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第十三話 浅葱瑠璃
―――季節は一巡し、桜が舞う春がまた訪れた。
あっという間の一年。
長いようで意外と短かった一年。
少しずつ築き上げてきた地位を不動のものとし、この学園でやるべきことは全て終わりを迎えた。
そんな生徒会長である夷澤の隣には、一年前とは見違えるほどに変わった
生徒会副会長の響五葉の姿があった。
頼りなかった中性的な面影は一年にして凛々しいものへと変わり、
ただその中でも変わらなかったのは、優しく包み込むような微笑み。
それを夷澤は鬱陶しく思っていたのだが、いつしかムシャクシャ感を抑え付けることが出来るようになり、
嫌いだという感情はいつしか消え失せていた。
他のことが目に入らなくなった理由は、一年前の卒業式にここから巣立っていった
一人の先輩の存在が大きかったからだ。
お互いがお互いを心の何処かで想いあっていたというのに、なかなかその距離が縮まらなくてヤキモキした。
そんな彼とやっと心が通じ、今では恋人と言えるような間柄にまでなった。
彼は今、何処で何をしているのだろうか。
夷澤はそんなことをふと思い、口唇の端を持ち上げて微かに笑う。
きっと何処かの遺跡に潜ったまま時間の感覚も忘れて仕事に明け暮れているのだろう。
的確な行動で仕掛けを外し、普段のマイペースな性格からは考えられないほどの俊敏な動きと
冷たい表情で遺跡の奥へと向かっていることだろう。
「オレは……大丈夫っすよ」
夷澤は誰にも聞こえないくらいの小声で呟く。
すぐ隣にいる響の耳にも届いていないようで、
響は変わらずニコニコした表情を崩すことなく壇上にいる。
“いつもいっしょ”
あの時の言葉だけが心を離さないまま深く刻み込まれている。
そして、それのお陰でここまでやって来られたようなものだ。
どれだけ離れていても心は繋がっている、彼は確かにそう言った。
だから、何にも問題なんて無い。
その言葉だけをずっと胸にしまい込み、夷澤はまた微かに笑った。
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―――今日は、とうとうオレ達の卒業式。
あっけなく終わりを迎え、生徒達は散り散りになった。
桜の花びらが舞う校庭の真ん中で夷澤はボーっと空を見上げていた。
そんな夷澤の隣には相も変わらず響がいる。
彼は何かを言いたそうにうずうずしていたが、生憎、夷澤はそんな響に全く気付く様子もない。
響は深呼吸をすると夷澤にそっと話しかけた。
「夷澤君」
「何だよ」
「卒業おめでとう」
「………ふ、ふん。べ、別にお前に言われる筋合いなんて無い」
「それから……生徒会長お疲れ様。
僕はあまり力になれなかったかもしれないけれど、色んなこと勉強になったよ」
「………そう、か」
夷澤は心非ずだった。
無事に卒業したと報告したい人物はここにいないからだった。
一番に伝えたい人物に出会えたら、人目も気にせず
その胸へと飛び込んでいってしまいたい衝動にも駆られていた。
彼に……葉佩九龍に奇跡的に出会うことが出来たなら、大切なものを渡そうと思っていた。
生徒会役員全てが持っている生徒会の人間を証明する為のバッヂ。
馴染んでしまったそれを手放すことが何を意味しているかなど夷澤自身解っていたことだが、
ここを制覇した人間にはもう要らないもの。
それを大切な人に渡せたらどれだけ良いだろうか。
そんなことをぐるぐる考えていると、突然制服の裾をクイクイと力強く引っ張られた。
「何だよ、響」
「夷澤君、あそこ見て」
「あそこ……?」
響が指差した方を見ると、夷澤は思わず絶句してしまった。
校門には一際目立つ長身があったから。
あれを見間違える者など何処を捜してもいないだろう。
本当は嬉しくてどうしようも無い筈なのに、夷澤の口から飛び出した言葉は真逆のことで。
「きっと夷澤君に会いに来たんだよ」
「そんな訳無いだろ」
「お兄ちゃんのこと信じられないの?」
「そう言う訳じゃ……」
なかなか素直になれない夷澤に響は背中をポンと押す。
響の方を向いた夷澤は恨めしい表情を浮かべていたが、響の強引さに根負けしてしまった結果、
渋々会いに行くことにしたのだった。
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「トウヤ!」
近づいて改めて見てみると、やはりその表情はいつもの屈託のない笑顔の葉佩九龍の姿だった。
一年前のあの日は、酷く寂しそうな表情を浮かべて後ろ髪引かれる思いで無事に卒業していった。
またいつか会える、などと全く根拠の無いようなことを言っていたような気がしたが、
まさかこんな形で再会するとは夢にも思っていなかった。
「どうして……」
「トウヤに会いたかったからだよ」
「オレは……」
「黙って来ちゃったのは悪かったって思っているよ。でもね、サプライズしたかったんだ、ボク」
「………」
ああ、どうしてこの人は。
やるべきことがいっぱいある筈なのに。
離れていても繋がっているし、“いつもいっしょ”だと告げただろうに。
嬉しさと恥ずかしさいっぱいで、夷澤は葉佩から見えないところで顔を真っ赤に染め上げた。
「あ、の……九龍センパイ……」
「どうしたの?トウヤ、顔真っ赤だよ……?」
「え、あ……っ」
「そうそう。ボクね、トウヤに伝えたいことがあったんだ。聞いてくれる?」
「聞きますよ。でも、先にオレの話を聞いて下さいよ」
そう言って夷澤は制服のカラーから生徒会役員の証明のバッヂを外し、葉佩の目の前に差し出した。
それはとても小さいものだったが、視力の良い葉佩にはそれが
生徒会役員しか持つことの許されないバッヂだとすぐに気付いた。
そして、それを何気なく手にとって己の方へと引き寄せた。
「オ、オレからのプレゼントっす。い、いらないなら今すぐに返して下さいよ」
「ううん、アリガト。大事にするよ」
「そ、そっすか……」
ニッコリ笑った葉佩の顔に夷澤はまた顔を赤く染め上げた。
あまりの恥ずかしさに穴があったら入りたい衝動に駆られた。
それから暫し二人は互いを見つめていた。
周りから音が消え、二人だけの世界が始まる。
桜の花びらが目の前で舞い、夷澤はハッと我に返った。
葉佩が伝えたいことがあると言っていたことをまだ聞いていないことに気付き、
何を伝えられるのか全く解らなくてドキドキしながら聞いてみることにしたのだった。
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