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企画用短編7
cris内コミュニティ:共同制作してみたい!!
企画名 project『 私立cris学園 』
■分岐点■ 著/拓仄
cris学園高等部2年Bクラス。
時期は春、学年が変わったばかりで生徒達は落ち着きが無い状態がしばらく続いている。
そんな中、教壇の前で”常識学”というこの学園特有の科目を受け持つ女教師が熱弁を振るっている。
「みなさんもこの学園を卒業した後には、一般社会へ飛び立つ事になります。
一般社会には、みなさんのように特別な力を持つ人の方が極端に少なく、
彼らは特別な力をほとんどの場合は畏怖の念を抱いているものです。
社会へ出た時に気をつけるべき事は、みなさんはもう理解しているはずですね?」
体にぴったりとフィットする紺のパンツスーツを着こなす加藤雷華は席についている生徒達を見渡す。
2年Bクラス出席番号28番・菱条侑那はこの授業が嫌いだった。
この授業で教師の言う”一般社会”。
そこは彼女が本来いるべき世界であり、高校まで来て習うような事ではない。
担当教師である雷華先生は嫌いじゃないけど、授業内容は馬鹿馬鹿しいと入学当時から感じている事である。
一番後ろの窓際の席が侑那の席だ。
この場所は、何度席替えをやっても変わる事がない。
侑那はcris学園での学生生活に馴染めず、入学してからこの1年と数日が経過していたが、毎日後悔に苛まれていた。
どうして自分はこんな学園へ入学してしまったのか?と。
「はぁ〜〜ほんと・・・馬鹿馬鹿しいったら無い・・・」
窓の外をぼうっと眺め、侑那は小声で呟く。
その呟きを鋭く察知した雷華が紙で作った手裏剣を手から放った。
コツンと乾いた音を立てて、紙手裏剣が授業に集中していなかった彼女の額に命中する。
紙手裏剣といえども、くの一である雷華が使えばこのくらいの芸当は朝飯前だ。
「イタっ」
「菱条さん。今の質問に答えてください」
さらに紙手裏剣を取り出しながら、にっこりと笑顔を向ける。
ドキンッと侑那の心臓が跳ね上がった・・・これは憧れや尊敬の念ではない。
純粋な恐怖に近いものである。
cris学園には、世界中から超能力を始めとする異能力を持つ人間や、
そう多くはないが人間とは異なる種族が中心に集まっている。
ここは異能力者を集めた特殊な学園ではあるが、能力も持たない一般生徒も少数だが存在していた。
菱条侑那は、学園では珍しい部類に属する一般生徒の1人である。
「え・・・し・・・質問を聞いていませんでした。すみません」
壇上を見ないように床の一点を見つめながら、やっとそれだけを口に出し、雷華の反応を待つ。
「仕方ないわね。いくらあなたでも常識学を疎かにしてはいけませんよ?
むしろ、常識学ではあなたが皆の手本になるようにならなければ駄目よ」
「・・・・はい」
この授業では、1年生の時からこのパターンだ。
侑那が心の中で溜息をついた所に授業を終えるチャイムが教室に響き渡る。
「今日はここまでにしましょう。菱条さん、あなたは放課後私のところへいらっしゃい」
雷華の言葉に思わず顔を上げて心底嫌そうな表情をしてみるが、
日直の号令と共にクラスメイト達が立ち上がった為、彼女の表情を教師が見ることはなかった。
雷華が教室を出ると教室内は、一気に騒然とする。
休み時間は皆仲の良い友達同士で集まっておしゃべりをしているクラスメイトがほとんだった。
だが侑那の元には誰も近づいてこないし、彼女も席を立とうとしない。
一番後ろの窓際席で静かに腰を下ろしたまま、授業中と同じように窓の外に流れる雲を眺めたり、空の青さを見つめて溜息をつく。
ーついてないなぁ・・・雷華先生は嫌いじゃないけど、常識学の授業態度について説教なんて冗談じゃないわよー
いっその事さぼってしまおうかと思い浮かべるが、相手は現代の忍者である。
約束を違えて、その後に何をされるのか恐ろしくて想像もしたくない。
両肩を軽く抱きしめて小さく身震いをした。
自分は今まで善良とは言い切れないけど、普通に生きてきたのに。
普通は楽しいはずの高校で、なぜこんなに肩身の狭い思いをしなければいけないのか?
彼氏どころか、友達の1人すら居ない状況・・・ってこんな学園で作りたくもないけど・・・やっぱり寂しい。
と毎日自問するが、それはどう考えても誰のせいでもなく・・・考えるたびに憂鬱な気持ちになるだけだった。
********************
「あ〜あ、本当ついてないや・・・ここに入ってからというもの」
独り言を呟きながら1人廊下を歩いているのは菱条侑那。
授業を無気力のまま受け、ようやくそれらから解放されたというのに今度は、常識学教師からの呼び出しが待っていた。
クラスでは一番の常識人だと言っても良いと思っている侑那にそれは屈辱に等しい。
むしろ変なのはクラスメイトや自分を呼び出した現代忍者とかふざけた肩書きを持つ女教師の方だ。
現代のくの一である加藤雷華のいる部屋はもうすぐだ。
生活指導を主の目的とした部屋であったが、ほとんどは雷華に学園生活や卒業後の事について相談をする生徒達が通っている。
今日のように雷華が呼び出した生徒がいる場合は、それを最優先する為に部屋の扉にボードがかけられていた。
『 御予約あり 』
生活指導室の前にたどり着いた侑那が、そのボードを見て苦笑を浮かべる。
「な〜にが”御予約”よ・・・誰も予約なんかしてないっつうの」
指でボードをはじくと中から雷華の声。
「菱条さん?入ってちょうだい」
特に音も立てていないのに扉の外で動いた物体の気配を敏感に感じ取ったのだ。
そんな女教師の能力にも半ばうんざりしつつ侑那は扉を静かに開けた。
生活指導室の中は、会議でよく使われる脚が折りたためるタイプの長机と、パイプ椅子が数脚あるだけ。
壁は防音タイプのもの、窓には厚いカーテンが閉められて、この部屋を訪れれる生徒のプライバシーを守るための設備である。
「失礼します」
扉を開け、部屋の中へ足を踏み出す前にちょこんと頭を下げてから入室する。
そして雷華に一旦背を向け、扉の方を向くと両手でしずかに扉を閉めると踵を返して直立の姿勢を取った。
その礼儀正しい態度を好ましく思った雷華の口元には笑みが浮かぶ。
「ご苦労様。ここに座ってちょうだい」
「はい」
スタスタと椅子まで足を進めて、静かに腰を下ろして正面を見つめた。
「お話とはなんでしょうか」
早く用件を済ませたくて、すぐに切り出した。
「菱条侑那さん。今日の事だけど・・・・」
雷華が口を開いた事に内心「やっぱりそれか」と思い、侑那は頭を下げた。
「すみませんでした。今日の事は本当に反省しました。次からは、絶対にあんな事しません。許してください」
頭を下げる侑那を見つめ、クスリと軽く笑った。
なぜ雷華が笑ったのか意味がわからない侑那は顔を上げる。
「あの・・・先生?」
「ごめんなさいね。あなたには常識学なんて必要が無いものですもの・・・私の授業が楽しいはずはないわ」
からからと笑う雷華に驚いて侑那は目を丸くする。
確かにそう思っていたが、まさか担当教師である彼女がそんな事を言い出すとは思わなかった。
「いえ、そんな事は・・・」
さすがに肯定することができないと、両手を前に出して首を左右に振る。
「いいのよ、気を遣わなくても。あなたを呼び出す理由が欲しかっただけだったの」
唇から少し赤い舌を覗かせて悪戯っ子のような目を向ける雷華に戸惑うばかりだ。
「私を呼び出す・・・?」
「ええ。あなたと二人で話すきっかけが欲しかっただけなの。ごめんなさいね」
「いえ・・・それで私に何を?」
謝る雷華に話を進めてもらうように促す。
自分が一体なんの為に呼び出されたのか、まったく検討がつかなくなってしまっていた。
「唐突だけど、あなた”忍術愛好会”に入らない?」
「は?」
何を言い出すのかと思ったら・・・部活動の勧誘とは思いもよらず、つい間抜けな声を出してしまった。
慌てて口を抑え、視線で「どうしてですか?」と問いかけてみる。
「あなたはこの学園に馴染んでいない・・というより、馴染もうとしていないように見えるのだけど、違う?」
その言葉を侑那は否定する事ができない。
無言で雷華を見つめている事が肯定を意味していた。
「自分とは違う人間が多すぎるから。自分は普通の人間で私のような人間とは仲良くなれないと思っているから」
次々と自分が思い続けてきた事を的確に言葉にしていく雷華を目の前に、だんだんと瞳が曇ってくる。
「特別な力を持つ人間は怖い?自分に害を与えると思っているんでしょう?」
すべてを見透かすような瞳で見つめられ、潤む瞳を隠すこともごまかす事もできない。
こぼれそうになる涙を溜めながら侑那は小さく頷いた。
涙が机の上にポタッポタッと滴り落ちる。
「どんな能力を持っていても同じ人間よ。あなたと何も変わらない高校生達なの。怖がる必要はないわ」
「・・・でも、もう今更遅いんです」
今まで自分が取ってきた態度も散々なものだったからだ。
能力者達と関わり合いたくない為に、自ら孤立するように動いてきた結果が今の状況なのだから。
「そんな事ないわ。急に仲良くなれと言っても、あなたにもクラスメイト達も無理でしょう?
だから・・・少しずつ慣れてもらう為に、愛好会へ入らない?」
侑那の両手を机の上で握り、じっと見つめてくる雷華。
その強い視線には不思議な力が込められているのか、そうでないのかは侑那にはわからない。
思わず頭を縦に振っていた。
「決まりねvじゃあ、これから活動するから行きましょうか」
「ええっ?」
自分が頷いてしまった事に対して驚いているのに、更に今日から参加する事になるとは思いもよらなかった。
********************
雷華に連れられて侑那が辿りついた場所は、いくつかある武道館の1つ、第3小武道館だった。
cris学園には、膨大な数の部活動が存在している為、部活の規模に合わせた活動場所を年度始めに割り振られる事になっている。
人数が多い部活動は、専用の場所が年度が変わっても変更もないが
少人数の部活動や同好会・愛好会はたびたび場所も、場所を使える曜日も変更される。
人数の少ない忍術愛好会は、第3小武道館で毎週火曜日を活動日として割り振られている。
今日はちょうど火曜日という事で、侑那は本人の意志関係なく忍術愛好会の活動に参加できるというわけだ。
「さて、もう来てる時間だと思うけど」
武道館への扉を開けながら呟き、武道館の中を覗き顔をきょろきょろと動かし、
窓際で準備運動をしている男子生徒を見つけて手を上げた。
「九鬼くん。新しい仲間を連れて来たわよ」
雷華が声をかけると男子生徒が扉の方を振り向き、ぺこりと頭を下げる。
「紹介するから、こっちに来てちょうだい。菱条さんも上履きを脱いで上がって頂戴」
「あ・・・はい」
展開の早さに頭がついていかないが、言われた事にはとりあえず反応できてしまう。
武道館内側にある10人分程度の靴が入る下駄箱に上履きを入れようとした侑那は、
靴の数が1人分しか入っていない事を不思議に思った。
ーまだ来ていないのかな?−
だが、そんな予想は裏切られる事になる。
先に武道館へ足を踏み入れた雷華の後を小走りでついていくと、すでに先ほど呼ばれた男子生徒は雷華の前に立っていた。
「菱条さん、紹介するわ。忍術愛好会の代表者で2年Aクラスの九鬼頼嗣くん」
紹介された九鬼頼嗣という男子生徒を見上げながら侑那は記憶を辿ったが、同学年らしいが見た覚えが無い。
もっとも侑那は、この学園に入ってから他人に興味を持たないようにしていたので、
覚えがないのも当たり前と言えば当たり前だった。
今現在でもクラスメイトですら名前と顔が一致しないのだから、クラスが違う男子生徒を覚えているはずがない。
「九鬼くん、彼女は2年Bクラスの菱条侑那さんよ」
「よろしくお願いします菱条さん」
礼儀正しく挨拶をされ侑那は戸惑う。
自分と同じ年とは思えない落ち着いた物腰と言葉遣い。
「え・・・あ、よろしく」
特に深い意味はないのに頬が勝手に赤くなり、心臓が高鳴る。
思い浮かべてみると、進級してからの学園内で教師以外とまともに話す事が久しぶりだと気づく。
「九鬼くん、菱条さんは忍術についてはおろかスポーツもほとんど経験がないから、最初は優しい物から教えてあげてね」
「はい、わかりました」
当人をおいてけぼりで、雷華と頼嗣が今後の話を進めていくのを呆然と眺めていたが、
何を教えられるのか考えてみて顔から血の気が引いた。
ーそうだ・・・ここは”忍術愛好会”なんだ!・・・まさか忍術を教えるなんて言わないよね?−
不安な表情を浮かべて雷華を見るが、頼嗣と話し終えた彼女はパタパタと扉へ向かっていく。
「せ、先生!あの、わたしはどうしたら?」
武道館の扉前で脱いだままにしていた上履きをつっかけながら顔だけを振り向き、にっこりと微笑んだ。
「これから会議だから失礼するわ。後は九鬼くんにお願いしたから、細かい事は彼に聞いて。それじゃあ」
扉が無情にも閉じられるのを絶望的な眼差しで見つめ、おそるおそる後ろに立つ頼嗣を振り返った。
たった今紹介されたばかりの男子とこんな場所で2人きりという状況だけで、
充分に恐ろしい事なのに一体どうしたら良いのだろう?と侑那の頭はクラクラしてしまう。
「あの・・・九鬼くん・・・私、普通に分類されるから・・・その術だとか、そういう力は無いと思うの。
だから・・・その、教えてもらうような事は何も無いわよね?」
同意を求めるように見上げる。
だが、侑那の意見は次に発せられた言葉で即否定された。
「そんな事はありません。加藤教諭がおっしゃるには、忍術とはスポーツと同じで
訓練すれば誰にでも身につける事ができるものなんですよ」
「嘘!だって、水柱立てたり火の玉投げたり水の中で何十分も息止めたりするんでしょ?そんなの絶対無理だってばっ」
両手を胸の前でぶんぶん左右に振りながら、一緒に頭も激しく左右に振る。
取り乱す侑那を前にクスリとも笑わずに頼嗣は言葉を続けた。
「それは本やテレビでの事ですよね。ここで訓練する物は違います」
「・・・どう違うってのよ?」
乱れた髪を簡単に手櫛で整えながらジロリと見つめるが、まったく動じる様子がない。
「例えば、忍が使っていた体術は護身術になりますし・・・精神力を鍛錬すれば何事にも動じなくなります。
読唇術や手裏剣術も訓練で身につける事が可能ですよ。覚える気持ちがあれば簡単な術も加藤教諭から教えていただく事もできます」
淡々と語る頼嗣を前に何も言えなくなってしまい、肩を落とした。
そして、さっきから同級生である頼嗣が自分に対してずっと敬語を使っている事に気づき、苦笑を浮かべる。
「ねぇ、私達同級生なんだからタメ語でいいのよ?敬語って堅苦しいでしょ?私になんか気を遣わないでいいよ」
「気にしないでいただきたい。自分は誰に対しても変わりません」
「そ・・そうなんだ」
しばらく2人の間で沈黙が続く。
頼嗣は何から始めるべきかを考えているのか、宙に視線を向けて腕を組んで黙り込んでいる。
その彼を斜め前から改めて観察してみると、割といい男なんだと気づいたが、特にときめくような事もなかった。
ーふぅん・・・結構いい男なのは認めるけど・・・この言葉遣いで台無しにしてる感じ?−
などと1人で頼嗣分析をしていると、計画ができあがった彼が顔をこちらに向けた時、ふと視線が絡み合う。
思わず視線をそらしたが、それも自分が彼を意識しているみたいで気に食わない。
焦って口を開いた。
「ねぇ。さっき”忍術はスポーツ”みたいな事なんて言ってたけど、制服のままでいいのかな?」
「そうですね。その格好は適さないので、更衣室で着替えてきてください。更衣室は男女兼用ですが、
誓って破廉恥な気持ちなど抱きませんから安心してください」
思わずその言葉に吹き出しそうになったが、彼にとっては思った事を真面目に伝えてくれただけなのは表情を見てわかった。
「わかった・・・そういえば、他の人はまだ来ていないの?」
荷物を持って教えられた更衣室に足を向けながら、武道館に入ってきた時から感じていた事を頼嗣に聞く。
「いません。この会は今まで自分1人でやってきました。今日から菱条さんも会員なので、これで2人です」
「ええー!・・・そんな事、先生一言も」
侑那にしてみたら騙されたような気持ちになっても無理はない。
”愛好会”という位だから人数が少ないのは予想できたが、まさか会員が九鬼頼嗣1人だけとは思わなかった。
「何か問題でもありますか?自分は菱条さんが入会してくれた事を感謝してます。ありがとう」
唇の端をわずかにあげただけだったが初めて浮かべた微笑みに、思わず目が釘づけになる。
端正な顔立ちにその微笑みは、普通の女子高生である侑那をドキリとさせる魅力があったのだ。
「れ・・・礼なんていいわよ。私もちょうど暇だったし・・・運動不足だったからダイエットにちょうどいいわ」
少しだけ早口になってしまう自分が恥ずかしくて、パタパタと慌てた様子で更衣室の中に飛び込んだ。
更衣室の中に入ると、特有の湿った空気に鼻をつく微かな汗や他人の体臭を感じ、少しだけ眉をひそめる。
体育の授業で使っている更衣室は女子専用だし、割と新しい建物なので匂いを感じる事は無いが、
この第3小武道館は十数年前からの建物で学園の中では古い部類に属する。
また色々な愛好会や同好会が兼用しているせいで、清掃がすみずみまで行き届いていないのだ。
「なんか・・・小汚いわね・・・え?」
手に持っていた荷物を部屋にあった机に置き、カーテンをしめようと窓際に近づくと窓の外で何かが動いた。
「・・・な・・・何?覗き?」
慎重に窓へ近づき、窓の外を見つめたが何も見えない。
気のせいかと思いカーテンに手をかけた瞬間、黒い影が目の前に現れた。
突然のできごとで侑那はすごい勢いで窓の反対側の壁へ後ずさりながら声をあげた。
「きゃああっ」
後ろ向きに移動した時に部屋にある椅子や机を蹴飛ばし、それらを倒しながら壁際に張り付いて窓を凝視する。
扉の外から異変に気づいた頼嗣が大きな声で呼びかけた。
「菱条さんどうしました!入っても大丈夫ですか!菱条さん!!」
「あ・・・ああ。うん!大丈夫だから早く!」
その言葉とほぼ同時に頼嗣が更衣室の扉を開け、扉の横で窓の外を見つめながら怯える侑那を認めると、
窓のふちに足をかけ周囲の気配に集中する。
「誰かいるの?ここ3階なのに!」
思い出したが第3小武道館は3階にあり、冷静に考えれば覗きができるような場所ではない。
ベランダがあるわけでもないし、外の壁には手や足をひっかけるような場所も無いのだ。
「・・・人の気配は感じません」
「ほ、本当?でも、さっきは私が窓際に行ったら大きな黒い影みたいなのが、バッって出てきたんだよ!」
手振り身振りで黒い影が現れた時の事を必死に訴える。
「人の気配は感じませんが・・・」
すぐ下の壁に何かを見つけ、頼嗣は眉間に皺を寄せた。
手を延ばして、その何かをぐしゃりと掴むとぐしゃりと握り締める。
「それ、なんなの?紙?」
「これは・・・おそらく黒魔術同好会の呪術を施した紙」
「へ?黒・・・魔術?」
忍術の次は黒魔術?侑那にとって非現実的な事が彼にとってはごく当たり前の事として受け入れられているのだ。
握り潰した紙をびりびりと破り、左手を顔の前で何かの形で動かして宙に放ると、その紙が急に燃えて炭となり消え去った。
「実は黒魔術同好会と我が忍術愛好会は、あまり良い関係ではないのです」
「それって敵対してるって事?」
「・・・少なくとも黒魔術同好会にとって我が会は敵という事です」
困った表情を浮かべて開け放っていた窓ガラスをピシャリと閉める。
「なんで?何かしたの?」
「いいえ、特に何もしていないはずですが」
記憶を辿ってみるが思い当たる事はない。
「やっぱりわたし愛好会辞めていい?なんだか面倒くさい事に巻き込まれた気がする」
テーブルに置いた荷物を両手で抱え、扉に向かおうとした侑那の前に頼嗣が回り込んできた。
「待ってください」
「だってさ・・・誰だって因縁つけられてる愛好会になんて居たくないわよ。しかも相手は得体の知れない黒魔術同好会って」
唇を尖らせて前に立ちはだかる頼嗣に、そこを退くように視線で訴える。
「自分が菱条さんを必ずお守りしますから」
「・・・え?」
真正面から見つめられ、まるで告白でもされたような台詞。
「そ・・・それってどういう意味?」
思わず間抜けな顔で聞き返してしまうほどだ。
「言葉通りの意味です。あなたを守ります。何があっても」
感情が高ぶったのか侑那の両肩に両手を置き、ぐっと掴んで尚も見つめてくる強い瞳。
かあっと全身が熱くなるを感じて侑那は思わず視線を反らす。
「そ、そこまで言うなら・・・信じてみるわ」
「ありがとうございます」
両肩を解放された侑那はほっとして、一歩だけ後ずさり距離を取ることにした。
さっきから自分の鼓動が煩くて、目の前に立っている頼嗣に聞こえたら恥ずかしい。
「それにしても・・・九鬼くんは強いわけ?忍術と言っても愛好会でしょ?」
赤くなった頬をごまかしきれなくて、踵を返して机に荷物を再び置くとバッグのファスナーを開けて中身を取り出す。
今日はちょうど体育があったのでジャージを持っていたのだ。
「自分が強いかどうかはわかりません。加藤教諭に一通りの体術と手裏剣術、それに火遁の初歩を教えてもらっています」
「火遁?ああ、さっき紙を燃やした手品みたいなやつね」
手品と口にした瞬間、後ろで息をのむような気配を感じて侑那は自分の失言を後悔したが、頼嗣は特に何も言ってこなかった。
「体術と手裏剣術ならある程度身につけていますので、安心してください」
「そ・・・う。ところでさ、いい加減出て行ってくれない?」
「え?あ・・・っ!も、申し訳ないっ!今すぐっ」
顔だけ後ろに向けると真っ赤な顔をした頼嗣が慌てた様子で更衣室から出て行く。
「・・・なんだ、可愛いところもあるじゃん」
制服を勢い良く脱ぎ捨てるとクスリと笑う侑那。
今まで学園内の事には無関心でいた彼女が、これから始まる愛好会活動を少しだけ楽しみになっていた。
菱条侑那がcris学園を受け入れられるかどうかは、忍術愛好会の九鬼頼嗣に委ねられた。
終劇
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