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第十五話 水天宮拓仄
すっかり人気の無くなった校舎内に入った二人は申し合わせたわけでもなく、自然に足が武道館へ向かっていた。
ボクシング部に所属していた二人が一番長く一緒に過ごした場所で、初めて出会った場所でもある。
扉を開いて中に入るとシンと静まり返っている武道館でリングを見つめている葉佩の顔は懐かしそうに頬を綻ばせた。
何度も夷澤と一緒にリングへ上がり、手合わせをしていた事を思い出しているのだろう。
「ここで初めて会ったんだよね」
「そうっすね」
初めて会った時の葉佩への印象は最悪だった事を思い出して、声を出さずに笑う。
身長が高いというだけでも気に食わないのに、
生徒会役員である自分に臆する事なく接してくる態度に苛ついていたのだ。
「最初に会った時。あんたの事大嫌いだったんすよ、オレ」
「えっ?そうだったの?どうして?」
「どうしてって・・・そ、そんなの今更どうでもいいじゃないっすか」
頬を赤くした夷澤は、照れ隠しにスタスタと武道館の中へ進み、軽く跳躍してリングに上がった。
それに葉佩も続く。
「どうっすか、センパイ。久しぶりに勝負しませんか?」
「グラブも無いのに危険だよトウヤ。おめでたい日なんだから、今日はやめよう?」
困ったように表情を崩して改めて目の前に立つ夷澤に視線を向けて、少なからず葉佩は驚いた。
穏やかな口調だった夷澤が、真剣でまっすぐな視線を葉佩に向けていた。
両の拳を軽く握り、制服姿のまま腰をかがめて左右の足をリズミカルに動かして、
挑発的な瞳で見つめられて葉佩の背筋にゾクリとしたものが走り抜ける。
「トウヤ」
「センパイ。ここで勝負して、オレに勝てたらあんたについて行きますよ。どこへでも、ね」
「本当に?」
「ええ。でも、オレだってこの一年間遊んでたわけじゃありませんからね。本気でやってくださいよ。
手加減なんかしたら、オレは一生あんたを恨む」
誰もギャラリーのいないリングの上でグラブもマスクもつけない状態で向き合う二人の視線が絡み合う。
着ていたロングコートを脱ぎ、リングの外に放ると、左右の足をスタタンスタタンと軽快に弾ませ、
拳を何度か繰り出す仕草を繰り返した。
夷澤の正面に立ち、瞳を閉じて再び瞼を開くと、そこには戦闘モードに移行した葉佩がいた。
「眼鏡、危ないから外して」
「・・・っ」
低く響いた声に心臓をわしづかみにされたような感覚に襲われたが、闘う前から雰囲気に飲まれてはいけない。
眼鏡を外し、制服のポケットに捻じ込むと葉佩に習って夷澤も上着をリングの外に放った。
「さあ、始めようか」
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リングの上で荒い呼吸を整えながら、夷澤は隣で大の字で寝転んでいる葉佩を
チラリと横目で見つめ、視線を自分の拳に落とした。
一年前は掠りもしなかった拳が何度か綺麗に葉佩を捉えた事に自分自身が驚き、怒りに似た感情も湧き出る。
大の字に寝転んでいる葉佩も同じく呼吸を乱し、額には大粒の汗が噴出して長めの前髪がはりついている。
「トウヤ強い!すごく、強くなった ね」
途切れる言葉を発しながら、心の底から嬉しそうに夷澤を賞賛し、
しばらく久しぶりの手応えに満足していたが、ふと暗い表情になった。
勝負をする前に夷澤が言った事を思い出したのだ。
「・・・ボク、負けちゃったんだよね?トウヤは弱いボクと一緒に来てくれない?」
「なんで、そんな風に考えるんすか。あんたが弱いなんて誰も言ってない」
「でも」
上体を起こしてからも両手で頭を抱えている葉佩を見つめた。
「また一週間後に再戦しませんか?今回は引き分けでいいっすよね」
夷澤の言葉に顔を上げた葉佩に向けて、ニッと笑ってリングを降りた。
床に落ちていた上着を拾うと肩にひっかけながら、リングを見上げて眼鏡を定位置に戻す。
「せいぜい一週間で鍛え直してきてください。今日はこれで失礼します」
「トウヤ?」
「まだ勝負はついてないっすからね!」
武道館を出る時にもう一度振り返って念を押してから夷澤は廊下へ駆け出して、
響が残っているであろう生徒会室に向かった。
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