蓮の麦わら帽子


 僕は、都心から車で2時間くらい走った山の中にあるおばあちゃんの家に来ている。
今は夏休みでお盆休みだ。

 おばあちゃんの家には、大きな庭があってそこにご先祖様から代々受け継いでいるお墓が大事にされている。
 毎年8月13日におばあちゃんの家へ行くのが僕はいつの間にか楽しみになっていた。
 おばあちゃんの家は、ゲームも無いし周りに遊ぶ公園も無いし、コンビニだってない。
 でも、僕はおばあちゃんの家に行くのが好きだったんだ。


「ねえ、遊びましょ?」

 おばあちゃんの家に来ると会える女の子。
 僕より小さい背に少しぽっちゃりとした感じで、髪は真っ黒でおかっぱ。
 服はふわふわとした真っ白いワンピースが良く似合う女の子。
 頭には大きな麦わら帽子をかぶって、大きなピンク色の花ついていた。

「うん!何して遊ぶ?」

「林の中でかくれんぼしましょう!」

「うん!・・・あ、でもおばあちゃんが林の中には入っちゃダメだって」

「どうして?」

 小首を傾げた女の子は、少し寂しそうな表情になった。
 僕は自分の言葉が女の子を傷つけてしまったのかと思った。

「林の中には、こわ〜いオバケが出るから入っちゃいけないんだって」

 すると女の子はいきなり泣き出してしまった。
 どうしたの?僕が何かしちゃったのかな?どうしよう、どうしよう?
 どうしたらこの子は、また笑ってくれるの?

「ね、ねえ!どうして泣くの?僕、ひどい事言った?」

「言ったわ!あそこにオバケなんていないのにっ
 君はどうしてそんな事言うの?君のおばあちゃんも、君も大キライ!」

 女の子が大声で叫んだら、いきなり林の方から強い風が青々とした木の葉を巻き込みながら僕に吹きつけた。
 そして、さっきまで泣いていた女の子はどこかに消えてしまう。

 どこに行ってしまったの?名前も知らないのに・・・。
 僕が怒らせてしまったのなら、謝るから!また会えるよね?

「ごめんね」

 そう言いながら、僕の頬には涙が伝っていた。



 それから5年後、おばあちゃんが亡くなった。


 女の子が消えたお盆の次のお盆にも僕はおばあちゃんの家に行った。
 でも、あの女の子には会えなかった。
 その次のお盆も女の子に会えなかった。
 僕はだんだんおばあちゃんの家に行くのがつまらなくなった。
 中学生になった僕は部活動を理由にして、お盆におばあちゃんの家へ
行くのをやめた。
 その翌年に、おばあちゃんは亡くなったのだ。


 夏が終った頃に、亡くなったおばあちゃんの家に僕は2年ぶりに来た。
 おばあちゃんに会ったのは、もうずいぶん前に感じる。
 あの頃はまだ元気だったおばあちゃん。
 お通夜とお葬式は、おばあちゃんの家で親戚だけで行なわれた。
 お葬式が終った後、誰も住まなくなったおばあちゃんの家。
 護る人がいなくなったお墓。
 おばあちゃんが亡くなった翌年に、家と土地を手離すとパパが決めた。
 お墓は都心にある霊園に移すそうだ。
 家の中を整理する為に、パパとママと僕はおばあちゃんの家に来ている。
 だいたいの整理がついて、僕は庭を眺めることのできる縁側に出てみた。
 お墓はまだ庭の隅にひっそりと佇んでいる。
 おばあちゃんとご先祖様が眠っているお墓。
 自分勝手な気持ちでおばあちゃんに会えなかった事が悔やまれた。
 お通夜やお葬式には出なかった涙が、今ごろになって出てくる。
 お墓を見つめておばあちゃんに心から謝った。

「ごめんね・・・会いに、来なくてごめんね」

 涙を着ていたシャツで拭って、再びお墓の方を見て僕は驚いた。
 あの時の女の子が、あの時の姿のままお墓の前にしゃがんでいる。
 ピンクの花をつけた大きな麦わら帽子にすっぽり背中まで隠れてしまっているが間違いない。
 少しぽっちゃりした体に白いワンピースの女の子。

「また会えたね。今日は何をして遊ぶ?」

 にっこりと笑って女の子はお墓の方から縁側にいる僕を振り返った。
 どうして君はあの時と同じ姿なんだろう?
 幼い僕は気にならなかったけど、初めて会った時は君の方が大きかった背丈。
 そして、いつの間にか僕よりも小さくなっていた。
 いや、幼くなっていた。
 違う。僕が成長しても君はどこも変わらなかったんだと、今気がついた。

「ごめんね」

 僕は女の子に向けて笑いかけると、目の前で女の子は消えた。
 彼女が消えた後には、お墓に麦わら帽子がかぶせられていた。



 おばあちゃんの家から出る前に、パパとママと僕で庭でお墓参りをした。
「なんだ?この麦わら帽子は?」
 パパが首を傾げながら、帽子をかぶったお墓を見つめる。
「あら、この帽子についているのは蓮の花ね」
 ママはガーデニングが好きだから花の事に詳しい。
 僕は全然わからなかったけど、ママの言葉を聞いたパパが口を開いた。
「そういえば林の奥に深い池があったなぁ。そこに咲いているんだろう」
「へぇ〜帰る前に見てみたいわね。もう、ここにも来る事はないし」
「林の中にはオバケが出るから入っちゃだめっておばあちゃん言ってた」
 そっとお墓にかぶっている帽子を手にとって胸にそっと抱き締める。
「おふくろの常套手段だよ。
 俺の時も、そう言って林に入らないようにって言われてた。
                 あの頃は、俺も信じていたからなぁ」
 笑いながらも懐かしそうな顔でパパはお墓を見つめた。