企画用短編6(テーマ:紋章/コラボ企画)
イラスト cris会員:姫塚 翡翠様 HP「JADE SHOP

【 剣神ディオラス 】


『ディオラス、しばしの間そこで頭を冷やすのだな』
 生き物の気配すら感じさせない小島の奥深く、聳え立つ崖。
 崖の上からは激しい音と激しい勢いを持つ水が地上に叩きつけられていた。
 滝の前には一本の大きな剣が浮かび、その刀身や柄に詰め込まれた大きな石は真っ赤に染まっている。
『俺が何をしたというのだジルフェルドよ』
 剣が微動だにせず音を発した。
『お主は我らとの約定を破った。己の欲望に負けたのだ』
『それはお前らがいつまで経っても俺を使わないからだ!俺は剣だ!すべてを無に還す事のできる剣神だ!
使われずこのまま朽ち果てる気は無いぞ』
 ディオラスの声を聞いた闘神ジルフェルドは地上に手を翳す。
『いつかお前は人間の手によって救われるだろう・・・それが数百年、数千年後かは知らぬがな・・・その時まで悔い改めるのだ』
 浮かんでいた剣が徐々に滝壷に向かって降下していく。
『待て!ジルフェルド!この剣神ディオラスを失って困るのはお主らではないのか?考え直せっ俺は人間なんぞ・・・っ』
 すべてを言い切る前に剣神ディオラスの声は消えた。
 滝壷の底、永い眠りにつかされたのだ。
『ディオラス・・・お主は人間を・・・この地上を護る為に造られた剣ぞ・・・』
 悲しそうな表情を浮かべ、ジルフェルドは光と共に地上から去っていった。


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 身の丈ほどもあろうかという大剣を手に、次々と敵をなぎ倒す少年がいる。
 真っ青な長い髪を戦闘の邪魔にならないように後頭部のやや上あたりにまとめて闘う姿は女のようにも見えた。
 彼の容姿がまだ幼い事もあり、遠目では女のように見え、彼は道中かなりの確率で実力をみくびられ、
謂れ無き因縁をつけられては、それらをあしらっていく。
 今日もいつものように盗賊とも山賊とも見える、6人の男達に囲まれてしまったのだ。
 すでに2人を倒し、残る4人を前に涼しい顔で賊達を見つめている。
「くっ・・・こんなガキにやられてたまるかよ!」
 ナイフを左右の手に1本ずつ持った男が叫びながら突進してくると、青い髪の少年は、大剣を軽々と振るう。
「ぐあっ」
「や・・・やろう!・・・お前ら行くぜ!」
「おうよっ」
 1人では歯が立たないと判断した賊達は残る3人全員で剣を振り上げ、恐ろしい形相で迫ってくる。
 自分に向けて飛び交う斬撃を剣で受け流しながら、少しずつ後退していく。
 さすがに剣が大きいせいか小回りがきかずに、徐々に追い詰められていくが、青年は冷静さを失わない。
「このやろう!」
 渾身の力をこめた一撃がリーダー格の賊から放たれ、思わず剣を地面に落としてしまった。
「やっちまえ!」
 リーダーの攻撃を少し離れた場所から援護していた2人も接近してくる。
”魔法だシリル!”
「わかってる、黙ってて!」
 足元に落ちている剣を拾おうともしない少年は自らの胸前で指をすばやく動かし唇を小さく動かす。
 3本の剣が体に届こうとした時、右手を空に向かって掲げると一瞬のうちに賊達の動きが止まった。
「ふう・・・まったく。いい加減にしてよ」
 動きを止めた3人の男達を睨みつけ、地面にうずくまり苦しむ男達に向かって大きな溜め息と共に言葉を吐き捨てた。
”おいっさっさと拾え”
「はいはい」
 足元に落ちている大剣を拾い、胸のあたりで剣先を天に向けて持ち、一瞬念じると光を放ちながら大剣は消えた。
 左の掌を見つめながら唇を尖らす表情はあどけない。
「また僕の事を子供扱いしたな?もう1人で闘えるんだからディオラスは大人しくしててよ」
”誰がお前を鍛えてやったと思っているんだ?お前など、まだまだ未熟だ”
 頭に響く声に不機嫌そうに受け答えをする少年はシリル・ラッフェル。
 外見のわりには大人びた表情に口調。
 周囲から見れば不可解な独り言が多い少年であった。



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ー5年前ー
「シリル、おつかいを頼まれてくれるかな?」
「はい、先生」
 シリル・ラッフェルは魔術士見習いとして、師匠であるレナート・ヴィンチの下で住み込みの修行をしている12歳の少年だった。
「本屋さんへ行って、この紙に書いてある本を買ってきてくれ」
 紙とお金を受け取り、肩から提げている袋へしまいこむと踵を返した所に、レナートが呼び止めた。
「お金を多めに渡したから、お前もたまには好きな本でも買っておいで」
 その言葉に笑顔で振り返り、元気に返事をしてレナートの家を飛び出した。
 小さな村で本屋は一軒だけ。
 村はずれにあるレナートの家から、子供の足でも数分の場所に本屋はある。
 師匠のおつかいが嫌なわけではないが、本屋の入り口前に立ち止まって扉を開ける前に店内の様子を伺う。
 小さな本屋で店主以外の人間がいれば、だいたい気配や物音、時には店主と話しこむ客もいるので、
外からも様子を伺う事ができるのだ。
「・・・」
 店内には静かな時が流れているのを感じ取り、シリルは扉をそろりと開けて中へ入る。
 扉を開けると店主に来客を知らせる鈴がなり、びくりと肩を震わせた。
「いらっしゃい」
 奥から店主の男が顔を覗かせ、店先の椅子に座ってシリルの様子をチラリと見たが、
すぐに手に持っていた本を開いて目を誌面に落とした。
 ほっと息を吐き出すと師匠から渡された紙を袋から取り出し、目的の本が置いてあるだろう棚の前に陣取る。
「んっと・・・・あ、あった」
 天井近くまで伸びた棚の上から二番目の段に目的の本を見つけたが、それをシリルが手に取ることはできない。
 周囲を見渡して、高所の本をとるための踏み台や梯子を探すが見当たらないようだ。
 店主に声をかけて取ってもらわなければならないのかと、がっくりと肩を落す。
 棚の前でウロウロと細かく動き、上を見上げて困ったような表情を浮かべながら、
何度か店主の様子を伺うが本に集中している為に気づいてもらえない。
「無かった・・・と言っちゃおうか?」
 一瞬脳裏に浮かんだ考えを頭を左右に振って打ち消した。
 おそらく師匠は自分で本屋へ赴き注文するだろうと思ったからだ。
 そうなれば店主にこの本が店頭にあると知らされるに違いない。
 たいがいの事は優しく許してくれる師匠だったが、嘘をつく事やごまかす事については厳しく教えられている。
 諦めておずおずと本を読み続ける店主の下へ行き声をかけた。
「あの・・・棚の上にある本を取ってください」
 消え入りそうな声で話しかけたシリルの声を聞き取ってくれた店主は、
にこにこと笑うと”よいしょ”という掛け声と共に立ち上がった。
「どれ・・・どの棚のどの本かな?」
「これです」
 棚のある方向を指さし、師匠の文字が書かれた紙を店主に渡して口を閉ざした。
 心臓は煩いくらいに脈打っている。
「坊やにはちょっと難しいんじゃないか?」
 紙に書いてあるタイトルを見ると店主が問いかけてくるが、それには首を左右に振るだけが精一杯だ。
「おつかいかね?えらいな」
 そう言いながら店の奥から梯子を持ってくると棚から目的の本を手に取って、
梯子の上からシリルに手渡してくれた店主にペコリと頭を下げて、そそくさと棚の前を離れる。
「おや、買わないのか?」
 声をかけられたが、次は自分が欲しい本を探す事になっているシリルは興味のある本が並べられている棚の前へやってきていた。
 店主はシリルの動きを目で追うと、ふうっと息を吐いて梯子を椅子の脇にある棚に立てかけて再び本を手に腰掛けた。

 伝説や伝記についてシリルは興味を持っており、将来はそれらを研究しながら、物語が真実かどうかを解明したいと考えている。
 魔術を習っているのも、伝説の地へ赴いた時に役立ちそうだと思った事と、シリル自身が魔術について興味を持っていたからだ。
 師匠に魔術を習い始めるまで、魔力が人間に宿っている事を信じていなかった。
 人間が目に見えない何かを使う・・・という事が子供ながらに信じられなかったのである。
 それを解明する為に両親を説得して、両親と親しかった今の師匠へ弟子入りをしたという経緯がある。
 それは彼が9歳の時の事だ。
 住み込みの弟子になってから3年経ったがシリルは、さほど魔力も上がらず初歩的な魔法を1つだけ覚えただけで、
同年代の通いの魔術教室へ通う子供達からだいぶ遅れていた。
 それもそのはず、他の子供達は夢や将来の為に魔術を習っているのにシリルは
自分が興味があるというだけで入門したという違いは、大きな差となって現れる。
 だが、そんな事を気にするようなシリルではない。
 人見知りが激しいせいか、自分と他人を比べるような事ができないのだ。

 数多く並んでいる本の中から、故郷の地名が書かれている本を見つけて手にとって開いてみる。
 パラパラと文章に目を走らすと、ふと手を止めた。
「クラウディの森・・・って村のすぐそこにある?こんな近くに・・・こんな話があるなんて知らなかったな」
 本を手に持ち、ぼそぼそと呟くとこの本を買う事にする。
 さほど難しい文字も多くなかったし、読めば伝説の事がわかるだろうし、身近な伝説を師匠が知らないはずが無い。
 一度話したせいか、先ほどよりは心臓も落ち着いた状態で店主に2冊の本を渡して会計を済ませた。
「はい。ありがとう、また来いよ坊主」
 笑いながら見送ってくれた店主にもう一度軽く頭を下げて、小走りで店から出ると師匠の家で急ぐ。
 道を行く人に目もくれず、両手で紙袋に入れられた2冊の本を持って早足で歩く。

 家へ入るとすぐに師匠の部屋へ向かった。
「ただいま帰りました先生」
「ごくろうさま。君は何を買ったのかな?」
 袋を受け取って自分が頼んだ本を確かめて頷くと机の上に置き、シリルが選んだ本を手にとって表紙を眺めた。
「この島に伝わる伝説について興味があるのか」
「はい、村のすぐ外にあるクラウディの森にも伝説があると書いてあったので」
「ああ、なるほどね」
 思い当たる事があるのかレナートは微笑みながら本を差し出し、シリルの頭を優しく撫でた。
「夕飯の時間まで自由にしていなさい。おつかいに行ってくれたので特別ですよ」
 この時間はいつもなら瞑想の修行をしている頃なのである。
「はい!ありがとうございます」
 両手で本を受け取るとレナートの部屋から出て、正面にある自室へ飛び込んでベッドの上に本ごと身を預けた。
 うつぶせに寝転がって本を広げると、本屋で見たページを探す。
「これだ」
 クラウディの森。
 まだ人間がこの島へやってくる前から存在する島全体に広がる森。
 森の奥には妖精や精霊が住んでいると村で言い伝えられているが、
あまり奥まで入り込んでしまうと方向感覚がなくなり迷うとされ、
特別な事がない限りは入り口付近までしか立ち入りを許可されていない。
 島の中央に位置するクラウディの森・・・その奥に大きな滝があり、その滝には破壊の神が眠っていると記されていた。
「へぇ・・・破壊の神かぁ・・・どんな神なんだろう?居ないにしても、
何かが封じられている形跡位はあるかもしれないし・・・行ってみたいな」
 クラウディの森にある伝説を興味深く読み終わる頃には、ちょうど夕食の時間になっていた。
 レナートが扉の外から声をかける。
「ご飯の時間だ。食堂に来なさい」
「はーい」
 本をベッドの上へ開いたままに部屋を出て食堂へ行くと、師匠がテーブルに料理を並べている所だった。
 食器を棚から並べるのがシリルの役目である。
 2人分の食器をテーブルの上へ置き、2人同時に腰をかけた。
「いただきます」
 声を揃えて食前の祈りを手早く済ませて、フォークとナイフを手に持ち食事を口に運ぶ。
「本は面白かった?この近くにある伝説があっただろう?」
「クラウディの森にあるという滝へ行ってみようと思っています」
 租借しながら宣言するシリルは、目の前で険しい表情に変化する師匠に驚いた。
 普段は穏やかな表情を浮かべている師匠がこんな表情をするとは思わなかったのだ。
「それはいけない。私が許しません・・・森の中は未知の世界。君のような未熟な見習いでは何かあったら大変だ」
「そんな!」
 フォークとナイフをテーブルに叩きつけるようにして置いて、思わずシリルは椅子から立ち上がった。
 その拍子に椅子が後ろに倒れたが気にする余裕は無い。
「絶対に駄目だぞシリル。ご両親から君を預かっているのは私だ・・・勝手な行動をして、怪我でもしたらご両親に申し訳が立たない」
「せっかく・・・こんな近くに伝説の地があるのに!だったら先生も一緒についてきてください!だったら危険は少ないでしょ!」
 その言葉にもレナートは首を左右に振った。
「それも駄目。村で森へ入る事を固く禁じられいるのは君も知っているはずだ」
「・・・・なんだよ、先生のわからずや!もういいですっ」
 ほとんど食べてない状態だったがシリルは食堂を飛び出し、自分の部屋へ飛び込んで鍵をかけて引きこもってしまった。
「やれやれ・・・修行以外の事には熱心なんだから」
 シリルが倒した椅子を直し、散らかったテーブルの上を軽く片付けて自分の食事を再開した。

****************************************************
 シリルは今クラウディの森にいた。

 師匠であるレナートの言葉に逆らい、食堂を飛び出して部屋へ引きこもると音を立てないように大きな袋へ、
身の回りの道具を詰めこみ買ってmろあった本を決意を込めた瞳で見つめた。
 その日の夜中、レナートが寝静まってからシリルは食堂へ行き、テーブルに布を被せたまま置いてある食事を見つけ、
一瞬行動を躊躇したが夕食時のやり取りを思い出し、食料が置いてある小部屋から簡単に食べれる物をいくつか手に持ち、
テーブルの上にある食事を一口二口食べながら涙を滲ませていた。
「ごめんなさい先生」
 レナートの部屋へ向かって頭を下げると、手に持っていた食べ物を袋に詰め込みそっと家を出たのだ。
 
 そして、家を出たシリルが森に足を踏み入れてから3日が経過していた頃。
 森が急に開けた場所に辿りつき、耳には水が高いところから叩きつけられる音。
「滝だ!」
 目を輝かせて音のする方へ向かって駆け出した。
 森に入ってから一番不安だった魔物は全然現れる事なく、無事にシリルは島と森の中心にある”ディオラスの大滝”へ辿りついたのだ。
 ”ディオラスの大滝”には、大昔に封印された神が宿ると伝説に記してある。
 シリルの目的は、神が封印されている場所の特定とあわよくば神をこの目で確かめたいと、師匠に逆らってまでここへ来たのだ。
 上の方が滝からの飛沫によって確認できないほどの大きな滝に驚き、しばらく滝を目を見開き見つめていたが、
本来の目的を思い出しシリルは行動に移った。
「滝の周囲に何かしかけがあるかもしれない」
 1人で呟きいきいきとした様子で滝壷の周りをぐるりと回ってみるが、何も発見されなかった事に落胆する。
 滝に神の名前がついている事から、滝から離れた場所に封印されている事は考えにくい。
「まさか・・・滝壷の中とか滝の裏側とか・・・かなぁ?」
 激しい勢いではるか上から水を叩きつける様子をゴクリと唾を飲み込み凝視する。
「入ったら死んじゃうよね」
 苦笑いを浮かべて、諦めて帰路に着こうと踵を返すシリルの足が止まり体が硬直する。
「な・・・・なんで?いつの間に!」
 滝壷を囲むように森から魔物達がぞろぞろと群れを成して出現し、か弱き存在であるシリルを見つめ、
ジリジリと接近してきていたのだ。
 滝で周囲の音は遮断され、高ぶった神経が彼らの存在に気づく事ができなかった。
 現れた魔物は、本で見たことがあるだけで実際に出会った事がない。
 さほど強くないはずだが、数がやっかいである。
 さらに、シリルは魔術士見習いで今だ使える魔術は初歩的な炎の力。
「ど・・・どうしよ・・・・先生助けてください!」
 悲鳴に近い声をあげるがレナートがここにいるはずもなく、徐々にシリルと魔物達の距離が縮まる。
 胸の前で印を結び、炎を呼び出す呪文を唱えてみるが焦った心では普段でもやっとの事が、緊迫した状況で成功するはずもなく、
「炎よ!」
 手を前に突き出すがそこからは何の力も感じられない。
 逆にその動きによって魔物が飛び掛ってきた。
「うわあああ!」
 思わず踵を返して後先を考えずに滝壷に身を躍らせていた。
ーザパーーンーー
 勢い良く滝壷に飛び込んだシリルは死を覚悟した。
 その時。

”お前は誰だ?”
「・・・・?」
 滝壷の中は水の流れが止まったかのように穏やかな動きを見せ、外ではあれほど激しかった水の音もなく静寂に包まれている。
”俺を目覚めさせた落とし前をつけてもらおうか?”
 口を開くと水の中にも関わらず呼吸もでき、言葉を発する事もできた。
「誰?誰でもいいから僕を助けて!」
”ふん・・・脆弱な人間・・・しかもガキとはな”
 頭の中に直接声が響く感覚にシリルは不思議と安心する事ができた。
 力強い声、気を感じ、水から出たら魔物が自分を襲う為に待ち構えているというのに。
「・・・剣神ディオラス?」
 頭に浮かんだ名前を言葉にする。
”人間のガキの分際で俺を呼び捨てにするな!”
 声が荒れた。
 びくりと体を震わせ、シリルは周囲を見渡す。
「ごめんなさい」
”まあ・・・いい。俺が目覚めたという事は、俺が必要とされている事に違いないからな”
「あなたを必要としている・・・僕が?」
”調子に乗るな!人間ごときが俺を必要などとおこがましい”
 怒鳴り声に首をすくめ、姿なき迫力に涙を浮かべるが水の中でそれはすぐに同化してしまった。
”仕方ない、お前の体を遣ってやるしかなさそうだ”
 ひどく落胆した声が頭に響くと左掌がドクンッと脈打ち熱くなる。
「なに!なにかが・・・僕の中・・・・に!うああああっ」
 左手首を右手でぎゅっと押さえ、衝撃を少しでも和らげようとするが痛みは感じなかった。
 自分の中に何かが入り込み、左掌が真っ赤に燃えるように熱い。

 シリルのいる滝壷が彼の位置から真っ二つに割れ、右手を衝撃を抑えつけていた左の掌から
真っ赤な炎のような光りが現れ周囲を染めていた。
 眩しさに瞑っていた瞳を開き、滝壷が割れた事実をすぐに理解できなかったシリルの頭に再び声が響く。
”俺を手に取り、その身にふりかかる厄災のことごとくを消し去るがいい”
「剣神ディオラス」
 両脇に割られた滝壷の中央に立つシリルの頭上に一本の大剣が姿を現し、刀身から放たれていた光りがすうっと消えた。
「・・・・僕・・・剣なんて」
 見るからに自分の体よりも大きな剣。
 剣を握った事もないシリルが及び腰になるのも仕方が無いだろう。
 だが、剣神ディオラスはそれを許さなかった。
”お前は持っているだけでいい。滝の上にいるやつらをまずは一掃してやろう”
 すうっと剣が自分の下へ下りてくる。
 引きつけられるように柄を掴むと重さをほとんど感じなかった。
「ど・・・どうすれば?」
”ただ、持ってろ!決して離すなよ”
 頭の中で声が途切れ自分の体がふわりと宙に浮いた。


 気がつくと滝壷は元に戻っており、倒れていた自分の周囲には細かく飛び散った赤黒い肉片。
 顔や服についた赤黒い物は周囲に散らばっている肉片からのものだろう。
「・・・・これ僕が?」
 きょろきょろと周囲を見回すが、さきほどの大剣はどこにも存在しなかった。
 自分はどうやって魔物達を倒したのだろう?
”馬鹿かお前は。俺が力を貸してやったのだ。感謝しろ・・・まあ、こんな奴らが相手では肩慣らしにもならなかったがな”
 頭の中の声にびくりと震える。
「あなたは・・・どこにいるんですか?どうして姿を見せてくれないのです?」
 立ち上がって周囲に向かって大声をあげた。
 むなしくシリルの声が森に吸い込まれていく。
”俺は剣神ディオラスである。俺の肉体はすでに無く、魂はお前の中に存在する。左掌を見てみろ”
 声に従って左掌を見ると、そこにはディオラスの伝説が書かれていた本で見た紋章が刻み込まれていた。
「これは・・・・以前は無かったのに」
”それが俺という事になるな。もう1つの姿はさっきの剣だ”
「なぜ、あなたは僕の中へ?」
 助かった事への安堵と自分が話しているのは剣神である。
 出会いたいと思っていた伝説の存在をこんなに身近に感じる事ができるとは思っていなかった。
 それに自分はまがりなりにも魔術士である。
 適さないと思われればすぐに出て行ってくれるのだろうと思っている事もシリルを冷静にさせてくれていた。
”俺が目覚めた時にお前がいた。ただそれだけだ。俺の意志ではない”
「あの・・・僕は魔術士なので、もっと強そうな剣士に入ったほうがいいですよ」
 左掌にある紋章に向かって話しかけるが、声は頭の中から聞こえてくる。
 そんな違和感を感じながら、話かける対象が欲しくて紋章に向かっているのだ。
”それはできん。一度入ったからには、お前は俺の宿り主・・・不本意だがな”
「そんな!僕だって困りますっ剣なんて使ったこと無いし・・・」
”それはこれから身につければ良い。俺が実戦で鍛えてやろう。光栄に思えよ”
 その声にがっくりと両膝をつき、紋章を見つめた。
 これからの事を考えると絶望感しか襲ってこない。
”安心しろ。俺が宿っている限り、そう簡単にお前は死なぬ。それこそ心臓を貫かれてもな”
 驚愕で目を見開き言葉を失ったシリルは立ち上がってフラリと滝壷に向かうと身を投げた。
 すると、やはり先ほどと同じように呼吸もできる。
 ディオラスが言うように、そう簡単に死ぬ体ではなくなったらしい。
”老いもせず、死ぬこともままならぬ。人間の理想ではないか?もっと喜べ”
 滝壷の中でもディオラスは語り続ける。
 それを全身を水の動きに任せた状態でシリルは静かに聞いているが、それはすでに驚きの限界を超えてしまったからでもある。
”俺から解放されたければ、ジルフェルドの元へ行くが良い。奴が俺をこの姿に変え、ここへ封印した張本人だ・・・それに”
 そこまで言いかけてディオラスの言葉が途切れた。
 ずっと黙ったままのシリルが先を促す。
「それに?」
”それに・・・俺が目覚めたという事は、奴が俺を必要としているという事だ。それはこの世界全体に関わる何かが起こる前兆”
「何が起こるの?」
 ディオラスの声を聞いているうちに、それを自然に受け入れられるようになったシリルは水の中を漂いながら穏やかな表情をしていた。
”俺にもそれはわからない。わかるのはジルフェルドの下へ早くいかなければならんという事だけだ”
 水面を手で掻き滝壷を移動して地面へ上がると、顔や服についた赤黒い肉片や血は綺麗に洗い流されていた。
「ジルフェルド・・・聞いた事のない名前だ・・・まず、その名前について調べてから旅に出よう」
 左掌に宿った紋章を天にかざし決意を瞳に宿すシリルはディオラスと共に生きる事そして剣神に見合う力を・・・と願う。
”上出来だ。お前の名は?”
「シリル・ラッフェル」
 放り投げたままの道具袋を拾いあげ、薄く暗くなった森に足を踏み入れた。

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「あれから5年・・・僕も強くなったよね?なんせ魔法剣士だもん」
 街から街へ続く道から少し外れた林の中でシリルは焚き火を前に左掌を見つめ話しかけていた。
”5年も鍛えれば多少は使えるようになるだろう。だが、調子に乗らないことだ”
「はいはい、わかってるよディオラスせんせい」
 笑いながら脇に置いた毛布を体にかけて両腕を頭の後ろで組むと、ごろりと地面に寝転び瞳を閉じた。
”俺を下敷きにするなシリル!”
「もう、うるさいなぁ・・・静かにしててよ疲れてるんだから」
 そう言い返しつつ左手を頭の下から自分の胸の上に移動させた。


 こうして・・・終わりの見えない2人の旅はこれからもずっと続いていく。
 


fin



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■キャラクター設定■
主人公
名前:シリル・ラッフェル
性格:人見知りが激しい。(身内以外にまともに話せない)
   未知な出来事は、自分が体験しないと納得もしないし信じない。
   魔術士を志す事になったのも、人間が見えない力を使う為の
   過程を知りたかったから。成長した後は魔法剣士になる。
   

紋章
名前:ディオラス
人間達の間では、数百年前から伝わっている破壊を象徴する剣神の名前。
神として実体があった時、自らの剣技を私欲の為に振るった事により、
闘神達の手によって剣と自身を人間界の人が住まない島に封じられている。
「いつかお前は人間の手によって救い出されるだろう。それが数百年、
数千年後かはわからぬが、それまで頭を冷やすが良い」と言い残し、
ディオラスを封じた闘神達は神々の住む世界へ去った。
人間を慈しむ心を持たず、人間を蔑むディオラスは闘神の言葉を
信じる事無く数百年の年月を過ごしていた。
「人間に救われるくらいなら、一生このままで良い」と考えている。