
「ゆ、優勝ですか?」
エドヴィンが恐る恐る確めるように繰り返す。
その言葉に真顔でディルクは頷いていた。
どこか自信に溢れているその表情は、仲間達を不安にさせる。
「お前のその自信はどこから湧いてくるんだ?」
「さあ?どこからでしょうね?」
ニコリと笑ってエドヴィンの左手を離し、立ったままのグレーティアを手招きして呼び寄せた。
「なんだ?」
「エドヴィンに滋養強壮作用のある薬草をお願いします。脈が少し弱くなっているようです」
「わかった」
すぐに自分の道具袋を引き寄せ、中を覗きこむ。
先日出会ったドラゴンの住処周辺に、珍しい薬草を見つけて少し分けてもらったのだ。
「先ほどの試合で急激に緊張し、心臓に負担がかかってしまったのでしょうね。
足元がふらくつのは貧血のような物だと思いますから、少し休めば楽になりますよ。薬草はその手助けをするだけです」
安心させるように説明し、グレーティアから薬草をすりつぶした物を受け取ると、上半身を起したエドヴィンの口元に運ぶ。
「あ、自分で」
「いいから、口を開けなさい。君は少しでも休まなければ」
そう言って微笑むディルクは先ほどの人の悪い笑顔とは違い、本当に仲間を思っての事だとわかるのだった。
「ありがとうございます。みなさん」
素直に口を開いて薬草を舌に乗せた。
一瞬、眉間に皺を寄せ薬草の味に顔を歪ませ、グレーティアが差し出したカップに満たされた水でなんとか飲み下す事ができた。
「さあ、少しでも眠りなさい。2回戦まで、しばらく時間があります」
「・・・はい」
ディルクの言葉に従ってエドヴィンは目を閉じた。
眠れる、眠れないかは別として、体を休ませ、昂ぶった精神を落ち着かせなければ次の試合に支障が出てしまうだろう。
目を閉じたエドヴィンから半歩ほど離れた場所で、ディルク、ライムント、グレーティアは次の試合について話し合っていた。
「ディルク。さっきの女はわたしが潰す」
グレーティアが険しい表情を見せ、離れた場所で仲間と話し合っているミリアを鋭い視線で睨みつける。
そして再びディルクに視線を戻した。
「剣と魔法では相性が悪いですよ?」
「あなたが何とかしてくれるのだろう?」
唇を引き上げニヤリと笑う。
闘技場から控えの場に戻ってくる間に、すっかりいつもの彼女に戻っていた。
「そんなに私を信用してはいけませんよ?」
クスクスと笑いながらも、顎を右手の人差し指で軽く数回トントンと叩き、視線を宙に泳がす。
ディルクが何か考える時に出る癖を知っていたライムントもニヤリと笑った。
「安心しろ、グレーティア。こいつがなんとかしてくれるよ」
顎をトントンと叩きながら、どこか楽しそうに考えを巡らす友の背中をポンと叩くと、
それとほぼ同時にディルクの視線がグレーティアに戻る。
「わかりました。私がなんとかしましょう。彼女はお任せしますよ、グレーティア」
「承知した」
「何か作戦でも思いついたのか?」
「作戦と呼ぶには、少し単純すぎますけどね」
苦笑を浮かべながら2人に向かって、考えた策を話しはじめた。
ディルクの作戦は単純な物だった。
攻撃的な性格をしているミリアはかなりの高確率で、炎の矢で攻撃してくるだろうとの読み。
そして、彼女には2人の仲間がいる。
格闘技を得意とするモールス・カムラと弓矢を扱うボイル・レイ。
この2人はミリアが魔法を放つタイミングを作る役目を担っている事。
まずはライムントとエドヴィンで、彼ら2人の動きを封じる事が前提になる。
ミリア以外の2人は、”中の下”程度の実力しか無い事も、1回戦で判明していた。
ちなみに、ディルク達の実力は”中の中”といったところである。
新米としてはなかなかの実力と評価しても良い。
「ミリア・ムーアが使う魔法。1回は私が全力を持って、必ずなんとかします」
ディルクは自分の力を冷静に判断した結果、ミリア・ムーアの魔法を1回止める・・・という計算になったのだ。
その言葉を謙虚と受け取ったのか、ライムントが軽口をたたいた。
「何、頼りない事言ってんだ。本当は自信たっぷりなんだろ?」
横にいるディルクを見ると、彼の表情は冗談を言っている様に見えなかった。
「いいえ、これが私と彼女の歴然たる魔力の差です。
ですから、彼女を怒らせて少しでも有利にしたいと言ったでしょう?
魔法は集中力を欠いた者が負けます。以前、言った事ありますよね」
友の言葉を聞いたライムントは口をつぐみ、ごくりと喉を鳴らした。
真剣な表情や息遣いで、ディルクが事実を述べているのがわかる。
「チャンスは1度だな」
呟いたグレーティアは自分の脇に置いた剣を握りしめていた。
「・・・僕も全力でやりますから、グレーティアさん・・・」
離れた場所で横たわるエドヴィンが目を閉じたまま言葉を発した事を、彼の一番近い位置にいたグレーティアだけが気付く。
すっと振り向き、目を開いたエドヴィンに向かって微笑んで小さく頷いた。
時間が経過し、1回戦がすべて終わり、2回戦第1試合が始まっていた。
ディルク達の2回戦は第2試合。
「では、行きましょうか」
朝早くから始まったこの大会も、今では辺りが赤く染まっていた。
おそらく2回戦を勝ち残れば、次の試合は翌日になる。
つまり、今日残された力は次の試合にすべて出しても良いということだ。
エドヴィンはわずかな休息とグレーティアの薬草で、だいぶ回復していた。
短時間なら通常通りに動けるが、魔法を使う事はディルクに止められた。
剣術と魔法を同時に使うという行為は、体に負担がかかる為である。
闘技場の脇にディルク達が辿りつくと、ちょうど第2回戦第1試合の勝負が決まったところだった。
『第2回戦、第2試合を始めます!両チームどうぞ!』
湧き上がる歓声、響き渡る司会者の声。
1回戦の時とは違う緊張感がディルク達を包んでいた。
■4■
『第2回戦、第2試合を始めます!両チームどうぞ!』
司会の声で、会場内は歓声で沸きあがる。
闘技場に入ると、先ほど控えの場で出会った女魔法使い・ミリア、
そして、彼女の両脇に控えている男はディルクが言っていた、格闘家のモールスと弓使いのボイルだ。
モールスは格闘家というだけあって、ライムントと同等の肉体を持ち、
手には二本の短い棒を丈夫な鎖で繋いだ武器・ヌンチャクを持っている。
どうやらモールスは素手での闘いよりも、ヌンチャクを使った闘いが得意のようである。
弓矢使いのボイルは一見普通の青年だが、鍛えあげられた胸筋や腕を見れば、その腕前を予想できた。
今回の試合では短めの矢を自在に操り、対戦相手の足や腕などに傷を負わせ、動きを制限させる事に集中しているようだ。
「よく逃げずにここまで来れたわね。坊や達」
真っ赤な口紅を塗った厚みのある唇を引き上げ、悪魔のような笑みを浮かべると、
ミリアは腰につけている短いが彼女らしい派手な杖を握りしめた。
「無駄口を叩く余裕がいつまで持つか見物だな」
珍しくグレーティアが相手を挑発する台詞を笑みを浮かべながら放つ。
案の定、ミリアはグレーティアの言葉にカチンときたのか、目尻を吊り上げて睨みつけた。
2人の間に激しい火花が散る中、審判が試合開始を宣言した。
『第2回戦、第2試合はじめ!』
グレーティアは開始の合図では動かず、じっとミリアの動きを見つめる。
そして、合図と同時に動いたのはライムントとエドヴィンだった。
彼らがミリア以外の2人。
格闘家モールスと弓使いボイルの動きを止めなければならない。
別々に動いては連携も取れない。
両サイドから接近し、2人を離れさせないようにする事に成功した。
格闘家のモールスは接近戦に長けていたが、弓使いのボイルは接近戦に弱いと考えたからだ。
ところが、モールスは持っていた弓を床へ放ると、懐から短剣2本取り出し、
両手に構え、自分に向かってきたエドヴィンに反撃しはじめる。
「た、短剣!」
次々と襲いかかる短剣2本の攻撃をエドヴィンは杖で受け止め、時には流しながら、その表情は驚きが隠せない。
「何を驚いているお坊ちゃん。俺が弓しか使えないとでも思ったか?」
卑しい笑いを浮かべながら、防戦一方のエドヴィンを攻め続けるボイルは、
短剣を使わせれば暗殺をも可能にする程の腕前を持っていたのだ。
「エドヴィン!怯むなよっ今、そっちへ行く!」
受身に徹しているモールスに、拳や蹴りで攻撃を繰り出しながらエドヴィンの方へ視線を向ける。
「余所見してていいのかい?」
一瞬の隙をついて、モールスのヌンチャクがライムントの足を捕らえる。
敵の視線が一瞬自分から離れた隙に、深くしゃがみこみヌンチャクをライムントの足に飛ばして鎖を絡ませたのだ。
「うあっ」
軸足の足首にヌンチャクの鎖が勢い良く絡みつき、ライムントは思わずバランスを崩す。
バランスを崩したライムントにモールスの拳が振り下ろされた。
ーガッー
「うっ!」
上半身を捻って急所となる鳩尾への直撃は避けたが、モールスの拳はライムントの左肩を捉えていた。
強烈な拳を左肩に受けたライムントは苦痛に顔を歪ませる。
だが、攻撃を受けた時に飛び上がり、足に絡みついたヌンチャクを取り除く事に成功していた。
ヌンチャクを後ろに投げ捨て、痺れてしばらく動かない左肩を右手で押さえ、目の前にいるモールスを睨みつける。
「思ったよりやるな」
熱を持った左肩から右手を離すとライムントは右拳を捻るように、脇で構えた。
左腕は力なくダラリと垂れ下がっているだけ、骨に異常がある可能性も否定できない。
「ライムント!」
仲間達の一番後ろに控え、ミリアが魔法を使う一瞬に神経を集中していたディルクがライムントの危機に気付き、
思わず駆け寄ろうとした。
しかし、それはライムントが大声で制する。
「動くな!俺の事に気をとられて勝てる相手じゃないっ」
「その通りだ」
ライムントの脇で風が動いた。
ーヒュッ!−
一筋の閃光が走ったかと思うと、細く勢いのある赤い飛沫が上がった。
「ぎゃあああっ」
悲鳴をあげたのはモールスだ。
闘技場の床に両膝をつき、右手を左手で包むように押さえつけている。
左手の指の間からは、次々と赤い液体が滲み出て床に雫を落とす。
その雫の周囲には短く切り落とされた人間の・・・モールスの指が4本落ちていた。
「グレーティア!」
小柄な体格で、褐色の肌に濃い緑色をした長髪がわずかな風にもサラサラと動く。
その後ろ姿は、たった今男の指を切り落としたとは思えないほど美しく見えた。
「指が!俺の指っ」
涙目になりながらモールスは、目の前に落ちている自分の指を拾い集め、後ろに控えるミリアに救いを求める。
だが、ミリアの視線は冷たかった。
「何を指くらいでうろたえるの?指くらい無くても動けるでしょう!早くやつらの動きを止めなさい!」
仲間の怪我にも動じず、ミリアは魔法を放つ瞬間をただ待っているのだ。
グレーティアは仲間の危機を見過ごすことができなかった。
思ったよりも、相手のチームが強かった。
それに対応できなければ勝利は得られないのだ。
自分の私情を捨て、仲間の危機を救うことを選んだグレーティアの目は、
エドヴィンが必死にボイルの短剣を受けている方向へ向けられた。
指を落とされたモールスはヌンチャクを使う事はできない、そして出血の多さで動きは鈍り、
精神的にも混乱している今ならライムントが勝負をつけてくれるはずだ。
剣についた血を振り落とすと、一足飛びでエドヴィンとボイルへ接近し、
エドヴィンが間をあけようと後ろに軽く飛んだ隙に、自分の体を滑り込ませてボイルに向かって切っ先を水平になぎ払った。
「あっ」
グレーティアから受けた一瞬の攻撃に、ボイルは対応できなかった。
細い切っ先が鼻先を掠め、痛み感じる前に一文字に斬られた傷から血が大量に流れ出す。
「うああっ」
斬られた傷を両手で押さえ、ボイルが床にうずくまった。
「グレーティアさん・・・あ、ありがとうございます」
「油断するな。これくらいの傷じゃ、まだ動けるはずだ」
この隙にエドヴィンを後退させ、自分の剣をうずくまるボイルに向けながら、視線をミリアに向ける。
一瞬のうちに仲間2人を斬られた彼女は、動揺の色が隠せない。
真っ赤な唇を噛み締め、杖を持つ手が怒りで震えているのが傍目にもわかった。
そして、唇が動き、何かを唱えている。
「ディルク!」
それに気づいたグレーティアが後ろのディルクを振り返ると、彼はすでに準備を終えて笑顔を見せる余裕すら見せた。
「わかっています!」
神経を集中させて己の魔力を杖の先端に集めていたディルクは、一気にその力を解き放った。
「我が力よ・・・その全てを解放しなさい!」
杖を大きく上に振り上げ、力いっぱいミリアに向けて振り下ろした。
一瞬遅く、ミリアも魔法を唱え、グレーティアに向けて放とうとした瞬間。
彼女の杖を中心に真っ赤な炎が膨らみ、そして大きな爆音と共にミリアの体が後ろに吹き飛ぶ。
「ぎゃあっ」
ミリアの攻撃は、炎の矢。
そこにディルクがタイミングをはかり、自分の魔力をぶつけたのだ。
ディルク1人の魔力なら、こうまで大きな爆発は起こらない。
ミリアの魔力が加わった為に引き起こした大爆発に、魔力を放ったディルクですら驚きを隠せなかった。
「・・・こ、こんなに大きくなるなんて、計算違いでした」
ミリアに向けていた杖を下ろすこともできないまま、彼女がさっきまで立っていた場所に燃え盛る炎を呆然と見つめて呟いた。
「ディ・・・ディルク、やりすぎだろ・・・さすがに」
すっかり戦闘意欲をなくしたモールスとボイルをその場に残し、
ライムント、グレーティア、エドヴィンがディルクの元に駆け寄ってくる。
「私も、まさかこんな事になるとは・・・思わなくて」
ミリアが吹き飛んだ方向に視線を向ける。
この大会では、対戦相手の命を奪うと失格になった上に退治屋としての信用も失うことになる。
僧侶見習いのエドヴィンがいても立ってもいられずに、倒れいているミリアに駆け寄ると、
彼女の脇にひざをつくと傷の具合や脈の速度などを見る。
「大丈夫です!ひどい火傷を負っていますが、命に別状はないようです」
離れた場所で様子をうかがっていたディルク達にそう告げて、後は大会の運営機関に任せる。
ミリアの命が助かったという事で、ディルク達の勝利が司会者によって宣言された。
『第2回戦、第2試合はディルクチームの勝利となりました!』
歓声に混じって、今の爆発とミリアという有名な魔法使いが敗れた事による興奮が場内を包み込んだ。
次の闘いが決勝戦。
決勝戦は、明日行なわれると司会から案内された。
闘技場を後にしたディルクはライムントに責められていた。
「彼女が生きていたからよかったものの、あんな危険な真似は絶対にやめろよ!」
さっきの爆発は下手をしたら簡単に人が死ぬ規模だったのは確かだ。
そうでなければ、魔力を放ったディルク本人がこれほど狼狽しなかったはずだ。
「結果的に勝ったのですから、もう良いじゃないですか」
「計算違いとか言うレベルの問題じゃなかったぞ!」
まだライムントからの怒鳴り声が続くのかと思うと、ディルクの中にあった謝罪の気持ちも薄まってきてしまう。
「何もルールを破ったわけじゃありませんし、咎められる理由はないと思うんですけど?」
ついに開き直って、胸を張るディルクにガックリとライムントは肩を落とした。
「あっライムントさん、動かないでください!」
ライムントの左肩は骨に異常はなかったが、打撲になっていた。
今はエドヴィンの治癒魔法と、グレーティアから処方された鎮痛作用と、炎症沈静作用のある薬草を飲む事で痛みを抑えていた。
「すまん。エドヴィンもグレーティアも、こいつに何か言ってくれ・・・下手したらこっちまで巻き込まれていたんだぞ?」
「ディルクが言うように、我々は勝ったのだから、それで良いじゃないか」
特に嬉しそうな表情もなく、淡々と告げるグレーティアに、ライムントは何も言えない。
ただでさえ彼は女性が苦手なのだ。
「確かに、あの爆発は危険でしたが・・・ディルクさんは魔法の相乗効果を用いたので、
術者本人にも何が起るか予想できないのは、わかります。幸いにもミリアさんが生きていてよかったと思いますよ」
怒りの表情を全面に浮かべるライムントにエドヴィンは解説をするが、彼はまだ納得できないようだった。
「ライムント、そういうワケなんですよ」
エドヴィンの解説に便乗したディルクは笑いながら、宿屋の扉を開いて中に入って行った。
■5■
夜が明けていよいよ第6回腕試し大会の決勝が始まろうとしていた。
闘技場に姿を表したディルク達は、対戦相手が姿を現す時を待っていた。
場内の興奮も、昨日にひけをとらない盛り上がりを見せている。
「いよいよですね。これで勝てば我々の優勝です」
ディルクが仲間達に、余裕たっぷりの表情で告げて闘技場内を見渡す。
ライムント、エドヴィンは緊張した面持ちで、余裕を感じさせるディルクを不思議そうに見つめていた。
「なんでそんなに余裕なんだ?決勝となれば、昨日の相手より強いって事だぞ」
「・・・神よ、我々に力を」
不安そうに空を見上げ、エドヴィンは小声で神に祈る。
グレーティアは表情も変えず、静かに瞳を閉じて試合開始を待っていた。
「そんな風に見えましたか?・・・まあ、奥の手はありますけどね」
ふふっと笑いながら、自分の懐を服の上から軽く叩き、ライムントに視線を向け、
次に対戦相手が現れるであろう方向へ視線を向けた。
観客達の興奮がいっそう高まる。
ディルク達の対戦相手が会場に姿を現したのだ。
『第6回腕試し大会、決勝はディルクチームと
1人で見事勝ち抜いてきた魔法使いパウル・クライストの対戦です!』
パウル・クライストは、風属性の魔法を得意とする実力派の魔法使い。
年はディルクやライムントよりも少し上、30代前半くらいと思える外見。
魔法使いの割には肉体が鍛え上げられており、顔や腕には今までの戦いで負ったと思われる数多くの傷痕が見えた。
ディルク達は彼の戦いぶりを1回戦の時に見る機会があった。
1人で大会に出場し、決勝まで勝ち進んでいるだけあって、実力はディルク達よりも勝る。
なにしろ、パウルは格闘技にかけても達人の域にあり、魔法の力もディルクをはるかに凌ぐ。
今のディルク達4人が一斉に戦いを挑んでも勝負は見えている。と言っても過言ではない。
「・・・くっ、かなりの差があるが・・・本当に大丈夫なのか、ディルク」
「ええ、任せてください。勝負は一瞬で終わりますから」
にっこりとライムントに笑い返し、そのままの笑顔をパウルに向けて、試合開始の合図を待つ。
エドヴィンは、震える膝や腕をなんとか精神力で抑えつけて杖を両手でしっかりと握り締め、パウルの胸あたりを見つめた。
瞳をあわすと彼の力に圧倒されて、何もできないような気がしたからだ。
そして、瞳を閉じていたグレーティアがぱっと瞳を開き、剣を抜き放つと両手で柄を握り、
自分の正面に下段と思わせる構えを取った。
2人の動きに合わせて、ライムントも腰を低く屈めてすぐに飛び出せる体制を作る。
ライムントがふと、ディルクの方へ視線を向けると、なんと彼はスタスタと仲間達の横を通りすぎて一番前に陣取った。
さらに杖も腰に下げたまま、なんとも無防備な姿でパウルの正面で立ち止まったのだ。
「おい、ディルク!お前は下がれっ俺達が隙を作ってからが、お前の出番だろう?」
「いいえ、私はここで良いです。さあ、始めましょうか」
それに応えるかのように司会が大きな声で試合開始を宣言した。
『これより、第6回腕試し大会決勝を始めます!』
ディルクの行動に一瞬目を奪われたパウルだったが、試合開始の声を聞いてすぐに戦いの姿勢をとった。
彼は最初に格闘技で敵にダメージを与え、隙を作り、技を繰り出しながら念を溜めて、
一気に魔法の力を解放するという戦法のようだ。
正面にいるディルクに駆け寄って鋭い回し蹴りを繰り出す。
その攻撃は、多少加減されていたのか、なんとかディルクも避ける事ができた。
そして、声高くディルクは魔法ではない言葉を発っす。
「お待ちください!あなたには、”コレ”が何かわかりますか?」
そう言うと、すばやく懐を探って取り出したのは、小さな木の枝ほどの白っぽい筒状の物体。
その物体には、ライムントが”あっ”と声をあげる。
彼にも見覚えがあるのだ。
「あなたほどの魔法使いなら、何度か目にしたことくらいありますよね?」
手の平に乗せていた物体を、今度は指でつまんで立てるようにパウルに向かって突き出した。
「これは!」
その反応にディルクは満足したのか、口元をさらに吊り上げて口を開いた。
「パウル殿。やはりご存知ですね?」
「・・・竜笛か・・・」
「ええ、最近手に入れまして。とある竜に頂いたのですよ」
とある竜とは、もちろんゼトの事である。
「こんな所で、それを使ったらどうなるかわかっているのか?」
額から頬、首へ一筋の汗が流れる。
竜笛を持つ者が、竜笛を使って竜を呼び寄せる。
呼び寄せられた竜は、呼び寄せた者に力を貸すと言われていた。
「ディルクお前!まさか・・・ゼトをここに呼ぶ気なのか?」
ディルクの行動や言動でライムントは顔から血の気が引く思いがした。
こんな場所で竜・・・ゼトを呼び寄せたら会場中、いやこの周辺の街全体が大混乱に陥るのは目に見えているからだ。
「ええ、もちろんです。せっかくの竜笛、この機会に使わせていただこうと思って。
でも、パウル殿がこの試合を辞退してくださるなら・・・」
チラリとパウルに視線を流し、笛をゆっくりと唇に近づける。
エドヴィンやグレーティアは事の成り行きを黙って見つめていた。
「卑怯だと思わないのか、そんな勝ち方で満足なのか!」
パウルが叫ぶようにディルクに言葉を叩きつける。
その言葉にディルクは、一層笑みを深くして
「ええ、優勝できるだけで私は満足です。勝負は、念には念をってね」
唇に竜笛が触れるか触れないかの瞬間、パウルが戦いの構えを解いた。
「わかった・・・降参しよう」
この瞬間にディルク達の優勝が決定した。
『パウル選手の辞退により、ディルクチームの優勝です!』
司会が事態の展開についていけない表情を見せながら、宣言する。
すると観客から、大音量のブーイングが巻き起こった。
それも当然と言えば当然である。
彼らは、優勝決定戦に相応しい激しい戦いを見たくて来場していたのだ。
ほんの数秒、両チームの間でなにやら会話が交わされただけで試合が終了してしまったのだから、不満に思わないはずがない。
観客達のブーイングを背に、ディルクは唇に触れる寸前の竜笛を再び懐にしまいこみ、パウルに歩み寄ると手を差し出した。
「申し訳ありません。こうでもしなければ我々に勝利はありませんでした」
「いささか、納得できる事ではないが・・・これも君の戦略という事か」
苦笑いを浮かべ、差し出されたディルクの手を一瞬だけ握ると、すぐに踵を返して、
足早に会場を後にするパウルを呆然とした様子でエドヴィンが見送った。
不満そうな表情を浮かべたグレーティアは軽く舌打ちをした後、抜き放ったままの剣を鞘に収める。
立ち去るパウルを見た観客が闘技場に残ったままのディルクに向けて、罵声を浴びせる。
「卑怯者!実力じゃ勝てないからって卑劣な真似すんなー!」
「今からでも、あいつを連れ戻して戦わせろー!」
「お前らなんかに絶対依頼しねーからなぁっ」
などなど色々な罵声が所々で沸きあがるが、ディルクは気にする様子も見せない。
ライムントとグレーティアも今のやり方での優勝は納得できないが、観客達の罵声の酷さに怒りの表情を浮かべていた。
エドヴィンに至っては、顔を伏せたまま視線を上に上げることができない。
「もっと堂々としてください。私達は優勝したのですよ?」
3人の肩を次々と軽くポンポンと叩き、司会者が差し出す優勝のシンボルである神像を受け取ると、
笑顔で観客に向けて頭上に掲げてみせた。
すると今までで一番最大のブーイングが起き、第6回腕試し大会は幕を下ろしたのだった。
To be continued…
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