■ 『 第一章 第三話 』 文/水天宮拓仄

 洞穴の中に入ったケンバート、マリンは真っ暗な洞穴のひんやりとした岩肌に手をつき、
歩を進める足は地面に引きずりながら進んでいた。
 その速度は、普段歩く速度よりも数倍遅い。
「松明か何か用意するべきだったな」
「…松明ではありませんが、光で照らすことはできます」
「本当か?」
 立ち止まってケンバートはマリンがいるであろう暗闇を振り返る。
 当然、彼の目の前には暗闇が広がるだけだが、マリンの気配は確実に感じられた。
「ええ…お待ちください」
 しばらくの沈黙の後、手にしていた神官だけが手にすることを許されている女神の祝福を得る杖をかざす。
 杖の先端についていた宝石が淡い光を放った。
「…これは、助かるな」
「ヴィース様にお願いして、光を与えていただきました。
周囲すべてを照らし出すことはできませんが、私たちが歩く分には充分なはずです」
 マリンから杖を受け取るとケンバートは洞穴の中に進んだ。
 思ったよりこの洞穴が広いことに内心驚きながら、周囲の気配に注意する。
 洞穴の道は、不思議なほど整っていた。
 分かれ道もなければほぼ一定の広さを保っている。
 ケンバートの目には自然にできた洞穴とはとても思えなかった。
「この洞穴は人の手によって作られたものなのだろうか?」
 歩きながら呟くケンバートの声にマリンは改めて周囲の岩肌や、地面を見つめる。
「本当に…とても自然にできた洞穴とは思えませんわ…。
もし、自然にできたとしても…岩肌を見る限りは…数百年以上前になるのでしょうね」
「ああ、それに…この洞穴を人が作ったと考えるにしても…現時点の技術では、無理だろう…」
「ケンバート様」
 ゆっくりと歩を進めながら洞穴の観察を続けていた二人だったが、突然マリンが足を止めた。
「どうした?」
 ケンバートが振り返るとマリンは驚いた表情をして、この先に広がる暗闇を指差している。
「…だ、誰かがこちらに向かってきています」
 この洞穴には、自分達以外の人間は誰も入っていないはずだ。
 しかも、洞穴の奥から人間が出てくることはまずないはず。
 不安そうな表情でマリンはそっとケンバートの背中に寄り添う。
「何?この洞穴には、俺とお前しか入ってきていないはずだ…しかも洞穴の奥からだと?」
 武器となる棒をすばやく構え、後ろにマリンをかばうように洞穴の奥をにらみつけた。
 自分の目には、まだ近づいてくるという人物の姿は見えてこない。
「マリン…そいつは人間なのか?」
「わかりません…ですが…もう、すぐそこまで来ています…あっ」
 マリンが声をあげ、洞穴の奥に進む道を見つめている。
 ケンバートも振り向くと、マリンの杖に灯された光にぼんやりと、すらりとした人影が現れた。
「だ、誰だっ!」
「………」
 ケンバートの威嚇を含めた声には、何も反応せずに人影は音もなく近づいてくる。
 その歩く速度は、とても暗闇を歩くものではない。
 まるで真昼の林道などを散歩するかのような軽やかさだ。
「止まれ!それ以上近づくと貴様を攻撃する!」
 言い知れない恐怖を感じ、ケンバートは武器をかまえると、じりじりとマリンをかばいながら後ずさる。
 背中に寄り添うマリンも緊張か恐怖のため小刻みに震えていた。
「………ぼ・・く、は」
「待て!何も話すなっ…いいか、妙な真似をしたら許さない」
 ケンバートの言葉が通じるのか、人影は動きを止め、口を閉ざしたことが気配で知れる。
 マリンをその場に残し、慎重に人影に向かって杖の光をかざすように近づく。
 足元から照らし出していくと、ゆっくりと洞穴の奥から現れた人影が見えてきた。
 人影の足は、この洞穴の中にあっても素足で薄汚れた印象を受けた。
 そして、だんだんと上に光を移動させていく。
 薄緑の布で作られた衣服を身に着けていたが、その衣服は何者かと闘った後のように、焼け焦げた後や破れた後が見られる。
 暗闇でもわかるほどに目の前の人物の肌は真っ白であった。
 透き通るような白さにケンバートは一瞬女かとも思ったが、胸部を光に照らすことでそれは否定された。
 華奢ではあったが男のそれであり、破けた衣服からは、薄い胸があらわになっていた。
 肩から長い薄い色の髪が垂れ、顔を照らし出してケンバートは愕然とした。
「なっ…貴様はエルフ!」
 顔を照らし出された青年の耳は、人間のそれではなく、長く尖ったものであったのだ。
 伝説や物語で記されているのは知っているが、現実にエルフを見たことがある人間は少ない。
 ケンバートの言葉にエルフは、悲しげに伏せていた瞳をあげた。
「ぼくのことを知っているのですか?」
 綺麗でよく通る声にケンバートは険しい表情を向け、武器を持つ手に力をこめた。
 エルフの伝説は、邪悪なものばかりだ。
 目の前のエルフもおとなしく見えるが、本性をあらわす前に倒してしまうべきと判断した。
 低く腰をかまえ、今にも飛び掛ろうとしたケンバートの目の前にマリンが動きを制するように立ちはだかった。
「マリン!危険だっお前は下がっていろ!」
「この方からは邪悪なものが感じられません…闘う必要はありませんわ」
 穏やかに微笑みながらエルフの青年を見つめ、優しい笑みを向けた。
「あなたは、いったい誰?」
「すみません…ぼくもわからないのです…ぼくが何者で、なぜここにいるのか」
 悲しそうに、そして申し訳なさそうな表情を見せるエルフに、ケンバートの殺気だった気持ちも急速に冷やされていった。
 マリンが言うように、目の前にいるエルフが物語で知っている恐ろしい化け物とは思えなかったからだ。
「わからないって…記憶をなくしているのか?」
「……あ、でも」
 おずおずと周囲を見回してから、ケンバートとマリンを見つめ、すぐに目を伏せてしまう。
「なんだ?」
「ぼ…ぼくに話かけてくる小さな人がいます」
「小さな…人?ここには、我々とお前以外には誰もいない」
 ケンバートとマリンも周囲を見渡すが、周囲には闇が広がるだけでエルフの言う“小さな人”は見えない。
 しばらく首を傾げた二人だったが、マリンが思い出したように口を開いた。
「きっと、それは精霊だわ…特別な力を持つ者以外には見えないと聞きます」
「特別な力…?」
「ええ…精霊を駆使する魔法が存在すると聞いたことがありますから…きっと、彼は精霊魔法の使い手なのでしょう」
「魔法…そんな力がこのエルフにあるというのか?」
 ケンバートが疑惑の視線をマリンとエルフに向ける。
 その視線にエルフは怯えたように目を伏せた。
「…それは、わかりません」
「おい、お前。その“小さな人”はお前に何を言っているんだ?」
「はい…ぼくに向かって“ルイ”としきりに呼びかけています」
 エルフの目に映る精霊を見つめながら聞こえたことを二人に伝える。
「きっと、それはあなたの名前です…ルイ様とおっしゃるのね」
 目の前にいるエルフの穏やかな気を感じ取っていたマリンはすっかり震えも収まり、エルフに近づくと手を差し出した。
「おい、マリン!よせっ」
「大丈夫です…彼は人に危害を与えるような人ではありませんわ」
「あの…」
 手を差し出しながら近づいてくるマリンに戸惑いながらエルフは後ずさる。
 そこに、精霊がささやきかけた。
<大丈夫ですよ、ルイ…この方達はあなたの味方になってくれるでしょう>
「さあ、ルイ様。私達と一緒にこの洞穴を出ましょう?」
「マリン!」
「記憶をなくした彼をこのままにしておくわけにはいきませんわ。ザナン様にも会っていただかなくては」
 強い意志でケンバートは見つめられ、大きなため息をついた。
 いつの間に、あのおとなしいばかりのマリンがこれほどまでに強くなっていたのだろう。
 エルフに対して恐怖を微塵も感じさせないマリンに感心しながらも、自分の情けなさを感じた。
「では…ルイと言ったな。我々の後についてくるんだ」
「はい」
 素直に頷くルイを後ろに従え、ケンバートとマリンは元きた道を引き返していった。



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