主夷リレー小説 2005年3月編
HOME

 第十話 浅葱瑠璃



 卒業式が近付くにつれ、葉佩は葉佩なりに毎日のように遺跡に入り浸り、
夷澤は夷澤で《生徒会》の引き継ぎやら何やらかんやらで、少しずつすれ違いが続いていた。
 廊下ですれ違ってもお互い顔を合わせる余裕もなく、無言でお互いを送り出すこともしばしばだった。
 その光景を皆守や八千穂も見ていたのだが、口を挟むことではないと思い見守るように無言で佇んでいた。


“いつもいっしょ”


 夷澤にそう言われた葉佩は、その言葉だけを糧にして毎日を過ごしていた。
 たとえ会えなくとも、言葉を交わすことが出来なくとも。
 その言葉さえあればずっと幸せでいられるような気がした。
 それを己に言い聞かせると、葉佩は明らかに寂しそうな表情をかき消して、いつもと同じ人懐っこい表情を浮かべた。

「それぞれの道を進んでも、心は“いつもいっしょ”か……」

 確かにそう認めた筈だし、何より心が繋がっているのだから寂しいという感情を思い浮かべるのはお門違いの筈だ。
 それなのに、心の奥底は今にも涙が溢れて零れてきそうになっている。
 恋などしなければ良かったのではないだろうか、告白をしなければ良かったのではないだろうか、
と悪いことばかりを考えてしまう。
 一日また一日とモヤモヤした感情を引きずりながら過ごしていく。

「トウヤ…」

 愛しき彼の名を口にして。
 頭を振って葉佩は自室の隅で密かに泣いた。


---------------


“どうもしませんよ”


 なんて、啖呵を切った筈なのに、夷澤の心の中は何故かポッカリと穴が空いたようにすきま風が吹いていた。
 付いていく気は全くないし、やりたいことを全てやりきってからここを卒業すると心に決めた筈なのに、
何故こんなにも心が泣いているのだろうか、夷澤自身にもそれは解らなかった。

「泣く……?はっ、オレが……?」

 困惑の表情を浮かべて廊下の真ん中で立ち尽くす。
 ふと視線を上げると、前方から葉佩がこちら側へと少しずつ歩いてくるのが見えた。
 今更なんだというのだろうか。
 悲しい悲しくないは今に始まったことではない。
 以前にここを去った時は涙一滴すら出なかった。
 またいつの日か出会えると心の何処かで信じていたからだ。
 ただ、こんなにも早くに再会出来るとは思っていなかったけれども、その時には顔が綻んだものだ。


“いつもいっしょ”


 脳裏に己が口にした言葉がリフレインする。
 自分からそれを口にした筈なのに、何故か心が少しだけ軋んだ。
 一体、何故?
 今度こそ、いつ出会えるのか解らないからだろうか。
 だとしても、だ。
 今までと何一つ変わらない毎日が待っているだけだ。
 ただ、今までの生活から葉佩の存在が消えてしまうだけ。
 彼がこの学園に来る前と何ら変わらない生活に戻るだけ。

「……っ」

 夷澤は奥歯を噛み締めて葉佩に背を向ける。
 本当なら傍に駆け寄って少しでも一緒にいたいところなのだが、生憎《生徒会》に身を置く人間なので、
そんな余裕の一つも全くなく葉佩とはあの日の遺跡での探索以来殆ど会話をしていない。
  お互いがお互いを傍に感じていながらも会えない……そんな関係にほとほと嫌気が差してくる。
そんな時に決まってあの言葉がリフレインする。

 大丈夫、まだ頑張れる。
 心は壊れていない。

 しっかりと前を見据えて、夷澤は葉佩とすれ違うのと時同じくして決心を改めた。


********************


―――卒業式前日。

 葉佩は相も変わらず遺跡に潜っていた。
 遺跡の中で一つだけ扉の開かなかった場所があって、
そこがいつの間にか開いていたので何かあると思い調査をしていたのだ。
 そこが、追加調査の対象地であると確信したからだ。
 そうして激戦を潜り抜けた葉佩は、見事真相に辿り着き手にするべく《秘宝》を手中に収めた。
 とうとう、ここでの調査は全て終わりを迎えた。
 卒業式に間に合うように遺跡を調査していたわけだが、
まさか本当にタイミング良く終わるとは思っていなかったので葉佩自身も驚いていた。

「ここにいる意味もなくなっちゃったんだ」

 その声には寂しさも含まれていて、何だか凄く切ない気分になってしまった。
 こんな気持ちは明日に取っておくべきなのだろうが、想いが通じ合っていても
ふとした時に悲しみが込み上げてきて葉佩自身どうしたら良いのか全く解らなくなっていた。
 今まで誰かを特別扱いしたことも無ければ、誰かを好きになって告白をしたことも無いので、
こんな想いを抱えているのは己だけなのかと錯覚さえしてしまった程だ。
 遺跡の入り口で一人佇んでいると、誰かの視線を感じた。
 《宝探し屋》の性なのか、視線の感じた方をキッと睨み付け武器を手に構えた。

「誰だ」

 屈託なく笑う声とは一トーン低い声。
 普段の葉佩からは想像出来ないような表情と声色。
 皆守には、まるで“昼行灯”だと言われる始末だが、これが葉佩の戦闘時のスタイルだ。
 だが、繁みの奥から現れたのは夷澤だった。
 久方振りに出会う夷澤の姿を目にすると、葉佩の顔は一瞬にして綻んだ。
 警戒心をかき消して夷澤の方へと向かった。

「トウヤ!」
「………終わったんですか?」
「ウン。こんなにもタイミング良く調査が終わるなんて全く思っていなかったけどね」
「そうっすか」
「これで思い残すことは無いよ」

 遺跡の調査のことは、と小さく付け加えたが、生憎それは夷澤の耳には届かない。
 夷澤とのことは思い残しはいっぱいある。
 願いが叶うならずっと傍にいたい、それが葉佩の心に秘めた本当の願い。
 それが叶う筈がないのを知っていてそれを思うのだ。

「トウヤ……」
「何すか?」
「抱き締めても良い……?」
「す、好きにすりゃ良いでしょ!?」

 夷澤は頬に朱を差してそっぽを向く。
 それを愛しいと葉佩は正直に思い、その大きな腕で夷澤を抱き締めた。
 体温と鼓動がゆっくり伝わり、葉佩の表情はフッと優しいものへと変化を見せた。

 大丈夫、離れていても怖くない。
 この温もりさえ忘れなければ、心配ないって思えるから。


 明日は待ちに待った最後の学園行事、卒業式―――



HOME   NEXT>