■ 『 第一章 第一話 』 文/水天宮拓仄

ヴィスタム大陸の西に位置する島国家・カシム王国。
ここはこの国で最も貧しい人々が暮らす村クルタにある、この国唯一の教会。
教会の最高責任者でもあるザナン司祭はわずかな異変を感じとっていた。
「まさか・・・目覚めたのか?」
 司祭と言っても、信仰を重んじないカシム王国の教会。
 司祭の部屋といえども華美な装飾など見当たらず、質素な家具がおかれているだけの司祭の私室。
 質素な木製の椅子に力なく座り込むと、扉を叩く音が司祭の耳に届いた。
「ザナン様」
「ケンバートか?入りなさい」
 一瞬の間をおいてから扉を開き、室内に入ってきたのは、細身で長身の美青年だ。
 ヴィスタム大陸で信仰されている唯一の神・ヴィース女神に仕える神官服に身を包み、
腰までもある明るいブラウンの髪は無造作に束ねられそのまま後ろに流されていた。
 司祭にケンバートと呼ばれた青年は、神官と戦士の心得を持って神官や司祭を守護する神官戦士である。
 部屋に入るとケンバートは軽く司祭に礼儀として頭を下げた。
 それに微笑みで返すザナンの表情はいつも通りに戻っていた。
 ケンバートに自分の不安を読み取らせまいとする。
「私に何か用かね?確か、この時間はマリンと一緒に村の診療所へ行っているはず」
「マリンには、アルをつけました。ザナン様にお伺いしたいことがあります」
「何かね?」
 ザナンに聞き返され、ケンバートは言葉を選ぶように一瞬何も飾り気のない天井を見上げ、そして視線をザナンに戻す。
 その瞳は、まだ迷っているのか視点が定まらない。
「昨夜マリンが気になることを言っていました…。
今まで感じたことのない気を感じると…私には感じられないのですが。マリンがとても不安そうにしているのです」
 マリンはこの教会にいる神官の一人で、将来有望な少女である。
 中級程度の神聖魔法も使いこなし、将来は司教にもなれると目されていた。
「マリンが?」
「ザナン様は何か感じられますか?」
「…」
 まっすぐに見つめてくるケンバートの視線にザナンは視線を泳がせる。
 その動揺をケンバートは見逃さなかった。
 一歩踏み出すと険しい表情を見せる。
「何が起きているのですか?私は、マリン…ザナン様を守る神官戦士です!
何か起きる前に原因をつきとめて、それを未然に防ぎます」
「ケンバート…もう、これは誰にも止められないことなのです。
そう…女神の意志により我々人間への試練…とでも言うべきかもしれません」
 ザナンはゆっくりと何が起こっているのかをケンバートに語りはじめた。


 一方、ケンバートの弟分でもあるアルを従えて、村の診療所に向かっている一人の美しい少女がいた。
 少女は気品に溢れ、淡い桃色の長い髪に、それに近い色の神官服に身を包んでいる。
 彼女は沈んだ表情で村の診療所へ向かっていた。
「マリン様?具合でも悪いのですか?」
「いえ…。アルさん、お願いがあります」
 立ち止まると真剣な眼差しで自分とほぼ同じ身長のアルを見つめる。
 アルはケンバートが身につけているものと同じ神官服の上に、簡単な胸当てをつけ、腰には武器となる棒。
 彼も神官戦士を目指す少年なのだ。
「マリン様のお願いでしたら、なんなりと」
 笑顔で答えるアルにマリンは申し訳なさそうな表情だが、堅い決意を胸に唇を開いた。
「私はこれから封印の洞窟へ向かいます。その共をお願いしたいのです」
「封印の洞窟!それは国の掟で禁じられています!」
「それは私も知っております!でも…私はそこへ行かなければいけない…」
 そう言うとマリンは封印の洞窟があるキルトの森へ足を向けた。
 マリンの前に険しい表情でアルが立ちはだかり、なんとかマリンを思い留まらせようと必死に説得を試みる。
「マリン様、いけません。封印の洞窟には恐ろしい魔物が封じられているのですよ!
もし、マリン様の身に何か起きては…僕はケンバート様やザナン様になんと…」
 必死に叫ぶアルの手をそっと握るとマリンは静かに口を開いた。
 優しそうな彼女が見せる険しい表情にアルは言葉を失う。
 それほどまでにマリンの決意は堅い。
「でも…封印の洞窟から感じられる気…いえ、空気かしら?
それは、とても柔らかくて温かいの…とても恐ろしい魔物が潜んでいるとは思えないわ」
「で、では、せめてケンバート様にご報告を」
「いいえ、ケンバート様にこれ以上ご迷惑をかけられません」
「マリン様!待ってくださいっ」
 どんどん森に向かって歩き進むマリンの後をアルは必死に追いかけた。
 普段のおっとりとした様子では想像がつかない行動力に面食らっているのだ。
「お供、お願いできるかしら?」
 足を止めて再び見つめてくるマリンの瞳に、とうとうアルは負けてしまった。
 危険が迫ったら迷わず踵を返すという約束をさせ、封印の洞窟に向かうことを承諾したのだった。



 そして、クルタの教会・司祭室。
「ヴィスタム大陸に伝わるエルフ伝説…ですか?」
 ザナンからとても信じがたい話を聞いたケンバートが呟く。
 大陸中の幼子までも知っている、この大陸を襲った大昔の凄惨な伝説。
 それは、伝説というよりも物語のようにしか知らなかったケンバートには、
ザナンの語る事実はにわかには信じられないものだった。
「そうです。そのエルフが今甦ったのです」
「まさ…か、そんなことが?そのエルフが封印の洞窟にいるとおっしゃるのですか?」
 手を握りしめ、額には汗が滲み出してくる。
 女神に仕える司祭が嘘を語るとは思えない。
「伝説のエルフかどうかは…確かめてみる必要があります…。
今、私が感じている気はとても穏やかで静かで…憎悪に満ちた伝説上のエルフとは思えません」
 語り終えたザナンは、壁にかけてある司祭のみが着用を許されるローブを手に取った。
「ザナン様?」
「私はこれから封印の洞窟へ向かいます」
「私もお供します」
「ええ、お願いします」
 ザナンが苦笑い気味に振り返るとすでにケンバートは扉から出て行った後だった。




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